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11章.重なる世界

#3A-1.忠臣

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 魔王らがエルゼと遭遇していた丁度その頃、参謀本部ではドッペルゲンガーとラミアが、城の護りを預かるグレゴリーよりの報告を受けていた。
「まさか、ネクロマンサーが挙兵するとは……」
苛立たしげに歯を噛むドッペルゲンガーに対し、ラミアは考えるように口元に手をあて、沈黙。
「いかがなさいましょうか。このまま正面同士でぶつかり続ければ、いかに被害を抑えようとしてもそう長く保つはずがございません。かと言って城内に引っ込めば、周囲を包囲され終わる事の無い篭城を強いられる事となります」
「だが、そうしなくては被害は増える一方だ。止むをえん、兵を城に戻し、城門を閉じるのだ。篭城戦とて、転送陣を活用すれば――」
「いいえ、ここは敵と戦い続けましょう」
ドッペルゲンガーが指示を下そうとしたその時、ラミアは顔をあげ忠言する。
「城内に引っ込めば、城兵の士気低しと相手方に伝わり勢いづかせかねませんわ。多少無理をしてでも、城門前で戦い、兵の士気の高さを見せ付けるべきです」
消耗戦にする位なら、気迫を見せ押し返せ、というのがラミアの意見であった。
だが、これにはドッペルゲンガーは難色を示す。
「それでは多くの兵が死んでしまうではないか。それはいかんよ。そんな事をすれば――また兵士の命が無駄に削られてしまう」
「ですが、効果は高いですわ。篭城すれば確かに一時しのぎにはなりますが、それはあくまで攻撃対象が魔王城に限られていればの話です。救援を期待しようにも、他の拠点が攻め落とされればその限りではございません」
本拠点での篭城にあまり意味は無いのです、と、ラミアはにやつきながら説明する。
「その上で、魔王様には偽者の襲撃を警戒していただくため、一旦城から出ていただきたい位ですわ。ここにおわす限り、敵の狙いは集中し易くなりますから」
じろ、と、魔王の瞳を覗きこみながら、ラミアは口元を歪ませる。
「馬鹿を言うな。そんな事をすれば、ますます偽者の付け入る隙を与えてしまうではないか!! 論外だ! 話にもならん、そんな提案は、受け入れられんよ」
次第にイラつき始めたのか、早口にまくし立てるように拒絶する。
「まあ、そうでしょうね。でしたら尚のこと、不要の混乱を避けるためにも、城内にはあまり人がいない方がよろしいのではないでしょうか? 魔王様が偽者に負けるなど私は思ってもおりませんが、万一という事もございますので」
「……むう。それはそうだ。想定外が起こらないように、とにかく今は警戒すべきなのだ。そう考えるなら、城内に兵を入れるのは下策か……」
彼なりに考えをめぐらせていたはずが、気がつけばラミアに丸め込まれ、いいように操られてしまう。
歯がゆさを感じながらも、確かに認めざるを得ない言葉ばかりで、ドッペルゲンガーはそれを受け入れるしかなかった。
「聞いての通りよグレゴリー。正面よりの全力の抵抗で敵を追い返しなさい」
「――御意に!」
そうしてその言葉を待っていたかのようにラミアはグレゴリーに指示。
グレゴリーも我が意を得たり、と、足早に去っていった。


「このタイミングで偽者が来るかもしれん。だが、もしそうなのだとしたら、この騒ぎは――」
ラミアと二人きりになった後、ドッペルゲンガーは顎に手をやり、思考を巡らせる。
ネクロマンサーは恐らく、偽者の魔王と結託し、自分を蹴落とすつもりなのだろう。
油断ならない奴だという記憶はあったのに、人形を戻したという報告の時にその辺りをすっかり見落としていた辺り、この人格の適当さが面倒くさい。
「ラミアよ、エルゼに至急連絡し、城内の警戒に当たらせろ。私は……私は、玉座の間に戻る!」
「随分と、玉座に固執なさいますのね?」
今はともかく偽者を倒さねばならぬ、と、意気込み歩き出そうとするドッペルゲンガーの後ろで、ラミアがぽつり、漏らす。
「……なに?」
「いいえ。それで、魔王様。今のうちに確認をしたいのですが、その、偽者の『ドッペルゲンガー』とかいうのは、魔王様の過去の記憶や人格などを、まるっと複製するのですよね? 何もかも?」
「今更そんな事を聞くのかね? そうだとも。奴は……私の偽者は、そうやって金竜エレイソンのフリをし、今度は私のフリをして、玉座を簒奪さんだつしようとしているのだ」
「そうですか……」
もういいだろう、と、苛立ちながらに進もうとするドッペルゲンガー。

「――なら、私でも勝てそうですわね」

 直後、ラミアの長大な下半身がしなり――ドッペルゲンガーの胴を締め上げていた。
「何のつもりだ、ラミア?」
「偽者とのお遊びも終わりにする事にしましたの。やっぱり貴方、らしく・・・ありませんわ。陛下を真似るなら、もう少しファジーな思考に馴染まないと」
おほほ、と、高笑いしながら、不機嫌そのものの表情で睨みつけてくるドッペルゲンガーを更に締め上げる。
「馬鹿な真似はよせ。お前では、私に傷一つつけられんよ。こんな程度の力で、私を殺せるとでも思ったのか?」
締め上げていく力は相当なもののはずであったが、ドッペルゲンガーの表情は微塵も歪まず、ため息まで吐く始末であった。
「まあ、こんな事で殺せるとは思ってませんわ」
締め上げながらに手をドッペルゲンガーの首へとあてがう。
「お前の握力では、私の首はへし折れんよ。せめてアンナ位の力があれば別だろうがね?」
「そうやって油断してくれるの、すごくありがたいですわ」
にや、と、銀色の瞳が一瞬で赤に染まってゆく。
ざらりとした感覚。瞬時に冷えてゆく空気。
「――何をっ!?」
謎の重圧を感じ、ドッペルゲンガーは本能のまま、締め上げる身体を振りほどこうと腕に力を込め始める。
『深淵なる闇。闇の中の闇。心の奥底に眠る閉じられし扉よ、我は望まん――』
「くそっ、離せ、離さんか!!」
全力での抵抗に、ラミアの下半身は容易く引きちぎられてしまう。
『――眠りを終え……っ、白昼の中に目覚めよ。心淵しんえんの扉は今、開かれた!!』
激痛に、しかし喘ぎすらせず、ラミアは言霊を繋げてゆく。
「黙れっ!!」
「――っ!?」
しかし、そこまで。ドッペルゲンガーはラミアの首を掴み、一息にへし折って見せた。
いかにしぶとい蛇女といえど、首を折られれば即死する。
そうでなくとも下半身を喪失しているのだ。助かる訳が無かった。

「……はぁっ、何をしようとしていたのか解らんが、驚かせおって」
すぐにラミアの死体を投げ捨て、息を落ち着かせようとする。
このラミアが自分の正体に気づいていたらしいことも驚愕だが、蛇女の分際で自分に恐怖を感じさせたのにも納得が行かなかった。
一体何をしようとしていたのか。何故自分に勝てるなどと思ったのか。
そも、ラミアという女はそこまで無謀なことをやるような女だったのか、と。
止め処なく思考が溢れ、しばし何もできずにいた。
こんな事は彼には初めてで、どうしたらいいか分からなかったのだ。
思考のオーバーフローはやがて、ドッペルゲンガーに大きな隙を作ってしまう。

『――闇法典あんほうてんマギカ・ゴエティア!!』
「――なっ!?」

 そして、それが大きな仇となった。
倒れたはずのラミアが、何故か再び彼の体に千切れたはずの下半身を巻き付け、魔法を発動させたのだ。
ぐさり、と、首に突き刺さった指先から、強烈な黒い波動のようなものが溢れ、それがドッペルゲンガーの身体を大きく揺らす。
「うがっ――がっ、な、何をっ!? き、貴様っ、何故――」
驚愕するドッペルゲンガーの首筋を舐めながら、ラミアは「きひひ」と笑っていた。
「ごめんなさいね、ずっと嘘ついてましたわ。私、蛇女ではなくて、蛇女の変種でしたの。一回や二回殺されたくらいじゃ土に還れませんのよ?」
伊達に四天王筆頭やってませんわ、と、更に突きたてた指を深く差し込む。
「そしてこれは私の隠し種。魔族でも私にしか扱えない最強の古代魔法。長く生きれば生きるほど、業の深い人生を送れば送るほどに苦しみが深くなる。心の闇を何倍にも増幅し、体内からつらぬく最悪の魔法ですわ!!」
どん、と、指先から溢れ出る黒。その度にどくん、どくん、と、ドッペルゲンガーの体が痺れ、震え、痙攣けいれんしていく。
「馬鹿な――くっ、う、ああっ、うあぁぁぁぁぁぁっ!?」
ラミアの言葉のままに、全身を駆け巡る激痛。
身の毛もよだつような絶叫をあげながら、その場に転がりこみ、顔を、腹を、腕をかきむしりだすドッペルゲンガーの様に、ラミアは満足そうに哂っていた。

「か、過去の増幅だと――こんなもの、魔法の範疇はんちゅうを超えている。貴様っ、『創造物つくりもの』の分際で、『魔王そうぞうしゅ』の域に手を伸ばしたのか――がぁっ!?」
「――はぁっ、そうよ。多重変種の代償がこんなイカレタ使い道のない魔法だなんて絶望したけど、これはこれで役に立つ場面が来てよかったわ。案外、世の中は上手く回るものね」
胸を苦しげに押さえながらぐら、と揺れるラミアであったが、ドッペルゲンガーの苦渋の言葉に、再び気を取り戻し勝ち誇ってみせる。
「こんな魔法、使えば普通は死ぬらしいけどね。生憎と私は、何度か使ってもストックの魂があるもの」
便利な体質だわ、とのたまいながら。
赤く白くかすみ始めた視点をなんとか戻そうとして、やがて諦め。
「さて、私が死ぬのと、貴方が『その身体の過去』に耐え切れなくなって壊れるのと、どっちが先かしら? この魔法は、使えば使うほど効果が重複していくのよ。二倍、三倍ってね――」
波状して押し寄せる痛みに悶絶するドッペルゲンガーに再び擦り寄り、その首筋に指をあてがう。
「やっ、やめろっ!? 貴様っ、まさかこのまま――」
「まさか、私があんなボンクラの為に命を張ることになるなんて思いもしなかったわ。だけど、悪くなかった。ええ、とても愉しかったのよ!!」
またか、と、痛みに震えながらも抵抗しようとするドッペルゲンガーに無理矢理巻き付き固定し、その身体に再び指を埋め込んでゆく。

「――壊れなさい、陛下の姿をした醜い偽者っ!!」
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