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3章 約束
#8-3.魔王の望む人材
しおりを挟む「――以上が、ラミア様からの、現在の状況に関しての報告となります」
魔王城、謁見の間。
玉座にて、アルルからの報告を受け、魔王は満足げに笑っていた。
「そうか、思ったより上手くいっているようで何よりだ。戦局は我らに有意に向いていると言っていい」
「ですが陛下、よろしいのですか? 南部を放置した事により、南部諸国は大規模反抗を開始しています。無数のゴーレムが、既に南部中央を制圧しているのですが……」
「そこから先は渡れんよ。石の塊だ。海は越えられまい」
魔王の読みどおりならば、そしてラミアの想定どおりならば、ゴーレムは海を渡れず、それでも尚ゴーレムを活かすならば、中央の内海地域を大幅に迂回しなくてはならなくなるはずであった。
これには多大な手間と時間がかかる為、実質南部はこの海を挟んでのにらみ合いが続く状態になるものと思われていた。
「吸血王も、自身の直属の配下が情けないことになっていて、いよいよ本気を出してきた。アレが自分で動くとなれば、最早南部諸国では攻めきれまい」
限りなく不老不死に近い、純血で王族な吸血族である。
あらゆる魔法や物理法則を無視する上級吸血種族相手では、攻めようとして攻めきれるものではないはずである。
「南部には多数のスパイが配置してあります。陛下の想定どおり、保守派層、それも大分腐敗の進んだ連中が主導権を握り、好き放題している模様」
「そちらは計画通りだな。まあ、急進的な芽は摘んでおいたし、問題はここからだ。奴ら、一体何をしでかすか……」
理想としては、そのまま引きこもって自分達の宗教の地盤を固め直していてもらいたい、というのが魔王の本音であるが、それも油断できない状態であった。
「難しいですね。最悪の事態は考えた方がよろしいのでは?」
「だろうなあ。ラミアは何と言っていた?」
「陛下の考えるままに、と。ご自身では、とりあえず最悪に備えるつもりらしいですが」
実に信頼に足る正しい判断だと魔王は思った。ラミアは堅実である。
「それでいい。最悪のパターン……人類同士の戦争に発展する可能性を想定して、対応策を練るようにラミアに伝えてくれたまえ」
「かしこまりました」
静かに目を閉じ、アルルは恭しげに腰を曲げた。
「内政面では問題は起きていないかね?」
「その話ですが、以前から話していました通り、細かい部分も含め非常に無駄が多かったので、全て是正致しました。こちらが細かい資料です」
言いながら、どこから取り出したのか、ボードにまとめた幾枚かの書類を魔王に手渡す。
「一度にやったのか……不満も噴出したのではないか? 領主の連中、やかましく文句を言ってきそうなものだが……」
魔王としては、自分が何かやろうとして文句ばかりつけられたのを知っているだけに、色々と心配になってしまっていた。
「『文句言うなら中央の司令官になりなさい』と脅したら黙りましたよ。あの連中、そういった恫喝には弱いですから。というか、脅される事に慣れてないんです。甘やかされて育ってる人ばかりだから」
ほう、と小さく溜息をつく。その様は美しいが、その手腕は暴君そのものであった。
「情けない話ですわ。本来魔界をより良い方向に導かねばならないはずの上級魔族達は、依然そのほとんどが古い思想に縛られ、思考停止してしまっている……彼らは間違いなく優秀で賢く、力も財力もあるというのに。それを活かせない者ばかりなのです」
「……暗殺されないように気をつけたまえよ」
アルルが魔界を憂いているのは解ったが、恫喝された上級魔族達もただでは済ますまい。
悪魔王の娘だからと甘く見る連中ではないので、その身を案じていた。
「上手く立ち回るつもりです。私も、そんなに強くないですからね」
見た目どおりあまり強くないらしいアルルは、あくまで自分の頭脳と立ち回りのみで欲望渦巻く魔界を渡り歩くつもりらしかった。
決して楽観しているのではなく、あくまで自信があってそれをやっているのならば、と、魔王はそれ以上は言わず、渡された資料に目を通す。
「おお、人的コスト30%削減……一体何をやったらこんなになるんだ?」
「地域レベルで無駄を省けばそうなりますよ。それでもある程度の遊びは残しているくらいです。極限まで切り詰めてしまうと、今度は部門ごとに余裕がなくなってしまって、急時に対応できなくなりますからね」
「大したものだなあ……この分だけの人員を、不足しがちな別の部門や最前線に回して人員不足解消を狙う訳か」
魔王は素直に感心していた。
やっていること自体は思い切ったものであるが、そこには一切の無駄がなく、尚且つ不足していた箇所に必要な人員が回る為、組織としての血の巡りがよくなる。
ラミアは根本から変えようと軍の刷新を考えたりもしたが、何かを変えるのではなく、時としてはこのような、無駄を切り詰め別に活かす方向に特化した方がよくなることもあるのだと示していた。
そして、この魔王は、その効能を文面だけで理解できるだけの知識と理解を持っていた。
「問題ない。引き続き上手くやってくれたまえ」
書類も要点がまとまっていて、無駄がない。文字も大きめで、読んでいて疲れない。
何を伝えたいのかが文頭から伝わる文章形式。これも解りやすくて良い。
不思議と、読んでいると楽しくなり、気が付くと夢中になって読んでいて、読み終わってしまう。
まるで面白い軍事小説でも読んでいるかのようで、すらすらと読めてしまうのだ。
ラミアの書類も要点はまとめられているが、ここまで解りやすく、読み手に優しくはなっていない。
伊達に図書館に篭っていた訳ではないという事か、上司に提出する書類の書き方も良く心得ているらしかった。
「面白い文章形式だ。皆がこういう風に作ってくれれば、私も楽になるんだがね」
「ラミア様の書類形式を参考に、私なりにアレンジを加えたものです。読みやすく感じていただけたなら、今後はそれを正式な形式として広める事にしましょう」
「そうしてくれたまえ。実に結構な事だ」
魔王は笑う。アルルも、自分の仕事が認められたのが嬉しいのか、はにかむように笑っていた。
「では、そのように。現状報告する内容は以上です。では、これで失礼致します」
「うむ。私ももう戻る事にするよ。今日は謁見も少ないようだしね」
「ゆっくりお休みなさいませ。では、これにて」
静かに会釈し、アルルは謁見の間を後にした。
「……ああいう部下ばっかりなら、私ももう少し、やる気を出せるんだが」
去っていくアルルを見やりながら、魔王は一人ごちた。
これまで魔王が面倒くさがっていたのは、純粋に趣味に傾倒していたのもあるが、戦争にも政務にも飽きてしまった、というのも大きい。
一方的な虐殺はやっていて気が萎えるし、政治にしたって、代わり映えのしないラミアや城内の魔族達の顔を見るだけ。話を聞くだけ。
何か決定しようにも他者の機嫌を伺いながら、自分の意見も言いたいように言えず、好きにならない。
変えたい事があっても誰それが反発している、誰それから陳情が上がっているだの言われ、面倒くさいことこの上ない。
それまでの魔王が威厳たっぷりに君臨し、好きなようにやっていたのと比べ、自分は周りから軽んじられ、逆に好きなように言われる始末。
そのギャップも気に入らなかったし、好きで魔王になった訳でもないのにその座を押し付けられているのも彼には気に入らなかった。
その点、今は魔王にとって、比較的快適であると言える。
これは魔王自身が適材適所を意識した結果でもあるのだが、戦争に関してはラミアに一任し、政務はアルル中心で回るようにした結果、自分は時折気になった事を言い、好きなような展開になるように仕向ける事も出来る、いわゆるアドバイザー的な立ち位置に立つことが出来るようになったのだ。
元々政務という概念の薄かった従来の魔界においては、今のアルルに当たる政務担当までラミアの管轄となっており、ラミアは戦争をしつつ政務にも気を払わなければならなかった。
しかし、実際に使ってみると解る事ながら、ラミアはひとつの事に夢中になると他が疎かになる悪い癖があり、それが元で大問題に発展する事も多い。
性格的にもあまり政務向きではなく、二つの事をやらせようとするといい加減な部分も目立ってくる。
元々得意な軍事に徹底させた方が有用なのだとは魔王も早々に気づいた。
だが、実際の所ラミアを軍事のみに集中させると、今度は政務能力の高い人材が居らず、魔王城周りが上手く回らなくなった。
結果として、一部政務を魔王自身が取り仕切る羽目になり、城の女官達が補佐してはいたものの、それだけでは回りきらず、魔王という職務は極めてつまらない、退屈なものと化していた。
そこで政務向きな性質と能力を持つアルルと出会えたのは大きな転換とも言える事で、これにより魔王自身の負担が相当に減ったと言える。
実際、今の魔王は日々訪れる謁見を受ける程度しか魔王としての職務をこなしておらず、その謁見希望者もアルルによって事前に面接され、選別されている為、かなり少なくなっている。
魔王としても、この時期は調べものをする為に方々を巡っていて多忙であったため、アルルのこの配慮はとてもありがたかった。
魔王はアルルの働きぶりを見て、ここまで優秀な部下ならば、いずれは本当に魔王の座を譲っても良いとすら思っていた。
後は種族間の調整能力や、彼女自身の力の問題である。
どれだけ賢かろうが、どれだけ弁が立とうが、力でねじ伏せられては意味が無い。
力をねじ伏せられるだけの知恵や立ち回りを見せられるかが、彼女のこれからを決めるキーであると、魔王は睨んでいた。
ともあれ、色々と期待をかける部下である。長い目で見ようと思っていた。
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