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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#1-2.ネクロマンサーの本気

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 魔王城・魔王の私室にて。
魔王の命によって拘束されていたアリスは、魔王が帰還することでようやく解放されたのだが、その表情は深い愁いを帯びていた。
「まだ機嫌を直してくれないのかね? アリスちゃん」
椅子に腰掛け、心配げに見つめる主に対しても、アリスは暗い表情のままであった。
「エリーセルとノアールが壊れてしまったと聞いて、明るく笑えるはずもありませんわ」
今回魔王についていった二人の人形。自分と同型の姉妹人形。
それが、エリーシャとの戦いによって失われてしまったのを主から聞いて、アリスは強いショックを受けた。
自身が主に疑いの目を向けられた事もアリス的にとても心苦しかったが、それ以上に、二人が壊されてしまった事が悲しくて仕方なかったのだ。
「まあ、確かにね。私も怒りを抑えられたのが不思議な位だった」
「……そんな時に限って自分がその場に居られなかった事に、憤りを感じてなりません」
肩を震わせながら、小さな掌を握る。
自分が居れば、たとえ相手がエリーシャであろうとも遅れは取らなかったはず。
確かに殺すのに躊躇いはしてしまうかもしれない。けれど、二人が失われる事は無かったのでは、と、後悔しても足りない。
「……そうかもしれないね」
主の言葉はどこか歯切れが悪く、そして、悲壮感があまり感じられなかった。
あまりに軽いその言葉その表情に、アリスは信じられないように目を見開き、主を見つめた。
「旦那様、二人が壊されたのですよ? 何故そんなに冷静でいられるのですか!?」
アリスとしては自分の姉妹が死んだも同然なのだ。
自分達を深く愛し、大切にしてくれていたはずの主の事、深く悲しみ、怒りに震えてもおかしくないはずなのに、この軽さは何なのか。
自分達への感情が薄れてしまったのでは、と、アリスは危惧を覚えた。
「二人は、旦那様の事を自身の主として、どこまでも深く愛していたはずです。いいえ、愛しておりました。だというのに、そのような――」
「いや、まあ、なんというか、その――」
一人熱くなっているアリス。周りの人形や駆動鎧達もオロオロとしているばかりであった。
そんな中――

「旦那様っ、ただいま戻りましたわ」
「ふふっ、ノアール、及びエリーセル、華麗にふっかぁつ!! ですわぁ」
空気の読めない人形二人が、魔王の私室に転送されてきた。

「……えっ?」
空気が凍ったのは言うまでも無い。しばし、沈黙が世界を支配する。
「あの……」
眼をぱちくりとさせながら、アリスがあちらこちらと視線を送る。皆固まっていた。
「――あっ」
そうして、一人、顔を真っ赤にさせていった。
周りの反応の薄さや主の態度の軽さの理由。そして何より――自分だけが早とちりしていたのだと気付いたからだ。
「あ、あぁぁぁ……」
後はもう、死にたくなるくらいの羞恥ばかりがアリスを支配していた。うずくまってしまう。
「いやぁ、なんというかぁ、アリス様可愛いですわぁ」
「本当に。還って早々アリス様分補充完了です」
「抱きしめたくなる位可愛いな」
挙句可愛いコールである。アリスは悶え苦しんだ。
「あーっ、あーっ、もうやめてくださいっ、いやっ、もうっ、そんな、私一人勘違いだなんてっ!!」
ベッドの上でごろごろと転がり始める始末。
それは主のベッドなのだが、そんなのは最早気にならない様子だった。


「いや、確かに二人は損傷激しかったけど、別にパーツそのものが失われた訳じゃないからねぇ」
唐突に転がりだしたアリスに苦笑しながらも、魔王はしみじみと二人を見つめる。
「うん、やはり可愛いな君達は。でもちょっとだけ細部が変わってるね。背丈とか、ウェストのサイズとか小さくなってる。後胸が少し大きくなってるかな?」
そして一言。感想を述べる事も忘れない。
「さすが旦那様。ぱっと見では解り難い部分まで一瞬で看破されるなんて」
「壊れたのが頭だった所為でぇ、他のパーツから少しずつ修復の為の材料を取らないといけなかったのですわぁ」
主の目利きに素直に驚くエリーセル。そしてニコニコと微笑みながら説明を始めるノアール。
外見はともかく、内面的には壊れる前の彼女達とほとんど違わぬままであった。
「修復できるか怪しかったからどうなるかと思ったが、ネクロマンサーの奴、上手くやってくれたようだな」

 ヴァルキリーを回収した後、魔王は壊れた二人とオーク族の勇者ジャッガの遺体を連れて帰還し、ジャッガの遺体は彼の妻の元へ届け、そして壊れた二人はネクロマンサーの元へ預けたのだった。
驚くネクロマンサーに有無も言わさず押し付け、『直せなかったら殺す』と脅しまでつけて。

「今の私はお父様により改修された改アリス型ドール。さしずめ、ノアール(改)とでも申しますかぁ」
「同じく、エリーセル(改)です。各部関節の動きが調節され、胴体の衝撃吸収力も強化されましたわ。更にお茶菓子も美味しく作れるようになりました」
そして例によって、別に頼んでもいない機能追加までしてくれたらしい。
相変わらず余計な機能を付けるのが好きな人形職人であった。
「いや、私は別に、君達にそこまでの能力は求めてないんだけどね……お茶菓子って」
苦笑する魔王であったが、その辺りは彼女達的には妥協できないのか、エリーセルが人差し指を立てる。
「ですが、私達の造形の変化に関しては、旦那様にとっては大きな意味を持つのではないでしょうか?」
「まあ、確かにね」
エリーセルの指摘もあながち間違いではなかった。
改修によってわずかなりとも造形に変化が加えられていたからだ。

 人形の体型の変化の為の改修・改造は非常に難易度が高く、人形製作に慣れた職人であっても、一度体型のバランスを崩せば元に戻すのが困難であると言われている。
基本的には完成された状態のものが最も美しい黄金比であると言われているが、中には既存の人形に対して新たな黄金比を作り出すために手を加える事もある。
アリス型ドールと呼ばれる、いわゆるアリスと同型の人形達は、その内部構造の複雑さ故に、一度壊れたバランスを取り戻すのには相当な手間がかかるものとなっていた。
ある程度人形達の修復に慣れた魔王ですら、アリス型の修復は不可能に等しく、ましてその黄金比をいじる事などできはしなかったのだ。

 ここで驚くべきなのは、彼女達の父であるネクロマンサーの技術力である。
魂の人形である自動人形を修復するだけでなく、破損によって少なからず元のバランスが失われていたにも拘らず、改修して別の黄金比を作り出しているのだ。
この修復と改修によって彼女達の美しさ、愛らしさが損なわれる事は一切無く、それでいてまた別の人形であるかのような新鮮さをも感じさせる。
限られた材料で短時間の内に最低限の仕事で最大の効果を狙った、優れた職人芸とでも言うべきか。
そんな逸品が今、魔王の前に二人も居るのだ。これには魔王も唸らざるを得なかった。
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