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7章 女王

#12-3.会談前日3

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 しばしのんびりとした空気のまま雑談等していた三人であったが、やがて陽も落ち、夜に差し掛かろうとしたあたりで、ドアがノックされる。
「失礼します」
何事かと魔王がドアを開けると、この旅籠の娘が立っていた。
編みこんだ濃いチョコレート色の髪を肩に垂らした、エプロン姿の愛らしい少女である。
「お客様、お連れ様だという女性の方がいらっしゃるのですが……予定では、確か、お連れはこちらのお二人だけでよろしかったですよね……?」
「うむ。予定ではそのはずだが。私の連れだというなら、ちょっと会いに行ってみるか。ロビーにいるんだね?」
「はい。お待ちいただいております。ではこちらに」
ややハスキーな声であったが、口調は丁寧である。良く勉強してるもんだと、魔王は嬉しくなってしまう。
「では、ちょっと行ってくる」
「では私どもは部屋に戻っておりますわ」
「うむ」
二人に手を挙げ、魔王は娘の後についていった。

 ロビーで待っていたのは、鈍色にびいろの髪の剣士風の女であった。
耳元を覆い隠すフードのような帽子。足を守る長めのバトルスカート。
背丈は魔王の胸辺り、目は釣り目がちという凛々しい美女であった。
はて誰だったか、と、首をかしげる魔王であったが、女は魔王を前に膝を折り深く傅く。
「実地の探査の為、予定より早く到着してしまった事、どうかお許しください」
旅籠の娘は紹介するとすぐ入り口のカウンターに戻ってしまったが、このような場でそのような態度を取るこの女に、魔王は心底困ってしまった。
「いや、誰か解らんが、このような場所でそれはやめてくれ」
「ですが陛下――」
「だから、それをやめろと言っているのだ」
自分を陛下呼びするようなのは魔族に違いないだろうと気付きはしたが、こんな女に見覚えは無く。
堅そうな口調で礼の姿勢のまま立ち上がろうともしないこの女剣士の手を取り、引っ張りあげる。
「あっ――」
一瞬驚いたような顔であった。そのまま立ち上がるが、歩き出す魔王に尚も手を引かれ、戸惑っている様子だった。
「いいから、こちらにきたまえ」
魔王は気にしない。面倒くさいのだ。
面倒ごとを増やしたくないのになんでこう面倒ばかりなんだと頭を抱えたい気分だった。

 とにかく、剣士風の女を連れ部屋に戻った魔王。
アーティらは部屋に戻ったらしく誰も居ないが、とりあえず女の手を離し、ベッドに腰掛ける。
「それで――君は誰なんだ? 少なくとも今夜この宿に来るのはアーティとエレナの二人だけのはず」
「失礼致しました。私は……警護担当を任されておりましたガードナイトです」
魔王の態度から、自分の過ちに気づいたのか、女は申し訳なさそうに膝を付き、説明する。
「……ガードナイトって、あの鎧のか?」
「はい、あの鎧の、でございます」
魔王がガードナイトと聞いて想像したのは、巨大な全身鎧に身を包む屈強な大男であった。
確かに女もいるのだが、いかつい筋肉質の、オーク顔負けな女丈夫なんだろうと思った物である。
「まさか、こんなに細身の女が中に入っていたとはなあ。どんな中身なのか一時期考えた事もあったが、中身ががらんどうとかじゃなくて良かった」
多種多様な種族が存在する魔界なので、無機物である鎧が意思を持って魔族に、とかでも不思議じゃなかっただけに、この中身は少々予想外であった。
「よく言われますわ。というより、鎧を外すと同族以外には誰にも気付かれない事が多いのです」
鎧をつけた状態だと軽く2メートルを越す者もおり、種族としては大柄な印象が強いが、会議の際に出席していた鎧姿の中身がこれと考えると、大体の部分は鎧で底上げされてるだけなんだなあ、と魔王は気付かされる。
「鎧つけてると声以外では中身の判別ができんのだよな。男か女かすら解らん」
一応性別はあるらしいが、鎧のサイズや作りはどれも似たり寄ったりなので、その辺りあまり見分けがつかなかった。
「一応、男のガードナイトは個人を指す場合、種族名の後ろに(強い)だとか(いかつい)だとかつくのですが」
「ああ、あの(美人)って、そういう意味だったのか……ていうか意味があったのかあれ……」
何故そんなのを一々つけるのだろうかと思った魔王だが、まさかそんな意味の有るものだったとは。
魔界はまだまだ驚きがいっぱいであった。

「それで、予定より早く来たのは実地の探査の為、という話だったな?」
「はい。一応地図で事前情報として調べてはあるのですが、やはり正確な立地などは目で見ないことには難しいですので」
ガードナイトは、魔族では珍しい防御・防衛特化の種族である。
鎧を纏った際の見た目の厳つさとは裏腹に、攻略戦などの攻撃時に出撃する事は滅多に無く、防衛戦の指揮を執らせたり、要人の護衛等を受け持つのが主な存在意義であるが、やはり要人警護となるとこの辺り、真面目であった。
「真面目だなあ。ガードナイト真面目だなあ」
というより、堅すぎると言う位に真面目なのがガードナイトである。
祭の時などはその分はっちゃけるのだが、職務に関しては非常に勤勉で真面目。且つ有能である。
その真面目さが今回の想定外を起こしたらしいのだが、これに関しては魔王は彼女の勤勉さに免じて目を瞑る事にした。
「まあ、好きにしたまえ。あくまで人間のフリをしてくれれば、街をうろついても構わんよ。ただし、領主館に入るのはあくまで明日だ。それを忘れてはいかんよ?」
「ありがとうございます。では、早速街を探査しようと思います」
魔王の許しをもらえると、ガードナイト(美人)は緊張気味に頬を引き締め立ち上がった。
「うん? まあ、それはいいが、君は今夜はどうするつもりかね? もう部屋は取ってあるのか?」
「いえ。宿は要りません。ここへは、あくまで陛下のお許しが欲しくきたまでですので……今夜一晩掛けて、街の地形と、外観だけでも領主館の立地や構造を頭に入れておかねば」
どうやら休み無しで働くつもりらしかった。なんたる勤勉。魔王は思わず感心してしまう。
「はあ、君のその勤勉さ、私に少しでもあれば、ちょっとは尊敬されるような魔王になれたんだろうがなあ」
自分には無理だ、と、魔王は苦笑してしまう。
「陛下は、十分に尊敬できる方だと思いますが……城内で、陛下の事を悪く言う者は居りませんし」
「そうだといいがね」
そんなことは、と、魔王の自嘲を否定してくれるガードナイトに魔王は嬉しくもあり、複雑な気分でもあった。
種族柄、あまり嘘をつくのが得意ではないらしいガードナイトであるが、嘘ではないにしろ、それは真実ではないだろうと魔王は思っていたのだ。
彼女はそう思っていても、実際問題魔王は尊敬できる魔王だの畏怖される存在だのではない、というのが魔界の多くの民にとっての評価なのだから。
「……? とりあえず、向かう事にします。それでは、失礼致します」
「うむ、あまり無理をせずにな」
自嘲気味に笑っていた魔王だが、ともあれ夜の街の探査に向かう部下に、とりあえずの言葉を送った。


 こうして、会談前日は静かに終わった。
過去は終わり。未来が始まる。
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