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11章.重なる世界

#4-3.エルゼのお茶会

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 翌昼のこと。
魔王城の中庭では、ヴァルキリーとエルフィリース、それからエルゼの三人がテーブルを囲み、お茶をしていた。
まだ城の事をよく解らない二人の為、エルゼが招待したのだ。
「お茶なんて久しぶりに飲んだ気がするわ……」
「変わった香りですね。悪くありません」
ほう、と、エルゼのれた紅茶の香りを親しみながら、ほっと息をつく二人。
「グランドティーチ産です。黒竜の姉様に分けてもらったんですよ」
美味しいですよね、と、エルゼ自身も幸せそうに味わっていた。
「ほんとうは、こういう時は姉様がたも来て欲しかったのですが、何やら……あの金髪の人の所為で姉様は身動きが取れないらしくって」
本当、困った金髪さんです、と、エルゼにしてはやや不満げに呟く。
「でも、ヴァルキリーさんはあの人や姉様に似た娘さんがいらっしゃったんですよね。どんな方なんです?」
「私の娘達ですか? 名前は、アリスとエリステラ。金髪の方がアリスで、こちらが姉ですわね。エリステラは黒髪。丁度、アンナスリーズさんと同じ外見ですわね」
私の娘達も双子だったのですが、と、楽しげに語りだす。この辺り、ヴァルキリーは子煩悩らしかった。
「アリスさんというのは、私も知ってるお人形のアリスさんから取った名前なのだと聞きましたけど……」
「そうですわ。エリステラは、こちらのエルフィリースから取らせていただきました。人形のアリスともども、私が蘇る事が出来た、運命の方のように思えましたので」
エルフィリースに手を向け、にこりと微笑みながら語る。
「なるほど。そういう理由から、エルフィリースさんのお名前をもじった名前になったのですね」
エルゼもいつものにこにこ笑顔になっていた。
「私はもっとかっこいい名前にしてあげようと思ったんだけどね。ヴァルギナとか」
「ヴァ……ヴァルギナ……」
突拍子もなくエルフィリースの口から出た名前に、エルゼは思わず笑顔を崩しそうになる。
おだやかなお茶会の空気がピシリと凍り付いていた。
「エルフィリースは、このように名前のセンスが……色々と問題がある気がしましたので。自分の娘にもアンナデュオラとか名付ける位ですし」
既に慣れているのか、ヴァルキリーは澄ました顔でカップに唇をつける。
「むむ、何よヴァルキリーさん。アンナ姉さんから名前を取った素敵な名前じゃない!」
ヴァルキリーの言い様に不満があってか、エルフィリースは頬を膨らませ抗議めいた視線を向けていた。
ちら、とそれを見やりながら、ヴァルキリーはカップを置く。
「人の名前の事なのであまり言うつもりはありませんでしたが……アンナロッテの名を頂くなら、そのままアンナロッテだとかアンナだとか名付ければよかったのです。何故デュオラなどと余計なものをつけたのか」
「そのままじゃつまらないでしょ。二人目のアンナだからデュオラってつけたのよ!」
「……なるほど、それで黒竜の姉様はアンナ『スリーズ』だったのですね……」
どうりで、と、エルゼは噛み締めるように呟く。
「三人目で、双子だからアンナスリーズですか。いよいよもって安直な……」
ヴァルキリーも冷めた視線をエルフィリースに向ける。
状況的に劣勢に置かれたエルフィリースは「むぐぐ」と、口惜しげに口元に手をやっていた。
「……この世界で魔王をやってた自分の事なんて知らないわよ……」
言い負かされて悔しげにぽそぽそと呟いていた。

 結局あの後、魔王から、かつてこの世界で魔王となり、死んでいった自身の事を聞かされたエルフィリースであったが、そんなのはエルフィリース的にどうでもいいのだ。関係ないのだ。そう思いたかった。
自分が人間に向けて虐殺を繰り返しただの多数の異性と交わって子を成したなど、そんなモラルハザードな人生を送ったなどと信じたくはなかったのだ。
彼女は、ある点でかつての彼女以上にわがままであった。

「私は母様の娘の中でも、かなり恵まれた名前な気がします。エリザベーチェって、吸血族的にはそんなに珍しくない名前の付け方ですし」
「人間世界的にはエリーシャだとかエリーセルとか、そういった名前に近いですね」
華やかでとても女性らしい名前だわ、とヴァルキリーもこれには同意してくれる。
「そうです! エリーシャさんと似てる名前なんです。アルル姉様だとかアーティ姉様みたいに名前で苦しんでる方は多いですけど、私はとっても幸せです」
末娘でよかった、と、エルゼは機嫌よさげに自分の幸せを笑っていた。
「アルツアルムドとアイゼンベルヘルトというのは、一体どういう思考の元に生まれた名前なのでしょうね? アンナスリーズはセンスはともかくまだ解らないでもありませんが」
「だから、私に聞かないでちょうだい。魔王になった私は知らないけど、今ここにいる私は、生涯で一人の方としか子供を作ってませんから!」
その話をしないで、と、さっきより強くヴァルキリーを睨む。
「でも、素敵な名前だと思っているのでしょう?」
そんなエルフィリースを意にも介さず、ヴァルキリーは紅茶の香りを愉しんでいた。
「うぐ……」
エルフィリース的には図星だったらしく、それ以上は何も言えなくなってしまっていた。



「旦那様、快気なさったとはいえ、あまり無理はなさらないほうが――」
同じ頃、魔王は私室にて、机の上に山と置かれた書物の山と格闘していた。
失った腕は自然と生えてきたのだが、おかげで読書がはかどるという事で、現状の謎を解明しようと考えたのだ。
「ありがとうアリスちゃん。だが、まだ解らないこと、解決していない事も多い。昨日ヴァルキリーらに聞いたパトリオットの件もそうだし、アーティとミーシャ姫の行方も解らんままだ。何より、封印されていたドッペルゲンガーを解放したのが誰なのかも解っていない」
最優先で調べなければならないのは行方知れずのままの二人の事だが、ドッペルゲンガーの解放がいかようにして行われたのかがわからなければ、また何か面倒ごとが起きる可能性があると、魔王は考える。
「城の人員を使うにも、今はラミアがいなくなってごたごたしている。何より、ラミアが死んだことでショックを受けて立ち直れていない者も多い。解っていた事ではあるが、この城の者はラミア大好きな者が多かったからなあ……」

 実質、魔王城とはラミアの居城に近かったのだ。
他の四天王と違い自らの城を持たなかったラミアは、この魔王城を自らの拠点として、様々な種族にシンパを作りながら一大勢力を誇っていた。
特に同じ女性魔族からの人気が高く、向き不向きの都合上あまり高い地位に就く事の出来なかった女性でありながら、四天王筆頭という、魔王を除いては魔族の最高権力者とも言えた地位に立っていたという事実に勇気付けられていた者も多かったのだと、魔王は聞いていた。

 現在、参謀本部を始めとした城内の中枢機関の多くは、ラミアの訃報ふほうにショックを受けた構成員ばかりで、ほとんど機能不全に陥っている。
幸いこれを機にと反旗を起こすような不穏な勢力は、既にその大半が悪魔王の反乱の際に叩かれ滅亡・弱体化したので、現状において軍が動く必要はないに等しいが、それでもラミア抜きに考えた場合、カツカツになっていた人員の大半が動かなくなったと考えれば、これは相当な痛手である。
当分の間、混乱は続くと思われた。

 魔王自身、自分がいなくなった後の事を考えてアルルを後釜に据えようと考えてはいたものの、ラミアの後継は誰も考えていなかったのだ。
誰よりも古くから生きていたはずのラミアが死ぬ事など、誰にも想像できなかったと言える。
この辺り、魔族らしい先見性のなさが完璧に裏目に出た形となっていた。

「幸い、アンナとカルバーンが協力して城内の問題を少しずつではあるが解決してくれてはいる。アンナも、大分人に好かれるようになっているようだね」
「はじめて見た時は『なんて横暴な方』と思いましたが、今ならそんな悪感情を抱く事無く見ていられますわ」
人とは変わるものですのね、と、変わらぬアリスは静かに微笑んでいた。
「そうだとも。私達は、変われる。人も魔族も、変わることが出来る時代が来ているのだ」
ようやくね、と、魔王は嬉しそうに笑っていた。
たくさんの犠牲の上に積み上げられた、ようやく訪れた変革の時なのだ。
笑って迎えたかった。迎えてやりたかった。
「だから、私に出来る事は私がやらなくてはならん。玉座に座る事なんて誰にだって出来る。人に指図するのだって、今なら私である必要はあるまい。だが、事の真偽を図るというのは存外、この世界の住民には難しい事のようだ。これは私がやらねばなるまい」
自分はあくまで他所の世界からきた移民のようなものなのだと、魔王は考えていた。
この世界を気に入り、思いのほか長く暮らしてはいるが、やはり自分はこの世界の存在とは違うのだと自覚する事も、たまにではあるがあったのだ。

「だからアリスちゃん。いや、皆もそうだが、手伝ってくれ。協力して欲しい。明日からはまた、色んな場所に向かって、調べ物の範囲を広げていきたい」
「かしこまりました。ええ、アリスは、私どもは、いつでも旦那様のお傍に」
小さくスカートの隅をつまみながら、ちょこんとしたお辞儀。
後ろで心配そうに見ていた他の人形達も、可愛らしく頷いていた。
「ありがとう。さあ、調べ物の続きだ。なに、前回と違って調べなくてはならないことの要点は大分絞られている。すぐに解るようになるさ」
妙な自信であった。自分ならできると。自分達ならできるはずだと、魔王は自負があったのだ。
何故そんな気持ちになったのかは解らない。
だが、様々な苦難を乗り越えた自分と彼女たちとなら、それ位はできるに違いないと、そう思っていた。


 こうして、一連の事件に関係した調査は、魔王達にとって、思わぬ展開を迎える事になる。
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