上 下
369 / 474
9章 変容する反乱

#3-3.クロスロード3

しおりを挟む

「とにかく、もう一度索敵しましょう。今ので近づいていた敵は一網打尽に出来たと思いますが、波状攻撃がこないとも限りませんし」
幸い館の外から敵の声やら足音やらは聞こえないので、それほど近くまで敵が接近してきている訳ではなさそうだが、それでも油断は出来ないのだ。
ここは戦場。そしていくらいるかも解らない敵に囲まれた状況なのだ。

(サンダーストームは計算上、館への破壊を最低限に抑えた範囲に発動するように狙いましたが……それでも、外壁部はほぼ破壊されてしまっていると考えてよさそうですね)
気を取り直して、二人、また迎撃のポジションへと戻る。
心なし、アーティのホールドが先ほどよりがっちりしているのを感じて、ミーシャは心強さを感じていた。
「そうなると、次に敵が来た時に防げる防壁が完全になくなっちゃったって事かしら?」
(恐らくは。敵もただやられに来ている訳ではありません。というより、今までの襲撃から見ても、悪戯に戦力を消耗しているようにしか見えないのが不気味ですね)
「敵の指揮官がお馬鹿さんなだけなんじゃないの?」
(そうだと助かりますけど、楽観はできません。何か策があるものと思ったほうが良いでしょう)
あるいは、と、思いながら、アーティは言葉にせず、ただ思考する。

 もしかしたら、古い考えの魔族が指揮官なのかもしれない。
例えば、今回の襲撃の指揮を執っている魔族が、魔物兵や下級魔族をただの魔法発動の為の駒にしか思っていなかったとしたら。
かつての大規模戦闘の時のように、敵を釘付けにせんが為に投入を繰り返したのだとしたら。
(……まさか)
その為だけに数百の魔物兵や中級魔族まで犠牲にする意味は感じられないと思ったが、敵がもし、戦っているのが自分達ではないと認識していたならどうだろうか。
どこぞへといなくなる前に、父はなんと言っていたか。

『そう掛からず、この館は悪魔王配下の軍勢に囲まれるわ。まあ、元々利用してただけだけど、私の計画に勘付いたようだから』

 つまり、この館に襲い掛かっていた敵は、倒すべき目標を父であると認識していた可能性が高い。
なるほど、確かに熟練のウィッチ相手に挑むなら、大規模戦相当の戦力を想定し、戦術もそのように組むのが妥当ではある。
では、この後どうなるのか。もし敵が自分以下の存在を魔法発動の為に生贄と考えていたのなら――

(――いけない。ミーシャさん、復唱を)
「えっ? あ、うんっ」
すぐに思考の海から抜け出す。実行に移さなくてはならない。
不味い事になる。それは直感か経験か、あるいは知識か。
とにかく、急がなくてはならないと、アーティは言葉を紡ぐ。
(1と0を繋げし無色の糸よ、不可視の壁となり、我らを守らん)
「1と0を繋げし無色の糸よ、不可視の壁となり――」

――ミーシャが詠唱を終えるより一瞬早く、『それ』は起きてしまった。

 爆風。耳を壊すかのような強烈な音と共に、光が館を飲み込んでゆく。
「きゃぅっ」
「あっ――」
震動に天井は崩れゆき、家物は瓦礫に飲み込まれてしまう。
「くっ――物理障壁っ」
即座にアーティが防御の魔法を展開させ、衝撃に倒れたミーシャに覆いかぶさる。
そのままアーティの上へと瓦礫が落ちてくるが、そのほとんどが魔法の障壁に阻まれ、わずかにずれた位置に転がる。

「ミーシャさん、大丈夫ですか……?」
揺れが収まったところで、周囲を見渡しながら立ち上がる。
瓦礫の山。埋もれずに済んだものの、既にそこは部屋と呼べるものではなくなっていた。
倒れたままのミーシャであったが、うめき声が聞こえ、安堵しながらも。
油断できる状況ではないと、アーティはキッと眼を細める。
「ミーシャさん、起きてください。敵の本隊がきます」
先ほどの魔法の衝撃で、この領主館のほとんどは壊されてしまったと思えた。
既に敵と自分達の間に阻むものはない。ほどなく、敵が襲い掛かってくる。
そう考え、アーティは迎撃のプランを練り直す。
「う……やって、くれたわね――」
額から血を流しながらも、なんとか無事らしく自力で立ち上がるミーシャ。
「許さないっ、倍返しにしてやるんだから!!」
その痛みは、弱まっていたミーシャの心に怒りの炎をつけてくれたらしかった。

(復唱してください。今度の魔法は……二重詠唱になります)
「にじゅっ……ちょ、そんな急にっ」
二重詠唱。言葉に出しつつ、それとは別に心の中でも呟き、同時に複数の魔法を発動させるための詠唱を読み上げる。
魔法の同時発動は非常に難易度が高く、熟練した魔法使いでも容易には実現しえない高度なものと言われていた。
ぶっつけ本番でそれをやれと言われては、ミーシャもとまどってしまう。
(全てを破壊せしめる天獄てんごくの門よ、天空あまそらへとその天罰の光を見せん[1と0を繋げし無色の糸よ、0と0を結びし不可視の糸よ])
「うぅっ――全てを破壊せしめる天獄てんごくの門よ、天空あまそらへとその天罰の光を」
構わず文言を囁き始めるアーティに、ミーシャは半ば自棄になりながら復唱していく。
そうして、心の中でも別の詠唱を呟くのだ。当然、その分だけ遅くなる。
いかづちは光の束となり、いなづまは光のとなり、大地は我が身とし、その光を我が身より現さん[1と1を結ぶべき無限の鎖よ、我が元にあり、全てを廃絶せよ、全てを拒絶せよ])
「見せん、いかづちは光の束となり、いなづまは光のとなり、大地は我が身とし、その光を我が……」
「身より現さん」
「身より現さんっ」
噛みそうになり蒼白になっていたミーシャに、アーティが助け舟を出す。ぎりぎり言えた。心の中の詠唱は既に言い終えていた。
「我が身を贄とし、全てを破壊せしめよ。天獄の門は、今解き放たれた――」
「我が身を贄とし、全てを破壊せしめよ。天獄の門は、今解き放たれた――!!」
いつしか、アーティも大きな声でそれを叫ぶ。
ミーシャはそれに負けじと、はっきりとした口調で詠唱を終えた。

『――雷法典らいほうてんレメトゲン!!』

 儀式を終えると共に、魔法陣は、ミーシャ自身の身体の表面に複数展開されていった。
「えっ――」
今までに無い状況に、ミーシャは一瞬戸惑いそうになる。
「すぐに発動させなさいっ、斥力フィールドっ」
「あ――」

『斥力フィールドッ』

 心の中で呟いていた詠唱が、その瞬間に形となって二人の周囲を無色の鏡となって囲んでいった。
直後、ミーシャの表面に展開されていた魔法陣が、巨大な電撃のフィールドを鏡の外へと発動させていく。
それは秒おかずして十字架の形に広がってゆき――全てを飲み込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...