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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#7-4.追憶『後悔』

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「あらあら、こんな雨の中、二人で何をしてるんだか」

 ひとしきり雨に打たれていた二人の元に、そんな、空気を読まない鈴のような声が響き渡る。
無反応な主をよそに、ヴァルキリーは何事かと周囲を窺い、腰元の剣へと神経を寄せる。
「ぽんっ、はい、こんばんわ~ 女神リーシアで~す」
そして、場の雰囲気にそぐわない、どうしようもなく軽いノリの女神が現れた。

「……女神リーシア」
「お久しぶりねぇ魔王ドルアーガ。随分と悲しそうな顔をしているわ。涙雨って良く出来た話よねぇ」
感情が爆発しきる前に急に話しかけられ、唖然としていた魔王は、女神の言葉に混乱しかけていた。
「知識の女神よ、一体何の用ですか。貴方であろうと、魔王様に手を向けるというのであれば――」
得体の知れない知識の女神に対し、ヴァルキリーは並々ならぬ警戒を向けていた。
その威圧感足るや、女神が頬に汗するほどに。
「やだやだ、やめてよねヴァルキリー。私別に、ドルアーガと敵対するつもりとか更々ないし。ただ彼がちょっと辛そうだから、気晴らしするためにきてあげただけだし」
なんとも余計なお世話だった。そして慰めるにもろくでもないタイミングであった。

「女神リーシアよ」
「うん? なぁに?」
ヴァルキリーと女神のやり取りなど気にもせず、魔王は女神に問う。
「お前は以前、この世界の転生のシステムについて教えてくれたな。死した者でも、一定の確率で次代の命に受け継がれるのだと」
「ええ、通常の世界なら転生関係は機能するから、死者は転生する事もありますよ?」
女神の答えに、魔王は口元を緩める。心なし、頬の緊張が解け……安堵しているようだった。
「教えてくれ。奴は……私が殺した勇者は、いつ頃転生されるのだ? 人が死んでから生まれ変わるまで、どれ程掛かるのだ?」
「ドルアーガ、貴方……」
「私は待つつもりだ。あの男がいずれ、またいつの日か、私を脅かすほどに強くなる事を。男じゃなくなっていても構わない。ただ、いつか私を滅ぼせるその時まで、待つつもりだ」
それが彼に残された希望だった。無限に等しく存在する自身の寿命に感じられた、唯一つの存在理由だった。
だが、女神は悲しそうに目を閉じ、首を横に振る。
「違うのよ……無理なの。勇者はもう、転生できないの」
絶望。まさにそれが女神の小さな唇から紡がれた瞬間。
「――何故だ!?」
魔王は、女神に掴みかかった。
玉虫色に光る羽衣もろとも、その華奢な肩を握りつぶさんばかりに。
「だって、転生できる人間が……もういないじゃない、この世界には。貴方が今さっき殺した勇者、それが、『この世界で最後の人類』よ」
「……なんだと?」
「因みに三十年ほど前までは一応、一千万人位人類は残っていたの。だけど、それも貴方が最後の人類国家『アルハンナ』を滅ぼしたことによって悉く失われたのよね」
女子供も容赦なしの皆殺しなんだもの、と女神は声も小さく付け加える。

『手前の勝手で苦しむような腑抜けが……人を滅ぼすんじゃねぇ!!』

 勇者の言葉を思い出す。
勇者が魔王に挑んだその時、人類の大半は既に滅びていたのだ。
生き残ったわずかな仲間達との、全人類の最後の復讐のつもりで挑んだ決戦はしかし、魔王の悪ふざけのような遊び心で台無しにされた挙句、仲間とも死に別れ、勇者はただ一人、最後の人類として生き続けることになってしまったのだ。


「あれが最後だったのか……?」
「そうよ。人は畑で取れる訳じゃないから、生まれるペースより早く殺し続ければいつかは絶滅するわ。そんな事も考えなかったの?」
女神の指摘に唖然とする魔王。空いた口が塞がらなかった。
「そんな事、考えもしなかった――」
人間は沢山居たように見えたのだ。
殺してもどこかから湧いて出るように感じていたのだ。
ただ、自分に敵意を抱いているように見えて、そして、殺しても殺しても減ったように感じないから、気にせず殺してしまっただけだった。
「……まあ、貴方ならそうなんでしょうね。まあ、そんな訳だから、本来なら殺されても転生によって次代に生まれ変わる事ができるかもしれない魂も、絶対に転生が望めない状態に――」
「だったら、魔族はどうなんだ? 私に反感を抱く魔族が、いつか生まれるかもしれない。そういう魔族の中に、勇者の魂が転生する事だって――」
それは、浅はかな希望論だった。何の根拠もない魔王の願望であった。
だから、女神は冷徹に言い放つのだ。
「ありえないわ」と。

「『詩人の泉』は、あらゆる魂のルーツとも言える存在だわ。そこから生まれ出でし生物は、確かに死した後別の種族に転生する事もある。だから、人間が死んで神に転生する事もあれば、神が滅びて犬や猫に転生する事だってあるでしょうね。だけど、魔族は違う」
「違う……? 魔族は、その転生のくくりに入っていないのか?」
「そういう事。ショックな話かもしれないけど、魔族って、別に泉が作り出した魂由来の生物じゃないの。言ってしまえば、元来この世界に魔族なんて生き物はどこにも存在しないはずなの」
女神の言葉は、確かに魔王にはショックであった。だが、それはより嫌な予感を孕んでいて、魔王はそちらに気を取られてしまっていた。
「魔族は元来存在しないモノ……?」
「あ、勘違いしないでね。別に魔族が蜃気楼的な幻覚でしたーとか、そういう事を言うつもりはないから」
顎に手をあて、考え込みはじめる魔王を見て、女神は苦笑しながら手をフリフリする。
「そうじゃなくて、魔族っていうのは、本来人間由来の負の感情……強すぎる性欲だとか、度が過ぎた怒りだとか、そういう、人から忌避された感情が力を持って生まれ出でたものなの。つまり、他の生物で言う全ての母が詩人の泉なのに対し、魔族にとっての全ての母は、人間になるのよね」
「……私は、魔族達の母を殺したようなものだ、という事か?」
「それに近いかしら。この世界の人類は一人残らず滅びたから、もう人間由来で魔族の元になる感情が生まれる事は無い訳だし……それでもしばらくは残留思念的な何かが元になって生まれる事もあるでしょうけど、まあ、どちらにしても人間の魂が魔族に生まれ変わる事は転生のシステム上絶対にありえないわ。だって、魔族には魂なんてないもの」
だから魔族は体内で魔力を作り出せないんです、と、マメ知識的なことを披露しながら。
女神はシリアスな顔になる。
「だから、貴方がどれだけ待ってても、待ち望んでも、この世界に勇者の魂は戻ってこない。だって、生まれるための器が、もうこの世界には存在しないんだもの」
「……人が無理でも動物なら――」
「とっくに絶滅してるわよ? 人間が耐えられないレベルの環境の破壊が起きたのに、それより耐性が低い他の生物が生き残れるはずがないもの。海も山も地中ですら、細菌やウィルスレベルで絶滅してて人類以外生き残れない状況だったの」
人類って意外とチート性能なのよ、とよく解らないことをのたまいながら、女神は魔王のささやかな希望を一つずつ丁寧に潰していく。

「――そうか。私は、自分の手で、自分の希望を……摘み取っていたんだな」
最早、魔王は反論する事を諦め、それを受け入れていた。半ば諦観のままに。
「ええ、それもご丁寧に、絶対に再生不可能なレベルまで進めてしまっていたの。そんな世界でも魔族は関係なしに生きられるから、魔族にとっては楽園でしょうけどね」
それだけが不幸中の幸いかも、と、女神は小さく微笑んだ。
「私は……何をやってるんだろうなあ」
雨はいつの間にか止んでいて。空けた空は眩く。
だというのに、その空は彼らには広すぎた。
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