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4章 死する英傑
#12-4.新たな時代の始まり
しおりを挟む「陛――下……?」
そうして彼女は辿り着いてしまったのだ。死する皇帝の元に。立ち去ろうとする魔王の元に。
右肩に突き刺さった短剣をそのままに、エリーセルから奪ったショートソードを左手に。
エリーシャは、その光景を目の当たりにしてしまっていた。
「来てしまったか。君は、存外強かったのだなあ」
感慨深げに、魔王は大きく溜息を吐いた。
「なんで……陛下? 皇帝陛下……? シブースト様っ!!」
魔王のことなど始めから見てもおらず。
ただ駆け寄り、冷たくなった皇帝の亡骸を抱きしめる。
「起きてください陛下。なんでですか? 私達を置いて行くのですか? 私を置いて行くのですか? どうして?
起きてください。貴方は私の生き甲斐なのです。私の大切な人なのです。死なないで下さい。死なないで――」
「…………」
「私を置いていかないで!! また一人になってしまう!!」
痛みなどどこにも無く。疲労などどこにもなく。ただ、差し迫った恐怖だけが彼女を突き動かしていた。
「なんでですか!? 私は、これから平和な日々を生きようって……貴方の妻として、生きようって決めてたのに――どうして」
――孤独。ただそれだけが、エリーシャにとってどうしようもなく恐ろしく、たったそれだけの事が、彼女の理性を破壊していた。
人の死を誰より多く見てきたエリーシャは、身近な人の死を誰より強く恐れていたのだ。
誰よりも、一人ぼっちが嫌だったのだ。
それは、幼き日に父を失った、そのトラウマを呼び起こさせるに十分なショックであった。
「……あぁ」
皇帝は、何も応えない。何も返してくれない。
ただ、冷たくなって笑っていただけだった。満足げに。やり遂げた男の顔で。
「うっ……く……ふぅっ――」
涙は枯れ果てない。新しい傷が上書きされ、エリーシャの心にまた一つ、消えない傷が生まれてしまう。
「――どうして」
その様を、魔王は居た堪れない気持ちで見ていた。
「どうして貴方は――私から、大切な人ばかり奪っていくの……? 私に、人を信じる素晴らしさを思い出させてくれた貴方が、何で私から奪っていくの!?」
激しい感情は、やがて魔王へと向けられていた。
やりきれない思いは、自分の父を、そして目の前に横たわる、皇帝を奪った張本人へとぶつけられていた。
「……それが君の定めだと言えば、満足するのかね?」
「出来る訳ないじゃない!! こんなっ、大切な人ばかり失う人生っ!! 誰が定めたっていうのよ!? 誰が私にこんな道歩ませたのよ!?」
魔王の静かな言葉に、エリーシャは激昂した。
その道を選んだのが、他でもない自分だと自覚していたからこそ、その想いを、言葉を、ぶつけずにはいられなかった。
「別に、君の未来が見えていたわけではないが――『そうならなければいいなあ』と思っていたよ。君と会う度にね」
「……だけど、なってしまったわ。私にはもう、どうしたらいいかも解らない」
平和な日常に身を任せようとした矢先にこれである。もう、何をしてもダメなのではないかと思ってしまったのだ。
「だが、彼の未来は見えていた。彼は遠からず死ぬ定めにあったよ。情勢から見て私が手を下さずとも、恐らく似たようなことになっていた。いや、より悲惨な末路を迎えていたかもしれん」
「だから、貴方が陛下を殺したことが正当化されるとでも言うの?」
魔王の言葉に、エリーシャは次第に冷静さを取り戻していく。
「まさか。だが、ある意味これも必要な事でね。この『番狂わせ』が私達には必要だったんだ」
「番狂わせ……?」
目の前の魔王が一体何を考えているのか。何をしようとているのか。それを冷静に考えてみる。
「まあ、君がそれを知る必要は、まだ無い。今はただ、私を憎んでくれていい。ただ、アリスちゃんは嫌いにならないであげて欲しいな。あの娘には、私のしようとしている事は伏せていたからね」
「……知らないわよ、次に会ったらほっぺたつねってやる」
見慣れない長剣を手にし、立ち去ろうとする魔王に、エリーシャはそのまま力なく皮肉る。
それが精一杯の反撃である。もはや、斬りかかる気力すらなかった。
気を抜けばすぐにでもまた抑えきれずに泣いてしまいそうな、そんな危うさが今のエリーシャを支配していた。
「まあ、それ位はね」
魔王も思う所あってか、苦笑していたものの、それ以上は返さない。
「エリーセルとノアール。あの二人、壊しちゃったから」
これは、同じ人形愛好家としての言葉だった。
「――皇帝に感謝したまえ。彼の死と願いがなければ、私は怒り狂い、この国を、いや、世界をも滅ぼしていたかもしれん」
エリーシャの言葉にぴくりと立ち止まった魔王は、大人気なく肩を震わせながら、振り向きもせずそれだけ言って、足早に立ち去っていった。
「……陛下の願い? 陛下――」
彼の言葉は冗談でも皮肉でもなく、恐らく本気なのだろうとエリーシャは思いながら。
魔王の残した不可解な言葉に気を取られながら、エリーシャはしばし呆然としていたが、やがて緊張が抜けると崩れ落ち、亡き皇帝の胸に顔をこすりつけ泣き続けた。
こうして、中央の雄・皇帝シブーストは崩御し、皇位は第一皇子シフォンが継ぐこととなった。
皇帝の死は、政治的な都合によって詳細を伏せられたまま広められ、様々な憶測を生んだが、勇者ゼガの盟友として、そして自身も英傑の一人として魔族との戦争に積極的に関わっていた彼を失った事は、人類にとってとても大きな損失である事に違いなく、人類圏、果てには敵対していたはずの南部諸国においても、その報に悲しむ民が多かったのだという。
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