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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後
#6-3.ディオミスへの旅路
しおりを挟む「北部が動いたというのは、本当なんだろうね?」
「はい、ダリア要塞は瞬く間に陥落し、アルファ連峰周辺に強大な防衛ラインを築かれたのだとか……」
魔王城では、魔王が私室で人形達とボードゲームの製作などをしていたのだが、ラミアの緊急の報告を受け、すぐさま玉座の間へと移動を始めていた。
「ふふっ……そうか、とうとう動いたか。カルバーン」
魔王は哂っていた。ようやく待っていた時が来たのだ。
「陛下の見立てどおり、北部の軍勢は教主らに率いられ、ダリアにて構えている様子。ですが……アプリコットを守った時のような金色の竜の姿は確認できなかったとの事。恐らく、件の竜は未だディオミスの教団本拠地に居るのではないかと」
そうして玉座へと辿り着くと、ゆったりとした仕草で腰掛ける。
「アンナスリーズを呼びたまえ、大事な大事な作戦会議だ。世界が変わるぞ。世界を変えるぞ!!」
魔王はこれ以上無いとびっきりと悪戯顔で、これからの展望を笑っていた。
「陛下、アンナスリーズ、お呼びとあって参りました」
「うむ、よく来た。相変わらず美しいな。髪飾りも似合っている」
「そ、そんな……う、美しいだなんてそんな……」
挨拶程度に魔王が言った世辞に、黒竜姫は頬を真っ赤にしてはにかむ。
「さて、早速で悪いがアンナスリーズ。かねてよりの作戦、実行に移すぞ。私と共にハイキングだ。山登りだ、準備を欠かすなよ?」
「ハイキング……という事は陛下、『終わらない戦争の元凶』の居場所が解ったのですか?」
テレテレとしていた黒竜姫であるが、魔王の真面目な顔と皮肉げな口調に我に返る。
「うむ。ディオミスのいずれかにいるのは前々から見当が付いていた。ただ勝算が全くなかったから近づく事すらできなかったんだ」
「そんな……『魔王』とは、そこまで強大な存在なのですか?」
「間違いなくこのシャルムシャリーストーク最強の存在だからね。異世界から訪れた『魔王』を除けば、だが」
つまり、現在の『魔王』である金色の竜は、異世界の『魔』王相手ではその絶対性を維持できない。
たとえ話ながら、金色の竜がレーズンやリーシアと戦えば金色の竜はなす術なくも虐殺される事だろうと魔王は考える。
それが16世界最強の上位二名とシャルムシャリーストーク限定最強の実力の差である。
だが、そんな限定最強の『魔王』でも、現状では魔王軍の誰一人勝てる見込みがなかった。
「その上で、カルバーンまで敵に回っていたとしたら、これに勝つのは不可能に等しいと思っていたのだ」
苦笑する魔王であるが、一人でも存在が強大な金色の竜を二人相手にして勝てるわけもないというのが悲しい現実であった。
「逆に言うなら、金色の竜一人なら対処が可能だと思ったわけですか?」
ラミアの質問に、魔王はにやりと笑って返す。
「あ、なんか嫌な顔……」
ラミアは嫌な予感がして即座にそっぽを向いた。
「そう言うなラミアよ。君の言うとおり、金色の竜一人なら私でも対処できると思っているのだよ」
「ですが、魔王軍のいずれであろうと、金色の竜には敵わないと……」
「勿論、真正面から戦って勝つのは難しいだろうね。一応、私にはドラゴンスレイヤーがあるが、それを考慮しても勝算は2割3割あればいい方だろう……」
それでも勝算があるだけマシなほうであると言える。
何せ、彼と同等程度に実力があったはずの黒竜翁は、全盛期の若かりし日に手ひどく痛めつけられたのだから。
この辺り、属性の相性が個人間の『決闘』においてどれだけ重要であるかというのが良く解る。
「陛下なりに考えあっての事だとは思いますが……どうか、ご無事に戻られますように」
自信ありげに死地へと赴こうとする魔王に、ラミアは目を伏せ、その無事を願った。
「ありがとう。不在の間の事は任せる。この作戦、カルバーンをいかに足止めできるかが重要なのだ」
そういった意味では、これはまたとない機会であった。
金色の竜と別行動を取り、軍勢と共に要塞に控えているカルバーン。
これが金色の竜の元へと戻ってしまうまでが、実質魔王らに与えられたタイムリミットであると言える。
時間との勝負であった。
「さて、アンナよ、行こうか。準備はいいかね?」
「私はいつでも。陛下、どうぞお連れ下さいませ」
決意を秘め顔を覗き込んでくるその水色の瞳に、魔王は痺れた。
意思を感じさせる強い眼差しは、彼女達の母親とそっくりである。
やはり、この娘は美しい。魅力的だ。そう思わざるを得ない。
魔王は、世界を変える為に旅立った。
傍には黒竜の姫君一人連れ。人形すら連れて行かず、転送陣に乗ったのだ。
目指すは『魔王』の座する『世界の背骨』ディオミス山岳地帯。楽しいハイキングの幕開けであった。
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