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9章 変容する反乱
#3-4.黒竜王の望んだ世界2
しおりを挟む「馬鹿な――これは、我がウィザードに伝わる最強の雷魔法。何故ウィッチが、あのウィッチ族の長が扱えるのだっ!?」
館から離れた場所でそれを目の当たりにしていたのは、今回の襲撃の指揮を執っていたウィザード族の長であった。
小手調べも終わり、得意のサンダーストームで館を破壊し、本隊を送り込んだ直後の事である。
館の中心部から突如現れた光の束は、館へと直進していた本隊を容赦なく飲み込んでゆき――分解していった。
彼自身は後方から眺めていたので難を逃れたが、進撃しようとしていた部隊はこれで全滅しただろうと判断できてしまっていた。
それ位に圧倒的な威力を誇るのだ、あの魔法は。
「雷法典は、あの古代魔法は、我らウィザードが古来より連綿と受け継いだ奥義のはず。何故やつらが――」
「つまり、ウィッチ以外の何者かがあの場にいた、という事でしょう?」
その光景に驚愕し、そうして悔しげに拳を震わせるウィザードの後ろから、その疑問に答えるかのように声が響く。
「なっ――」
不意を打たれ、動揺しながら振り向くも――
「老いたわねウィザードの長。そんなだから私に殺される」
「きさっ――何故ここにっ」
――その胸には既に、拳ほどの風穴が開いていた。
驚愕。ただ驚愕ばかりが、彼を満たしてゆく。
「何故だ……私は、私は、一体誰と戦って――」
崩れ落ちながら、理解できないとばかりに疑問を口にする。
「お前は、私の娘と戦っていたのよ」
血反吐を吐きながら、胸を抑えながら倒れる男を前に、深緑のウィッチは楽しげに微笑んでいた。
「貴様の、娘だと……あの出来損ないが。ごほっ――法すらまともに扱えぬ出来損ないが、私を、この私を、驚愕させた……?」
「そうね。あの娘一人では何も出来ないわ。だけど、あの娘は存外人徳があったらしい。これで私も安心して、姉様の後を追いかけられる」
「く、くく……そうか……はぁっ――私は――負……たのか……」
てっきり悔しがるかと思っていた相手が苦しげながら笑い出し、ウィッチは不思議そうに首を傾げていた。
「嬉しそうね。貴方がそんな顔をするなんて、思いもしなかった」
「誇りを以って戦ったのだ。貴様如きに不意打ちでやられたのは癪だが、なるほど、世の中には、マジック・マスターをも凌ぐ遣い手が、まだいるらしい――我が道は、まだまだ先に続いておるわ……」
にや、と、口元を歪め、最後の言葉を吐く。
「我ら、アルドワイアルディ様の配下にとって、これほど嬉しい事はない……あの方のしてきた事はやはり正しかった。今の世界には、あの方の望んだ……強き者で、溢れておる――わ……」
くく、と笑いながら。男は、そのまま動かなくなった。
「……これからの世界に、強者なんて要らないのよ」
その死に様に、ウィッチは色の無い瞳で、ぽつりと呟く。
「アルドワイアルディの時代に生きた強者達の時代は終わった。エルリルフィルス様の……トルテ様の時代の魔族も、もうすぐ終わる。時代の流れについていけない者達は、ここで一度、全て流されてしまうべきなの」
その死体に向け手をかざす。光が溢れ――焼き払っていった。
「これからは、伯爵殿の時代よ。新たな魔族達が、お前達や私達の願った世界を実現させてくれる。黒竜王やトルテ様も認めたあの男が。これほど、嬉しい事は無いでしょう?」
灰となった男を前に、自嘲気味に笑いながら。
ウィッチはそのまま姿を消していった。
「はぁっ、はぁっ――」
「……はぁ……あぁ、終わった」
終わった。全部終わった。何もかも終わった。そんな気がしてしまう。
二人、ぐったりと倒れながら、何も考えられないとばかりに呼吸を整えようとしていた。
疲れてしまっていた。どうでもいいと、これでどうにもならないなら、どうにでもなってしまえと、自棄になっていた。
「アーティさん、今の魔法、なんなの……?」
だらしがなく大の字になりながら、ミーシャはようやく収まってきた鼓動を感じながら、アーティに話しかける。
「ウィザード族の奥義です。紀元前より残っていた最古の古代魔法の一つ。私達は『法典魔法』と呼んでいるのですが、それを使いました」
「法典魔法……」
聞きなれない単語であったが、ミーシャは頭を使うのも面倒くさく感じていた。
ただ呟くだけで、思考の隅に追いやってしまう。
「聖(せい)法典、邪(じゃ)法典、雷(らい)法典、書(しょ)法典、闇(あん)法典、光(こう)法典と、六種類あります。いずれも強力ですが、古代魔法というだけありリスクとコストも絶大です」
死ぬかと思いました、と、アーティは胸を押さえる。
さりげなく手がかくかくと震えていた。本当に危なかったらしい。
「つまり、今の魔法は魔力消費がすごい事になってたって事?」
「ええ。今の私はもう、ただの人間の少女と変わりないです。魔力が空に近いですから。死ぬぎりぎりちょっと前位です」
たはは、と、力なく笑う。笑うしか出来ないのだろう。ちょっと涙目になっていた。
「そんなすごい魔法だったのね――」
周囲を見渡す。なんにもない。館の残骸も、敵の死骸も、館の周りの空すら、すべてがまっさらとなっていた。
時折ばちりばちりと空間に響くプラズマの音でびくりとするが、それは周囲に展開されていた斥力フィールドが弾いてくれる。
「フィールドの展開が間に合ってよかったです。雷(らい)法典はこの反射魔法とセットにしないとただの自爆にしかなりませんから……」
「自爆っ? ちょ、それどういう――」
聞き捨てならない言葉であった。
ほっとしながら話していたアーティだが、ミーシャは唖然としながらその顔を見る。
「あの威力を目の当たりにすれば解ると思いますが……魔法として制御できるのはあくまで発動の範囲だけなので。そのままだと魔法の中心部に居る術者本人は魔法から副次的に発生したプラズマに焼き殺されてしまいます」
ばちり、と、フィールドに反射した光を指差しながら、アーティが説明する。大分落ち着いたらしかった。
「このプラズマは魔法でも何でもなくただの自然現象なので、魔法障壁や物理障壁では防ぐ事が出来ません。全ての外因を排斥する斥力フィールドが展開できない場合、もれなく死ぬ事に――」
「……笑えない。すごく笑えないわそれ――」
あの時、ほんの一瞬でも詠唱が遅れていたら、ミーシャもアーティも、光の中悲鳴を挙げる暇も無く溶けていった敵と同じ眼にあっていたのだ。
そうでなくとも、アーティが瀕死になるほどの魔力消費コストである。
もし失敗して逆流してきたら、人間のミーシャではひとたまりもないはずであった。
「なんでよりによってその魔法なのよ!? 他にもその……法典魔法ってあったんでしょう?」
「ありましたけど、邪法典は魔族相手には無意味な上ミーシャさんの心が蝕まれますし、聖法典は私まで浄化されかねないですし、書法典は図書館で、それもハーミットしか扱えないという謎の制限つきですし……」
「光と闇は?」
「光法典は堕天使族、闇法典にいたっては魔界では一人しか扱える人がいません」
結構難しいんですよ、と、指を立てながら説明する。
「その一人って?」
「……内緒です。というか、魔族に詳しくない人に教えても解らないでしょうから……」
「まあ、魔族の名前なんて、というか、種族だってそんなに詳しくないしね。ウィッチとかウィザードとか、そういう魔法に関係する種族はよく聞かされてたけど……」
お姫様育ちなんてこんなもんである。アーティも怒ったりはしない。
「メテオを使うには計算の時間が足りなさ過ぎましたし、サンダーストームをもう一度使っても、それで撃退できなければ……私の魔力が続いていたか怪しかったですし」
暗に、次の波を乗り越えるだけの余力はなかったのだと、ミーシャにも伝わっていた。
「どの道、賭けるしか無かった訳ね」
分の悪い賭けに。だが、唯一勝ちの眼のある賭けに。
「細かい事気にするの、やめたわ」
もういい。考えれば考えるだけ怖くなる。だから気にするのをやめた。
思考停止でも何でもいい。考えたら負けだと、ミーシャは思ったのだ。
「笑いましょ。勝ったわ。私達は勝った。私達は勝った!!」
そうとでも思い込まなきゃやってられないから、と。
ミーシャは無理矢理立ち上がり、腰に手を置き笑い始めた。
「あはははははっ」
「すごく馬鹿みたいです」
足元から聞こえる冷静な突っ込みに、ミーシャは思わず泣きそうになった。
「……冷めるような事言わないでよ」
今のは本当に傷ついたわ、と、悲しい気持ちで呟く。
「ごめんなさい。私も笑いますから怒らないで」
「そうよ笑いなさい。勝った時くらい笑えば良いの。そうじゃなきゃ、いつ笑うっていうのよ」
倒れたままのアーティに手を伸ばし、自分より小さいその掌を掴み、ぐい、と引っ張る。
ミーシャ自身あまり力が無いのでバランスを崩しそうになるが、それでも踏ん張って。
立ち上がりながら、アーティが微笑んでいた。
「ありがとう。そうですね、こんな時くらい――」
清々しい勝利だった。見上げれば空はこんなにも青く美しい。
この夜明けが自分達の手で得られたのだと、感慨深くもあり。
「ふふっ」
「あはははっ」
二人、感極まって泣いてしまっていた。笑いながら。馬鹿みたいに笑いながら。
こうして、楽園の塔からさらわれた二人の戦いは、ひとまず落ち着く事となった。
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