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9章 変容する反乱

#4-3.世界の楽園

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「二人とも、遅くなりました。交代の時間ですわ」
「エスティ、エクシリア、交代っ、交代の時間だわっ」
そうこうしている内に、次の交代要員の三人が現れる。
侍女の妖精族を引き連れたデュラハン族の姫君と、拳にグローブをつけたゴブリンの姫君。
侍女もゴブリン族の姫君も子供のような背丈の為、どうしてもデュラハン族の姫君が子連れに見えてしまうシュールな光景であった。
「……ぷっ」
思わず、エクシリアは笑ってしまう。
「……私の顔に何か?」
何故笑いますの? と、ちょっとだけ悲しげに首をかしげるデュラハンの姫。
「あ、いえ。なんでも……それじゃ、お願いしますね」
ちょっとだけ悪い事をしたような気になって、すぐにぺこりと頭を下げ、後をお願いするエクシリア。
「ええ。お任せください。昼まで責任を持って入り口を死守いたしますわ」
この首にかけて、と、デュラハンの姫君は勇ましく微笑んでいた。
「エクシリアっ、私っ、私の事忘れてないっ?」
ぴょこぴょこと飛んだり跳ねたりしながらエクシリアの視界に入ろうと頑張っている小さな生き物がいた。かわいかった。
「忘れて居ませんよ……? 頑張ってくださいね、プルポケット」
「うん!! 任せて頂戴!! 出てきた敵、ぜーんぶ私が倒しちゃうんだからねっ」
構われて嬉しいのか、にかー、と、子供そのままな笑顔になるゴブリン族の姫君。齢十三歳。
(可愛い……)
(かわいいな……)
(かわいいですわ……)
その場にいた姫君らは皆、そのマスコットのような小さき姫君に癒されていた。


「あ、おかえりなさい」
「おかえりなさいエクシリアさん、エスティさん」
エクシリア達が上階、空中庭園へと戻ると、そこでは後方担当の娘達が食事やら飲み物やらお菓子やらを作っていた。
ちょっとした屋外調理場兼休憩場である。
良い香りが漂っており、エクシリアも鼻先をスンスンさせその甘い誘惑を堪能していた。

「おつかれさまですぅ、疲労回復に蜂蜜ティーなどいかがですかぁ?」
二人が真ん中のティーテーブルに腰掛けると、すぐにニコニコ顔の犬悪魔族の娘がティーカップを置いてくれる。しっぽをフリフリさせながら。
「お菓子もあるぞ。しかも焼きたてだ」
リザード族の剣姫もそれとなくバスケットを差し出してくれる。中身はココア入りのビスケット。
「疲れたでしょう? お姉さん疲労回復の薬を作ってみたんだけど――」
更にどさくさまぎれに怪しい液体の入った薬瓶をコトン、とテーブルの上に置く魔女族の娘。
「あ……それは結構です……」
「すまないが自分で試してから頼む」
二人揃って手を前に出し拒絶。魔女族の娘は残念そうに瓶を引っ込めた。
「折角作ったのに。ウィッチ族に伝わる秘薬とか混ぜてみたし」
ぶつくさと呟きながら、洒落にならない事を言ってのける。
(飲まなくて良かった……)
(飲んでたらどうなってたんだろう……)
そら恐ろしい想像をし、真っ青になってしまう二人。
「ま、冗談はおいといて、疲れてたら手遅れになる前に言ってね。治癒の魔法は使えないけど、傷の手当てや疲れた筋肉を揉み解すくらいは慣れてるから」
これでも魔王軍のメディックだったからね、と、爽やかな笑顔で去っていく。
「……」
その後姿をみやりながら、エクシリアはぼーっとしていた。

「どうかしたのですか?」
いつまでも無言のまま庭園を眺めているばかりだったエクシリアに、対面で蜂蜜ティーを飲みながら、エスティが声をかける。
「いえ……本当、色んな種族、色んな立場の人がこの塔にいるんだなあって、今更ながら実感を……」
すごいですよね、と、静かに微笑む。
「確かに。今ここには、種族や立場を超え、様々な者達が集まっている。いずれも陛下のお妾に、あるいは本妻になろうとこの塔に来た事には違いはないですが――この連帯感、魔界ではそうそうお目にかかれないかもしれないわ」
楽園の塔とは良く言ったもの、と、エスティは感慨深げに目を瞑る。
「皆がこの場を切り抜けようと各々の得意なこと、出来うる最大の事をやろうとしている。中には、反乱を起こした種族出身の者もいるでしょうが、そんなのは関係もなしに。こんな事が起きたからじゃなく、きっと私達は、いつの間にかそのようになっていたのでしょうね」
何せ、皆この塔の住民なのだ。親元や故郷を離れ、それぞれが自分の意思でこの塔で暮らしていた。
彼女たちにとってここは、大切な、守らなくてはならない居場所となっていた。
人は、『場所』に依存するのだ。
「楽しい……ですもんね? この場所が。ここが、好きなんです」
結局魔王は彼女たちに何の手出しもしてこないが、彼女たちはもう、そういうの抜きに、この掛け替えのない場所に居続けたいと思ってしまっていた。
住みよい環境だからというだけではない。好きなのだ。気に入っているのだ、この場所が。
「がんばらないと……いけませんね?」
「その通りです。心して掛からねば」
これから先どうなるかも解らない。いつまでこれが続くかも解らない。
だが、とにかく守らねばならない。
二人、真面目に見つめあい、静かに頷いていた。
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