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8章 新たな戦いの狼煙

#1-1.大帝国進撃する

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 大帝国が独断で魔族と単独会談を開いたというニュースは、世界各地を揺るがせた。
特に近隣、共に対魔族の盟を誓った中央諸国連合各国は、盟主のこの暴走とも言える行為に戦慄、動揺させられていた。
『大帝国は初めから魔族と繋がっていたのではないか?』
『人間を裏切り、魔族側についたのではないか?』
様々な憶測が飛び交い、諸国の首長らも困惑を隠しきれずにいる。
だが、中央諸国連合軍の中核たる大帝国が抜けてしまっては中央部の守りは不可能となり、これを恐れ、中央諸国のほとんどが、反発こそすれ反抗まではできない状態にあった。

 更に悪い事に、シフォン皇帝が病に倒れ、代わりに皇太后エリーシャが国を治める『女王』と成った事が問題視されていた。
本来エリーシャは皇室の血筋でも何でもなく、有力な貴族だった訳でもない、というのが一般の認識だった為、その正当性が疑われたのだ。
先帝シブーストも、エリーシャとの婚姻後の晩年、暴挙ともいえる焦土作戦によって国土に深刻なダメージを与えたのもあり、『傾国の悪女が、今度はシフォン皇帝をも毒牙にかけたのではないか?』といううわさがまことしやかに流れた。
大帝国は孤立し、恐らくは魔族の手中に落ちるのではないか。
そう予測されていた中、多くの者が予想だにしない事態が発生する。

 ガトー王国国王キャロブが、女王エリーシャの傘下に加わるというものである。
事実上の併合。ガトー王国は、隣国サフラン王国を挟んで地離れの大帝国領となった。
険悪な関係であった隣国ラムクーヘンの攻撃を受け、会戦こそ凌いだものの劣勢は挽回できぬとの考えから、ガトーは大帝国を頼ったのだ。

 ラムクーヘンの朋友であるはずだった大帝国は、しかし、同時に大事件の発生と、その真実を世界へと発信する。
教会組織による、皇太后エリーシャ、及びタルト皇女の襲撃事件。
更に、これにラムクーヘン王子サバランが絡んでいたという事。
これを根拠に、大帝国はラムクーヘンとの盟は既に決裂していると主張。
報復としてラムクーヘンへの攻撃を開始するという、全世界に向けたラムクーヘンへの宣戦布告であった。

 つまり、エリーシャの行動には理由があったのだ。
エリーシャとタルト皇女の間に血のつながりはないはずだが、この二人が姉妹ともいえるほどの睦まじい関係だった事は周辺諸国の王侯・貴族の間にも知れ渡っていた。
――襲撃され、タルト皇女の身に何かが起きたのではないか。
タルト皇女は以前も教会組織の襲撃を受け囚われの身になっていた時期があった。
つまり、今回もなのかもしれない、と。
エリーシャの行動が教会への復讐心からくる暴走なのか、単純に野心によるものなのかは解らないが、少なくとも大帝国には教会組織、そしてラムクーヘンに対して攻撃を行う正当な理由が存在してしまっていた。

 少なくとも、世界はそれを信じ込んでしまっていた。
実際がどうであるかなど人間の心理の中ではそれほど重要ではない。
大切なのは虚実を覆い隠す説得力であり、大帝国という大国がそれを世界に発信した事は、何より先手を取ったという事実は大きかったのだ。



 周辺諸国としてはまこと恐ろしい事に、女王となったエリーシャは周囲が驚くほどすばやく、行動を起こし始めていた。
宣戦布告から五分後、予め傘下に併合してあったガトー国土を通過し、ラムとも近い国境際、チェルナの丘に軍を展開。
これが小隊単位にばらけ、各々夜の内に任務遂行の為ラムクーヘン国土へと侵攻している。
ラムクーヘン側も、当初ガトーのやぶれかぶれの突撃を警戒し防衛線を張っていたものの、大帝国の、小隊レベルでの組織だった動きは想定外であり、この侵入を防ぎきる事は出来ずにいた。
初動では完全に奇襲が決まった形になり、ラムクーヘン軍は一気にラム近隣まで押し込まれる事となる。

 ラムクーヘン軍の主兵装はハンド・カノン。
対して大帝国軍の主兵装は命中精度の高いマジック・クロスボウ及びスリング携帯での短剣装備である。
どちらも防具は軽装であり行軍時の機動性は高かったが、射程と殺傷力の面ではハンド・カノンのほうが遥かに秀でており、兵装の差で考えるならラムクーヘン軍の有利と思われた。

 しかし、彼らは見落としていた。
ハンド・カノンは、防衛用の兵器である。
集団でまとまり、完全に防備を固めた状態でならいかなる軍隊をも蹴散らせる破壊力を持っている。
だが、少数の敵相手では無駄弾が多く、その『集団防衛重視』の性質上、一度守りの姿勢に入ると、何かあったからとすぐに散開したり再集合したりといった動きはできない。
これらは、北部が大軍相手の防衛戦ばかりしていた為フィードバックされる事無く放置されていたハンド・カノンの弱点なのだが、当然そんな事はラムクーヘン軍は知るはずもなく。
王都ラム手前で守りを固めたラムクーヘン軍は、機動性だけでなく臨機の対応に優れる少数部隊編成の帝国軍に容易く迂回され、街壁を破壊されるに至り、街中へと到達されてしまう事となった。

 ラムへの侵攻部隊の多くは、元々中央諸国連合軍にいた生え抜きの部隊であり、エリーシャ配下として中央平原地帯での激戦を最前線の中生き抜いた精鋭中の精鋭であった。
私兵ではないもののエリーシャに対する忠誠心は大帝国随一とも言え、頭のエリーシャこそ不在ながらも、その練度の高さを『辺境の大国』に見せ付けていた。
長年訓練ばかりしていたラムクーヘンの騎士団などと違い、こちらは本物の戦争をするための集団であり、近代戦に特化された動作を血肉に至るまで叩き込まれた命知らず達である。
その勢い、死をも恐れぬ気迫に対応できるはずもなく、ラムは容易に飲み込まれていった。


「……街が、騒がしいのう」
わずか短期間の内に宣戦布告と隣接地への進軍、そして侵攻、更に拠点への進撃。
これをやってのけた大帝国に、ラムクーヘン王ババリアは舌を巻かざるを得なくなっていた。
感嘆とでも言うべきか、恐怖か。あるいは、絶望かもしれない。
だが、王の眼は冷めていた。そこに熱はない。
「カールハイツ。この戦、逆転のしようがあると思うか?」
バルコニーにて、傍らに控える武器商人に、王は呟くように問う。
武器商人はというと、後ろ手に頭をぼりぼりと掻きながら苦笑していた。
「まあ、勝てませんやね。一応この城の守り自体はカノン砲で固められてるから堅いっちゃ堅いが、敵の主力が次々に集結してきてるこの状況下、街をぶち壊しにしない事前提じゃまず勝てねぇ」
武器商人は素直であった。とても商人らしからぬ正直さに、王は思わず笑ってしまう。
「お前。客の前で少しは装うという事を知らぬのか? 余は、まだお前の顧客だぞ?」
「ああ、まあね。でも、陛下だってわかってらっしゃるんでしょう? 『例え街のすべてを焦土と変えようとも、大帝国相手には勝てない』って」
「……嫌な事を言いよる」
王は否定しなかった。
「お前がここにきた時点で、実は既に詰んだも同然であった。気づくのがわずかばかり遅かったわ」
絶望は、いつの間にか侵食していたのだ。やり手であったはずのこの王ですら気付かぬ間に。
「ああ、余を通して世界中に兵器を売るつもりが、お前もついてない男だ」
ちら、と、武器商人を見る。口元は皮肉げだった。
「ま、こんな事もありますわ」
武器商人は小さく息を吐きながら、やはり苦笑していた。
二人して、眼下に広がる街の様子を眺める。

 混乱。混沌。カオスが広がっていた。
進撃する蛇とリンゴの軍旗。これを必死に押しとどめようと、船の軍旗が立ちはだかり、奮戦むなしく蹴散らされていく。
ラムの防衛戦略は既に破綻しており、街中という事もあり、軍単位の組織だった動きなど期待できない有様であった。
これが『近代戦』を習得したはずの自軍の有様だというのか。
帝国軍は逃げる民間人には攻撃を加えない。むしろその救援・脱出の為に部隊を割いてすらいる。
対して、自軍は逃げる民をなりふり構わず斬り捨て、弾の巻き添えにし、そうまでしてなんとかして敵の動きを止めようとしている。
これが西部随一の大国。最も近代化された軍隊。世界で一番新しい国の軍のやることだと言うのだ。笑うしかない。
「騎士団が、全部の足を引っ張りましたな。いや、これでいい部分もあるんだろうが、今回は完全に裏目に出たって感じか」
「うむ。余の誇り。余と共に歩んでくれた彼らを、余は切り捨てる事ができなんだ。合理を愛したはずの余が、どうしてもその合理的な排斥ができなかったのだ……」
今更とも思えるカールハイツの分析に、ババリアは反論するでもなく吐露した。
その瞳には、既に力はない。歳相応、老人のものであった。

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