上 下
438 / 474
11章.重なる世界

#3C-1.魔王城の奇跡(前)

しおりを挟む

「何が、起きたの……?」
「解りません……」
上階からのただならぬ轟音ごうおんに、激しい戦闘を繰り広げていたカルバーンとエルゼは、互いに顔を見合わせていた。
結局カルバーンとエルゼとで戦いは泥沼になり、互いに有効打の一つも与えられずに時間ばかりが経過していた。
その内に髪をつかみ合ったりほっぺたを引っ張り合ったりただの罵りあいになったりと、どんどん低レベルになっていたのだが。
「こ、こんな所でこんな人と戦ってる場合じゃありませんでした! 師匠のところにいかないと!!」
はっとしたエルゼが今度こそとばかりにばらけ、愛する師の元へ向かおうとする。

「行かせないわよっ」
「――きゃうん!?」
そしてそれを時を止め、固形化したところを殴りつけて無理矢理引き戻すカルバーン。
「う、うぅ……なんで貴方、ばらけた私にそんなに攻撃を通せるんです!? 意味がわかんないですっ」
「ふふん、お子様には解らない理論だわ。これは私が人間世界で永く研究し続けたものだもの。簡単に理解されてたまるもんですか」
涙目になって叫ぶエルゼに、カルバーンはドヤ顔で胸を張っていた。
「くうっ……早く師匠のところに行きたいのに。なんで貴方はそんなに邪魔をするんです? そんなに師匠の事が好きなんですか!?」
「誰があんな奴の事っ!? やめてよね気持ち悪い!!」
エルゼの言葉に「怖気が走るわ」と、肩を抱きながら全力で抗議する。

「大体エルゼ、あんたの所為で私、お母さんから色々教えてもらえる時間なくなっちゃったんだからね! もうちょっとお姉ちゃんに申し訳なさみたいなのは無い訳!?」
「誰ですかお姉ちゃんって、私の姉さまは全員吸血族のはずです!!」
貴方なんて知りません、と、ぎりりと睨みつけながら声を大にする。
エルゼにとっては、カルバーンは黒竜姫に良く似た赤の他人でしかないのだ。

「むぐ……アンナちゃんといいアンタといい、都合の良いところ忘れてくれちゃって……」
「大体、貴方がお母様の何を知ってるというのですか? 私、お母様とは全然話せてません! 話したことないんですよ!? なんでそれなのに私の所為とか言うんです? 私が何をしたっていうんですか!?」
「う、うるさいわねっ、あんたがお母さんを奪ったんでしょ!! 私だってもっと抱きしめて欲しかったのに。うぅっ、腹が立つ、なんかすごく腹が立つわあんた!!」
姉妹喧嘩は終わる様子を見せなかった。どちらも感情で怒鳴るばかりで水平線を辿っているのだが、互いに気づかないのだ。
次女と末娘は、途方もなく相性が悪かった。

「そこまで言うなら、貴方がお母様をいますぐ蘇らせてくださいよ!! 会いたいんですからっ!! 私、会ってちゃんとお話したいです!!」
「わ、私だってそうよ!! あんたがお母さんつれてきなさいよ!! 返してよお母さん!!」

「会わせて!!」
「返して!!」

 互いの声が重なる。重なってしまう。
二人の『魔王』が願い、それをやがて世界が聞き届けるまで、そう時間は掛からなかった。


「ふぇっ!?」
「えぇぇっ?」
突然、掴みあう二人を中心にして、床から巨大な光が溢れ出る。
キィィィ、という痛みすら伴わせる超高音と共に、やがて世界は白に包まれ――

「――っ」

 そうして、光が晴れるとその中心には、二人にとって見覚えのある女性が立っていた。

「お母さんっ!? お母さんだっ!!」
「えっ……お母様……?」

 驚きながらに歓喜し、そこに立っていた女性に抱きつくカルバーン。
「きゃっ――えっ、あ、貴方は……」
その女性は、エルリルフィルスと良く似た顔をカルバーンに向けながら、しかし、困ったような表情をしていた。
「……アリス? よね? なんで、貴方がここに? ここは一体……」
「うぇっ!?」
その言葉に、カルバーンはピシリと固まってしまった。
ずっと焦がれていた母の、まさかの名前間違い。ショックで凍りつくには十分な威力であった。

「あの……お母様、ですよね? なんでお母様、トルテさんと同じ格好をしてるんです……?」
エルゼはというと、おずおずと母と思しきその女性の袖を引きながら、親友と同じ出で立ちなのを疑問に感じていた。
「トルテ……? お母様って……あ、あの、ちょっと待ってちょうだい。状況がよく解らないわ……」
しかし、その女性自身もかなり状況に混乱しているらしく、痛む頭を抑えながら、しばしの時間が欲しい様子であった。


「――つまり、私はその、貴方達のお母さんに似てるのね? 外見だけじゃなく、名前まで似てるだなんて」
結局、彼女――エルフィリースは、彼女たちの母親ではなかった。
カルバーンをとっさにアリスと呼んだのも、名前間違えしたのではなく、親友の娘に瓜二つだったから勘違いしてしまったのだと説明する彼女に、カルバーンとエルゼは揃ってぽかん、としてしまっていた。
「あの……つまり、エルフィリースさんは、どこかからここに飛ばされてきた、という事なんです?」
「ええ、恐らくは……ごめんなさい、よく解らないわ。ただ、あの時の状況が夢でないなら、この世界にだって同じ危機が迫っているかもしれない」
「同じ危機……?」
不穏な単語に、カルバーンが嫌な予感を感じながら繰り返す。
「……ドッペルゲンガーという、とても危険な存在。私はこれを仲間たちと倒そうとして……敗北してしまったんだわ、きっと」
「ドッペルゲンガー!? おか……エルフィリースさんのところにも、そいつが!?」
聞き覚えのある単語に、カルバーンは身をずずい、顔を寄せた。
「ええ。私達の仲間の一人、『伯爵』と同じ姿になり、結果的に、『伯爵』はその化け物に敗れてしまったわ。私と一緒にいたヴァルキリーという娘が、私を逃がしてくれたらしくて……だけど、その時に私は見たの。伯爵殿の体から、黒い膨大な何かが溢れ、全てを飲み込んでいくのを」
「伯爵って……それって、まさか」
とある可能性に気づき、カルバーンは息を呑む。
(まさかこの人、別の、同じ世界から来たんじゃ――)

 ドッペルゲンガーと言う言葉にも、伯爵という呼び名にも覚えがあった。
ドッペルゲンガーが伯爵に化け、伯爵を負かせたところなど、まさに自分の中にどんぴしゃとあてはまるほどに鮮明に思い出せる。
だとしたらこの人は――自分の母が、魔族にならず、人間のままでいた姿なのではないかと、カルバーンはそんな事を考えたのだ。
そういった『可能性の世界の住民』だったのかもしれない、と。

「実は、私はその、ドッペルゲンガーの討伐の為にここに来たのよ。伯爵……この世界では魔王だけど、そいつを助ける為に」
そして、タイミング的にもまさにその状況だったのだ。
何が起きたのかは解らないが、確かに何か、変化らしいものが城内に響き渡っていた。
「つまり、この世界にもドッペルゲンガーが……? いけないわ、伯爵殿を助けなくてはっ!!」
カルバーンの言葉に蒼白になりながら、エルフィリースは駆け出す。
「あっ、待ってくださいっ、私も一緒にっ」
「ちょっ、待ちなさいってば、ああもう、私の時は邪魔しまくってたのに、なんでこんなあっさりと――」
彼女の言葉で不安が増したのか、エルゼはそれを追う様に走り出す。
その姿を見て当然、カルバーンも二人を追いかけた。


「――これ、は」
そこにあったのは、原形をとどめなくなった部屋であった。
ぐしゃぐしゃにつぶれ、クレーターのように抉れた壁や床。
そして、部屋の中心に落ちたままの王剣ヴァルキリーと、膝をつき、俯いた魔王の姿。
「伯爵殿っ!!」
その無事にホッとする事も出来ず、エルフィリースは駆け寄る。
「……君は、エルリルフィルスか? どうした事だ。君は死んだはずでは――」
見覚えのある顔に、多少驚きはしていたものの、魔王には既に覇気も生気もなく。
ただ、小さく呟くように話すのみであった。
「お気を確かに! それより、ドッペルゲンガーはいずこに?」
「……奴は、消えたよ。自身の体内から、属性を活用した完全なる無の渦を作り出し……飲み込まれて塗りつぶされた」
もう、何処にも無い、と、力なく笑う。
「勝ったのね?」
「ああ、良かった。師匠、ご無事そうです」
追いついてきたカルバーンとエルゼが、安堵したように息をつく。良かった、負けてはいなかった、と。
「……どうなんだろうね。もう、どうでもいいよ。奴の作った渦は残ってしまった。その渦を消すために――私が、ヴァルキリーと共に消えるつもりだったのに、アリスちゃんが……アリスちゃんが、身を犠牲にしてしまったんだ」
視線をヴァルキリーの転がるほうへと向けながら、肩を震わせた。
「ラミアも死んでしまった……私は、また大切な者たちを犠牲にしてしまったんだ。また――」
それが辛くてたまらないのだと、堪えられんのだと、魔王は悔し涙を流していた。
「そんな……アリスさんと、ラミアさんが……?」
魔王の言葉に絶句するエルゼ。
カルバーンも、思わず息を呑んだ。
「私は、何の為に生きているのだろうか。何かするたびに、多くの人を巻き込んでしまう。親しい人が死んでいってしまう。こんな辛いのに、得られるものが少なすぎる。何の為に、私は生きているのだ――」
俯き震える魔王に何も言えなくなっていた二人。
エルフィリースは魔王の背に手を置き、優しく撫でる。

「――その辛さを得る為に。そして、その辛いものの先に、得難い幸せがあるのだと信じて、人は生きるのです」

 お泣きなさい、と、赦しながらに。
エルフィリースは、聖女のままの顔で、魔王の心を癒そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...