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4章 死する英傑

#12-3.初恋の姫君は彼に優しく笑いかけた

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「ああ、やっぱ勝てねぇ、か――」
エリーシャが勝利を収めたその時、この二人の闘いも終わりが見えていた。
片や全くの無傷のままの魔王。
息すら乱さず、ただ直立不動のまま、皇帝を見下ろしていた。
片や全身ボロボロで、立つことすら出来ず膝を付いてしまった皇帝。
息も絶え絶え、口元からは無茶な古代魔法発動の代償か、幾重にもなって血が流れ出ていた。
「すまんな。私以外ならお前は勝てたはずだ。だが、『私には』絶対に勝てんのだ。その剣ではな」
「ついてねぇぜ。相性が悪すぎたって事か……」
古代魔法『グラビトン』は確かに魔王の動きを一時的に止めたが、古代魔法『デスマーチ』は魔王には一切効果を成さなかったのだ。
本来魔力総量的にどちらか片方の魔法しか使えなかった皇帝は、薬を使っての無茶なブーストによって無理矢理両方同時に発動させ、結果自滅に近い形で崩れた。
そこに魔王の重い一撃を受け、壁に叩きつけられ立ち上がれなくされてしまう。
「悪い冗談だぜ……横着せずに正面から斬りかかれば、まだマシな戦いになってたって事か」
「それはないな。お前位の緩慢な動きでは、私に傷を与える事など……不可能だ」
「……本当に、悪い冗談だよ、お前達魔王ってのは――」
どう足掻いても勝てない敵らしかった。
若かりし頃に対峙したマジック・マスター等より性質が悪い。
目的があって目の前に現れた敵だ。倒せなければ、追い返す方法すら存在しない。絶望しかない。
「……俺が死ぬのは、必然だったんだろうな。結局、どこかで死ぬってのが、今起きただけなんだ」
「そのようだな。お前は、どこかしらで必ず死ぬ事になっていたらしい。予定が、若干早くなっただけだ」
今殺さずとも、いずれ似たような末路が待っている。
だから、魔王は今殺すことにした。全ての調和を崩す為に。
「なんでお前は、俺に手紙なんて寄越したんだ? この国の未来、俺を殺すという予告。そんな事、何故俺に教えた……?」
「お前が聡明な王であると知っていたからだ。自分が殺される未来は変わらん。そう解っていたからこそ、最低限の犠牲で済む様に計らっていたんだと思ったが?」
それにしては若干、足止めが多かった気もしたが、彼の人望が成した想定外だったのだろう、と魔王は適当に分析する。
「安心して欲しい。私の目的は手紙に書いた通り、その二振りの宝剣とお前の命だけだ。それ以外の物は何も奪うつもりは無い」
「それを聞いて、安心したぜ」
ネクロアインを杖に、シュツルムバルドーをなんとか掲げながら、皇帝は震える膝を無理矢理張って立ち上がる。
「魔王って奴は、思ったより紳士的なんだな。びっくりしちまったぜ」
「私位だよ。おかげで変人扱いだ」
フラフラとしながら、二振りの剣を構える皇帝に、魔王は初めて構えの姿勢をとった。

「ついでに言うとな、お前の朋友、ゼガを殺したのも私だ」
「そうか、ゼガの仇って訳か――もっと早く言えよ、それだけで三倍は粘れたぜ」

 誰が見ても緩慢としか思えない速度で、足を引きずりながら駆け出す皇帝を、魔王は迎え撃つ。
「お前がエリーシャの悲しみの元か!!」
叫びは、やがて全身全霊の一撃を生む。
「貴様がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「そうだ、そしてお前も、彼女の悲しみとなれ!!」

 また一つ。エリーシャの悲しみが増えてしまった。
魔王の手刀は、皇帝の腹に風穴を開けていた。
「ぐっ――はっ――」
剛剣は、しかし、魔王にかすりもせず。
皇帝は、口から血を流し、倒れ込んでしまう。

「若い頃のお前なら、あるいは、少しは戦いになったかもしれんが、な」
うつぶせに倒れた皇帝を、魔王はわざわざ仰向けに寝かせてやっていた。
「げほっ……ち……きしょ……」
その様は、見ていて居た堪れないくらいに哀れであった。
魔王の、あまり思い出したくない過去を思い出してしまう程に。
「人間は、年老いてやがて力を失う。私とは、根本的に身体の造りが違うのだろうな。私は、それをこそ、憎んでいた」
老いた皇帝は、老いた勇者を思い出させていた。自分が殺してしまった、かつての宿敵を思い出させていた。
「平等に、私も老いられれば良いと思っていた。同じように弱ってしまえば対等のままで居られたのに。私は何故か、老いられなかった。だから、力を捨てなくてはいけなかったんだ」
「何を……語ってやがる」
「ただの昔話だ、気にするな」
瀕死の際。嫌がらせに皮肉った皇帝に、魔王は自嘲気味に笑って見せた。

「約束どおり、私の剣は返させて貰うよ」
しゃがみこみ、倒れたままの皇帝の両手から剣を奪う。
最早力も出ないのか、握った手は簡単に剣を手放してしまっていた。
「お前くらい強い奴が、なんでこの剣を――」
「強さではないのだ。これは、元々私の物であった。私の大切な、従者なんだ」
取り戻した二振りの宝剣を胸に、魔王は刃先も気にせず抱きしめる。
不思議と、それによって傷を負う事は無かった。
 
 二つの宝剣はやがて、眩く光り出す。
ようやく再会できた真の主を前に、その再会を喜ぶかのように。
「宝剣が――これは、一体――」
驚く皇帝を他所に、やがてそれは、一振りの美しい長剣へ融合した。
「ようやく我が元に戻ったな、王剣・ヴァルキリー。刀身のみだが、な……」
融合した剣を月光に掲げながら、魔王は寂しげに笑う。
「お前がいなくなってから幾年月が過ぎたか……長かったぞ。まさか、こんな所にいるとはな」
応える事の無い従者に、魔王は積年の思いを語りかける。
「何が起こってやがる……」
「本来あるべき所に、あるべきものが戻っただけだよ。お前達には感謝しても足りない。大切な私の従者を、長らく国の宝として大切に管理してくれていた。このように美しいまま残してくれていた。礼を言いたい」
信じられない事が起きているかのように目を見開く皇帝を前に、魔王は一礼する。
「……自分を負かした男に頭を下げられるなんて、訳が解らん」
意味不明すぎるぜ、と、段々と血の気を失っていく顔で吐き捨てる皇帝。
「――願いを」
「……?」
「何か、願いはあるか? 宝剣を管理し続けた一族に対し、謝礼をしたい」
まさしく信じられないような言葉であった。
この目の前の中年男は、事もあろうに人間の願いを叶えたいなどと言うのだ。
こんなの、まるで悪魔の取引きではないかと、息も絶え絶えなのに吹きそうになってしまう。

 だが、それも悪くは無いかと、弱っていた皇帝は思ってしまった。

「俺の大切な人達を……この国を、どうか滅ぼさないで欲しい。浅はかだと笑うかもしれん。だが、こんな俺を必要としてくれた、大切なものなんだ……」

「……解る。お前の願い、しかと聞き届けよう。安心して眠れ」

 もう相手の顔もろくに見えなくなってきて。
薄らいでいく月光の中、魔王の言葉に安堵してか、蒼白となった顔には安らぎすら見て取れた。

「――俺も、叔母上の元へ向かうのか」

 最後に彼が見たのは、家族でも妻でも、まして国の未来でもなく。
若かりし日、一時垣間見ただけの、あの美しいままの姫君の姿であった――
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