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11章.重なる世界
#6-1.無限書庫最深部にて
しおりを挟む魔王城、無限書庫にて。
目当ての本を求め、最奥の最奥を目指していた魔王とアリスであったが、その手前で見慣れた小さな後姿を見つけて足を止める。
華奢な背中に大きな黒い羽。赤く染めたショートヘアーに光る左右のヤギ角。アルルであった。
「調べ物かね?」
最近になってようやく復調し、アンナ達と共に政務を切り盛りするようになったアルルであったが、難しそうな顔をして本とにらめっこしていた。
「――陛下。いえ、少し気になる事がありまして、かつてこの世界に居たのだという『魔神』について調べていました」
「ほう、魔神、ねえ」
なんとなしに懐かしい響きを感じ、魔王もその本をアルルの背中越しに読もうとした。
「ですが、どの書物にも詳しい事は。本当に、そんなものが存在していたのかもまだ解からないのです」
しかし、間が悪く本は閉じられてしまう。少しばかり残念がりながらも、魔王はアルルの背中から離れる。
と同時に、アルルが振り向き、正面同士、眼と眼が合う。
「父は、何故そのようなことを知ったのか。一体いつ、それを知ったのかがどうしても気になってしまったのです」
「なるほどな。確かに、言われてみれば悪魔王の行動にも唐突に感じた部分は多い。あいつ自身の野心によって起こされた反乱だと思っていたが、もしかしたら、それを焚き付けた奴がいたのかもしれんね」
ドッペルゲンガーの時と同じように、あるいは、エレイソンすらもそのように仕立て上げようとしたのかもしれないと、魔王はまだ見ぬ黒幕の存在を感じ始めていた。
「……情けない事ですが、あの父が反乱を起こしたこと。自身の欲望に溺れてあのような末路を迎えてしまった事を、まだ認めたくない自分がいるのです。過ぎ去った事にこだわっても仕方ないのは解るのですが――」
俯きながらも、少しずつ口調は弱くなってゆく。
大きな羽はしゅんと垂れてしまい、小柄な身体が余計に小さく見えていた。
「私も、調べ物をしようとしていたのだ。もしかしたら、その魔神の話、何がしか関係するものなのかもしれんよ」
その肩にぽん、と手を置き、魔王は歩き出す。
アリスも無言のままぺこりと頭を下げ、その後について歩く。
「……それなら、私も」
手に取った本を棚に戻すと、アルルも足早に魔王の隣についた。
「そもそも、何故この無限書庫にある本は、どれも魔族寄りの内容のものばかりなのだろうね。本そのものが自動的に現れ、自動的に整理されていくのも謎だが。ここには、未だ解っていないことが多すぎる気がする」
こつこつと歩きながら、魔王はぼそり、呟く。
書庫に並ぶ本のいずれもが、その時ばかりは動いているように見えないが。
事実、今もどこかで本は整理され、別の棚へと移動しているのだ。
古ければ古いほどに最奥に近くなっていくと言われているが、一体何処に終着があるのかも解っていない。
この図書館は途方も無く広すぎる。物理現象を無視したその広大なフロアは、一体どのようにして収まっているのか。
当たり前のように存在し、自然に歩いているが、果たしてここは本当に魔王城の地下なのだろうか。
それすらも、解っていないのだ。
「もしかしたら、これは書庫などではないのかもしれません」
しばしの間無言で歩いていた三人であったが、やがて、アルルが小さく、そんな言葉を返す。
「こんなものは憶測ですらないただの想像ですが……新しいものへと整理され、古いものがどこかへ追いやられていくその在り方は、まるで私達の記憶のようです」
「記憶?」
「ええ。とても生物的な現象に思えるのです。そんなはずはないと思いながらも、でも、古い記憶がどこかへ行ってしまったり、煩雑な日常が整理しきれずに繋がっていたり、結構、人の記憶に近いものがあると思いませんか?」
「……中々興味深い見方だ。面白い事を考えるね、アルル」
とても個性的な考え方であった。魔王もそうだが、アリスも聞きながらに小さく頷いていた。
「ですが、何の根拠もありません。ただ、それに近いと思っただけで……それに、もしそうだとしたら、怖い事になると思いませんか?」
「確かにね。この書庫が生きているのだとしたら、私達は、見知らぬ誰ぞかの記憶を抜き取り、勝手に読み解いているようなものだ。なるほど、そう考えるとこの書庫は、魔族寄りの本ばかり置いているのではなく、そもそも、魔族寄りの本しか置けないのか」
考える書庫。あるいは記憶を無限に並べていく謎の存在。
そんなものが本当にあるのかはともかく、そのような存在には確かに恐ろしいものもあるな、と、魔王は苦笑いしていた。
「――さて、ここからが私にとっての未踏領域だが」
そうこうしている内に、一行は書庫の奥深くまで辿り着く。
これまで幾度もここに進んだ経緯もあり、最短距離で進むルートは既に三人の頭に入っていたのだ。
「私も、こんなに深くまで来たことはありませんでした」
正真正銘、この三人にとって、ここから先は見知らぬ道であった。
何があってもおかしくない。覚悟が必要な道かもしれなかった。
「……行くか」
わずかばかりの躊躇いの後、魔王は一息呑み、その一歩を踏み込む。
――何も無い。ただの杞憂か。
安堵しながら、魔王らはそのまま静かに進んでいく、が、その途端。
「――のぁっ!?」
ばちり、と、強烈な電撃のような何かが魔王の行く手を阻んでいた。
丁度鼻の頭に焼け付くような痛みが走り、魔王は顔を抑えながら後じさる。
「旦那様っ!?」
突然の事に驚きながらもアリスは駆け寄り、よろけた主の顔をじ、と見る。
「だ、大丈夫だ……ちょっと驚いただけでね。しかし、まさか道を阻まれるとは」
魔王にぶつかり揺らぎが生じたためか、そのラインはバチリバチリと火花を散らしながら浮き出てくる。
無数に張り巡らされた透明のライン。その遥か先に、扉が見えた。
「これは、一体」
試しにと、アルルがラインの一本に手を伸ばす。
「――くぅっ」
だが、すぐに火花が散り、アルルの指先を弾き返した。
「無茶をするなアルル――しかしなんだ。ここから先は進入禁止、という事なのかね」
「解りませんが……こう隙間無く敷かれていたのでは、生身のまま進むのは難しいかもしれませんね」
何らかのトラップか、あるいは道を塞ぐただの防壁なのか。
いずれにせよ厳重な警備だな、と、魔王は腕を組み、その先を見据えた。
「あの扉の先に何かありそうだが……私達では進めない、という事かな。私にはほとんどの魔法攻撃は通用しないはずだが、この電撃はそんなものすら無効化するらしい。精神的な作用でもあるのか?」
「でしたら、私なら通れるかもしれませんわ」
言うや否や、アリスがそっと手を伸ばす。
「――ひゃんっ!?」
しかし、すぐに電撃が走る。
衝撃からか、アリスの金髪が大きく跳ねていた。
「う、うぅ……」
「だから、無茶はしないでくれと」
困った物だ、と、その焼けた指先を手で包み撫でてやりながら、涙目になって座り込むアリスに苦笑いする。
「お手上げだな」
「お手上げですね」
「残念ながら、打つ手なしですわね」
しばらくの間考えを巡らせ、あれやこれや対策を試みていた三人であったが、やがて全てが無意味に終わると、ぐんにゃりとした顔で諦めを受け入れた。
「とりあえず、一旦戻るとしよう。ここに詳しい者でもいれば、これの対処法も解るかも知れんが――」
「それでしたら、ハーミット族に聞いてみては? 元々はこの書庫は、ハーミット族が古来より管理していたはずですし」
「ハーミットか……」
アルルの提案に、魔王は覚えのあるハーミット族の娘を思い出していた。
「よし、グレープ王国に行こう。王立図書館だ」
「では、まずは書庫を出ないとですね」
「帰りはすぐなんですけどね……」
撤退を決めるや、適当な十字路に出て、すぐ引き返す。
気がつけば、出たところはロビー。書庫の入り口であった。
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