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8章 新たな戦いの狼煙
#13-1.ウィッチ達の思惑
しおりを挟む東部・ウィッチ領トランシルバニア。
黒竜族と吸血族との戦いに巻き込まれ、破壊し尽くされたその領地であるが、領主館だけは奇跡的にその形を保てていた。
領民の多くは既に他のウィッチ族ゆかりの地域へと避難済みであった為静まり返っていたが、そんな中でもわずかばかり人気が残っていた。
深緑の帽子を被ったウィッチは、一人自室に佇んでいた。
窓の外には崩壊した街々。灯りなどは消えうせ、ただ暗闇の中にあった。
避難できた民はいいとして、少なからぬ数の私兵が住民の退避中に命を落とした。
何せ吸血族も黒竜族も場所と状況を考えてくれない。
東部をバトルフィールドに、あらゆる場所で暴れまわり、ぶつかりあい、そして壊して殺していった。
色の映らない瞳にも、その光景が嫌と言うほど鮮明に浮かんでいたのだ。
「――これだから黒竜族は嫌いだわ。吸血族も、加減の解からない莫迦者ばかり」
一人ごちる。傍には誰もいないのだ。それはとても寂しい光景となっていたが、彼女はそんな事は気にしない。
「何より、黒竜族がまるで動く気配が無い。これは想定外だわ。これでは魔王城に備えを準備させてしまうようなもの――」
彼女が漸う説得して動かした黒竜族であるが、その働きはここで止まってしまっていた。
動かした当初こそ見境無しに大暴れしてくれたが、一度止まってしまうとピクリとも動かなくなっていたのだ。
これでは何のために動かしたのか解からない。敵は未だ健在、そしていつこちらに気づくかも解からないというのに。
それならばもう一度けしかければいいのかもしれないが、彼女的にそれはどうしても避けたい展開であった。
無闇にけしかけようとしても一度怒りを買えば、その時に殺されるのは自分なのだから。
黒竜族とはそのように厄介な種族なのだと、彼女は身をもって知っていた。
だから、できれば関わりたくないし、無理に関わる位ならこのまま動かない方がマシとすら感じてもいた。歯がゆい事だが。
(悪魔王も独自に動いているようだわ。まあ、あいつは好きにさせておけばいいかしら。私にとっては都合が良い)
一応この反乱は、彼女と悪魔王が結託して反乱を起こそうとしていた者達を炊きつけての事だったのだが、お互い信頼など微塵もない、あくまで目的が近いからという理由だけで組んだに過ぎない相手である。
悪魔王が何をしているかの具体的な部分はわからないまでも、それによって目的が果たされるならそれでいい、位にしか考えていなかった。
この反乱は、二つの非常に大きな意味を持っている。
一つは、好き勝手に動きすぎる現魔王に対して、民がどれほど不信感と抵抗感を抱いているかという主張。
民意というものがどれだけ大事なのかを魔王、及びそのシンパたる魔王城や魔王軍の面々に思い知らせる事。
これはかねてより地方の民が抱いていたものであり、そもそもの反乱の動機であった。
もう一つは、魔族世界における勢力・思想の明確な二分化。
曖昧な気持ちのままなんとなしに魔王に従っていた者達も、反乱軍の蜂起とその威圧によって明確に魔王派と反魔王派に分かれつつあった。
それまで自分さえよければそれでいいという、言ってみれば日和見的な意見も少なからずあった魔族世界であったが、これによって明確にその意見がはっきりと分かれようとしていた。
例え武力によって起こった分離であったとしても、たとえ強引に為されたものであったとしても、これによってカオスであった魔族世界は新たなコスモスを形成させたのだ。
それを、反乱という形で実行に移そうとしたのが悪魔王であった。
人類との和平などという訳の解からない目的のために魔族世界を衰退させようとする魔王。
これを排斥し、魔族世界に新たなる秩序を生み出さなくてはならない。
少なくとも悪魔王はそう考えており、そうして、彼女はそれに乗った。
彼に賛同する者は悪魔族に多く、ウィザード族などは嬉々として従っていたが。
生憎と、同じ悪魔族でも蛇女族やオロチ族など、ラミアの直近にある種族は従おうとはせず、また、魔王軍に従軍している者達も自らの出身種族よりは同じ釜の飯を食べた魔王軍の同胞や自分達の主である魔王に従うつもりのようであった。
あの魔王は、現場の兵や士官には思いのほかウケが良いのだ。
(……恐らく、この規模であっても反乱軍は数年保つかどうか。西部はほぼ間違いなく時間の問題で陥落する。それまでに魔王城を陥落させ、魔王を殺す事が出来なければ、反乱軍は各個撃破されるわ)
数の上で有利であっても、質の面での不安は大きかった。
いくら悪魔王に従う上級魔族がいようと、それに従う兵の練度は最前線で暴れていた正規軍のそれとは比べ物にならない。
何より堅牢な魔王城である。
代々の魔王がどれだけ暴れようと崩壊せずに現存しているのだ。これを陥とす事は容易ではない。
(後は……悪魔王が何を企み、どう動くかで決まる、か――)
やはり趨勢を決めるのは悪魔王の動向である。
状況的にはまだ余裕がある。戦況は拮抗していると言えた。
彼の策略が上手く決まれば、それによって一気に押し込む事も不可能ではない。
逆に言えば、そうでもなければかなり厳しいものとなるに違いなかった。
(せいぜい場を掻き乱してくれると良いわ。貴方は良いジョーカーよ、悪魔王)
可笑しそうに口元を歪める。
悪魔王は自分を利用しているつもりなのだろうが、実際に利用しているのは自分の方なのだから、と。
ウィザード領・ベルセレナにて。
夜陰に紛れ、静かに動く影が一つ。
闇だというのに目立つ金髪。シェリーであった。
(――ここか)
そこは、ベルセレナの中央。ウィザード族が集う集会場であった。
夜には人気も少なく、領主館などと違い警備も手薄で、それでいて多くの者達が集まる場所。
この条件を満たす最適の場所であった。
(とりあえずここに撒いておこうかしらね)
腰に付けた綿入りのバックルから小さな珠を三つ、自然と誰かが踏みつけそうな場所に一つずつ慎重に置いていく。
わずかな衝撃も恐ろしい。全て置き終えると「ふぅ」と、小さく息をついた。
(ウィザード族はこれでいいわね。次は……避難、再集結しつつある東部反乱軍の本陣か――)
長い金髪を手であおり、胸元につけたブローチを掴む。
ぎゅ、と握り締め、目を閉じると――消えた。
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