338 / 474
8章 新たな戦いの狼煙
#9-1.中央の覇者
しおりを挟む魔族世界が混迷の内戦で停滞している頃の事。
人間世界では、大帝国による中央諸国制覇が急激なスピードで進んでいた。
もとより友好国であった隣国サフランやグレープ王国はすんなりと傘下に収まり、それ以外の小国も大帝国の武力に歯向かう気概などあろうはずもなかった。
また、魔王軍に占拠され、魔王軍の中央部撤退によりほぼ無傷のまま無人の都と化した旧ベネクト三国の街々は、いずれも女王エリーシャの意を受けた勇者リットルがこれを占拠、大帝国の領内に組み込んでいた。
これらの方策によって大帝国とその盟国の領土は中央部の大多数を占める事となり、中央諸国連合という対魔王軍の為の軍事同盟は形骸化した。
アプリコットの王城、その玉座では、女王エリーシャが勇者リットルを迎えていた。
旧ベネクト三国の占拠とその後の動向についての報告の為である。
「おっかねぇ女だなああんたは。まさかこんな短期間の間に中央部を制覇しちまうなんて」
「これ位は当たり前よ。この国にはそれだけの国力がある。ベネクト三国が早々に滅びてくれたおかげで、対抗馬になりうる国家も無くなった」
玉座におわすエリーシャは、リットルの言葉に表情を変えずに応える。
「でもな、エリーシャ。あんたのやってる事、ちょっとばかり過激すぎないか?」
その顔を見てか、リットルはやや苦々しげな面持ちであった。
主が為苦言を呈する、などというのは彼の趣味ではないが、戦友である彼女が、というのは気になるところだったのだ。
「そうね。このまま強行し続ければ、遠からず破綻するわ」
エリーシャも、それを解った上でやっていた。
「それでも、短期間に事を成すには仕方の無い部分もあったわ。人の命は、永くないもの」
表面的に見えるエリーシャの表情は焦りとは程遠いが、人間としてのエリーシャは、自身がもうそんなに長くない事を悟っていた。
人の生は余りにも短い。
普通に生きて五十年。戦いに生きれば三十年も続けば長生きな方だ。
エリーシャは既にその三十年を迎えていた。
顔立ちは未だ瑞々しく、身体は全盛期のまま衰える様子は無いが、そんなものはまやかしであると彼女は解っていた。
老いとは、あまり万人に等しく訪れてはくれない。均等にはやってこない。
緩やかに歳をとれる人間もいれば、何かの節目に唐突に老いが襲い掛かってくる事もある。
昨日まで元気だった者が、その日には老け込み、翌日には衰弱して死んでしまうこともあった。
オークやドワーフは百年近く生きる。
エルフやゴブリンは何百年も生きる。
魔族は何千年何万年、ともすれば何億年も生きるとエリーシャは聞いていた。
何故人間だけがこんなにも短いのか。
あまりにも儚い時間の制限が、女王たる彼女にも等しくその時を告げようとしていた。
だから、急がなくてはならないと常に考えていたのだ。
「リットル。悪いけどもうちょっと付き合って頂戴。私には、まだまだやらないといけない事があるの」
あまり感情を感じなかった瞳に、力がこもる。
勇者の時と何ら変わらない、まっすぐな瞳であった。
「……そういう顔してる時なら、素直に聞けるんだけどな。さっきのあんたは、なんか鉄面皮に感じちまってな。怖かったぜ」
「演じる位なら容易いわ。女は役者なのよ」
リットルの皮肉に、エリーシャは澄まして答える。
「そうかもな。女王として国を回すあんたは、勇者の頃とは何もかもが違ってる。誰がどう見ても野心ありありな女王陛下だった」
「それでいいわ。善人ぶったって誰も従わないもの。民は、一番にカリスマに従うの。これは持って生まれた人を従えることの出来る高貴なもの。皇族とか王族とか、そういう連中ね。二番目は力。圧倒的な力に、人は従わざるを得なくなる」
私は力を行使するしかなかったわ、と、エリーシャは笑う。
「でも、それは自然なものじゃねぇよな。反発を生む」
リットルも真面目な顔になり、それに返す。
「そうね。だから、力による支配は長くは続かない。人は、自由を愛するはずだから。抑圧されて喜ぶのはマゾヒストだけよ」
「そうと解ってるなら、なんでシフォン皇帝を前に出さないんだ。この国の皇室による支配なら、少なくとも今ほど反発ありありな事にはならんだろうよ」
リットルの指摘通り、今現在、シフォン皇帝とその妻ヘーゼルは、半ば軟禁状態のままアプリコットから離れた塔で生活していた。
十分な警護を付け、不自由なく暮らせる配慮はされていたが、それはエリーシャ体制を邪魔させない為の皇室排斥とも感じられ、民や周辺諸国の反発も大きく。
もとより『傾国の悪女』と呼ばれていた彼女であるが、いよいよ野心を前面に押し出してきたのだと、南部諸国はじめ大帝国に抵抗する勢力を警戒させるには十分であった。
「リットル。皇室の名は穢れてはいけないのよ。あれはこの国の、いいえ。全てにとっての希望のようなものだから」
彼の指摘にも思うところあって強くは言い返せないエリーシャであったが、含みを持たせる返答を伝えていた。
「あんたならいくらでも汚名を着られるってのか? なんつーか、自己犠牲にも程があるぞ。何でそんな事をするんだ?」
「それ位の責任は果たしたいじゃない。折角シフォン様から女王なんて肩書きを貰ったんだから。やれるだけのことはやるわ」
はっきりと言ってのけるエリーシャであったが、リットルは、どこか言葉を濁されたように感じていた。
「それがあんたの本音か? 本当にそう思ってのことか?」
「ええ。本音よ。だからリットル。私はこのまま西部を制圧しなければいけない。その次は南部よ。未来での遺恨を絶つ為、南部を滅ぼす」
邪魔者は皆殺しよ、と、エリーシャは瞳に力をこめる。
「……解った。俺はもう、この国の勇者だ。あんたがそう言うのなら、それに従うさ」
彼女の真意は別にあると、うっすらそう感じはしたが。
今は探るまいと、リットルは心に決め、彼女に従うことにした。
「ありがとう。貴方には今の仕事が終わり次第、西部攻略の指揮を執ってもらうわ。補佐として、ガトー防衛に参加した新人の勇者たちもつけるつもりだから」
大抜擢であった。だが、リットルは皮肉げに笑う。
「知ってるぜ。粒ぞろいのエリートばっかなんだろ。俺が行くよりそいつらに任せきりにしたほうがよくないか?」
彼らが圧倒的多数のラムクーヘン軍の進撃をわずかな被害で抑えたという話は、リットルもよく知っていた。
その手腕、中々に有望だと感心したものであるが。
「そんな事は無いわ。貴方のようなベテランは必要よ。戦地で生き抜く術を教えてあげて頂戴」
エリーシャは、そんなエリートよりは、戦地で自分と同じくらい長く生き延びているリットルの方を信頼していた。
「戦地でそんな暇があればな」
その信頼に、リットルはわずかばかり照れくさくなる。
後ろ手に頭を搔いたりもする。
エリーシャもそんな様に、可笑しそうに微笑んでいた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる