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11章.重なる世界
#2-2.魔王城攻略作戦実行
しおりを挟む「ぶしゅっ――ううむ、冷えてきたかな?」
エルヒライゼンの玉座にて。
魔王は出発前夜の確認として、ネクロマンサーやカルバーンと共に話し合っていたのだが、どうにも鼻がむずがゆくなり、くしゃみが出てしまった。
すぐさま人形達がちょこちょこと毛布やらホットコーヒーやらを魔王に手渡していく。
「風邪では? 無理をなさらず休んだほうが――」
心配げに気遣うネクロマンサーに、魔王は手を振りながらに苦笑する。
「いいや、大丈夫だ。それよりもネクロマンサー、兵力に関しては問題はないのかね? お前の作戦通り進めるなら、少なくともグレゴリー指揮する中央方面軍相当の戦力がなくてはままならんが……」
「その辺りは問題ありませんよ。何せこの数十年間、魂には事欠かない状態でしたからねえ」
くくく、と、善くない笑みを漏らしながら進捗の報告を始めるネクロマンサー。
今更ながら、ちょっとだけ魔王は不安になっていた。「こいつに任せて本当に大丈夫だったのだろうか」と。
「兵の頭数に関しては問題ありませんが、重要なのは攻め込むタイミングです。幸い城内は女官や参謀本部の面々等、直接戦闘に関わりの薄い者達はラミアの独断によって異動させられていますが、これもまだ完全とは言い切れません」
「エルゼがどうなっているのか心配だ……偽者に、妙なことを吹き込まれていなければ良いが」
「偽者が貴方本人と全く同じ思考を持つならそんなことはしないでしょうが……わずかなりとも自意識が残っているようなら、その限りではないでしょうね」
戦力が欲しければ、エルゼを活用しない手はない。
何せ魔王ですら殺せるかも怪しい相手である。
吸血族を消滅させたというエレイソンと同じ金竜のカルバーンなら可能かもしれないが、生憎と彼女はトカゲ形態に変身する能力を持ち合わせていないらしい。
「エルゼって、一番下の娘よね? まだ赤ちゃんじゃない、なんでそんなに怖がるの?」
記憶の中の赤ん坊の姿を思い出しながらに、カルバーンはそんな疑問をぶつける。
「吸血族は、成長速度が非常に速いらしくてなあ。今では15、6の娘とそんな変わらん容姿だよ」
「……吸血族が? 本当に?」
信じられない、と、半笑いになる。
「いくら成長速度速いからってそれはないわよ。最低でも五十年、六十年はしないと、そのくらいの容姿にはならない筈よ」
「だが、エルゼの姉曰く変種らしいからな……例外的にそうなるのではないか?」
からからと笑い飛ばそうとするカルバーンだが、魔王としては吸血族から聞いた以上の情報はないため、これで納得するしかなかったのだ。
ラミアですらそれを聞いて異を唱えなかったのだから、それが正しかったのだろう、と思いながら。
「吸血族の変種、というより、彼女の場合は魔族の変種と呼ぶべきでしょうかね。吸血鬼という、吸血族にとって天敵と呼べる生物なのですが、これは吸血族を吸収し、その力を己がものへと変えてしまうといいます」
横から説明を始めたのはネクロマンサーであった。
訳知り顔で、魔王的になんとも小憎たらしく感じはしたが、知っているなら都合が良いとばかりに任せることにした。
「吸血鬼は、吸い取った相手の身体次第で最大限変異できる年齢が変わるといいます。赤子の頃はともかく、レーンフィールドに移されて後、同族喰いの末に現在の容姿にまで成長したと考えるなら、期間の短さにも不思議はありません」
「……なんか、イヤねえ。面倒くさそうだわ。自分の同族を喰って成長って、心とかすごく歪んでそう」
「そんなことは無いさ。エルゼはとっても、まっすぐに育っていたよ。可哀想なくらいにな」
まっすぐすぎたが故に歪まずにはいられたが、だからこそ不憫でもあった。
ずっと一人ぼっちだったのだ。なんにもできない中隔離され、ようやく城から出されたら魔王の妾候補である。
同族を喰ったなどと言うがそれも無自覚の中起きた事のはずで、そんな彼女を責めること等できるはずもなかった。
「その、あんたの言う『可哀想』って、なんかむかつくわね。あんた、同情だけでエルゼに接してたの?」
魔王は何気なくフォローしたつもりだったが、その言葉にカチンときたのか、カルバーンは魔王の顔を睨みつけていた。
ぎり、と奥歯を噛んで。拳を握り締めながら。
「それは……最初はそうだったさ。エルゼの身の上もろくに知らなかった頃は、そうだったんだ」
魔王は、否定しない。本当にそう思ったからこそ、エルゼを大切にしてやりたいと思ったのだ。
それは愛情と言うよりは保護欲のようなもので、勝手に保護者気取りでいただけに過ぎなかった。
「だが、最近はそうでもない。アンナと同じでね。私にも、愛着というものが湧いているらしい。きっと、私には必要なんだ。エルゼも」
「愛着……ふぅん、そう。なんか言葉濁しにも聞こえるけど、それならいいわ」
どうやら納得したらしく、握り締めていた拳を引っ込め、足を組みなおす。
ほう、と息をつきながら、魔王はネクロマンサーを見て、作戦説明の続きを促した。
「まずは私の不死の軍勢で、魔王城前面の軍勢を押さえ込みます。大規模な攻勢となるので、かなりの部分、正門前に注目が集まると思いますよ」
映像魔法によって説明される作戦概要。
城の正面に大量の青い点が集まり、赤い点がこれを抑えるように寄ってくるのが見えた。
「コレによって城内の警戒はかなり緩くなるはずです。それでもいくらかは邪魔が入るかもしれませんが、貴方がたならそう大した妨害にはならないでしょうね。その、先ほど話に出た姫君以外は」
「エルゼに関しては、敵になるか味方になるかが解らない状況なのよね。魔王が説得してこちらに引き込めないの?」
「難しいところだなあ……そもそも、他の女官などが偽者と気づいていて、エルゼだけが城を出ないのがおかしい。何かあったと見るべきかもしれん」
無事は祈りたいが、ただでは済まない何かが起きている気がしたのだ。
ここは冷静に考え、最悪を想定すべきだと魔王の中の何かが訴えていた。
「そうなると、私がエルゼの足止めをする事になるのかしらね」
状況的に、この中でそれが適任と思えるのはカルバーンしかいなかった。
本人が申し出てくれるのは、大変ありがたいと言える。
「すまない。頼めるかな。本来なら、君には私と一緒に奴と戦って欲しい所だが……戦力が足りん」
「良いわよ別に。それに、私なら多分、エルゼも倒せるわ」
すごく時間掛かるけど、と、はにかみ笑うカルバーン。敵となると厄介だったが、味方の今はとても心強かった。
「よし、ではこの方向で進めよう。行動は明日、昼時を狙うぞ。エルゼの動きが一番鈍っている時こそがチャンスと見た」
話の方向はまとまり、後は兵を配置、作戦通り行動するだけとなった。
「既にほぼ全ての魂が現地に手配済みです。後は肉体を与え、契約どおり動いてもらうだけ。いつでもいけますよ」
「私もいつでもいけるわ。でもまあ、昼時というなら、お昼は食べてからにしたいわねえ」
ネクロマンサー、カルバーン、二人ともが魔王の顔を見、にやりと笑う。
「これを最後の戦いにしたいものだ」
「できるといいけどねえ」
「できるようにするのですよ」
三人ともが、この面子に感慨深さを感じながらに、それぞれ散っていった。
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