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8章 新たな戦いの狼煙
#5-1.華麗なる退き口
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西部戦線に異常アリ。
壊滅的な被害を受け散り散りに後退したラッタの反乱軍。
追撃掃討の為周辺の索敵警戒任務に当たっていた中隊が、地図に無い巨大な要塞を発見。
西部地域中央の中核都市『パルティナ』への街道沿いに構えていたこの要塞は、その規模、外観からの武装から西部の反乱軍の最大の拠点なのではないかと推測された。
中隊のうち三名一小隊は詳細の報告の為水晶のある本隊へと帰還。
その他は要塞周辺の敵陣の配置を調べる為、更に深く入り込む事になった。
夜陰にまぎれての偵察であったが、残念な事にこの中隊は最初に帰還した小隊以外、全員が未帰還のまま音信不通となった。
恐らくは敵に見つかり、撃破されたのだろうとラッタ攻略軍の指揮官ダルガジャは考え、敵の逆襲に備え、一旦下がってのラッタ近郊で陣構えを取る事にした。
この報は総司令官であるグレゴリーや、ラナニア攻略軍のエルフの王にも伝えられ、これにより各軍の警戒が強化される事となる。
「ダルガジャ様。本陣の防御陣地構築、万事整いました」
ラッタ近郊の平地にて。
己が愛剣を手入れするダルガジャの前に、副官のゴブリンが報告に訪れたのは、夕方の事であった。
「うむ。これでひとまずは安堵と言った所か。先の23先行偵察隊が足取りを途絶えた辺りの調査はどうなっているか?」
「はっ。現在広域偵察を行っている最中ですが、それらしき形跡は何も。ただ、パルティナ街道にて発見された要塞。これは確認済みです」
「要塞の規模はいかほどか?」
「外観のみで数万から数十万規模の軍勢が構えられる巨大なものです。外壁も高く、これを潰すのは困難かと」
副官の報告に、ダルガジャは瞼のない眼を見開いた。
「馬鹿な。それほどの規模の要塞など、大領主の領地でも滅多に見ない代物だぞ」
「ですが、幻惑魔法の類でもなさそうです。また、要塞外壁部にはカタパルトや魔導砲、フィールド発生装置などが配備されている模様。現在、周辺地域の敵軍の割り出しを行っている最中ですが、既に見つけている敵軍の陣だけで三つほどあります」
とんでもない事になった、と、ダルガジャは歯を噛む。
敵軍を追い詰めていたつもりが、あのまま進軍していれば敵の待ち伏せで殲滅されていたところだったのだ。
三都市での敗北が敵の作戦のうちだったのかは解からないが、少なくとも敵の本隊とも言える軍はまだ健在、そして進路上には強大な要塞が存在している。
これを撃破しなくてはならないが、果たして手持ちの兵力でそれが可能かどうか。
悩みどころであった。
「とにかく、グレゴリー様に指示を仰ごう」
結局のところ、独断で動くには危険すぎると判断。総司令官に判断を願う事となった。
「数十万規模が備えられる巨大要塞……それも、地図に無いものが突然現れ、本来の想定以上の敵軍が周囲に確認されている、か」
本隊の野営地では、ダルガジャよりの報告を受け、グレゴリーが難しい顔をしていた。
『敵軍が動く様子は今のところありませぬ。ただ、現状で悪戯に時間を掛けるのは得策でもないと思いまして、判断をお聞きしたいと、こうして――』
「うむ。聞いてくれてよかった。迂闊に攻め込めば痛手を受けかねん状況だ。偵察中隊が未帰還なのは、敵にそれがバレたからと思ってよかろう。だが同時に、敵は我らが攻め込むと思い込んでいるはずだ。今はまだ、な」
『時間を掛ければ、我らが前に出てこない事に気付く、という事でしょうか?』
「あくまで私が敵の指揮官ならそれ位は気付く、程度のものだがな。しかしどうしたものか。当初の想定の敵軍は十万程度。しかし、お前の報告を聞く限り、どうも二十万は居ないとおかしくなってしまう」
『先のウィザード族の事もあります。よもや、既に西部の領主達は、全員が反乱軍に加わっているのではないでしょうか?』
水晶球の向こうのリザードは、ごくりと息を呑んだ。
「それだけでもないかもしれんな。どうにも嫌な予感がする。今のままバラけているのはまずいかもしれん」
何の根拠も無い魔族の勘であった。
先の戦闘時から感じていた妙な感覚。違和感。
どうにも無視してはいけない何かがあるような、そんな感覚に陥っていたのだ。
グレゴリーは立ち上がった。立ち上がって、にらみつけるように水晶を強く見た。
「ダルガジャよ。すぐさま退け。ラッタから離れ、我が本隊か、それが不可能ならラナニア攻略軍と合流するのだ」
敵は、もしかしたら全くの予想外をしてくるかもしれない。
敵は何者か。ただの反乱軍だと、戦慣れしていない連中ばかりだと高をくくっていたが、実際は違うのではないか。
ここまで予想外が重なった。
これから先、軽んじていて本当に良いのか。そんなはずはない、できる限りの危険は回避すべきである。
「前面を守勢で固め、敵の強襲に備えつつ同時進行で後退の準備を始めろ。あまり時間はないかもしれん」
何か、とても恐ろしい事が始まりそうな、そんな気がしたのだ。
司令官であるグレゴリーは、自らの勘、感覚を信じた。
それが正しいかどうかなどどうでもいい。
部下達が最も安全であろう策を選択し、兵を一人でも多く生きて帰らせるのが仕事であると、彼は考えていた。
ならば、これは上策ではなかろうとも最悪の事態にならぬための保険のようなものである。
『かしこまりました。すぐさま後退の準備を開始します』
びしり、と敬し、ダルガジャは水晶から消えた。
後には誰も映らない水晶と、グレゴリー以下、本隊指揮所の面子。
「――以上のことを参謀本部に伝えよ。全ての責任は私が取る。今は、この判断に任せていただきたい、とな」
「はっ」
通信要員の士官に指示を下すと、再び椅子に腰掛ける。
鉄のゴブレットに揺れるブドウ酒を飲み下し、大きなため息。
(何が起きている……何が起きようとしているのだ、この世界は――)
一介の軍人に過ぎない自分には解らぬ、と世の流れの速さ、読めない世界の道行きに、若干の不安を覚えたのだ。
この忠誠心は魔王陛下に捧げている。この命は魔王軍が為預けてある。
だが、果たしてこの反乱騒動の先に何が待っているのか。数多くの敵兵。これが何を意味しているのか。
敬服する魔王陛下が一体何を考え、このような状況を許しているのか。
疑問は尽きず、納得の行く解答は皆無であった。
翌日。グレゴリーの予感は的中する。
――街道より本陣に向け敵の大軍あり。
周囲の索敵警戒に当たっていた小隊がこれを発見したのだ。
幸いほとんどの作業は一日の猶予で完了し、後は引き払い後退するのみとなっていたが、それでも間に合わず、退がる真後ろに敵軍が喰らい付く形となってしまっていた。
このままでは後列からパニックに陥ってしまう。
ダルガジャは、やむなく守勢とともに後方に残り、敵の足止めの指揮を執る事にしていた。
「グレゴリー様、申し訳ございません。敵の勢い、思いのほか激しく――」
間近に迫る敵先遣隊と思われる部隊だけでも五千。
更にその後方に波のように押し寄せる敵の大軍。こちらは数万規模の主力であると推測できた。
対してラッタ攻略軍は守勢三千。残りは後退中の為、装備も最低限で、噛み付かれればひとたまりも無い。
「敵の動きが速すぎるのです。これは、やはり戦慣れした何者かが敵の頭についているものと」
『むう……』
水晶球の向こう側に映る総司令殿は唸っていたが、猶予が無い。
「もはやこれ以上の説明もできそうにありませぬ。退き戦の指揮を執らねば――」
『――責めはせぬ。ダルガジャよ、なんとしても生きてもどれ』
「はっ! 必ずや!!」
腰に下がる曲剣を抜き、顔の前でピシリと立てる。
一介の剣士に過ぎぬ自分を一軍の指揮官にまで取り立ててくれたこの蛙頭の司令殿に、最大限の礼を取ったのだ。
それは命がけで戦うという意志でもあり、必ずや生き延びるという誓いでもあった。
そのまま水晶球に何も映らなくなると、ダルガジャは背を向け、幕内から出る。
「敵に一つの勲章も与えてやるものか!! 見事退いて見せてやれ!!」
声は、敵軍の突撃を抑えんと立ちふさがる全軍に響く。
「反乱軍の突撃など、人間どもの砲撃魔法に比べれば恐るるに足りぬ、耐えて見せよ!! 魔法を使える者は敵の足元を狙え!!」
兵を鼓舞する。守勢に優位な指示を下していく。
「狙撃兵は敵の指揮官を狙い撃ちにせよ!! これは時間稼ぎじゃ!! 敵を全滅させる必要などない、ともかく時間を稼げ! 陣に火を放ち退避する友軍に敵の手が届かぬようにしてやれぃ!!」
ほどなく燃え盛る炎が陣の周囲を取り囲んでいった。
敵軍は若干うろたえ、攻めの手が弱くなる。
時は今だ、と、ダルガジャは考えた。
「今だ、押し返せぇぇぇぇぇっ!!!」
耐えるばかりではメリハリが付かない。
敵の手が弱まったなら、それは攻めのチャンスだ。
故に、守勢に突撃を命じた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
「死ねぇぃっ」
「ひぃっ! な、なんで俺達が――」
号令の下、一気に攻め込む正規軍の魔物兵達。
攻めていたつもりが突然の逆襲に、反乱軍の兵らは少なからず混乱する。
「ダルガジャ様、友軍の後退、ほぼ完了しました。後はここだけです!!」
波のように押し返した一瞬に、部下からのありがたい報告が流れた。
「――よし。我らも退くぞ!!」
流れが変わる。一度退いてしまった反乱軍は、こちらが下がってもすぐには攻め込めない。
また逆襲があるかもしれないという恐れに、最前列の兵が二の足を踏んでしまうからだ。
更に集団戦しか覚えの無い反乱軍は、まとまって動こうとしてしまい、このような時に中々動き出せないのも大きかった。
指揮官は戦慣れしているかもしれない。
だが、一兵単位までとなると、やはりそれは素人相応の遅さが目立つのだ。
「急げっ、武器など最低限で良い!! むしろ転がしておけば敵が勝手に躓いてくれるわっ」
それすらも利用しろ、と、ダルガジャは声を上げ敵に背を向ける。ソレを見た兵が無理に頑張らぬようにと。できるだけ情けなく逃げて見せた。
「退けっ、退けぇぇぇぇぇっ」
兵らもそれに続く。後ろも見ずに一気走り。全軍の全力疾走であった。
こうして、ラッタ攻略軍はその大半を後退。
そのままラッタへ、そしてグレゴリーのおわす本隊へと合流の為、移動する事となった。
壊滅的な被害を受け散り散りに後退したラッタの反乱軍。
追撃掃討の為周辺の索敵警戒任務に当たっていた中隊が、地図に無い巨大な要塞を発見。
西部地域中央の中核都市『パルティナ』への街道沿いに構えていたこの要塞は、その規模、外観からの武装から西部の反乱軍の最大の拠点なのではないかと推測された。
中隊のうち三名一小隊は詳細の報告の為水晶のある本隊へと帰還。
その他は要塞周辺の敵陣の配置を調べる為、更に深く入り込む事になった。
夜陰にまぎれての偵察であったが、残念な事にこの中隊は最初に帰還した小隊以外、全員が未帰還のまま音信不通となった。
恐らくは敵に見つかり、撃破されたのだろうとラッタ攻略軍の指揮官ダルガジャは考え、敵の逆襲に備え、一旦下がってのラッタ近郊で陣構えを取る事にした。
この報は総司令官であるグレゴリーや、ラナニア攻略軍のエルフの王にも伝えられ、これにより各軍の警戒が強化される事となる。
「ダルガジャ様。本陣の防御陣地構築、万事整いました」
ラッタ近郊の平地にて。
己が愛剣を手入れするダルガジャの前に、副官のゴブリンが報告に訪れたのは、夕方の事であった。
「うむ。これでひとまずは安堵と言った所か。先の23先行偵察隊が足取りを途絶えた辺りの調査はどうなっているか?」
「はっ。現在広域偵察を行っている最中ですが、それらしき形跡は何も。ただ、パルティナ街道にて発見された要塞。これは確認済みです」
「要塞の規模はいかほどか?」
「外観のみで数万から数十万規模の軍勢が構えられる巨大なものです。外壁も高く、これを潰すのは困難かと」
副官の報告に、ダルガジャは瞼のない眼を見開いた。
「馬鹿な。それほどの規模の要塞など、大領主の領地でも滅多に見ない代物だぞ」
「ですが、幻惑魔法の類でもなさそうです。また、要塞外壁部にはカタパルトや魔導砲、フィールド発生装置などが配備されている模様。現在、周辺地域の敵軍の割り出しを行っている最中ですが、既に見つけている敵軍の陣だけで三つほどあります」
とんでもない事になった、と、ダルガジャは歯を噛む。
敵軍を追い詰めていたつもりが、あのまま進軍していれば敵の待ち伏せで殲滅されていたところだったのだ。
三都市での敗北が敵の作戦のうちだったのかは解からないが、少なくとも敵の本隊とも言える軍はまだ健在、そして進路上には強大な要塞が存在している。
これを撃破しなくてはならないが、果たして手持ちの兵力でそれが可能かどうか。
悩みどころであった。
「とにかく、グレゴリー様に指示を仰ごう」
結局のところ、独断で動くには危険すぎると判断。総司令官に判断を願う事となった。
「数十万規模が備えられる巨大要塞……それも、地図に無いものが突然現れ、本来の想定以上の敵軍が周囲に確認されている、か」
本隊の野営地では、ダルガジャよりの報告を受け、グレゴリーが難しい顔をしていた。
『敵軍が動く様子は今のところありませぬ。ただ、現状で悪戯に時間を掛けるのは得策でもないと思いまして、判断をお聞きしたいと、こうして――』
「うむ。聞いてくれてよかった。迂闊に攻め込めば痛手を受けかねん状況だ。偵察中隊が未帰還なのは、敵にそれがバレたからと思ってよかろう。だが同時に、敵は我らが攻め込むと思い込んでいるはずだ。今はまだ、な」
『時間を掛ければ、我らが前に出てこない事に気付く、という事でしょうか?』
「あくまで私が敵の指揮官ならそれ位は気付く、程度のものだがな。しかしどうしたものか。当初の想定の敵軍は十万程度。しかし、お前の報告を聞く限り、どうも二十万は居ないとおかしくなってしまう」
『先のウィザード族の事もあります。よもや、既に西部の領主達は、全員が反乱軍に加わっているのではないでしょうか?』
水晶球の向こうのリザードは、ごくりと息を呑んだ。
「それだけでもないかもしれんな。どうにも嫌な予感がする。今のままバラけているのはまずいかもしれん」
何の根拠も無い魔族の勘であった。
先の戦闘時から感じていた妙な感覚。違和感。
どうにも無視してはいけない何かがあるような、そんな感覚に陥っていたのだ。
グレゴリーは立ち上がった。立ち上がって、にらみつけるように水晶を強く見た。
「ダルガジャよ。すぐさま退け。ラッタから離れ、我が本隊か、それが不可能ならラナニア攻略軍と合流するのだ」
敵は、もしかしたら全くの予想外をしてくるかもしれない。
敵は何者か。ただの反乱軍だと、戦慣れしていない連中ばかりだと高をくくっていたが、実際は違うのではないか。
ここまで予想外が重なった。
これから先、軽んじていて本当に良いのか。そんなはずはない、できる限りの危険は回避すべきである。
「前面を守勢で固め、敵の強襲に備えつつ同時進行で後退の準備を始めろ。あまり時間はないかもしれん」
何か、とても恐ろしい事が始まりそうな、そんな気がしたのだ。
司令官であるグレゴリーは、自らの勘、感覚を信じた。
それが正しいかどうかなどどうでもいい。
部下達が最も安全であろう策を選択し、兵を一人でも多く生きて帰らせるのが仕事であると、彼は考えていた。
ならば、これは上策ではなかろうとも最悪の事態にならぬための保険のようなものである。
『かしこまりました。すぐさま後退の準備を開始します』
びしり、と敬し、ダルガジャは水晶から消えた。
後には誰も映らない水晶と、グレゴリー以下、本隊指揮所の面子。
「――以上のことを参謀本部に伝えよ。全ての責任は私が取る。今は、この判断に任せていただきたい、とな」
「はっ」
通信要員の士官に指示を下すと、再び椅子に腰掛ける。
鉄のゴブレットに揺れるブドウ酒を飲み下し、大きなため息。
(何が起きている……何が起きようとしているのだ、この世界は――)
一介の軍人に過ぎない自分には解らぬ、と世の流れの速さ、読めない世界の道行きに、若干の不安を覚えたのだ。
この忠誠心は魔王陛下に捧げている。この命は魔王軍が為預けてある。
だが、果たしてこの反乱騒動の先に何が待っているのか。数多くの敵兵。これが何を意味しているのか。
敬服する魔王陛下が一体何を考え、このような状況を許しているのか。
疑問は尽きず、納得の行く解答は皆無であった。
翌日。グレゴリーの予感は的中する。
――街道より本陣に向け敵の大軍あり。
周囲の索敵警戒に当たっていた小隊がこれを発見したのだ。
幸いほとんどの作業は一日の猶予で完了し、後は引き払い後退するのみとなっていたが、それでも間に合わず、退がる真後ろに敵軍が喰らい付く形となってしまっていた。
このままでは後列からパニックに陥ってしまう。
ダルガジャは、やむなく守勢とともに後方に残り、敵の足止めの指揮を執る事にしていた。
「グレゴリー様、申し訳ございません。敵の勢い、思いのほか激しく――」
間近に迫る敵先遣隊と思われる部隊だけでも五千。
更にその後方に波のように押し寄せる敵の大軍。こちらは数万規模の主力であると推測できた。
対してラッタ攻略軍は守勢三千。残りは後退中の為、装備も最低限で、噛み付かれればひとたまりも無い。
「敵の動きが速すぎるのです。これは、やはり戦慣れした何者かが敵の頭についているものと」
『むう……』
水晶球の向こう側に映る総司令殿は唸っていたが、猶予が無い。
「もはやこれ以上の説明もできそうにありませぬ。退き戦の指揮を執らねば――」
『――責めはせぬ。ダルガジャよ、なんとしても生きてもどれ』
「はっ! 必ずや!!」
腰に下がる曲剣を抜き、顔の前でピシリと立てる。
一介の剣士に過ぎぬ自分を一軍の指揮官にまで取り立ててくれたこの蛙頭の司令殿に、最大限の礼を取ったのだ。
それは命がけで戦うという意志でもあり、必ずや生き延びるという誓いでもあった。
そのまま水晶球に何も映らなくなると、ダルガジャは背を向け、幕内から出る。
「敵に一つの勲章も与えてやるものか!! 見事退いて見せてやれ!!」
声は、敵軍の突撃を抑えんと立ちふさがる全軍に響く。
「反乱軍の突撃など、人間どもの砲撃魔法に比べれば恐るるに足りぬ、耐えて見せよ!! 魔法を使える者は敵の足元を狙え!!」
兵を鼓舞する。守勢に優位な指示を下していく。
「狙撃兵は敵の指揮官を狙い撃ちにせよ!! これは時間稼ぎじゃ!! 敵を全滅させる必要などない、ともかく時間を稼げ! 陣に火を放ち退避する友軍に敵の手が届かぬようにしてやれぃ!!」
ほどなく燃え盛る炎が陣の周囲を取り囲んでいった。
敵軍は若干うろたえ、攻めの手が弱くなる。
時は今だ、と、ダルガジャは考えた。
「今だ、押し返せぇぇぇぇぇっ!!!」
耐えるばかりではメリハリが付かない。
敵の手が弱まったなら、それは攻めのチャンスだ。
故に、守勢に突撃を命じた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
「死ねぇぃっ」
「ひぃっ! な、なんで俺達が――」
号令の下、一気に攻め込む正規軍の魔物兵達。
攻めていたつもりが突然の逆襲に、反乱軍の兵らは少なからず混乱する。
「ダルガジャ様、友軍の後退、ほぼ完了しました。後はここだけです!!」
波のように押し返した一瞬に、部下からのありがたい報告が流れた。
「――よし。我らも退くぞ!!」
流れが変わる。一度退いてしまった反乱軍は、こちらが下がってもすぐには攻め込めない。
また逆襲があるかもしれないという恐れに、最前列の兵が二の足を踏んでしまうからだ。
更に集団戦しか覚えの無い反乱軍は、まとまって動こうとしてしまい、このような時に中々動き出せないのも大きかった。
指揮官は戦慣れしているかもしれない。
だが、一兵単位までとなると、やはりそれは素人相応の遅さが目立つのだ。
「急げっ、武器など最低限で良い!! むしろ転がしておけば敵が勝手に躓いてくれるわっ」
それすらも利用しろ、と、ダルガジャは声を上げ敵に背を向ける。ソレを見た兵が無理に頑張らぬようにと。できるだけ情けなく逃げて見せた。
「退けっ、退けぇぇぇぇぇっ」
兵らもそれに続く。後ろも見ずに一気走り。全軍の全力疾走であった。
こうして、ラッタ攻略軍はその大半を後退。
そのままラッタへ、そしてグレゴリーのおわす本隊へと合流の為、移動する事となった。
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