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8章 新たな戦いの狼煙
#14-1.決戦グランドティーチ1
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「 そこは、おびただしい数の岩石の落下により、クレーターと化していた。
そこは、かつての荘厳な古城とは似ても似つかぬ、荒れ果てた大地であった。
黒竜領グランドティーチ。こうなる以前は茶葉の産地としても名の知れた、黒竜族達の領土。
彼らに許された大地。そこは今、無残な穴だらけの僻地となっていた。
「いや、参ったな。まさかここまで荒れ果てていたとは」
黒竜姫の放った古代魔法によってずたずたにされた城門前。
黒竜城そのものは辛うじて原形をとどめているが、冷涼で美しかった山々は消え去り、殺風景なものとなっている。
ぼろぼろな世界の中、ぽつんと立っている廃城。
それが、今しがた城の前に到着した魔王が抱いた、今の黒竜城の感想であった。
「魔王陛下が? 単身でこの城に来ると?」
玉座にて、弟達からの報告を聞いた長兄ガラードは、驚き半分、喜ぶ半分で思わず立ち上がっていた。
「そうか、陛下が……我が目的も、そう掛からず達成されるようだ」
わざわざ反乱を起こしたのも、可愛い妹に手をあげたのも、言ってしまえば魔王と戦ってみたいという純粋な願いからだった。
素の身体能力では絶対に届かなかったであろう妹が唯一『強い』とはっきり認めていたのが魔王である。
そしてそれを聞かされていた兄としてはやはり、その魔王と一戦交えてみたいと前々から思っていたのだ。
「腕が鳴るな」
ちゃきりと、腰の曲刀を手に、口元を凛々しく引き締める。
「だが兄者よ、まずは俺達に試させてくれ」
「俺達すら抜けないような半端者なら、兄貴がわざわざ戦う価値なんてないからな」
玉座の間にてガラードを守るように立つは、次男と七男、そして先ほど報告してきた末の弟であった。
いずれも黒竜族では名の知れた猛者ばかり。
これがまず、魔王の最初の壁となる。
「では行くぞレギン、アドム!!」
「おぅっ」
「魔王陛下が何するものぞっ!!」
勇ましく玉座を去っていく弟達。
ガラードは、どこか優しげにその背を見守っていた。
「……あのように、俺の事を慕ってくれている弟達でな。できれば、これ以上死なせたくはなかった」
「まあ、解らんでもない」
ガラードが振り向けば、そこには漆黒の闇を羽織った中年紳士。
魔王は、既にガラードの背後に立っていた。
ご丁寧に城内等歩いたりしない。立ちはだかるであろう壁など一々相手にしたりしない。
スマートに、一番最初に目標を狙うのだ。取り巻きには興味がなかった。
「会うのは初めてだろうか。まさかいきなり後ろに隠れているとは思いもしなかったが」
「すまんね。お前たちを一人ひとり相手にするのは、私にはちょいと骨が折れる。頭だけ潰せば済むものを、無駄に戦うのは好きじゃない」
被っていたシルクハットを畳みながら、優雅にガラードの方へと歩いていく。ゆったりと。余裕たっぷりに。
「随分と落ち着いていらっしゃる。これではどちらが城主かわかったものではないな」
アウェーのはずの魔王は、敵ばかりのこの城内において、いかにも最初からいたかのように落ち着き払っていた。
それが、ガラードには気になってしまう。その余裕がどこからくるのだろうか、と。
「生き急ぐのはもう飽きた。できればのんびりと余生を過ごしたい物だよ。だが、そのためには色々とやらなければいけない事もある」
「戦争を終わらせる事が、陛下にとっての安寧に繋がると?」
ほどなく、玉座を挟んで、手を伸ばせば互いの顔に届く距離となっていた。
長身なはずの魔王はしかし、ガラードを前には人並の中年位の背丈にしか見えない。
「戦争は終わらんよ。仮に今人類との戦いが完全に終結したとしても、そう掛からず別の火種で戦争が始まる。多くの場合、平和とは、戦争のための準備期間に過ぎん。戦時が、平和までの『タメ』でしかないのと同じでな」
簡単なものじゃないんだ、と、魔王は笑う。
「ならば、何故そんな事をする。我々には理解できん。今までどおり戦うのではいけないのか」
ガラードは、そんな魔王が理解できない。何を以ってこんな事をしているのか。何故今じゃなければいけないのか。それが解からない。
「今の戦争に、儲けがないからだ。戦えば戦うほど魔族はその数をすり減らすことになる。人間は、強くなっていく」
「そうなる前に倒してしまえば良い。俺達は強いぞ。俺達をもっと戦わせてくれれば良い。必ずや戦果を上げる。敵を滅ぼせる」
若き黒竜は、自信に満ち溢れていた。
自分達なら、自分達の代なら、きっとそれができると、信じて疑わない。
「ならば、今までの魔王達が、なぜお前たちを野放しにしなかったのか。なぜお前たちに一言『暴れて来い』と命じなかったのか。その意味を考えたことはあるか?」
なるほど、黒竜族は確かに強い。強すぎるほどに強い。
人間から見れば反則としか思えないはずだ。冗談にすらならないレベルで最悪なはずだ。
なら、何故それを活用しなかったのか。絶大な権力を握っているはずの魔王が。
ともすれば、黒竜族を手足で操れるほどの圧倒的な力を持っていたはずの魔王が。
「……そんな事は考えたことはなかったな。理由があるなら聞かせてもらおうか」
ガラードは、魔王の問いに一々考えるつもりは更々なかった。
面倒くさいのではなく、魔王がそれを聞かせるつもりで問うたのだと、理解していたのだ。
「簡単なことだ。お前たちは加減を知らん。代々の魔王は、世界を征服したいだとか、人類を絶滅させたいだとかは考えても、何もない寂しい世界の中で生きたいとは考えなかったのだ」
四天王などと言う面倒くさい相互監視システムを作り、黒竜族をわざわざ抑圧していたのは、こんな単純な理由からである。
「そして私は、これはあくまで私の個人的な意見だが、人類を滅ぼされては困るのだ。それは、魔族にとって何の得にもならん事だと思っているのだ」
何も進めなくなる。何も乗り越えられなくなる。
何かが起きた時に、どうにもならなくなる。詰んでしまう。ゲームオーバーだ。
それを知っている魔王は、それをやってしまった魔王は、それをこそ回避したいと思っていた。
「まるで未来から来たかのように語る」
「私からすれば、この世界は私の過去のようなものだ。願っていた訳でもないが、今やり直せるなら、滅びぬように上手く回したいとも思う」
ガラードの皮肉は、しかし魔王にとっては皮肉ですらないのだ。
できれば忘れてしまいたい過去の、その一片に過ぎないのだから。
「戦争だって、ぶっちゃけてしまえばどうでもいいのだ。私は、私が楽しいと思う世界を生きたいと思う」
「だが、それは我らにとっては苦痛でしかない。戦えぬ世に何の意味があると言うのか」
「それを見出すのだ。戦うことでしか生きられぬ者にも、新たな可能性があるかもしれんのだ。お前たちは、そこから目を背けようとしているに過ぎん」
もったいない事だと、魔王は眼を瞑る。腕組んで「ううむ」と、唸ったりしていた。
「とはいえ、これは私の押し付けがましい意見だ。迷惑に感じるのも無理はないし、なんだかんだ言って、魔族である以上、人間は殺すべきだと思ってしまっても仕方がない」
残念な事に、これに関して魔王はマイノリティに過ぎなかった。
魔族である以上、人間と協力し、平和に生きようなどとは考えないのが普通なのだから。
「だから、お前たちが反乱を起こすのは解らんでもなかったし、魔族同士の内乱となったのも、仕方ないとも思っていた」
「だが、曲げる気はないという事か」
「無論だ。邪魔者は容赦なく排除するつもりだ。その為に、ここに来た」
お前を倒しにな、と、魔王はにかりと笑った。
「ならば、これ以上話すこともないはずだ。折角こうして対峙できたのだからな」
「ああ、そうだな。こんなものには何の意味もない。ただの気まぐれだから、気にしないで欲しい」
そう、語り合ったとて何かが変わるものでもなし。
戦うために来て、戦う事が決まっていたのなら、その先に待っているのはやはり、戦いなのだ。
そこは、かつての荘厳な古城とは似ても似つかぬ、荒れ果てた大地であった。
黒竜領グランドティーチ。こうなる以前は茶葉の産地としても名の知れた、黒竜族達の領土。
彼らに許された大地。そこは今、無残な穴だらけの僻地となっていた。
「いや、参ったな。まさかここまで荒れ果てていたとは」
黒竜姫の放った古代魔法によってずたずたにされた城門前。
黒竜城そのものは辛うじて原形をとどめているが、冷涼で美しかった山々は消え去り、殺風景なものとなっている。
ぼろぼろな世界の中、ぽつんと立っている廃城。
それが、今しがた城の前に到着した魔王が抱いた、今の黒竜城の感想であった。
「魔王陛下が? 単身でこの城に来ると?」
玉座にて、弟達からの報告を聞いた長兄ガラードは、驚き半分、喜ぶ半分で思わず立ち上がっていた。
「そうか、陛下が……我が目的も、そう掛からず達成されるようだ」
わざわざ反乱を起こしたのも、可愛い妹に手をあげたのも、言ってしまえば魔王と戦ってみたいという純粋な願いからだった。
素の身体能力では絶対に届かなかったであろう妹が唯一『強い』とはっきり認めていたのが魔王である。
そしてそれを聞かされていた兄としてはやはり、その魔王と一戦交えてみたいと前々から思っていたのだ。
「腕が鳴るな」
ちゃきりと、腰の曲刀を手に、口元を凛々しく引き締める。
「だが兄者よ、まずは俺達に試させてくれ」
「俺達すら抜けないような半端者なら、兄貴がわざわざ戦う価値なんてないからな」
玉座の間にてガラードを守るように立つは、次男と七男、そして先ほど報告してきた末の弟であった。
いずれも黒竜族では名の知れた猛者ばかり。
これがまず、魔王の最初の壁となる。
「では行くぞレギン、アドム!!」
「おぅっ」
「魔王陛下が何するものぞっ!!」
勇ましく玉座を去っていく弟達。
ガラードは、どこか優しげにその背を見守っていた。
「……あのように、俺の事を慕ってくれている弟達でな。できれば、これ以上死なせたくはなかった」
「まあ、解らんでもない」
ガラードが振り向けば、そこには漆黒の闇を羽織った中年紳士。
魔王は、既にガラードの背後に立っていた。
ご丁寧に城内等歩いたりしない。立ちはだかるであろう壁など一々相手にしたりしない。
スマートに、一番最初に目標を狙うのだ。取り巻きには興味がなかった。
「会うのは初めてだろうか。まさかいきなり後ろに隠れているとは思いもしなかったが」
「すまんね。お前たちを一人ひとり相手にするのは、私にはちょいと骨が折れる。頭だけ潰せば済むものを、無駄に戦うのは好きじゃない」
被っていたシルクハットを畳みながら、優雅にガラードの方へと歩いていく。ゆったりと。余裕たっぷりに。
「随分と落ち着いていらっしゃる。これではどちらが城主かわかったものではないな」
アウェーのはずの魔王は、敵ばかりのこの城内において、いかにも最初からいたかのように落ち着き払っていた。
それが、ガラードには気になってしまう。その余裕がどこからくるのだろうか、と。
「生き急ぐのはもう飽きた。できればのんびりと余生を過ごしたい物だよ。だが、そのためには色々とやらなければいけない事もある」
「戦争を終わらせる事が、陛下にとっての安寧に繋がると?」
ほどなく、玉座を挟んで、手を伸ばせば互いの顔に届く距離となっていた。
長身なはずの魔王はしかし、ガラードを前には人並の中年位の背丈にしか見えない。
「戦争は終わらんよ。仮に今人類との戦いが完全に終結したとしても、そう掛からず別の火種で戦争が始まる。多くの場合、平和とは、戦争のための準備期間に過ぎん。戦時が、平和までの『タメ』でしかないのと同じでな」
簡単なものじゃないんだ、と、魔王は笑う。
「ならば、何故そんな事をする。我々には理解できん。今までどおり戦うのではいけないのか」
ガラードは、そんな魔王が理解できない。何を以ってこんな事をしているのか。何故今じゃなければいけないのか。それが解からない。
「今の戦争に、儲けがないからだ。戦えば戦うほど魔族はその数をすり減らすことになる。人間は、強くなっていく」
「そうなる前に倒してしまえば良い。俺達は強いぞ。俺達をもっと戦わせてくれれば良い。必ずや戦果を上げる。敵を滅ぼせる」
若き黒竜は、自信に満ち溢れていた。
自分達なら、自分達の代なら、きっとそれができると、信じて疑わない。
「ならば、今までの魔王達が、なぜお前たちを野放しにしなかったのか。なぜお前たちに一言『暴れて来い』と命じなかったのか。その意味を考えたことはあるか?」
なるほど、黒竜族は確かに強い。強すぎるほどに強い。
人間から見れば反則としか思えないはずだ。冗談にすらならないレベルで最悪なはずだ。
なら、何故それを活用しなかったのか。絶大な権力を握っているはずの魔王が。
ともすれば、黒竜族を手足で操れるほどの圧倒的な力を持っていたはずの魔王が。
「……そんな事は考えたことはなかったな。理由があるなら聞かせてもらおうか」
ガラードは、魔王の問いに一々考えるつもりは更々なかった。
面倒くさいのではなく、魔王がそれを聞かせるつもりで問うたのだと、理解していたのだ。
「簡単なことだ。お前たちは加減を知らん。代々の魔王は、世界を征服したいだとか、人類を絶滅させたいだとかは考えても、何もない寂しい世界の中で生きたいとは考えなかったのだ」
四天王などと言う面倒くさい相互監視システムを作り、黒竜族をわざわざ抑圧していたのは、こんな単純な理由からである。
「そして私は、これはあくまで私の個人的な意見だが、人類を滅ぼされては困るのだ。それは、魔族にとって何の得にもならん事だと思っているのだ」
何も進めなくなる。何も乗り越えられなくなる。
何かが起きた時に、どうにもならなくなる。詰んでしまう。ゲームオーバーだ。
それを知っている魔王は、それをやってしまった魔王は、それをこそ回避したいと思っていた。
「まるで未来から来たかのように語る」
「私からすれば、この世界は私の過去のようなものだ。願っていた訳でもないが、今やり直せるなら、滅びぬように上手く回したいとも思う」
ガラードの皮肉は、しかし魔王にとっては皮肉ですらないのだ。
できれば忘れてしまいたい過去の、その一片に過ぎないのだから。
「戦争だって、ぶっちゃけてしまえばどうでもいいのだ。私は、私が楽しいと思う世界を生きたいと思う」
「だが、それは我らにとっては苦痛でしかない。戦えぬ世に何の意味があると言うのか」
「それを見出すのだ。戦うことでしか生きられぬ者にも、新たな可能性があるかもしれんのだ。お前たちは、そこから目を背けようとしているに過ぎん」
もったいない事だと、魔王は眼を瞑る。腕組んで「ううむ」と、唸ったりしていた。
「とはいえ、これは私の押し付けがましい意見だ。迷惑に感じるのも無理はないし、なんだかんだ言って、魔族である以上、人間は殺すべきだと思ってしまっても仕方がない」
残念な事に、これに関して魔王はマイノリティに過ぎなかった。
魔族である以上、人間と協力し、平和に生きようなどとは考えないのが普通なのだから。
「だから、お前たちが反乱を起こすのは解らんでもなかったし、魔族同士の内乱となったのも、仕方ないとも思っていた」
「だが、曲げる気はないという事か」
「無論だ。邪魔者は容赦なく排除するつもりだ。その為に、ここに来た」
お前を倒しにな、と、魔王はにかりと笑った。
「ならば、これ以上話すこともないはずだ。折角こうして対峙できたのだからな」
「ああ、そうだな。こんなものには何の意味もない。ただの気まぐれだから、気にしないで欲しい」
そう、語り合ったとて何かが変わるものでもなし。
戦うために来て、戦う事が決まっていたのなら、その先に待っているのはやはり、戦いなのだ。
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