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7章 女王
#14-3.女王
しおりを挟む会談の二日目は、皇帝シフォンを欠いてのものとなっていた。
人間側はエリーシャを中心に、リットルと大臣が両翼を任されている。
魔族側は先日と同じく、魔王を中心に、アーティ、エレナが両隣に。そして梟頭のスケアクロウが右端に座る。
「……はて、シフォン皇帝はいかがされた?」
魔王側は、相手の中心人物とも言える皇帝の不在を不思議がっていた。
「陛下は病によりお休みになられたわ。代わりに、私が代表を任されました」
席を立つエリーシャ。その頭には銀色のティアラが飾られていた。
「皇太后殿がか。だが、それでよいのかね?」
魔王からすればよく知れたエリーシャであるが、皇太后としての彼女は政治的にはあまり影響力も権限も持っていない。
皇帝を交えての会談だからこそ意味があったもので、それができないのではここで決めたことには説得力が欠けてしまう。
「無理があるなら、今はシフォン皇帝の体調回復を待ってからでも良いのだが。そちらとしても、その方が良いのではないか?」
会談自身の魅力が薄れてしまう事もそうだが、それ以上に、大帝国としてもかなり厳しいのではないか。
国の首長たる皇帝の不在は、国の政治経済に大きく影響を及ぼしかねない急変とも言えた。
だが、エリーシャは首を横に振る。
「構わないわ。それに今の私は、皇帝陛下より『女王』の地位を戴いている」
「女王? 皇太后殿がかね?」
「ええ。同時に直轄領としてシナモンを賜ったわ。ここを私の国とし、皇帝に次ぐ地位『王』として、陛下の不在時、一時的に大帝国の全権を行使する事を許可されました」
魔族側としては寝耳に水であった。思わず他の面子、特に大臣の顔を見てしまう。
リットルは難しい顔をしていたし、大臣も驚いた様子でわたわたとしていた。どうやら彼も聞いていなかったらしい。
「そんな、皇太后様っ!? それはあまりに急な――」
「突然でもなんでもないのよ大臣。これは会談前日に、私とシフォン様とで話し合った結果なのだから。もし万一が起きた際、陛下の第一子が相応しい歳になるまでの間、私が暫定的に国を治める事にする、という、ね」
あわてふためく大臣に、エリーシャはしれっとした様子で説明する。身内にすら黙っていたのだ。とんだ女狐であった。
「俺もそれを聞いてた。皇帝陛下も納得の上の話だぜ、これ」
リットルもそれにあわせ、面白くなさそうに同意する。とんだ茶番だと言わんばかりに。
「むう……そういう事なら、こちらとしてはこれ以上気にするつもりもないが……」
あくまでそちらの事情はそちらの事情、と割り切るのも難しい事ながら、魔王は唸りながらもそれ以上追及する気もなかった。
若干場はざわめいたが、魔族側の面々は、この新たに生まれた『女王』が場を取り仕切るというのだから一筋縄ではいくまいと、頬を引き締める。
「では、話を始めましょうか」
エリーシャは場の空気を支配下に置き、一人万全の様子で会談を進めていった。
「まずは戦争の話からでよろしいかしら?」
スケアクロウが引き続き進行役として話を進めようとした矢先に、エリーシャがその機先を奪ってしまう。
「うむ。構わんよ。アーティ」
「はい」
魔王もそれほど気にせず、先をアーティに任せる事にした。席を立ったスケアクロウは一人寂しそうに座り直す。
会談のテーブル上の空間には、人間世界の地図が映像として浮かび上がっていた。
まずは西部ラムクーヘンにポイントが当てられる。
「皇帝陛下がお休みになっている間にも、周辺地域の不穏は増して行くわ。特に、私を謀ってくれたラムクーヘンは、南部と繋がっている恐れがある」
「魔王軍としても、ラムクーヘンの存在は厄介この上ありません。存在していればその間中、世界中に様々な兵器や武装を売り広げていきますから」
アーティもそれにあわせ、ラムクーヘンからあれやこれや、分散させていくような矢印を付け足していく。
「なら、私達がここに攻撃をする事自体は、魔王軍は反対しない訳ね?」
「反対する理由は特にありませんね。昨日も話し合ったように、魔王軍はそちらに対し協力する事も邪魔をする事もしません」
「それは結構」
エリーシャは満足げに笑う。アーティも何か気になるようではあるが、特に追及する気もないらしかった。
「そうそう。魔王軍に対して大事な話があるわ」
そして、何かを思い出したようにわざとらしく話を始める。アーティは『これか』と思い至るのだが、他の面々はただ話を聞くばかりであった。
「なんでしょうか? 聞きますよ」
警戒し、頬を引き締めながらも、言葉だけは穏やかを演じて見せていた。
「今朝の話だけど、ガトー王国が我が大帝国に降ったわ。これからはガトーも我が大帝国の領地だから。キャロブ国王は属国の王として私の支配化に置いたから、間違ってガトーを攻撃しないようによろしく」
赤い光が地図上のガトー王国を覆っていく。
サフランを挟んだ遠隔地、ガトーが一戦も交える事無く大帝国傘下に収まってしまっていた。
エリーシャの口から聞かされたこのニュースに、議場は騒然とする。
「なっ……そ、そんな話、全く聞いたこともっ」
「エリーシャ、なんだそれは、俺も知らんぞ!?」
「じょ、女王陛下……こ、こんな、こんな知らない事ばかり……」
正しく、エリーシャ以外の誰も知らなかった事であった。
ウィッチは当然としても、同じ人間側のリットルも、政務担当であった大臣ですら聞いていなかったのだ。完全な形で奇襲が決まったと言える。
エリーシャの他にはただ一人、魔王のみが、何かに納得したように笑っていたが。
「当然よ。私が水面下で進めていた話だもの。本来ならシフォン様に伺うところだけれど、女王となった今はそれも必要ないわね?」
その会場の様子がどうにも面白くてたまらないらしく、エリーシャはしてやったりと言った顔で楽しげに笑っていた。
「ともかく、これで大帝国とラムクーヘンは隣国関係になったわ。いつでも攻撃が出来る」
本来ならサフランを経由し、ラムクーヘン国内にある関や砦を突破して進軍しなければいけないところを、ガトーに直接駐留させ、そこから王都ラムへと一気に攻め入る事が出来るのだ。これは非常に強い。
「だが、ラムクーヘンに攻撃した結果、大帝国は明確に『人類の敵』扱いされるようになるかもしれんよ。ラムクーヘンの国王がそう喧伝するかもしれん」
混乱の中、魔族側で一人落ち着いたままだった魔王は、静かに笑いながらエリーシャの顔を見つめていた。
「そうね。だから手を打つわ」
「ほう」
期待通り、とでも言わんばかりに、魔王はその続きを待つ。
「先に全世界に広めるのよ。ラムクーヘンの裏切りを。皇女や私を襲撃してきた事を」
「……その事に関しては、あまり触れるべきではないとシフォン皇帝が話していたはずだが?」
昨日とは言葉を違えているエリーシャを、魔王は訝しげに見つめる。
「勿論、ヘーゼル様の耳には入れないように配慮するわ。でも、私は全てを覆い隠すつもりはない。事実は事実として広め、利用するわ」
後から不意打ちだったなどと言わせないように、先に情報を制する。エリーシャはそのつもりだったのだ。
「貴方達魔族お得意の情報戦ではなくて? でも、これ位なら人間にだってできるわよ」
皮肉気に笑って見せながら、エリーシャは魔王の眼を覗き込む。
「うむ。確かにそうだな。間違いのない方法だとは思う。期待値も大きいだろう。反対する理由はないな」
魔王はというと、小さく頷きなから、アーティの顔をちらりと見た。
アーティもそれに気付いてか、またエリーシャの顔を見る。
「では、我が魔王軍はガトー王国も非攻撃対象と考える事とします」
「ええ、そうして頂戴。ラムクーヘン攻撃後は、隣接した国家全域を対象に少しずつ講和の交渉をするつもりだから、それらの国家もしばらくは手を出さないでね」
どんどんと要求を突きつけられる。初日とは違い、一方的な攻勢が続いていった。
「……」
アーティも困った様子で魔王の顔を見るが、構わんとばかりに手を軽く振られ、覚悟を決める事とした。
「解りました。大帝国側の要望どおりにしましょう」
実質、中央及び西部地域への不干渉を言い渡されたようなものである。
魔王軍としても必要以上に戦力を割く必要が無くなるので決して悪い事ばかりではないのだが、軍幹部であるアーティにはあまり面白くない形で話はまとまった。
「次は政治の話かしら?」
軍事についてはもう十分、とばかりにエリーシャは議題を変える。
梟頭はもう隅っこでしょぼくれているばかりであった。
「……まあ、いいがね」
魔王も苦笑するしかない。この会談にエリーシャを巻き込んだのは他ならぬ魔王自身である。
こうなる事くらい予想できなかった自分が悪いと思うしかないのだ。
「魔族側には、大帝国に対し、技術要員を一定数派遣してもらえたらと思うのだけれど」
政治面では、またエリーシャから、想定外の要求が突きつけられていた。
「こちらからかね? 一体どのような技術を?」
「魔法、それから錬金術っていうの? こちらの世界にはない技術だから、それについて人に教えられる人材が欲しいの。それから、建築や土木治水、それぞれに精通した技術者が居れば尚良いわ」
「構わんよ。人間世界でどの程度役に立つかは解らんが、私のほうから部下に言って手配させよう」
恐らくは技術力向上の為のカンフル剤にするつもりなのだろうが、その要求には驚かされながらも、魔王としても都合が良かった。
「私からも大帝国に要求がある。我々からも人材を派遣する見返りに、そちらからも、我々に対し人材を派遣してもらいたい」
これである。魔王はもとよりこれの為に直接会談に臨んでいると言っても過言ではなかった。
「人間側からは、人形師と人間世界の独特な技術を持った絵師、それから今流行りの小説家だ」
「……は?」
どのような人材が求められるのかと注視していたエリーシャも、それには固まっていた。
見れば議場の全員が凍り付いている。場の空気は完全に魔王が握っていた。悪い意味で。
「だから、サブカルチャー的な技術を持った者たちを魔界に派遣してもらいたい。伝道師として」
「いりません」
「いりませんわ」
アーティとエレナは全力で拒絶していた。
「えええ……なんで身内から反対意見が出るんだ」
魔王は愕然としていた。魔族のアーティはともかく、人間のエレナまで反対するとは思いもしなかったのだ。
「いや、だって、いくらなんでもそれはないでしょう陛下。このような時にまでご自身の趣味を持ち出さないでくださいませ」
「サブカルチャーと言えば聞こえが良いですが、つまりは漫画やイラストの類なのでしょう? そのような悪書を世に広めるなど、罪というほかございませんわ」
なんとも頭の固い連中であった。魔王はため息をつきながらも、これに関しては同胞であるエリーシャを見る。
「……はぁ」
心底呆れていた。じと眼で見られていた。
「え、なんで……」
魔王は同胞にすら裏切られた気分になった。
「いや、まあ、貴方が本気でそれを願ってるならいいけど。本当に派遣しちゃって良いわけ?」
「勿論だ。これほど優先する事も中々ないよ」
「医療とかマジックアイテムの製作技術とか」
「政治構造や支配体制に関しての専門知識とか」
隣でうだうだ言っている二人には耳も貸さず、魔王は続ける。
「……ともかく、私が望むのはそれだけだ」
「思いきり私情ですわ」
「こんな事のために召集された私って一体……」
呆れ果てたエレナ。落ち込んでしまったアーティ。梟頭はもう息もしていなかった。
「……じゃあ、そういう事で。大帝国内のソレっぽい人達の中で魔族に興味ある人達を派遣する事にするわね」
実際問題魔界行きを望む者がいるかどうかというのが問題であるが、意外と魔族に興味を持っている人間は少なくない。
リットルのように魔族の美しい女に惹かれる男もいるだろうし、何より人と全く姿形の違う、魔族という知性ある生き物の存在は、ある種のロマンにもなっていた。
少なくとも、読み物の世界ではロマンある存在として描かれている事が多く、一定数の人気があった。
「うむ。互いに技術交流といこうじゃないか。これを初めとして色々とできれば尚良い」
唖然としていた面々の中、魔王だけが機嫌良く笑い、政治についての話はまとまった。
「で、ではこれで、本日の会談は終了にしたいと思います。明日は捕虜について話せたらと思います」
ようやく息を吹き返した梟頭が最後に一言伝え、二日目は終了した。
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