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10章 世界の平和の為に
#5-1.強襲
しおりを挟む魔王がエルヒライゼンへと向かった翌日の事であった。
参謀本部にて、かねてより行方知れずとなっていたアーティとミーシャの調査結果を聞いていたラミアは、苦々しい顔をしていた。
「やはり、二人はこの魔界の何処にも居ない、と……?」
「はい。悪魔王による攻撃を受けたらしい所までは、魔力の残滓、そして黒竜姫様が襲撃を受けた状況から解るのですが、その後どうなったのかが……」
日を掛けての詳細な調査の結果明らかになったのは、またしても魔王の顔が曇りそうな、頭の痛くなるような結末であった。
「アーティも心配だけれど、人間のミーシャ姫が今のままどことも知れぬ場所に、と考えるとかなり不味いわねぇ。一応再調査の手配を。それから、魔界に存在する全てのレーダー解析を急いで頂戴」
「かしこまりました。では、これで――」
なんとかしなくてはならない、という思いはラミアにもあり、表情こそ崩さないながらも、内心落ち着いていられなかった。
「アルル、私は視察の為に少しの間戻れないけれど――何かあったらすぐに連絡して頂戴。できるだけ急ぎ戻るから」
その後、ラミアは内乱後の復興を始めた各地の視察の為、魔王城を出る事となった。
お供に部下を数名つけてのものだが、魔王不在の折、自分までもが城を空けてしまうことに、いささかの不安が有る様子であった。
「大丈夫ですラミア様。陛下とラミア様が不在の間は、このアルルがきちんと城内をまとめておきますから。どうぞご安心ください」
城の中庭に臨時で張られた転送陣。
見送るアルルは、あまり起伏のない胸を思い切り張ってラミアを安堵させようとしていた。
「……ええ。それじゃ」
アルルの様子に満足げに頷きながら、左右に並ぶ部下に促し、自身も転送陣に乗る。
『転送――キメラ研究所へ!』
右側の犬耳悪魔が転送陣を発動させると、一瞬眩く光り、アルルの前から消え去った。
「……平和、だなあ」
ラミアが城を出てしばらく。昼も中ごろになった辺りであった。
アルルは政務担当として日常的な業務をこなし、城内の庭園でのんびりとくつろいでいた。
テーブルの上にはグランドティーチ産の紅茶と、城の女官達からの報告書類の束。
これも全て眼を通し終え、必要なものにはサインも記してある。
黒縁の眼鏡をテーブルに置き、だらん、と、椅子にもたれかかる。
「いいのかな、私――」
一人ごちる。魔王城は、平和であった。
魔界も安定しつつあった。人間世界も、遠からずそうなるのではないかと思えた。
魔王陛下は何やら緊急の用だとかでエルヒライゼンへと向かったが、それ以外は特に何事もなく。
だからこそ、アルルは、そんな今に疑問を抱いてしまっていた。
先の魔族世界での反乱の首謀者は悪魔王であるとはっきりしている。
当然、アルルはその娘として裁かれてもおかしくはなく。
そうでなくとも、良くても厳重な監視の下幽閉されるか、閑職をあてがわれ飼い殺しにされるか、いずれにせよ陽の目が見られぬ日々が続くはずであった。
ただ一つ、魔王の眼に留まり、後継者として見られていること。
それだけの、あの魔王のきまぐれが、彼女を生かしていたに過ぎない。
だが、本当にソレで良いのだろうかと、アルルは考えてしまったのだ。
(陛下は、確かに私を認めてくださっている。ラミア様も……期待に応えられているという自負はある。責務を負うのが怖い訳ではない……だけど、父上の反乱を止められなかった、娘だというのに察知すらできなかった私が、私だけがのうのうと生きていて、本当に良いのかしら……)
黒竜姫相手に、一度は撃退されたのだという父は、しかし、まだ生きている可能性があった。
生きていたとして、どこに潜伏しているのかは解らない。
探す術もないのもあり、そうなっては最早再起も叶うまい、と、魔王もラミアも捨て置く事にしていたのだ。
次に目立つ行動を取ればその時が父の最期なのだろうとは、アルルも理解していたが。
(父上は、一体何を考え、あのような事を――)
父の行動が、最初から全て計画の上での事なのか、あるいは、どこかで歯車が狂った結果あのような事態を招いただけなのか。
今となっては知る由もないが、娘であるアルルにはどうにもふがいなく、無力感を感じていた。
「――っ!!」
「……げっ!! 早く行けっ」
思考の波に揺れながら、いつの間にかうとうとしていたのか。
アルルは、突然耳に入った叫び声、そして怒声によって、意識を戻す。
空を見れば薄暗く。だというのに、城内はあわただしく誰ぞかの声が響く。
「……どうしたのかしら。騒がしい」
何事か起きたのか。ともかくここにいては情報が入らないからと、立ち上がり、玉座の間へと戻る。
「ぐはぁっ!!」
そこは、戦場となっていた。血がこぼれ、炎が舞い、そして、闇が踊っていた。
「た、倒せっ!! 奴を倒すのだぁっ!!」
城の守りを預かるガードナイト数名、それから十名ほどの魔物兵が、距離を空けながらも巨大なヤギ頭の悪魔を囲う。
「――ふん。お前たち程度では話にならぬ。邪魔をしてくれるな」
「そうはいかぬ! ここは魔王陛下の居城! 悪魔王ガードナー、反乱の主導者め、覚悟するのだ!! 行け!!」
一歩離れた場所に立つガードナイトの言葉と共に、魔物兵らが、そして他のガードナイトが突撃してゆく。
「くらぇぃっ!!」
「ぷぎぃっ!」
「ぎひぃっ」
一斉に跳びかかる者達に怯みもせず、ヤギ頭の巨漢は腕を大仰に振り上げ、口を開く。
『グラン――』
「いけないっ、離れなさい!!」
父が、悪魔王が何をしようとしていたのか即座に察したアルルは、挑みかかる兵達に向け、金きり声をあげる。
しかし、間に合わない。
『――エクスプロージョン!!』
悪魔王の頭上に浮かび上がった巨大な光弾が、地面へと叩き付けられ――そして、すべてが白になった。
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