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10章 世界の平和の為に

#7-2.総攻撃へ

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 貴族らが帰っていった後、しばしぼーっとしていたエリーシャであったが、やがて何か思い出したように玉座から立ち上がり、自室へと戻ろうと、城内を歩く。
負担の掛からぬように謁見の間からそう遠くない場所に無理に用意された自室であったが、それでも、そんな距離でも、今の彼女には中々の負担で。
「はあ……」
わずか歩いただけで、壁に寄りかかってしまう。
これがかつての女勇者。戦場を駆け回った『英雄』の今であった。

「――嘘よっ!」

 身動きも取れず壁沿いに座り込み、ただ眼を閉じ身を休めていたエリーシャの耳に、突然若い娘の声が届く。
何事かと眼を開くと、回廊の角には二人分の影。
「落ち着いてシェルナ。気持ちはわかるけど――」
「貴方に何がわかるのよっ!! パパがっ、パパが――っ」
二人居る二人ともが若い娘の声。そして、シェルナという名にはエリーシャにも覚えがあった。
最近入った傍仕えの侍女である。
父親が軍で隊長をしているだとか。初勤務の挨拶の際にそんな話を聞いていた。
はきはきとした明るい娘だった覚えもあったが、今聞こえている声は絞るような、辛そうな嗚咽おえつも混じっており、そんな印象とは真逆のように感じられた。
「私のお父さんだって、魔族との戦いでもう――仕方ないじゃない。戦争なんだから」
「そんなのわかんないわよ!! なんでっ!? 戦争なんていつまで続けないといけないの!?」
なだめようとする別の娘の声。しかし、シェルナはそんな言葉すら受け入れられず、感情を爆発させているらしかった。
「女王様が戦争をっ、もっと早く戦争をやめてくれたら、パパだって死なずに済んだかもしれないのよ!? おかしいじゃない!! なんでよっ、なんでこんなっ」
「やめなって、それ、流石に不味いから。偉い人の耳に入ったら――」
「パパを返してっ!! 返してよっ!! なんで私の大切な人を殺すのっ!? 偉い勇者様だったんじゃないの!?」
「シェルナっ」
「うあっ、うう――っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
やがて我慢しきれなくなったのか、角の向こうからシェルナが走ってくるのが、エリーシャには見えていた。
だが、その前を駆け抜けていくメイド服の娘が彼女の姿に気づく事はなく。
通り過ぎたのを見たエリーシャは、ふう、と、小さく息をつき、立ち上がった。

「あ――じょ、女王陛下……」
そして、僅かの間を置いて角からもう一人が姿を現し、エリーシャの姿に驚愕する。
「あ、あのっ、あの子は決してその、陛下に不敬を抱いてとか、そういうのではなくっ――」
同僚思いなのか、おろおろしながらもフォローはしっかりと入れる。気の良い娘だった。
「私は、何も聞いてないわ」
だからか、それ以上は気にしないように微笑みかけながら、エリーシャは歩くのだ。
その隣を通り過ぎる間際、侍女の髪に手を触れながら一言。
「しばらく休ませてあげなさい。辛い時は、沢山泣かせてあげた方がいいわ。誰も責めない。落ち着くまで、傍に居てあげて」
侍女にだけ聞こえるように囁き、そのまま去っていった。
「――はい、ありがとうございますっ」
女王の格別の計らいに感謝してか、侍女は深く頭を下げ、それからシェルナを追い、走っていった。


「なんとも辛いものだね。人の生き死にを意識してしまうというのは」
自室に戻ったエリーシャを待っていたのは、久方ぶりに姿を見る魔王であった。
「久しぶりね、おじさん」
その姿に、ようやく彼女の素の表情が出る。
和らぐ頬。口元は小さく開き、先ほどまでとは違う、自然な微笑をたたえていた。
「待ってて、今お茶を淹れるわ」
ぎこちない動きながら、テーブルへと急ぎ、ポットを手に取る。
「――ありがとう。だが、お茶は私が淹れよう。君は座っていたまえ」
エリーシャの様子にいつものように人の良い笑顔になりながら、だが魔王は彼女の手からポットをそっと奪ってしまう。
「……そう」
それをどこか寂しがりながら、エリーシャは言われるまま、席に着いた。

「おじさんのおかげで、私の希望を摘み取られずに済んだわ。まさか、デフが直接あんなところに来ていたなんて、ね」
苦戦しながらも紅茶をカップに注いだ魔王に、エリーシャは静かに話を始める。
「だけど、アリスが壊れてしまった、というのも聞いてる。どうか、気落ちしないようにね」
「ありがとう。だが、皇帝夫妻、それにその子供――カシューと言ったか。彼らは、私にとっても希望だ。死なれては困る」
二人にとって、トネリコの塔で暮らす彼らは掛け替えのない存在であった。
エリーシャが今このような賭け・・に出ているのだって、彼らがいたから、というのが大きい位には。
「これからも彼らについては全力で守るつもりだから心配しなくて良い。それより問題なのは、北部にある」
「金色のドラゴン……北部に対しては、これから総攻撃を開始するつもりだわ。既に軍は、サフラン北部に集結してる」
トラウベンでの戦いによって多大な被害を受けこそしたものの、自軍以上の損失を敵軍が受けたのも確かなのだ。
攻撃の機会は今をおいて他にないと判断し、エリーシャは主力の大半をそちらに向け、突入の機会をうかがっていた。
「既に先行して斥候を放ってもいる。ドラゴンが近づいたら即座にばらければ、仮に襲撃を受けても被害そのものは少なく抑えられるはずだわ」
「できればその前に、何とかしたいところだが――そうか、やはり人間の軍勢では、アレは手に余るか」
大まかな戦略説明であったが、聞きながらに魔王は顎に手をやり、わずかなり躊躇ちゅうちょを見せた。
「どうかしたの?」
不思議そうに首を傾げるエリーシャに、魔王はやがて口を開く。
「エリーシャさん。奴の相手は、私に任せてはくれまいか」
「魔王軍が相手をするという事?」
「それでは明確に介入してしまう形になる。あくまで、私個人の助太刀と思ってもらいたい」
驚くエリーシャであったが、魔王の言葉がありがたかったのも事実で、小さく頷く。
「助かるわ。おじさんがひきつけてる間に教団本体や他の国の勢力を削ぐ事ができる。これで北部攻略の目処が立ったわ」
とん、と、テーブルに手を着き魔王を見つめた。震えながら、だが、確かにはっきりと、魔王を見つめていた。
「場合によっては、私が奴に負ける可能性もある。あまり期待されても困るが……なに、君達が北部諸国を潰せるようには頑張るつもりだ」
「……ありがとう。私達にとって、きっとこれが最後の戦いだわ。お互いに生きて会いたいものね」
「そうだな。平和になった世界で、またこうやってお茶を飲もう。今度はエルゼやアリスちゃんを連れて――人形の話や、漫画の話や……沢山、な」
どこか寂しそうに笑う魔王に、「ええ、そうね」と、エリーシャも呟き。
そうして、魔王は席を立った。
「では、早速行こうか。現地の軍の者に話を通しておいてくれたまえ。斥候に言って、『山頂付近で戦いが起きたなら、それが突入の合図だ』とな」
季節はもう秋の終わりごろ。
ディオミスも山頂付近ともなれば極寒となり、豪雪・豪風の吹き荒れる地獄と化しているだろうが。
これで終わりとなるなら、そんな地獄でもいいんじゃないかと、魔王は思ったのだ。
そう、『最後の戦い』はなるたけ凄惨なほうが良い。人々の心に「もう戦争は嫌だ」と、しばらくは焼きつくように。



 そうして今、魔王はディオミスの麓、テトラの村まで来ていた。
今回はご丁寧に山を登ったりはせず、転送によって瞬時に。
直接山頂に突入せずにここに赴いたのも、事前に帝国軍が放ったのだという斥候との合流ポイントがここであるから、というだけであった。

「あれ、公爵様……?」
そして、懐かしい人物と顔を合わせた。
「レナスか。久しぶりだね。いや、元気そうで何より」
かつてディオミスへの道を共にした、あのレンジャーである。
「大帝国の人とここで連絡を取るようにって聞いてたけど……まさか、公爵様が?」
「うむ。私もここで斥候と話すように言われてね。そうか、君が――」
ふと、違和感を感じていた。
このあたりはディオミスへの旅路ではあるが、元々はサフラン王国の管轄地であり、レナスたちも今は帝国軍なりグレープ王国軍なりの配下に収まっているのだろうが。
こう、物足りないのだ。レナスの隣が、ちょっと寂しくなっていた。
「コニーはどうしたね? あの、金髪の」
だから、魔王も気になって聞いてしまう。途端、レナスは表情を暗くし、俯いてしまった。
「……コニーは、もう。夏の事なんですが、賊の討伐中に崖から転落して――」
彼女の相棒であった町勇者コニーは、既に帰らぬ人となっていた。
魔王から見てほんのわずかな時間の間に、人は死んだのだ。
「そうか……君も、辛かったなあ」
「勇者なんてしてれば、いつかは死ぬものですから。賊に捕まってひどい目にあって死ぬよりはまあ。一瞬で逝けたでしょうし」
それが強がりなのは解ってはいたが敢えて触れず。
魔王は、その肩にぽん、と手を置き、息をつく。
「私がここに来たのは、そういった悲しい事になる者を、これ以上増やさないためでもある」
びくり、と震えるレナスに、力強く言葉を向ける。
「公爵様……貴方は、一体――」
まつ毛をわずかに濡らしながらも魔王を見上げるレナス。
魔王は、威厳を以ってこれに応えた。
「私は私さ。さあ、話を続けよう。私は、金竜エレイソンの元へ向かう。君は、山頂で何が起きているのかを知る必要はない。ただ、その戦いの始まりを、帝国軍に伝えてくれれば良い。頼んだぞ?」
「……はいっ」
力強く応える彼女の姿に、魔王は満足げに頷き、背を向けた。
「あまり時間を掛けたくない。私はこれから向かうが、君は無理をしないように」
幸い天候はまだ落ち着いていたが、これがいつ変化するとも限らない。
魔王は見た目、とても登山をするような格好でもなく、漆黒の外套のみが唯一それらしい備えのようにも見えたが、レナスは何故か、そんな軽装で山へ向かう『公爵』を止める事も出来ず、ただ、往くのを見守っていた。

 こうして、魔王はテトラをつ。
そのテトラに向け、帝国軍も行軍を開始。
ここから分かれ、ディオミスにある教団本部への直接攻撃、そして北部各国への攻撃が開始されるのだ。
帝国軍主力の大半を使っての総攻撃が、開始されようとしていた。
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