321 / 474
8章 新たな戦いの狼煙
#3-2.深緑のウィッチ
しおりを挟む「中々面白い事をするわね」
薄暗い明かりの中、影が二つ、揺らめいていた。
「ラミアに任せたままなら、直球で攻め込んで潰すでしょうに。見た目余裕な相手にまでわざわざ絡め手を使うなんてね」
一人は、濃い緑色のとんがり帽子のウィッチ。
同系色の長めのローブを纏い、口元をにやけさせながら水晶を眺めていた。
「随分と余裕ではないか。このままでは貴公の策略、全て崩れるのではないか?」
もう一人は、巨大な出で立ちのヤギ頭。筋骨隆々の巨体が、とんがり帽子の後ろで皮肉げに水晶を眺めていた。
「あら。馬鹿にするものではなくてよ?」
ヤギ頭の皮肉に、どこか気を悪くしたのか。
ウィッチは色を感じないエメラルド色の瞳で、ヤギ頭の顔を睨みつけていた。
「こんな程度、想定の範囲内よ。私を誰だと思っているの?」
「……いい眼だ。貴公がその眼をしている間は、まあ、上手く行くのだろうな」
視線に臆するでもなく、ヤギ頭はせせら笑う。
「――ふん。当然だわ。私は先代の側近だったのよ。ラミアの戦略だって、戦術だって、全て知っているわ」
自信が垣間見えていた。ウィッチを含め、全ての悪魔族の王たる自身を前に、勝気に笑うこのウィッチ。
だが、そのような無礼ですら見逃せる位に、この女は有用だと、彼は知っていた。
「流石はあの赤い帽子のウィッチ殿の妹だ」
そして、彼女の弱みも知っていた。
だから利用するつもりだったのだ。野心の為に。
「――貴方如きが姉様の名前を出さないで頂戴!!」
幼さを残しながらも整った顔が、唐突に憎悪に染まっていく。
「くくく。やめておけ。今の我らは同胞ではないか。つまらぬ事はよせ」
そう。同胞なのだ。経緯は別として、目的を同じくして組んだ仲間である。
その結末として求めるモノは全く違うだろうが、そんなのは今は関係なかった。
「……ふんっ」
ヤギ頭の言葉に反抗することも出来ず、ウィッチは忌々しげに背を向け、再び水晶を覗き込んだ。
「――予定と比べ、南部の動きが鈍い。案の定、黒竜の姫君が動いているようだ」
「四天王は同じ四天王の貴方が抑えるべきでしょう」
同列とは言えずまでも、対等に近い立ち位置にいるはずなのだから、と。
ウィッチは、あまり働かぬヤギ頭をにらみつけた。
「そうはいかぬ。我では目立ちすぎる。今はまだ、魔王らに動きを察知されたくないのだ」
「小心者。そんなだからいつまでたっても第四位のままだったのだわ」
遥かに上の背丈のヤギ頭を下から睨みつけながら、ウィッチは役に立たないでくのぼうを罵倒した。
「馬鹿を言え。下手に上位にでもなってラミアに目を付けられてみろ。たちまち謀殺されてしまうぞ」
ある意味彼にとっては、得体の知れない魔王よりも、ラミアの方が遥かに厄介で恐ろしい存在であった。
そんな事はこのウィッチも解っているはずなのだが、どうにもこのウィッチはラミアを憎んでいるのか、その辺り盲目になっているらしい。
ヒステリックな空気がピシリ、ピシリと漂う。
「貴公がなんと喚こうと、今回は貴公に動いてもらわねばなるまいよ。ええ? ウィッチ族の長よ」
文字通り見下していた。悪魔王である彼からすれば、たかがウィッチ族の長など、数いる部下の一人に過ぎない。
実力的に見ても格下と言えるが、それでもこの女には明確に魔王に対する叛意があり、ラミアに対しての憎悪があった。
大変扱いやすく、そして使い捨てるには上等な道具であった。
「……黒竜は嫌いだわ」
自分の言葉を容易く切り返された為か、ウィッチは気まずげにそっぽを向き、ぽつり呟く。
先ほどとは違い、どんよりと暗い表情で。死んだような目になって。肩を震わせて。
「では、任せたぞ。精々上手くやってくれ」
そんな言葉聞こえておらぬとばかりに、ヤギ頭は部屋を出て行く。
「――ちょっ!? 何を勝手に――」
はっとしたウィッチが振り向いた時には、もうヤギ頭の姿はなく。
面倒ごとを押し付けられた事に、酷く憤慨しながら、やるせなく思いながら立ち尽くす事となってしまっていた。
「くくくく。なんとも甘美な顔であった。トラウマを抉られる女の顔は、中々に美味なものよ――」
ウィッチ族の城からの帰路、ヤギ頭はこらえきれぬ笑いに肩を震わせていた。
笑いが止まらない。あの女も、所詮は小物である。
先々代の魔王の時代では役立たずのゴミ扱いを受けていた女だった。
双子の姉のおかげで命拾いしたような女だった。
そんな女が、先代の時代にちょっとばかり厚遇を受けたからと鼻を高くしている。
なんとも滑稽。そんなだから利用されるのだと、ヤギ頭はおかしくて仕方ない。
「まあ、そんな女でも、少しばかり口が上手いのだから、役には立つな」
何せ保身が上手い女だ。なんとかして必死に黒竜族を説得しようとするはずである。
それが成功するならよし、失敗したなら、切り捨ててなかった事にすれば良い。
何も今を急ぐ必要はない。今の魔王は大層無能で、大変個性的なのだ。
何かすればすぐに粗が目立ち、それは度々民を困惑させる。
反乱の芽など、何も今でなくともいくらでも後から涌いてくるはずだった。
だから、彼はその成否をあまり重く見ていなかった。
「……くっ」
そして、一人残されたウィッチは、屈辱に頬を歪めていた。
あんな奴と手を組む羽目になったこと。それそのものが屈辱であるかのように。
悔しげに手を握り締め、歯を噛んでいた。
「――それでも、もうダイスは投げられたわ」
呟く。その覚悟を自身の内に浸透させるように。
時間が経つ。一分。五分。十分。
少しばかり落ち着いたのかウィッチは肩から力を抜く。頬は、自然緊張から解き放たれた。
(あんな奴に好きにさせる訳には行かない。エルリルフィルス様。いえ、トルテ様。どうか、私に力を――)
祈るように胸に手をあて、ウィッチは歩き出した。
向かう先は、かつて自身をボロ雑巾にした、あの黒竜の城であった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる