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8章 新たな戦いの狼煙

#7-1.ミーシャとの再会

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 楽園の塔は、いつもと変わらない様子であった。

 エルフの集落での事をセリエラに聞こうと塔に訪れた魔王であったが、残念な事にセシリアは外出中であり、セリエラもセシリアともども不在であった。
あまり関わりたくないと思いながらも何も知らないのは嫌だからと我慢してきていた魔王は、予想外の所で拍子が外され困ってしまった。
「……むう」
考える。このまま帰るべきか、それとも待つべきか。
待っていれば、まあセシリアらは戻ってくるだろうが。
ラミア並に長く生きている『幻獣』とやらの正体を今知るのがちょっと怖くもあり、迷ってしまう。
(やはり、今日のところは帰るか――)
関わるとロクな事にならないと警告されていたのだ。
なら、無理に関わる必要もないのではないか。
関わらなければ好きなことをやるだけやって死ねるというのだから、それでいいのではないか。
命が惜しいのもあるが、それ以上に未知の存在である幻獣が怖い。
知れてしまえば何の事もない存在かもしれないが、解るまでは怖くてたまらないのだ。
魔王とて、未知の存在には無力である。知らないという事は、それだけで弱点足りえるのだ。

「あれ? 貴方――」
踵を返し、部屋の前からいくらか歩いたところで、胸ほどの影に出くわす。
セシリアか、と思ったが、彼女よりは背が高く、何より耳が……そう、彼女は人間だったのだ。
「君は――」
確か、ラミアの謀略で塔に放り込まれたとかいう人間の姫君。
(ミーシャとか言ったか。旧ショコラの……)
妖精族の城砦で別れて以来だが、魔王は、中々に懐かしくも感じていた。
「貴方、無事だったのね!?」
向こうも覚えていてくれたのか、驚いた様子で魔王の顔を見上げていた。
「あれ、でもここって魔王のハーレムで……あれ?」
そして場所に見合わない魔王の存在に混乱しているようだった。
そう、彼女は、魔王が魔王である事を知らない。
つい面白くなって、魔王は人の良い笑みを向ける。
「まあ、そういう事だよ」
この塔に入れる男は魔王をおいて他にはいない。
この上わざわざ自己紹介することもなかろう、と、それ以上は敢えて話さなかった。
「そ、そうだったの……知らなかったわ」
やはりというか、ミーシャは驚き緑色の瞳を揺らしていた。
顔色もいささか悪くなっていて、そんなに驚いたのかと、魔王も少し罪悪感に駆られる。
「あ、貴方も大変なのね……そのお年で、魔王に……」
「まあねえ。部下の所為でこんな事になってしまって、私としても正直困惑している。最近は慣れてきたがね」
「慣れ――そ、そう。でも、酷い話ね、部下の所為でこんな事になるなんて」
驚きはしたものの、ミーシャは同情的な視線を向けてくれていた。
「全くだ。ま、今は感謝してる部分もあるがね。おかげでいくらか楽に過ごせている」
この塔の建設自体半ばラミアの独断のようなものだが、この塔の女性たちのおかげで心休まる時間というのが確保し易くなったのもまた事実だった。
「……そうなんだ。苦労、したのね」
だが、ミーシャは悲しげであった。

「あ、そうだ。前に会った時にもらったナイフ、もう使わないから返すわね」
あまりその話を続けたくなかったのか、ミーシャは思い出したように腰元をごそごそと探す。
見た目からでは解りにくいが、乳白色のドレスの腰辺りに、小さな物入れがあるのだ。
なんとか取り出し、柄を魔王に向けて差し出してくる。
「いや、いいよ。君が持っていたまえ。お守りは、いつどこで役立つか解らんからね」
鈍い光を放つ果物ナイフ(ドラゴンスレイヤー)。
人間には過ぎた品だが、それをそうと知らぬミーシャには丁度良いだろう、とも考えていた。
何より、貴重な親交の証のようなものだ。出会いの思い出のようなものだ。
だから、これはミーシャに持っていて欲しいと思っていた。
「――ありがとう。あ、私、貴方の名前も知らない――私、ミーシャって言うの。旧ショコ……ううん。ただの、人間の娘よ」
何故彼女が自分の出地を隠そうとしたのかは解からないが、それでもその笑顔は明るく眩しかった。
「……ドルアーガだ。普段はまあ、陛下とか呼ばれてるがね」
なんでそうしたのかは解からない。ただ、魔王は自分の名前を聞かれ、つい、素の自分の名前を告げてしまっていた。
それは、封じていたはずの名前。目的を果たすまで、しまいこむ事にした自分を示す記号であった。
「ドルアーガ、良い名前ね。なんていうか、カッコいい」
だが、こうやって微笑む人間の姫君を前に、魔王は「もういいか」と考えてしまった。

 今が楽しかったのだ。色んなものを失い続け、ようやく辿り着けた今だった。
何より大事だった目的を失い、何より大事に思っていた従者を失い、それでもまたこうして手に入れられた今という刻。
それでも自分は、今をこそ生きているのだと気付けたのだ。

 人間は、とても儚い生き物だった。
今こうして微笑んでいるミーシャも、魔王にしてみれば一瞬とも思える時の中、やがて老いて消えていく。
魔族が生まれてようやく赤子でなくなる頃に死んでしまうのが人間であった。
それを知ればこそ、その笑顔には重みがある。価値がある。
儚いその一瞬の刻を使って自分に向けてくれたその笑顔は、何より眩しく感じられた。

「まあ、皆が陛下と呼んでるなら私もそう呼ばせてもらうわ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
自分を魔王と知って尚、対等の友人であるかのように振舞ってくれるミーシャに、魔王は感激していた。
エリーシャの時は悲しい出来事が色々続いていつの間にか今のようになっていたが、ミーシャは勇者でも何でもない、ただのお姫様。
魔王である自分を受け入れることなどではないのではないかと、どこかで思いもしたが、そんな不安はその笑顔で吹き飛んでしまった。
「暇があったら、空中庭園とかでお茶会してるし、来ても良いと思うわ。ここはきっと、皆が落ち着ける場所だから――」
妖精族の城砦で出会った時の絶望はもうどこかへ追いやられているらしかった。
吹っ切れたのか、意外と大した事がなくて安堵したのか。
ともあれ塔に慣れてくれているようで、安堵できた。
「ありがとう。気が向いたらそうさせてもらうよ」
ミーシャを交えて、皆とお茶会というのも楽しいかもしれない。
色んな種族の娘とお喋りをしながらお茶を飲むのだ。
それはとても優雅で穏やかな時間に違いない。
そういうのもいいな、と、魔王は笑った。

「それじゃ、私はちょっと用事があるからこれで失礼するわね」
「ああ、用事があったのか。足止めさせてすまなかったね」
帰ろうと思ったところで出くわしたので、ミーシャも自室に戻るつもりだったのかと思ったが、そうではないらしく。
話の切り上げに口元をきゅ、と締め、ミーシャは魔王の顔を見た。
「大丈夫よ。私、結構お喋りは好きな方だから。別に、見かけたら話しかけてくれても良いしね」
前に会った時は堅い面持ちだったが、そんな様子は欠片も無く。
これがこの娘の本来の表情なのかと思えば、捕虜という立場が人間にどれだけ重いものであるか、というのが痛いほど思い知らされた。
(もう少し、扱いを考えねばならん時が来ているのかも知れんなあ)
確かに、今代の魔王の捕虜に対する扱いはそれまでの時代と比べ破格とも言えるものであった。
捕まれば生きて帰ることなどできないと言われていたのが、今では抵抗さえしなければとりあえず殺されずには済むのだから。
だが、それはあくまで魔族視点で見て破格なだけで、実際に囚われた人間にしてみれば、恐ろしい魔族に捕まり苦境の中生き永らえているだけなのかもしれないと気付いたのだ。
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