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10章 世界の平和の為に

#2-3.ファンタズマブレス

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 魔王城、参謀本部にて。
西部での状況が収束しつつあった事もあり、ラミアは司令官グレゴリーを呼び出し、金竜襲撃に関しての調査結果を聞いていた。
「城砦そのものが消滅し、後には少量、光る砂が残った、と……?」
「はい。パルティナ街道にて敵陣のあった地点、及び敵要塞跡にはいずれも。あの竜のブレスによるものなのでしょうか……?」
金竜エレイソンの襲撃により、パルティナ街道の反乱軍はその全てが『消滅』した。
痕跡一つ残さずその場から消え去ったのだ。ご丁寧に整備された街道までその表面を吹き飛ばして。
それに関しては、遠方から隠れ潜み観測していた正規軍の斥候が確認していて間違いはないらしかった。
「――これは、全軍の士気に関わる事だから表ざたにはしていないことなのだけれど」
口元に手をやり隠しながら目を細め、ラミアは難しそうに、呟くように語る。

「かつて、先代四天王の黒竜翁と四代前の吸血王が、力比べの為に人間世界北部へと向かったことがあったのよ」
「黒竜族と吸血族は、昔から険悪な関係でしたからなあ……」
「ええ。互いに互いの攻撃が全く通用せず、更に周囲まで巻き込んで暴れまわるので時の魔王が仲裁に入って両者の決闘を禁止したのだけれど。『ならば直接戦わぬのなら良いのだろう』と、黒竜族の忌み子を使っての力比べを目論んだの」
「……」
ラミアが何を言わんとするのか、なんとなしに察せてしまったグレゴリーは、黙りこくり先を待つ。
「その忌み子は金色の鱗を持つ黒竜族の白変種。絶大な力を誇り、黒竜翁はあえなく惨敗。恐怖におののき逃げ帰る羽目になった」
「……その、力比べをしようとした吸血王は?」
「無理に残り、ブレスを浴びて即死したらしいわ。これも、先代の悪魔王が見届け人としてついていて解った事なのだけれど、ね」
吸血族が即死するようなブレスなのだ。
なるほど、並大抵の魔族では耐えられないものだったらしいと解り、グレゴリーは息を飲んだ。
「悪魔王は恐怖に失禁しながらも金色の竜が飛び去った後、吸血王が元居た場所に近づいたのよ。そして、その地面は眩く光っていた」
「地面が……」
「山肌の表面が光っていたのよ。でも、そんな中でも植物はところどころ残っていたらしいわ」
その『金色の竜』が金竜エレイソンだとするなら、その時に使ったブレスは今回と同じものである可能性があった。
吸血族を滅ぼし、要塞を瞬時に消滅させるほどの威力があるブレス。
だが、だというのに植物は残っていたのだと言う。グレゴリーは首を捻った。
「どういう事でしょう? 要塞を消滅させるほどの威力があるブレスで植物には被害がなかったというのはなんとも……」
「不思議でしょう? まあ、ブレス自体が古代魔法の類らしいから、現代で言う破壊魔法のような単純な構造ではないのかもしれないけれど……」
破壊する対象が決められている可能性がある。
ラミアの言葉からは、そのような意味が感じて取れたのだ。
「生物特化……ではないでしょうな。要塞も消滅した以上は……一定の質量を持つ存在だけを消滅させる、とかなのでしょうか?」
「その条件付けがはっきりすれば、対処も容易にできるようになるかもしれないわ。後に残った『輝く砂』とやらも気になるし」
「そちらは既に錬金術研究所に持ち込み、調査させております」
「結構。一度は回避できたけれど、今度こそ金色の竜と本格的な戦いに発展するかもしれない。そうでなくとも、ここで知れたことを人間世界に知らせれば、人間世界内で金色の竜を封殺する事もできるかもしれないし、ね」
誰より平和と安寧を求めていたはずの金色の竜は、今では北部諸国以外の全ての敵となっていた。
これを放置する事は危険極まりない。だが、その対処法がこの世界には存在していないのだ。
「とりあえず、人間世界北部よりの侵入を警戒しなさい。対空兵器や警戒用のレーダーの設置も急ピッチで増配できるよう指示してあるから、上手くそれを活用して頂戴」
「ありがたいご配慮ですな。西部地域を緩衝地帯とし、少しでも被害が抑えられるよう務めます」
ビシリと礼の姿勢をとるグレゴリーに、ラミアは小さく頷きながらも、心中ではまだまだ思考の中に留まっていた。
(……今はまだ良いわ。本格的に暴れだす前に、何か対処法を考えなくては)
魔王軍にとって、自軍被害0のまま金色の竜の襲来をかわせた事は僥倖ぎょうこうであったと同時に、今後襲い来るであろう脅威の兆候でもあった。
その対処が為、これからしばしの間、ラミアは試行錯誤を繰り返すこととなった。


「ようこそお越しくださいました、ラミア様」
まず、その一環としてラミアが訪れたのがこの『錬金術研究所』である。
元々はキメラ研究所と同じように技術発展の為魔王城主導の下作られた研究施設なのだが、キメラ研究所と異なり、こちらは即時的に魔族世界に役立つ研究が数多く行われている。

 例えば生成が難しく鉱山を見つけねば増産が不可能と言われている金や銀、各種鉱石類の人工精製。
例えば凶悪な呪いを持つ魔鉱石や魔樹木による脅威を無害化する為のクリーナー開発。
例えば餌の都合上飼育が困難な動物を養殖する事を可能にする人工飼料の開発など。
研究内容の全てが順調に進んでいるわけではないが、これらはいずれも魔族世界の繁栄に直結して役立つと言える研究であり、莫大な額の資金や資源がこれら研究に惜しみなく費やされていた。

「少し前に、中央方面軍よりこちらに送られてきた砂があると思うのだけれど。そちらの調査は進んでいるかしら?」
「グレゴリー司令の配下の方が持ち込んだ輝く砂ですね。調査の結果は出ております」
研究所の所長だと言うこの白衣姿の牛頭の男が、手に持った資料を見ながら、ラミアに説明を始める。

「まず、輝く砂の成分ですが、これは金であると解りました。極純粋な砂金、ということになりますな」
「……砂金? なんでまた」
「ご存知の通り、金というのは自然界においては極微量ながら、いたるところに存在しております。海岸の砂浜、山から流れる上流河川の川底、それに、干上がった砂地等ですな」
牛頭は資料から目を離し、難しそうな顔をするラミアに説明を続ける。
「それまで、パルティナ近郊で金が取れた、という話は聞いていないわ。そもそも金を目当てに地面を掘るなんて不毛な話聞いたことは無いから当たり前なのだけれど」
ラミアも当然ながら金が何処にでもあるというのは知っていたが、それにしてはやや不自然だった為、考え込んでしまう。
「金そのものには特に変質した様子もなく、呪いや魔力を元とする何がしかの影響もありませんでした」
「砂金そのものは、自然的に発生したものである可能性が高いという事?」
「恐らくは」
最初の話から、ブレスによって溶かされた反乱軍が金になったとか、ブレスそのものが金に変質させる何かを持っていたとか、そういう可能性を考慮していたラミアは、ここであてが外されてしまった。

「地質学的な話は私よりもラミア様の方がお詳しいと思うのですが、パルティナ近辺は街道として整備される以前はどのように?」
「ただの荒地だったわ。元々西部は名も無き下級魔族や落ちぶれた中級魔族、それに魔物たちが追いやられる僻地だったもの。街道として整備されはじめたのは一千二十万年も昔。十代前の魔王の時代よ」
いきなり話のベクトルが変わり、首をかしげながらも、ラミアは問われた事をすらすらと答える。
それを聞き、牛頭は「なるほど」と、顎に手をやりながらウンウン頷く。
「状況を聞いた限りでは、金色の竜とやらは街道上に陣取っていた反乱軍そのものを、街道の表面もろとも消滅させたとか」
「ええ、そうよ。だから、何か関係があると思って後に残ったその砂金をこちらに持ってきたのよ」
「でしたら、それは本来土中に含まれていた金が、竜のブレスによってそれ以外の物質が消滅したことによって極少量、表に浮き出た形になった、とは考えられないでしょうか?」
「……確かに、似たような状況になった過去の例を見るに、山肌が光っていたという報告があったのも考えれば、その可能性はないとは言い切れないけれど。でも、その例だと植物は残ってたのよね」
「私どもとしましては、この砂の成分を調べるのが精一杯でしたので、ここからはあくまで想像の上でのこととなりますが――」
実際に見ていない二人にとって、これは既に想像の中の話であった。
本当にそうであると言う確証がない。
過去と今とで、実際には全く違うブレスを吐いていた可能性だってあるのだから。

「ブレスの直撃を受けた生物は消滅し、街道も消え去った。ですが、後には元からあったと思われる砂金が表に表れ、植物も全てが吹き飛んだ訳ではない、と考えますと……条件が、いくばくか分かれるのではないでしょうか?」
消滅したものと残ったものの違い。
生物と非生物ではない。だが、確かにその違いさえ解れば、と、ラミアは考えを巡らせ――
「――そうか、人工物と自然物!」
そうして、結論に至った。
銀色の瞳が赤く色づく。ラミアは、興奮気味に語りだした。
「金色の竜のブレスは、人工物を消滅させるブレスだったのよ。いや、正確には……何かしら、生物と生物の手によって創られたもの? 用意されたもの? 何がしか、人為的にあるものが消えたのよね」
「そういう条件で考えるなら、確かにその場その時の状況と合致しますなあ」
「問題は、それをどう防ぐか、という事よねぇ」
なんとなくだが、金色の竜のブレスが効果を発揮する条件、というのがまとまろうとしていた。
だが、その条件をいかにして外れるように対処するか。そこがまだ浮かばない。
「短時間で考えられるようなものではありませんなあ。予想通りに対人工物特化というのなら自然物で対処するのが一番なのでしょうが……何分竜が相手では」
そう、別に金竜エレイソンが脅威なのはそのブレスだけではない。
ブレスを吐き出す大元、エレイソン本人が、既に世界最強クラスの竜であるという事の方が問題としては大きいのだ。
むしろブレスを防げてからが本番とも言えた。
「まあ、そこから先は私が考えることだわ。また後で別の調査を頼む事になるかもしれないから、常に人員には余裕を持って配置して頂戴」
「かしこまりました。どうぞ御武運を」
手を上げ、そのまま背を向け研究室を去っていくラミア。
所長は恭しく頭を下げ、ラミアが部屋から出て行くまでその姿勢であった。

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