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10章 世界の平和の為に
#8-1.ディオミスでの闘いにて
しおりを挟むまだ冬にもなっていないというのに、ディオミスの山頂は既に荒れ狂っていた。
吹きすさぶ猛吹雪が余人の立ち入りを拒む。
結界に覆われ比較的温かな教団本部、そして頂上の祭壇も雪に見舞われ白の絨毯に覆われていた。
『帝国軍が進撃を……?』
トラウベンで受けた傷を癒していた金竜エレイソンは、その白の祭壇にて信者よりの直近の報告を受けていた。
「はっ、既に先遣部隊がテトラに到着しはじめているようで、この教団本部、それに近辺のレトランドやプワルに攻め込んでくるのも時間の問題かと思われます」
滅亡したサフランの地で多くの兵が集結していたことはエレイソンも聞いていた。
だが、これからが厳しい冬なのだからそれは避け、早くとも春先からの攻撃になるだろうと踏んでいたのだが、これが思いのほか早かったのだ。
春に向けての防衛戦準備だったが、これでは間に合いそうに無い。
気候や地形はこちらに有利に働くだろうが、それを差し引いても幾分、北部側に不利な形で帝国軍の戦術が決まった形となる。
『……固まっている今のうちに私が蹴散らしてしまえばいいか』
そのまま放置しておけばロクな事にならないのは解りきっていた。
身を起こし、翼を羽ばたかせる。
『各自、この本部を死守しておれ。敵の本隊を蹴散らしてくる!』
「は、はいっ――」
やがてその羽ばたきは巨大な体躯を浮かし、金色の身体がディオミスの空に飛び立とうとしていた。
「エレイソン様っ!! エレイソン様ぁっ」
しかし、その場に別の信者の声が響き渡る。
『……む?』
その場でホバリングすること数秒。
「て、敵がっ――敵襲ですっ」
続いての信者の声が聞こえた直後『それ』は飛んできた。
『むぐぉぁっ!?』
どこからともなく投げつけられた大剣が一本。
エレイソンの右の翼膜を切り裂き、ホバリングしていたその身体を地面へと叩き落す。
「――逃がしはせんよ」
着地しそこない軽く腹を打ちつけたエレイソンの前に、漆黒の外套を羽織った中年男が一人。
左手には信者達が見とれるほどに美しい豪奢な長剣。
右手には黒革のグローブがはめられていた。
『き、貴様――』
エレイソンはその顔に驚愕する。自身の体の中の『記憶』が、その顔に強烈な警戒心を抱かせる。
『魔王ドール・マスター。まさか、貴様が帝国軍を――』
「察しが良いな。だが、お前とのお喋りに付き合ってやるほど私は暇ではない。死んでもらおう」
『――ふざけるなっ!!』
その顔は自信に満ちていたが、だが、エレイソンの記憶では魔王は自身の『討伐』ではなく『説得』の為以前ここに来ていたはずだった。
実力でねじ伏せられるなら何故説得に来たのか。つまり、そんな事は最初から無理だったのだ。
エレイソンは実力で叩き潰す事にした。何も恐れることは無い。『この身体』は最強なのだから。
『うがぁっ』
巨大な口先が魔王を噛み砕かんと迫る。
すさまじい速さだったが魔王はこれをバックステップで難なく避けて見せ、拳を握り鼻先に叩き付けた。
『ぐっ――がぁっ!!』
しかし、びくともしない。
魔王の拳の一撃程度では揺らぎもせず、前足の爪の一撃を返されてしまう。
「ちぃっ、硬いな――流石は最強の竜族!」
ガラード相手ならば通用したものも、このエレイソンには有効打足りえなかったのだ。
魔王も苦々しく歯を噛みながら距離を取る。
『ファンタズマブレス――!!』
だが、飛び退いた魔王に向け、エレイソンは金色のブレスを吐き付ける。
「むぉっ!?」
外套を顔に、それを受けてしまう魔王。
「ひ、ひぃっ!?」
まだ逃げていなかったのか、その場にいたらしい信者の悲鳴が聞こえたが……やがてそれすらも消滅していた。
外套をずらし見た魔王の前には、先ほどまでの神聖な祭壇はどこにもなく。
あったのは雪に塗れた山肌と、エレイソンのみであった。
『何故だ――貴様、何故私のブレスが効かぬのだ!!』
驚いていたのはエレイソンの方であった。一撃必殺のブレスのはずが、この魔王には効かないのだから。
「――私は、気がつけばこの姿だった。歳はとったが、ね」
にやり、口元を歪め、魔王は前進する。
唖然とするエレイソンの、その左肩に、右手の刃の『柄』をあてがい、叫んだ。
「刃よっ、我が元へ来いっ!!」
『がぁっ――ぐひぁぁぁっ!?』
突然の激痛に、エレイソンが顔を歪ませる。
びくり、びくりと痙攣するエレイソンの左肩、その内部から人間大の両手剣がぬらり、姿を見せたのだ。
浅い部位とはいえ体内からの破壊に、エレイソンは悶絶した。
『ぎぃっ――うぎゃぁぁぁぁぁぁっ』
そして、半狂乱となる。広くなったフィールド。なりふり構わず暴れ始めたのだ。
「私とエレイソンは似たような立場だった。互いに本意とは関係なしに世界の創造者にされ、『魔王』などと呼ばれるようになってしまった。特に何かを意識した訳でもない。望んだ訳でもなく、ただ強かったがためにそうなってしまった」
何事か語りながら、魔王は暴れる金竜の爪を、牙を、叩き付けられる尻尾をかわしていく。
『死ねっ、死んでしまえぇぇぇぇっ!!!』
しかし、その動きは速い。その鈍重そうな体躯のどこにそんな速さを発揮できる要素があるのか。
避けて回る魔王の先に喰らいつき、やがてその腕の一本を喰いちぎったのだ。
「エレイソンもまた、私と同じ苦しみや哀しみを知っている者のはずだった――貴様だけは許さんぞ、ドッペルゲンガー!!」
魔王は、怒りに歯を食いしばっていた。痛みなど微塵も感じぬとばかりに、残った右腕にて一撃を仕掛けんと跳び回る。
『黙れぇっ!! 私がっ、私こそが最強へとなれる存在なのだっ!! 魔王如きが調子に乗るなぁっ!!』
翻弄されていた。エレイソンは感情の昂ぶりを抑え切れず、ただただ、魔王を追う事にばかり意識が向いてしまっていたのだ。
『ぐぎゃぁっ!?』
そして、頭上から降り注ぐ刃の雨には気づけず、それをまともに喰らってしまう。
翼はこれで完全に切り裂かれ、空を飛べなくなってしまう。
首筋にも幾本か突き刺さり、その鱗は赤にまみれていった。
頭部こそは振り回されていたおかげで刺さらずに済んだが、その他の部位に突き刺さったドラゴンスレイヤー達は、エレイソンを確実に消耗させていたのだ。
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