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4章 死する英傑
#9-2.戦士団との戦闘にて
しおりを挟むそして、気が付けば囲まれていた。先ほどの二人よりも屈強なオークの戦士ばかり、十名ほど。
鎧自体は軽装ながら、それぞれの持つ武器は鋼製のショートアックスやメイス、巨大な鉄球のついたモーニングスターなど、実戦向きな装備が揃っている。
「……さて、どうしたものかな。言われた通り武威は示したがね」
特に何も考えていなかったのか、それでも魔王は楽しげににやにやと笑う。
アトラクションか何かの中に居るような感覚なのか、子供っぽく楽しんでいた。
「さすがに人数が多いですわねぇ。負ける事は無いでしょうが、無傷とはいかないのではないかと思いますわぁ」
ノアールも焦ったりはせず、あくまでのんびりとしている。今一危機感に欠ける二人であった。
「門兵を破ったのは貴様らか。中々やるようだ」
「だが、我らオークの集落に近寄るとはな。かような真似をされれば、我らも黙ってはいられぬ」
「死んでもらうぞ、名も知れぬ魔族よ」
とても同じ魔王軍の仲間とは思えない縄張り意識であった。
いや、当然と言えば当然なのだが。
「ハードモードに突入だ。ノアールちゃん。厳しいなら私の背後を守っておくれ」
「かしこまりましたわぁ」
左の短剣を逆手に持ち替え、ノアールは魔王の後ろで構える。
「良い覚悟だ。殺せ!!」
「ウォリャァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
一斉に浴びせられるクライを、魔王らは怯む事無く受け構える。
そして同時攻撃。魔王もノアールも同時に受ける事無く叩き伏せられる――ように見えた瞬間、二人は彼らの背後に立っていた。
「遅いなあ」
「遅すぎますわぁ」
機動性の差は如何ともしがたい実力の差である。
「なっ!?」
オーク達が振り向いた時にはもう遅く、四名が二人の攻撃に倒れていた。
「ぐっ――」
「ぐぎゃーっ」
歴戦のオークをして、魔王の俊敏な動きにはついていけていない。
普段動きの緩慢な魔王であるが、実際にはやればできる子なのだ。子という歳でもないが。
「このっ!!」
それでもなんとか距離を詰め、その腕を掴む。
「ほう、私の腕を掴むとは」
「もう逃がさんぞ!!」
魔王の腕を掴んだまま、モーニングスターを振りかぶる。
腕をつかまれたままの魔王は、逃げようともせず、空いた手を振りかぶっていた。
体格差はそのまま力の差になるはずであった。目の前の魔族はモーニングスターで叩き潰されるはずであった。
少なくとも、何かしら被害を与えられるはずであった。
「ならば、お前の負けだ」
「――なっ」
しかし、結果的にそんなものは希望論でしかなかった。
「ごっ――」
魔王は掴まれた腕をそのままに、空いた手で戦士の首を掴み、そのまま勢いで倒した。
首への強烈な衝撃と後頭部へのダメージで、このオークは泡を吹きながら倒れこむ。
「な、なんという力――」
「この男、存外出来るぞ――!!」
彼ら的に、最初の印象で魔王はどのように映ったのだろうか。
もしかしたらひ弱な愚か者に見えたのかもしれない。お人よしに見えたのかもしれない。
しかし彼は魔王である。まがりなりにも上級魔族相応の実力者で、人間に限らず、オーク族にとっても『悪い冗談』レベルの相手でしかない。
知らずとはいえ、そんな化け物相手に高々十名足らずでどうこうできるはずもなく。
屈強なオークの戦士達は、この得体の知れない魔族のツワモノに思わず息を飲んでいた。
「……隙が無さ過ぎる」
「どう攻めればよいのだ……」
戦士達の動きが止まる。
この戦士達は、なまじ戦闘経験が豊富なだけに、目の前の相手にどう挑めば良いのか困惑しているらしかった。
何も知らぬ者ならば恐れず挑みかかり瞬殺される所だが、彼らは本能的にその強さ、危険さを察知し、踏みとどまっていた。
「……ここまでだ」
彼らの中に迷いが生まれたのを覚り、魔王は構えを解く。
ノアールもそれに倣い、短剣をしまいこんだ。
「さすがはオークの戦士らよ。この状況下、冷静に考えが巡るのはよほど鍛え抜かれてなければできん」
「なんだと……?」
魔王の言葉に困惑する戦士達だが、彼らも戦意を失いかけていたのか、それを隙と見て襲い掛かる事はしなかった。
「先ほど門兵にも伝えたが、私は勇者に用事がある。レクリエーションはこれで終わりだ。そうだろう、『オークの勇者』よ」
魔王は戦士達の方を見ていなかった。
その頭上、樹木の上に腰掛ける男に笑いかけていた。
「そのようだ。さすがは魔王陛下。我らが集落の精鋭など、相手にもならぬわ」
樹上にてニカリと笑うは、オーク族の勇者・ジャッガであった。
「勇者殿」
「魔王陛下だと……ではこの方は」
「いかにも、こちらは我らが魔界の覇者、魔王陛下だ。勝てぬ事は嘆く必要はない。先ほどの戦いを見れば、我ですら、勝負になるか解らぬわ」
「なんと――」
「何故魔王陛下がかような場所に」
突然の魔王来訪に驚く戦士達であったが、樹上より不敵に笑う勇者の様子に、次第に落ち着きを取り戻していく。
「おいジャッガよ。魔王を上から見下ろすとは、お前も偉くなったものだな」
「これは失礼した。陛下のお力、戦いを見てみたかったのだ」
冗談交じりに皮肉る魔王に、ジャッガも悪びれずに返す。直後、飛び降りる。
ズシン、という振動と共に巨躯が着陸し、魔王の目の前に立った。
「一瞥以来であった。今回は、お前の力を借りたくてきたのだ」
「歓迎しよう。立ち話もあるまい。我らが集落へ案内しよう」
勇者が太く逞しい腕を挙げると、戦士達は無言のまま、森の中へと散っていった。
「あの者達は森の番人なのだ。何かあれば標的を即座に囲み、襲い掛かるように鍛えられている」
「なるほどな」
気が付けば、昏倒させたはずの戦士達もいなくなっている。
これが人間や他の亜人なら即死するか取り返しのつかない傷を負っていても不思議ではないのだが、この辺りオーク族の頑強さが良く解る事柄である。
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