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11章.重なる世界
#1-3.その頃の城内
しおりを挟む魔王城・黒竜姫の私室前。
魔王ドッペルゲンガーは今日、未だ快気しないのだという黒竜姫を見舞う為、ここに顔を出そうとしていた。
何せ自分を慕っていた記憶のある娘である。
本物の魔王は袖にし続けていたが、とにかく戦力が欲しい彼は、そんな勿体無い事はせずに懐柔してしまうべきだろう、と考えていたのだ。
「申し訳ございません」
だが、部屋への入り口には侍女が一人、立ちふさがっていた。
頭を深々と下げ、上げようとしない。
「そんなに容態が重いのかね? 以前顔を出した時は、身動きこそ取れないもののそこまで酷くはなかったと思ったが……」
「おひい様は容態が急変致しまして……陛下に苦しむ自身を見せたくないのだと仰っておりました。どうか、本日は御引き取りくださいませ」
申し訳なさげに頭を下げ続けるレスターリームの姿に、彼はため息ながらに小さく頷く。
「解った。無理に会って悪化させるのもよくないしな。アンナに、よろしく伝えてくれたまえ」
「承りました」
決してこちらを見ようとしない侍女に、ドッペルゲンガーは静かに背を向け、立ち去ってゆく。
そうしてその姿が消えるのを確認するや、侍女は部屋へと入っていった。
「帰ったのね?」
部屋では、同じ顔の四人の姉妹達と、青のドレス姿の黒竜姫がベッドに腰掛けていた。
顔色も大分良くなり、落ち着いていたが。
「……はい。なんとかお帰りいただけました」
侍女はというと、なんとも思わしくない様子で、暗い顔をしていた。
「それで、どうだった?」
「ラミア様の仰っていた通り、普段の陛下とは異なる何かが……こう、何が違うとも説明し難いのですが、そんなものを感じましたわ」
「そう……」
侍女の言葉に、黒竜姫は顎に手をやり思案顔になる。
「今回はおひい様の容態悪化を理由にお帰り願えましたが」
「こんな事は何度も続けられるとは思えませんわ」
「何か手段を講ずる必要があるかもしれませんね」
周りの侍女たちも矢継ぎ早に話すが、黒竜姫は黙ったまま。
主の沈黙に、侍女達は不安げにおろおろしそうになっていた。
「……一旦、黒竜城へ帰るわ。そういう名目で、私のフリをしてこの城から出なさい」
やがて、自分の一番近くに立っていた侍女を指差し、指示。
「ふぇっ? わ、私がですか!?」
「変装なさい。ドレスも貸してあげるから。とにかく今は私の代わりに城を出て頂戴。私は貴方のフリをしてここに残るから」
交換よ、と、小さく息をつきながら。
ぱちん、と指を鳴らし、他の侍女らに先を促す。
「では早速」
「そのように手はずを」
「ほら、早く行くわよ」
「わっ、わわっ、そんな、そんな、私におひい様の代わりだなんて――」
「暴れないの、おひい様の為なんだから我慢なさいっ」
困惑する一人を除いて、他四人は澄ました顔でてきぱきと動き始めた。
そうしてその一人はというと、姉妹によって二人係でひきずられていく。
その様が可笑しくもあったが同時に不安にも感じられ、黒竜姫は複雑な気持ちにさせられていた。
「なに、アンナが城を出ただと?」
「はい、今朝方。どうやら故郷に戻らねば治療もままならないようでして。私が許可いたしましたわ」
「し、しかしそれでは――そんなにあの娘の容態は酷かったのかね?」
「そのようですわね。ま、あの娘は幼少の頃は病弱でしたし不思議もございませんわ。今なら酷いとは言っても死ぬほどではないでしょうけど」
それほど心配もしておりませんわ、と、からから笑ってみせるラミアであったが、ドッペルゲンガーからすればただならぬ状況に感じてしまっていた。
反面、だからとどうにもできないのも解っていたので、それ以上は何も言わなかったが。
(むう……心配だが、仕方あるまい)
戦力として役立つだけではなく、大元の魔王の感情もあって気に掛けていたのだが、そのような事情ならば仕方ないと割り切るしかなかったのだ。
「師匠っ」
そして、肘掛けの上にいつの間にかエルゼが座っていた。
にっこりと無邪気な顔で。おかげでドッペルゲンガーは心底驚かされてしまう。
「え、エルゼ……もう、大丈夫なのかね?」
「? エルゼは元気ですよ。今日も元気ですっ」
先日の事もあり、ドッペルゲンガー自身、魔王の人格が望まない選択をした所為でかなり苦しめられたものだが、思いのほかエルゼは精神的にタフネスらしかった。
「ですから師匠。私を頼ってください。体調が優れない黒竜の姉様より、私の方がずっとお役立ちですよっ」
「むう……そうか。ありがとうエルゼ。君がいてくれて助かるよ」
変わらぬ微笑みを向けてくれるエルゼにほっこりとした気持ちになりながら、ドッペルゲンガーはエルゼの髪を撫でてやる。
「……」
その間、エルゼは何の反応もしなかったが。
「こほん」
ラミアのわざとらしい堰で、それも終わってしまう。
「私からの報告は以上ですわ。今のところ偽者が現れたという情報はありませんし、平和ですわね」
「いい事だね。このままの調子で頼むよ」
にかりと笑うその顔を複雑そうに見やりながら、ラミアはぺこりと一礼し、去っていった。
(参ったわねぇ、エルゼが戦力としてここに残ってしまうのはかなりいただけないわ)
一人、思案ながらに回廊を歩くラミア。
なんとかこの情報を外のネクロマンサーに伝えなくてはならないが、エルゼ本人を警戒しながらそれを行うのは不可能に近かった。
ラミア自身が城から出る訳にもいかないし、水晶やぱそこんを活用しようとしても魔力を逆探知されかねない。
そうでなくともどこにエルゼがバラけて潜んでいるのかも解らないのだ。迂闊な事はできなかった。
(上手く言いくるめることができれば良いけれど……最悪、エルゼを倒す事も考慮に入れなくてはいけなくなってしまった。ああ、気が重いわ……年端も行かない娘を敵に回すなんて、趣味が悪いわねえ)
痛くなる頭を抑えながらに、大きくため息を吐く。
(全く、あの陛下がからむと本当、ロクな事にならないのだから)
変わらないわねぇ、と、苦笑いながら。
ラミアは考えを巡らせていた。ただ一人の『陛下』の為に。
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