169 / 474
5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後
#1-2.ネクロマンサーの本気
しおりを挟む魔王城・魔王の私室にて。
魔王の命によって拘束されていたアリスは、魔王が帰還することでようやく解放されたのだが、その表情は深い愁いを帯びていた。
「まだ機嫌を直してくれないのかね? アリスちゃん」
椅子に腰掛け、心配げに見つめる主に対しても、アリスは暗い表情のままであった。
「エリーセルとノアールが壊れてしまったと聞いて、明るく笑えるはずもありませんわ」
今回魔王についていった二人の人形。自分と同型の姉妹人形。
それが、エリーシャとの戦いによって失われてしまったのを主から聞いて、アリスは強いショックを受けた。
自身が主に疑いの目を向けられた事もアリス的にとても心苦しかったが、それ以上に、二人が壊されてしまった事が悲しくて仕方なかったのだ。
「まあ、確かにね。私も怒りを抑えられたのが不思議な位だった」
「……そんな時に限って自分がその場に居られなかった事に、憤りを感じてなりません」
肩を震わせながら、小さな掌を握る。
自分が居れば、たとえ相手がエリーシャであろうとも遅れは取らなかったはず。
確かに殺すのに躊躇いはしてしまうかもしれない。けれど、二人が失われる事は無かったのでは、と、後悔しても足りない。
「……そうかもしれないね」
主の言葉はどこか歯切れが悪く、そして、悲壮感があまり感じられなかった。
あまりに軽いその言葉その表情に、アリスは信じられないように目を見開き、主を見つめた。
「旦那様、二人が壊されたのですよ? 何故そんなに冷静でいられるのですか!?」
アリスとしては自分の姉妹が死んだも同然なのだ。
自分達を深く愛し、大切にしてくれていたはずの主の事、深く悲しみ、怒りに震えてもおかしくないはずなのに、この軽さは何なのか。
自分達への感情が薄れてしまったのでは、と、アリスは危惧を覚えた。
「二人は、旦那様の事を自身の主として、どこまでも深く愛していたはずです。いいえ、愛しておりました。だというのに、そのような――」
「いや、まあ、なんというか、その――」
一人熱くなっているアリス。周りの人形や駆動鎧達もオロオロとしているばかりであった。
そんな中――
「旦那様っ、ただいま戻りましたわ」
「ふふっ、ノアール、及びエリーセル、華麗にふっかぁつ!! ですわぁ」
空気の読めない人形二人が、魔王の私室に転送されてきた。
「……えっ?」
空気が凍ったのは言うまでも無い。しばし、沈黙が世界を支配する。
「あの……」
眼をぱちくりとさせながら、アリスがあちらこちらと視線を送る。皆固まっていた。
「――あっ」
そうして、一人、顔を真っ赤にさせていった。
周りの反応の薄さや主の態度の軽さの理由。そして何より――自分だけが早とちりしていたのだと気付いたからだ。
「あ、あぁぁぁ……」
後はもう、死にたくなるくらいの羞恥ばかりがアリスを支配していた。うずくまってしまう。
「いやぁ、なんというかぁ、アリス様可愛いですわぁ」
「本当に。還って早々アリス様分補充完了です」
「抱きしめたくなる位可愛いな」
挙句可愛いコールである。アリスは悶え苦しんだ。
「あーっ、あーっ、もうやめてくださいっ、いやっ、もうっ、そんな、私一人勘違いだなんてっ!!」
ベッドの上でごろごろと転がり始める始末。
それは主のベッドなのだが、そんなのは最早気にならない様子だった。
「いや、確かに二人は損傷激しかったけど、別にパーツそのものが失われた訳じゃないからねぇ」
唐突に転がりだしたアリスに苦笑しながらも、魔王はしみじみと二人を見つめる。
「うん、やはり可愛いな君達は。でもちょっとだけ細部が変わってるね。背丈とか、ウェストのサイズとか小さくなってる。後胸が少し大きくなってるかな?」
そして一言。感想を述べる事も忘れない。
「さすが旦那様。ぱっと見では解り難い部分まで一瞬で看破されるなんて」
「壊れたのが頭だった所為でぇ、他のパーツから少しずつ修復の為の材料を取らないといけなかったのですわぁ」
主の目利きに素直に驚くエリーセル。そしてニコニコと微笑みながら説明を始めるノアール。
外見はともかく、内面的には壊れる前の彼女達とほとんど違わぬままであった。
「修復できるか怪しかったからどうなるかと思ったが、ネクロマンサーの奴、上手くやってくれたようだな」
ヴァルキリーを回収した後、魔王は壊れた二人とオーク族の勇者ジャッガの遺体を連れて帰還し、ジャッガの遺体は彼の妻の元へ届け、そして壊れた二人はネクロマンサーの元へ預けたのだった。
驚くネクロマンサーに有無も言わさず押し付け、『直せなかったら殺す』と脅しまでつけて。
「今の私はお父様により改修された改アリス型ドール。さしずめ、ノアール(改)とでも申しますかぁ」
「同じく、エリーセル(改)です。各部関節の動きが調節され、胴体の衝撃吸収力も強化されましたわ。更にお茶菓子も美味しく作れるようになりました」
そして例によって、別に頼んでもいない機能追加までしてくれたらしい。
相変わらず余計な機能を付けるのが好きな人形職人であった。
「いや、私は別に、君達にそこまでの能力は求めてないんだけどね……お茶菓子って」
苦笑する魔王であったが、その辺りは彼女達的には妥協できないのか、エリーセルが人差し指を立てる。
「ですが、私達の造形の変化に関しては、旦那様にとっては大きな意味を持つのではないでしょうか?」
「まあ、確かにね」
エリーセルの指摘もあながち間違いではなかった。
改修によってわずかなりとも造形に変化が加えられていたからだ。
人形の体型の変化の為の改修・改造は非常に難易度が高く、人形製作に慣れた職人であっても、一度体型のバランスを崩せば元に戻すのが困難であると言われている。
基本的には完成された状態のものが最も美しい黄金比であると言われているが、中には既存の人形に対して新たな黄金比を作り出すために手を加える事もある。
アリス型ドールと呼ばれる、いわゆるアリスと同型の人形達は、その内部構造の複雑さ故に、一度壊れたバランスを取り戻すのには相当な手間がかかるものとなっていた。
ある程度人形達の修復に慣れた魔王ですら、アリス型の修復は不可能に等しく、ましてその黄金比をいじる事などできはしなかったのだ。
ここで驚くべきなのは、彼女達の父であるネクロマンサーの技術力である。
魂の人形である自動人形を修復するだけでなく、破損によって少なからず元のバランスが失われていたにも拘らず、改修して別の黄金比を作り出しているのだ。
この修復と改修によって彼女達の美しさ、愛らしさが損なわれる事は一切無く、それでいてまた別の人形であるかのような新鮮さをも感じさせる。
限られた材料で短時間の内に最低限の仕事で最大の効果を狙った、優れた職人芸とでも言うべきか。
そんな逸品が今、魔王の前に二人も居るのだ。これには魔王も唸らざるを得なかった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる