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7章 女王

#4-2.ミルキィレイにて3

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 冬の大人しい陽射しは、木々にわずかばかりの恩恵をもたらす。
村へと侵食した森は、この時期にしか実をつけない果樹『ソルティシガー』の、白く瑞々しい丸い果実に彩られていた。
一足早い、白による世界の支配であった。

 廃村ミルキィレイの一角。村長の家にて。
キッチンで静かにソルティシガーの皮を剥いている侍女。
だらしがなくテーブルに肘をつきながら、椅子に腰掛けるエリーシャがその後姿を眺める。
「先ほどからずっと見てらっしゃいますが、何か?」
振り返りもせず、侍女は皮を剥きながらエリーシャに問う。
もうかれこれ一時間。ずっとエリーシャの視線を受け続けていたのだ。
事件前ほどとまではいかずとも、最近では調子もよく、飽きたら散策する程度には動けるようになったが、暇だからとずっと自分を見ているエリーシャが気になってしまう。
「んー。お母さんが居たら、こんな風なのかなって、なんとなく思っただけ」
そんなに感情のこもっていない口調で、ただなんとなく、と言った感じに答えるエリーシャ。
「お母様が?」
「そ。私のお母さんって、私が生まれた直後に病気に掛かって死んじゃったから。お母さんがキッチンで何かやってる時って、こんな感じなのかなって」
そんなに深い意味はないから、と、エリーシャは笑っていたが、ラズベリィは背中を震わせていた。不意打ちだった。
「どうしたの?」
「いえ……なんでも」
振り返れない。皮を剥いていた手も止まってしまい、歪んだ視界をどうにかするのに難儀していた。

「ラズベリィは、ご両親は? って、あんまり聞いて良い話じゃないかしら?」
「私の両親は、もう死んでますわ」
わずかの間なんともいえない空気になった後、エリーシャが和らげるように次の話題を持ち上げようとする。
言いながらハッとしてやめようとしたエリーシャだったが、ラズベリィにとってはそうでもないらしく、質問に答えていた。背を向けながら。
「ハーニュートの民は、寿命が25までしかないのです」
「え、何それ。25って……なんでそんなに短いのよ?」
それとなく話題がラズベリィのペースに流されている事に気付きながらも、その内容に冗談じみた何かを勘繰ってしまう。
「それ以上は必要ないからですわ。体が成長しきり、精神もそれ以上は、肉体の加齢と比例して大人びていく事はないですから」
やけにあっさりとした答えであった。そして、その特異さに違和感を感じる。
「……必要ないからって。なんか、でも、うーん……」
しかし、それが何なのか解からず口ごもってしまう。エリーシャには異世界の知識なんてほとんどない。
解っているのは魔王やラズベリィとの会話で得た程度のものだけなのだ。
それだけではラズベリィの言葉の意味など理解できるはずもない。
「24歳を、飽きるか死ぬまで繰り返すのです」
「へ?」
「ハーニュート人は自分の中に流れる時間すらも操作しますの。ですから、その気になれば無限の時を生きる事もできます。そうして、その時の中で、自分の思うままに生き、学び、経験し、そして……やがて、人生に飽きたら、満足したら、死ぬ為に最後の歳を取るのです」
自分のペースになって落ち着いたのか、また皮を剥く音。
エリーシャは深遠すぎるその内容に追いつく事が出来ず難しい顔をしていたが,ラズベリィはしてやったりといった表情であった。
「私達ハーニュートの民にとって、生きることとは世界を知ること。死とは、全てを納得した上で迎える人生最後の時間なのです」
理解できますかしら、と、悪戯げに哲学じみた事をのたまってみせる。
ぐぬぬ、と、悔しげに歯を噛みながら、エリーシャは席を立った。
「訳わかんないわよ。時間を操るって言うのがまず良くわかんないし。ただ、貴方達にとって死がそんなにきつい事じゃないっていうのはなんとなく解った」
価値観が違う。とでも言うのだろうか。
エリーシャから見て異世界人であるこの侍女は、どうやら死生観からしてこの世界の住民のそれとは異なるらしい、と。
「まあ、大体はそれであってますが……でも、一つだけ反論させていただきますわ」
最後の一個を剥き終わり、侍女は振り向く。
にっこりとした笑顔であった。何の感情も感じさせない、冷たさを放った笑顔とも取れた。
「私は、人の死を軽く見られるほど人でなしではありません。そして、大切な人の死には涙を流せる程度には、まだ人間をやってますわ」
誤解なさらないでください、と、笑いかけていた。
「……そ」
その笑顔に、エリーシャは表向き素っ気無く返していたが、内心では怖く思えてしまっていた。
ただ笑っていただけの顔が、どうしようもなく恐ろしい。
思わず息を呑む恐怖が、そこに立っていたような気がしたのだ。

「そのソルティシガー、そんなに剥いてどうするの?」
だから、話を変える事にした。この話題は続けてはいけないと、そう感じたのだ。
パンドラの箱をあけるような愚を、エリーシャは避けた。
「これですか? これは、半分は煮詰めて砂糖に。もう半分は天日干しにして塩にしようかと」
再び席に着いたエリーシャに、「これも生活の知恵ですわ」と、ラズベリィはどや顔になる。
「なるほど、この生活って、色々切り詰める必要あったのね」

 今まで何気なく出されていた料理やお菓子の数々。
エリーシャの衣服や生活用品に至るまで、確かに何気なく出されていたから今まで気にならなかったが、これらに金がかからない訳がないのだから、それは恐らく、ラズベリィの手持ちから引き出されている事になる。
それも一日や二日ではない。
二人が長期にわたり生活すると考えれば、ラズベリィの一財産位は既に消し飛んでいるかもしれなかった。

「まあ、生活費が厳しくなってきたのは間違いありませんが。塩と砂糖の精製は単純にお金になるからというのが大きいですわ。ここ数日、毎日暇さえあれば作ってますが、既に金貨五十枚分位は稼げてると思います」
「……結構お金になるのねぇ」
元庶民であったエリーシャには分かりやすい数値だったらしく、ラズベリィの暇つぶしにいかほどの価値があったのかが明確に伝わっていた。

 この時代、庶民一人が一日を不自由なく過ごすには銀貨十五枚もあれば十分である。
銀貨百枚で金貨一枚分、そしてラズベリィは金貨を五十枚も稼げる算段がついている。
エリーシャが勇者時代に国からもらっていた月給が金貨三百枚。この内大半が人形趣味やら各地への祭参加やら装備品の購入代金やらで消費されている。
もちろん国家認定の勇者であったエリーシャは世界レベルで見ても高給取りな方であったが、そう考えればそれほどに、塩と砂糖にそれほどの価値があるのかと驚かされてしまっていた。

「ひとえに塩と砂糖と申しましても、最近では砂糖ならルコルー、塩なら岩塩、後は海の水を干して作る塩田ですか? ああいった粗悪品ばかりが出回っていますから」
ラズベリィが挙げたモノ達は、確かに今では主流の品であったが、品質面で見ればあまりいいものとは言えないのも確かであった。
精製が容易で大量生産できるのが強みではあるが、塩と砂糖本来の味はこのソルティシガーこそが本物と言えるもので、料理にしても菓子にしても、本物を求める者にとっては外す事のできない選択肢であった。
「まあ、そういった粗悪品が広がったのも、ソルティシガーの最大の生産地であるこの東部地方が魔王軍の攻撃で奪われてしまったのが大きいのですが」

 水気を嫌う性質の強いソルティシガーは、人間世界においては内陸部、特にこの時期乾燥の強い東部地方にしか生育できない。
実を宿すこの時期は特に重要で、果実に雨水や露が降りかかると、身がしぼんでしまいそのまま地に落ちてしまう。
そうなってはもう塩にしても砂糖にしても台無しであり、ただの生ゴミである。
だからこそ、東部諸国ではこのソルティシガーの生育を国家単位で支援したり指導したりして、高品質な塩と砂糖の輸出によって財をなしていたのだが。
それも昔の話で、今はただ、その頃に植えられた中の生き残りが、こうして森の恵みとなっているのみである。

「……生活、苦しいなら、無理しなくても良いのよ?」
確かにここでの日々を考えると、ラズベリィに世話になりっぱなしだし、エリーシャ的にはとてもありがたいのだが。
いい加減「そのままなのもどうなの?」という気持ちにもなっていたのだ。
「いえ。好きでやってる事ですから。エリーシャ様はお気になさらずに。貴人は、下々の者の事など一々気にしてはいけませんわ」
ただご自身だけを可愛がってれば良いのです、と、ラズベリィは笑う。さっきと違って、気の良い笑顔だった。
「そう、ならいいんだけど――」
エリーシャもはにかむ。悪い気はしないのだ。
だが――

「とりあえず、こうやって待っててもご飯が出てこないのはよく解ったわ」

――それまでの空気をぶち壊すが如く、くー、と控えめな虫の鳴き声がキッチンに響いた。
「申し訳ございません。すぐに用意いたしますわ」
エリーシャだけでなくラズベリィも顔を赤くしながら、すぐに籠に入れたソルティシガーを片付けようとする。
「まあ、出来たら呼んで頂戴。部屋で待ってる」
「はい。待たせることなくお持ちいたしますわ」
何せ時間を操る異世界人の事、秒に換算するまでも無く用意するのだろう、と。
エリーシャは苦笑しながら、部屋へと戻っていった。
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