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7章 女王

#Ex4-1.ある王女の秘密

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 魔族世界中央部、妖精族の城砦にて。
魔王城での模擬会談用の人材として集められたショコラの要人らは、ミーシャ姫を除き、全員が無事この城に戻り、日々を送っていた。
「はあ、平和ねえ」
食卓の場では今、要人らがのんびりと昼食などを取っていた。
魔王城から戻っての彼らは、妖精族によって客賓きゃくひんとしてもてなされ、ただの捕虜とは違う、随分と恵まれた扱いを受けていたのだが。
そんな毎日に、宮廷魔術師長は飽き飽きとしてしまっていた。

「魔術師長殿、どうかされましたかな?」
正面に座る丸々と肥えた悪徳宰相が、今日もがつがつと皿の上の料理を平らげながらに彼女を見る。
「いやね、ずっと毎日こんな調子だから、なんかボケてきちゃって。貴方の名前なんて言ったかしら?」
魔術師長はというと、食べ終わった皿を下げて貰い、そんな宰相に皮肉の一つもぶつける。
「ははは、お人が悪い。ま、こんな日々に飽き始めているのは皆同じですよ。ですが、この首が、ひとまずは繋がっている。それだけで今は、満足ではないでしょうかねえ?」

 国にいた頃は相当にあくどい事に手を染めていた外道だったが、今となってはそんな事を感じさせない善人面であった。
死を覚悟するというのは、それだけ人を悟らせるという事なのか。
彼だけでなくこの場にいる全員が、すっかり毒の抜けた善良な顔をしていた。

「ま、死ぬよりは勿論良いはずなんだけどね……でも、気が抜けてしまうわ」
「ミーシャ様の事は心配ではないので? 貴方なら、気が気でないと思っていたのですがね」
空になった皿を、傍に控える妖精族の娘に渡しながらおかわりを要求。
よくもそんなに食べられるわね、と、呆れながらに、宰相の言葉に、少しばかり視線を逸らす。
「――心配なんて。私にする権利は無いわ」
膝をつき、組んだ手の甲の上に顎を乗せ、ほう、と一息。
どこかアンニュイな様子に、他の食卓のメンバーも彼女に視線を向けていた。

「あの娘はよくやってたもの。一人だけ違う顔、一人だけ違う才能――自分だけ違う母親なのに、よくやってたわ」
そうして視線を戻すや、ぽそり、満足げに語る。
「最早このような状況。王族だからとか、血筋だとか、そんなものは気にしなくても良いと思いますがねえ」
宰相の隣に座る髭の侍従長が、ゆらゆらとワイングラスを揺らしながらに一言。
「私もそう思いますよ、別に、名乗っても良いのでは? 今更グレるような歳でもありますまい」
宰相もそれに乗ずる。食べる手は止めないが、言う事ははっきりと言う男であった。
「……好き勝手言ってくれちゃって。そんな簡単に言えるならね、とっくに言ってるわよ」
もういいわ、と、組んでいた腕を崩し、そのまま顔をべったりテーブルにつけてしまう。

「――言える訳無いでしょう。『あんたは妾腹めかけばらだったのよ』なんて。『あんたを産んだのはこの私なのよ』なんて。ただでさえ嫌われてるのに」
ぐったりとしながら、眼だけ食卓の男達へと向けていた。どこか恨みがましそうに。
「とはいえ、魔術師長殿も一応、バルトハイム皇家の血そのものは引いているのでしょう? そんなに悩む事もないと思いますがね」
その辺りよく解っている侍従長は、彼女の苦悩を理解しながらも、考えすぎなのでは、と、言葉を向ける。
「なーやーむーわーよ。あの娘からしてみれば、私は王家を、国を破綻させた傾城けいせいの悪女なんだから。恨まれこそすれ、母親として認めてもらえるわけ無いじゃない」
馬鹿言わないで、と、子供っぽくぶーたれる。
「それだって、元々破綻しかけていたのを貴方がトドメになっただけで、別に貴方が壊そうとして壊した訳でもないですからなあ」
「そうそう。あれはあの無能な王が貴方に良いところを見せようと勝手に独断で南部の連中と手を組もうとしたのがいけなかっただけですし」
「というか、あの王が無能すぎたから我々みたいな寄生虫がはびこってたんですがね」
口々に好き勝手言い、「だっはっはっ」と、あわせたように笑い出す元寄生虫達。
「――人の初恋の人を無能だとか言わないでよ!! あれでも優しい人なのっ!! 気遣いができる人なのっ!!」
そうしてその無能王の愛人だった彼女としては、彼らの無能コールが許せず、憤慨してしまっていた。

「まあ、生まれた娘をきちんと認めて第三王女に迎えてくれたんですから、人は善かったんでしょうなあ」
今日何皿目かのローストポークを口に運びながら、宰相が思い出したように話し始める。
他の者達も「うんうん」と、宰相の言には同意の様子であった。
「実際、ミーシャ王女が他の兄弟姉妹に虐められた、なんて事はなかったようですし。王妃殿下もなんだかんだ、一定の配慮はしていたようですし」
「それは……本当に感謝してるけどね。王妃から見たら、私なんてただ旦那を寝取っただけの悪女でしょうに。でも、その人の善さがいけないわ。隙がありすぎる」
王家の人間は、確かに皆人が善かった。
それは、魔術師長も、この場にいる彼らも誰もが否定しない。
何せ、この場にいる全員が、その人の善さに付け込んで好き放題していた元・悪党だったのだから。

「……とにかく、あの娘には教えるつもりはないわ。貴方達も悪いけど、このことはお墓まで持っていって頂戴ね」
顔を上げ、その場の全員を見渡す。
全員が小さく頷き、その同意を感じて、魔術師長は微笑んだ。ミーシャと良く似た笑顔であった。
「それに、考えても見なさいよ。あの娘、魔王のハーレムに入ったのよ? 上手くいけば魔王の側室じゃない? 魔族が話してるの聞いたけど、魔王は跡継ぎがいないらしいじゃないの。他に先んじて子供でも産めば、あの娘の人生、一発逆転じゃない」
あの娘ならやるかもしれないわ、と、にやり、口元を歪める。この辺りはミーシャと全く似ていなかった。
「私、貴方のそういう野心ありありなところ、嫌いじゃないですよ」
「流石は傾城の悪女。言う事が違いますなあ」
「自分の娘にまで同じ道を歩ませようとするその気概、まさに本物ですなあ」
男達は口々に褒め言葉ですらない何かをのたまいやんややんやと喝采していたが、魔術師長は笑っていた。
「そうよ、この私の娘に生まれたんだもの! いつまでも亡国の姫君なんて薄っぺらい立ち位置にすがってられちゃ困るのよ!! 大物になってくれないと!!」
それこそが本心とでも言わんばかりに、彼女は席を立ち、場を大いに盛り上げたのだった。


「――それはそうと、ミーシャ様には憧れの人がいると噂で聞いたことがありますが、やっぱアレですか? リットル殿がその相手なんですかね?」
食事も終え、ロビーで魔術師長がのんびりとくつろいでいると、侍従長がブランデーの瓶片手に現れ、またミーシャの話題を振った。
「何が『それはそうと』なのか解らないけど……リットルじゃないでしょうよ。あいつはロリコンじゃないし、あの娘もああいういかついのは趣味じゃないだろうし……」
なんでそれを私に聞くの、と、いった顔で侍従長を睨むが、どうも酒が回っているらしく、この壮年、赤い顔でぐびぐびとブランデーをあおっていた。
「ぷはっ――いや、失礼。なんだかんだ、貴方は宮廷の女性陣とは顔が知れてますからねえ。そういう話題も聞いたことがあるのでは、と、なんとなく思っただけなんですよ、なんとなく、ね」
浮かれ気分で幸せそうに、そんな事をのたまうのだ。
魔術師長も「どうせ楽しい気分でいる為の酒の肴にする程度のつもりで聞いたのだろう」と思っていたが、流石にこれはだらけすぎのように感じ、視線を背ける。
「――マルゲリータ皇女よ。ショコラの、開国の祖となった、旧バルトハイムの第三皇女」
鬱陶しく感じもしたが、ただぼーっとしているのも退屈なので、話に付き合ってやることにしていた。
「マルゲリータ……おお、あの『黒の魔女』マリーですか?」
「そうよ。そのマリーが、あの娘の憧れらしいって……リットルが言ってたわ」
直接聞いた訳ではないらしく、この辺りははっきり言わない。
「ほうほう……確かに偉大なご先祖様ですからなあ。しかし、なんだってまた?」
「マルゲリータのファーストネームは『ミーシャ』。あの娘と同じなのよねぇ……」
「ああ、そういえば……狙ってつけたのですか?」
「あの娘の名前付けたのは父親の方よ。何を期待したんだか知らないけど、妾の子に随分大層な名前つけちゃって……当事は頭痛が止まらなかったわ。ただでさえ王妃健在だし、ひっそり産むつもりがいつのまにか王家で迎える事になっちゃってたし」
あの人達訳わかんない、と、痛み出した頭を抑えながらに苦笑する。

「開国の祖って言うだけあって、マルゲリータは稀代の魔法使いとして名の知れた存在だったらしいけど。ショコラ王家が揃ってぶっさいくなのも、このマルゲリータの血を引いちゃったからなのよねえ」
たまんないわぁ、と、今度はため息を交える。
「貴方は皇家の血を引いてた割に、そんな事はないようですが」
それを見ながらに、またぐびりと瓶に口をつけ呷り、侍従長は首をかしげる。
「私はマルゲリータと一緒に逃げてきたほかの皇族の子孫なのよ。マルゲリータが主導権握るようになった所為で没落しちゃって、今では下っ端貴族に成り下がってるけどー」
アンニュイな表情のまま、侍従長から瓶をかっさらって、自らもブランデーを呷る。

「――ぷぅ。あの娘が憧れるのは、マルゲリータが突出した魔法の才能を持っていたから。少しくらい不細工でも、何かとがったモノが欲しくて憧れてたとかなんとか――馬鹿なことを言ってるわよね!! 美人に生まれたほうが良いに決まってるじゃない!!」
あの親不孝が! と、どこか怒りを滲ませながらに、魔術師長は空になった瓶をどこぞへと放り投げた。
がしゃりと遠くの窓か何かが割れた音がしたが、彼女は気にしない。
「とがったモノが欲しいなら、カマトトぶってないでその顔のよさを活かしてボーイフレンドの五人も十人も作ればよかったのよ! あの娘、きっとそっちの方向なら才能あったわ! なんたって私の娘だもの!!」
「ちょっと……だ、大丈夫ですか?」
突然の豹変振りに、侍従長は酔いが醒めてしまったのか、困惑げに魔術師長をなだめようとするが。
「大丈夫に決まってるでしょ!! 私を酔わせたいならねぇ、砦一つ買える位のお酒と、あまっあまなロマンチックな台詞で口説きなさいっての!! あの方はそれをしてくれたわ! 流石は国王っ、流石は私の初恋の人っ!!」
国王万歳、と、最早自分でも訳が解らなくなってきているらしく、ふらふらしはじめていた。
「おい、誰かっ!! 魔術師長殿が大変だ、きてくれ!! めーでぃーっく!!」
渋い声で救援を呼ぶ侍従長。すぐさま妖精族のメディックが集まり、魔術師長を取り囲む。
「魔術師長殿は、あんまり酒に強くないのだ……全く、気にしてたならそういえば良いのに」
もはや視線も右往左往しはじめている魔術師長をよそに、侍従長は頭を抱えながらメディックらに後を任せた。
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