上 下
204 / 474
5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#11-2.空白の歴史-カルバーン-2

しおりを挟む

 カルバーンは、自分の母が魔王であったことを知っていた。
実に多才で賢く、そして強力な魔王であると、母の側近であり教育係であった『蛇女のなんとか』から聞いていた。
実際、たくさんの魔法を知っていて、たくさんの事を自分の姉に教えているらしかった。
少女は逃亡の末、いつしかそんな母に成り代わり、新しい魔王が戴冠したらしいことを風の噂に聞く。
新たな魔王の名は『ドール・マスター』。人形遣いの意である。
カルバーンは、すぐさまそれが、しばしば人形を抱えながら登城してきた、あの半笑いの中年男だと気づいた。
母を殺し、その魔力を奪った憎き男が、今は魔王として魔族を統べ、人間世界に侵略している。
それはまるで、逃げた自分を追い始めたのではないかと思えるほどに、迅速に。
魔王は、侵略戦争を再開したのだ。

 だから、彼女は思ったのだ。
魔王を、あの憎き男を殺さなくてはいけない、と。
人間世界の平穏の為そうなるというのはあくまで彼女個人の想像、ともすれば妄想に過ぎないが、自分の平穏の為にも、やはりあの男を殺さなくてはいけないのだと、彼女は強く思い始めた。
それは、強く慕っていた母を奪われたことへの復讐心もあったし、残したままにしてしまった双子の姉が心配なあまり、あせってそう思い込んでしまったのもあった。
カルバーンは、子供の頃から自分の考え優先で動いてしまう性質が強く、それが為一度行動に走ると止まることを知らない。
周りが見えなくなる暴走気質で、挙句力が強くとても賢い為に誰にも手がつけられなくなる。
金髪水色眼の少女が、新興宗教の教祖になるその下地は、この時既に粗方が出来上がっていた。

 金色の竜と出会ったのは本当に偶然であった。
逃げるなら、魔物も魔族も入り込みにくい山奥深くのほうがいいに決まっている、という思い込みによって、カルバーンはディオミスの山頂に逃げ込んだのだ。
世界一高い山の頂ならば、誰にも邪魔されず対魔王の対策を考えられると思ったのだ。
そして、そこに彼は居た。『何故こんなところに?』という驚きの表情をして、金色の竜は、その少女の姿に唖然としていた。
カルバーン自身、彼が自分と全く同族の『黒竜族の白変種』であることは露ほども知らず、まして彼の姿が、竜族が変身した際に取るトカゲ形態であるなどとも知らないまま、『でかいトカゲねぇ』位の気持ちで彼を見ていたのだが。
そんな馬鹿でかいトカゲが人の言葉をしゃべり、名を問うてきた事に酷く驚き、その知性あるトカゲの化け物に、同時に愛着が湧いたりもしていた。

 勝手に彼の元に居ついたカルバーンは、自身の素性を素直に話し、彼と打ち解けていった。
そんなに長い時間はかからない。
時間にして三日ほどで二人の間には不思議な信頼関係のようなモノが生まれていた。
それは、長らくの孤独に耐えかねた金色の竜が、カルバーンの身の上に同情し、幼き日の自分と重ね合わせたからに他ならないのだが、カルバーンはそんな事を知る由もなく。
ただ、父親らしい父親の姿を全く知らないカルバーンは、異性らしきこの巨大な竜族の同胞に、なんとも寄りかかりやすい、一緒に居て落ち着く父性のようなものを感じていた。
ある日、カルバーンが冗談めいて照れながら言ってみた「おとうさん」という言葉が、その後の二人の関係を築き上げていった。

 金色の竜には、名前がなかった。
自分のことは竜族の誰かしらなのだろうと認識してはいたが、ただそれだけで、だから、カルバーンは最初『おじさん』と呼んでいたし、『養父さん』と呼ぶようになってからはそう呼んで済ませていたが、それだけではなんとなしに寂しくもあり、カルバーンは、養父に名前をつけてあげる事にした。
竜族の名前等どうつけるのかもよく分からないカルバーンであったが、彼女なりに苦心した末、『エレイソン』という名がつけられることとなった。
エレイソンとは、魔族の女性に一般的に多くつけられる名前であり、魔族の男性ならば『フリード』だとか『グレゴリー』だとかつけられるのが一般的なものであったが、カルバーンは男の名前をほとんど知らないので女性名を養父につけてしまった。
養父も養父で魔界の常識を何一つ知らない辺境育ちの所為で、その名前が女性名である事も知らず、テレながらも娘のつけてくれた名前を喜び受け入れてしまった。

 本人も知らぬことながら、元々地元民から一定の畏怖と信仰を抱かれていたらしいエレイソンは、それそのものが宗教的なシンボル足りえる存在であった。
世界最強の生物となり、その願いのまま自分の望まぬ限りは決して人目に触れることのなかった彼であったが、それでも寂しくなる事があり、また、人々の『歌』にかすかに記憶に残る懐かしさを感じ、きまぐれに人前に現れることもあった。
そうして、人々の業の深さ、欲深さに失望し、先走った感情のまま殺めてしまう事もあったのだ。
人は、美しい歌を紡げる口を持っているのに、同じ口からなんとも汚らわしい願望を吐き出す。
エレイソンには、それがとても耐えがたく、悲しかった。思い出を穢された気がしてしまったのだ。
そんな彼の心情など人々は知ることもなく、ただ彼の非道を知り、人々は金色の竜への畏怖を強めていく。
エレイソン一人ではただそれだけで終わっていたことだが、人の世を歩いて回ったカルバーンは、そこに一種の宗教を感じていた。
それは、そのまま放置すれば畏怖されるだけで終わる話であったが、上手く利用すれば、自分の目的に近づけるのではないか、という発想の元、彼女に行動を起こさせるに十分な材料であった。

 目立つのを嫌う養父をなんとか説得し、頼み込み、親しみという弱みに付け込んでまでなんとか承服させ、それは組織として運営されることとなった。
養父はシンボルとして。自身はその意を伝える教祖として。
無名のぽっと出の少女が、人々に救いと叡智をもたらす聖女へと変貌した瞬間であった。

 組織運営に関して重要な事がいくつかあった。
一つは資金力。どんな組織も金なしには、物資なしには何もできないという点。
飢えた民をその日一日生かす為の金銭を集めることの難しさ。他者を救う為に必要な物資のいかに多いことか。
一つは政治力。どんな正しいことを言っていても、政治的な駆け引きができないではまとまるものもまとまらない。
いつかは国という障害にぶつかり、行き詰ってしまう。
一つは求心力。どんなにやりたい事があっても、人々が信じて従ってくれなければ、それは実行できない夢物語に過ぎない。
夢は、実現できなければただの妄想であり、その妄想をいかに人々に信じさせるかが、物事の成功の鍵であった。

 それらすべてをまかないうる魔法が一つあった。
軍事力という魔法である。それ一つあれば、それ欲しさに国は擦り寄ってくる。
国をパトロンとすることによって、資金繰りがよくなる。
当然、救える民衆の数も段違いになり、同時に国を味方につけることで政治力を持つ事が出来るようにもなった。
国を通して民衆はその宗教組織の存在を知り、やがてそれは教徒の増員、信仰の広がりに直結する。
まこと、新興宗教組織には軍事力の強化という奇跡の安売りは至玉の商品であり、これが軍事力を安価で強化したい北部諸国の事情と見事に当たり、新興宗教『聖竜の揺り篭』は一大宗教組織として世界に名を広めることとなった。

 だというのに。世界は彼女に優しくなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

処理中です...