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7章 女王
#10-2.キャロブ王との会談にて2
しおりを挟むこうして、あらかたの場所を案内し終わり、最初に案内された会議場へと戻ってくる。
「とりあえずこんな所かしらね。街のつくりに関しても必要なら地図やなんかも用意するし」
「少し館の中をぶらついてていいか? 何か見落としがあるかもしれないし、もう一度見て回りたいんだ」
「ええ。構わないわ。昼にはキャロブ王も館に入るから、それまでには一度ここに戻ってきてね」
どうにも、ここでの最初の国賓がキャロブ王となるらしい。
歩きながら説明は受けていたが、今回の会談に他国の王まで巻き込んでよかったのだろうかと、リットルは思うのだが、エリーシャはその辺り全く気にしていないらしかった。
「あんたはどうするつもりなんだ?」
「私は会談までに色々しなきゃいけない事があるから、色々とね」
どうやら自分以上に多忙な日々が続くらしいと聞き、リットルもそれ以上聞くのも悪いと感じてしまう。
「まあ、そういう事なら邪魔はできんな。それじゃ、昼に」
「ええ。また後で」
さっさと部屋を出て、館を見回ることにした。
「んー、回廊の幅は三人並んで歩ける所ばかりか。でも入り組んでる所が多いな。館の中心部には水のクリスタル……防火対策は完璧だな。塀は地上高七メートルってとこか。まあ、人間なら容易に登れる高さじゃないな」
軽く歩いて回ってリットルが感じたのは、この館が西部諸国に近い位置にある割には、やたら堅牢そうなつくりになっていることであった。
構造的にも材質的にも一般的な貴族の邸宅や館と違い、見た目の美しさよりも実用性、それも戦時の防衛に向いたものである。
まるで襲撃を受けること前提のようで、確かに時代によってはいつどこに魔族が襲い掛かるか解からない頃もあったのだと聞くので、こうした戦備えが無駄になる事はないのだろうが。
それにしても、今の時代には珍しいものであった。
「部分部分暗い。窓が少ないせいか。灯りをもっと用意する必要があるな」
不測の侵入を防ぐ為か、館内部の窓は極端に少なかった。
その代わりとして、小さめの換気口が多く設置されており、これにより空気が淀む事はないようになっているらしいが。
赤い絨毯が敷かれた床は、換気口から流れてくる風のせいでとても寒く感じられるのだ。
リットルは寒さに耐えながら回廊を歩く。
「今のところ敵の侵入経路として考えられるのは、塀を登ってのルート、正面から関係者を装ってのルート、後は……館内に直接転移してくるパターン位か。まあ、グラム女伯が敵のグルだった、とかじゃない限りありえないが」
館内部にはそれらしい魔力を発しているものはなかったので、少なくとも転送陣は存在しない事になる。
だが、それはあくまでリットルの知る限りの常識であり、常識外の出来事というのはいつだって存在しうるのだ。
「……一応、外部からの転送を阻む結界でも張っとくか。どこまで有効かは解らんが」
元ショコラの勇者だけあり、リットルは魔法に対する備えに強い。
エリーシャがそこまで狙ったかは不明ながら、相手が魔法を使うことを想定しての守りならば、この人選は最適とも言えるものであった。
何せ、警備上の魔力的観点から見た『穴』に気付けて、しかも自分で対処ができるのだから。
同じ魔法が得意でも、エリーシャは能力的にも知識的にも戦闘関係の魔法に特化されているので、探査や結界設置といった補助系の魔法には明るくない。
再度館内に結界設置のための印付けを施し、彼の午前は過ぎていった。
そうして昼になり、エリーシャに言われた通りにリットルが会議場に戻るのと、館にキャロブ王一行が到着するのはほぼ同時刻であった。
酒を飲んでそのままの格好で館にきたリットルであったが、流石に一国の王族の前でその格好のままとは行かず、あてがわれた部屋へと押し込まれる。
どうやら身支度を整えろという事らしいのだが、当のエリーシャはいつの間にか黒のドレス姿になっていたのだから抜け目ない。
「支度しろって言われてもなあ」
部屋の収納を見ると、なるほど紳士向けのスーツや民族衣装がしまいこまれていた。
エリーシャの趣味らしいが、中々に渋い。シルクハットまである。
「俺には似合わねぇなあ」
いかつい大男にはいささか合わない趣の数々であった。
勇者として戦備えをして王の前に立つ事は得意でも、紳士としてパーティー会場に向かうのは苦手なのだ。
「とりあえず、適当なの着るか」
どんなコーデにすればいいのかを考えるのも面倒くさく、リットルは適当な衣装を手にとることにした。
「皇帝からここに向かえと言われ、何事かと思ったが。まさか皇太后殿がいらっしゃるとは思いもしなかった」
「急な呼び立てで申し訳ありませんでした。シフォン殿も、貴方を粗雑に扱うのは本意ではなかったのです」
館に到着した一行を、エリーシャは客賓用の部屋へと通していた。
それとは別に、キャロブ王を別室に通し、二人での会談を始める。
予め予定していた、キャロブ王との直接会談。
キャロブ王も自身の話を聞いてくれるの聞き、望んでここに来たのだ。
「キャロブ王。貴方には真実を話しましょう」
そこは、暖炉と椅子、それと小さめのテーブルのみが用意されてある、ささやかな部屋であった。
テーブルにはティーセットが置かれており、品の良い香りを漂わせていたが、二人はそのようなものを味わっている空気ではなかった。
「真実とな?」
初めから真面目な様子で話を切り出すエリーシャ。
キャロブ王は、緊張にごくりと喉を鳴らした。
「私と……タルト皇女が、どのような事になったのかを。そして、何故私がこのような場所に隠れていなければならないのかを」
「……貴方がたは、魔族の脅威を避けるため、外遊という名目でラムへと向かったのだと聞いたが」
「でも、貴方は知っていらしたわ。ラムは危険だと。そう、ババリア王は危険な人物だと」
世迷言でなければ、シフォンに伝えたそれは、実に的確な指摘であったという事になる。
「事実、私達はラムクーヘン王子であるサバランに嵌められ、教会組織の手の者に襲撃されてしまいました。タルトも……もう」
「な、なんと……それでは、タルト皇女は……」
「……」
驚愕するキャロブ王に、エリーシャは辛そうに目を瞑り、首を横に振る。
「そのような事が……おのれ、ババリアめ。罪のない皇女になんという事を……」
それは義憤であろうか。それともババリア王への個人的な憤りだろうか。
何にしても、目の前のこの男が、ババリア王に異常なほど固執し、怒りを抱いているのはエリーシャにも良く解った。
「私は命からがら生き延びましたが、それだけではない何かを感じてもいたのです。ですから、こうして遠隔地に身を隠し、アプリコットの動向を窺っていたのです」
「事情は良く解りました。そのような状況下で、私の話を聞いていただけるというのはありがたい」
「気にはなっていたのです。ラムクーヘンが心変わりを起こしたというなら、周辺地域のバランスは一気に崩れてしまう。当然、わが国も例外ではありません。知らず知らずの内に蚕食されるかもしれない。そう考えれば、貴国からの救援の依頼を無碍に扱う事などできるはずもない」
品よく腰掛け、カップを手に取る。
静かに唇をつけ、音も立てず紅茶を口に。
「シフォン殿が貴方がたを粗雑に扱ったのも、城内に裏切り者がいるやもしれぬ故。そのリスクを考え、迂闊な事はできなかったのです。ですから、あえて貴方に無駄な時間を使わせてしまった。どうか許して下さいませ」
カップに唇をつけたまま、エリーシャは静かに謝罪する。
謝罪する姿勢ではないように見えたが、形式的でもそれは必要なものだったのだ。
「うむ。気にしないで欲しい。物事を頼みに来たのは我々のほうなのだ。自らに都合の良いことを頼みに来るのだ。これ位の事は水に流しましょうぞ」
こくり、頷き、キャロブもカップを手に取り、紅茶を啜る。
「なんとも良い香りだ。これがアップルランドの紅茶なのか」
部屋に広がる香りもだが、口内を通して鼻腔をくすぐるその香りに、キャロブ王は感嘆した。
「望ましい時に飲むお茶は、自然、すばらしく感じるものですわ」
エリーシャもにこりと品良く微笑みかける。
紅茶一杯で空気が柔らかくなり、相手の態度が軟化されるのだ。
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