112 / 474
3章 約束
#7-5.認識操作の例外
しおりを挟む「……何度見ても、変わらんなあ」
大賢者エルフィリースの像は、以前見た時と変わらぬ姿のままであった。
変わるはずもない。像が姿を変えることなど無かった。
「当てが外れたか……? 何か浮かぶと思ったんだがな」
自分では割と自分の勘が鋭い方だと思っていたのだが、どうやらそれは外れたらしい、と魔王は踵を返そうとした。
「旦那様、お戻りですか?」
目の前にはアリスが立っていた。いつの間にやら控えていたらしい。
「……どうかしたのかね?」
「旦那様のお戻りが遅いので、様子を見にいった方が良いと、エリーシャさんに言われまして」
それでも声をかけずにいた辺り、どうやら気を利かせて黙っていたらしい。
「うむ、この像な……何か思い当たる事はないかと思って見に来たんだが、やはり何も代わり映えが無かった」
「はあ……そうなのですか。確か以前も見に来ましたよね」
「そうなんだ。こういってはなんだが、先代と同じ顔立ちだとは思うんだが、それ以外に何も無くてね……」
何も収穫なしではあったが、エルゼが友達と会えて幸せならそれで良いか、とそのまま立ち去ろうとしていた。
「あら、それでは、旦那様は気づいてらっしゃらなかったのですか?」
背中から聞こえたアリスの言葉は、魔王の足を止めるに十分なものであった。
「どういう……事かね? 何に気づいていないと?」
「ご先代の魔王と、この賢者の像と……トルテさんって、結構似てませんか?」
思いもよらぬ言葉であった。どくん、と魔王の胸が打たれる。
「どういう事だアリスちゃん。私には、あの娘と『彼女』が似ているなどとは――」
「だって、髪の色から顔立ちまで、そっくりですし。人間時代は知りませんが、性格も、そう考えると暴走しがちな所とか……」
魔王は酷く動揺していた。全く考えの及ばない話だった。
目の前の自動人形が一体何を言っているのか。
それが巡遅れで少しずつ飲み込めてくると、今度は激しい動悸がした。眩暈に、ついよろめいてしまう。
「旦那様っ」
「……大丈夫だ。すまない。状況が……私には、あの娘とこの銅像が似ている等とは思えないんだ。顔立ちから何から、まるで違う。それは、先代の時もそうだった」
心配そうに駆け寄るアリス。
魔王はなんとか持ち直すも、口から出るのは矛盾ばかりだった。
どちらが矛盾しているのかも解らない。よもや、誰がそのようなことに気づくというのか。
「先代魔王は、六翼の悪魔の羽を持つ、大人びた女性であったと思っていたんだが……ラミアも同じ意見だったし、様々な書物でもそう書かれていたはずなんだが……」
「六翼……? アリスには、旦那様が何を仰っているのか解りません。ご先代は、人間の女性と全く違いのない外見だったはずです。何度でも言いますが、トルテさんと良く似た、年若い女性だったはずですわ」
この意見の食い違い。アリスが嘘をつくような娘ではないのが解っているからこそ、余計に魔王を悩ませる。
「どちらが間違ってるんだ……何故、アリスちゃんだけが違うのだ……」
「いえ、あの……私だけじゃなく、ご先代の容姿に関しましては、私ども人形は、皆が同じ見解だと……初めてトルテさんとお会いした時に、皆にトルテさんの容姿を説明したら『まあ、まるで先代の魔王様みたい』と皆が言ってましたし」
魔王は困ってしまった。どうやら、人形達だけは全く違う見解だったらしいと。
ずっと傍に居たのに、魔王はそれに気づかず知らずにいたのだ。
主としての面目丸つぶれである。急に恥ずかしくなってしまった。
「あぁ……なんというか、私って結構、バカだったんだなあ」
頭を抱えてしまう。灯台下暗しというか。
クラムバウトという魔法が適用されたのが『その世界の生物』に限定されるなら、なるほど確かにアリスたちにはそれは掛からないのかもしれない。
あるいは、アリス達の持つ絶対的な魔法防御耐性がクラムバウトを無効化させたのかもしれないとも考えられる。
いずれにしても、自動人形はその認識を狂わせる事無く、正しくモノを見られている可能性があった。
少なくとも、魔王やラミアとは違うのは確実であった。
「だが、仮にあの娘が彼女と何らか関わりがあったとしても、少なくとも当人である可能性はなさそうだね。魔力は人並みにしかないだろうし」
「それは、そうですわね。エリーシャさんと比べてもトルテさんの持つ魔力はそこまで低くはないですが、それはあくまで人の範疇に収まっています。ご先代ほど常識はずれな魔力は持っていませんでしたから、当人である事は間違いなくありえません」
これに関してはアリスも魔王と同意見であった為、魔王は心底安心した。
まさかあの娘が先代の生まれ変わりか何かか、などと思ってしまったが、よくよく考えればそれは有り得ないと言える。
恐らくは、顔立ちから何からそっくりなだけの赤の他人、別人なのだろう。
もしかしたら先代が人間時代に生んだ子供か何かの子孫かも知れないが、そうだとしても彼女の血筋が世界に何らか影響を与えるようなものでもないので問題にはならない。
一応、魔王が彼女とした約束上、「私の娘」が子孫なども含めての事だったならば、確かにトルテを守る必要もあるかもしれないが、今の所トルテの身には危機は訪れていないし、エリーシャが傍にいる以上それもそう易々とは起こらないだろう事柄である。
いや、場合によってはその約束すらも、自分がそう思い込んでるだけでそもそも存在し得ないものなのではないかと思えてしまい、魔王は疑心暗鬼に囚われていた。
もう何が正しいのかも解らない状態である。
「いや、待てよ……あの時、確かアリスちゃんは私と一緒に居たはずだね?」
「はい……? あの時とは――」
核心に迫れるかもしれないと、魔王は思ったのだ。その時、確かにアリスは魔王と共に居たのだ。
魔王城に訪れる際に、必ず一緒に連れてきたのだから、もしかしたらそれすらも真実がわかるのではないかと。
「大切なお話中悪いけど、午後から用事あるから、私達ここで帰るわよ?」
いよいよという時には、邪魔が入るものであった。
「エリーシャさん。おお、もうそんなに時間が経ってしまったか。いや、すまなかったね」
いつの間にか後ろに立っていたエリーシャ達。
魔王はというと、おもむろに懐中時計を取り出し、時の経過を確認すると、大仰に驚いて見せた。
「悪いわね。真面目な話をしてたと思うんだけど、続きは他所でやって頂戴。ここってあんまり人は来ないけど、それでもたまに聖地巡礼で見に来る熱心な人がいるから」
「ああ、気をつけるよ。配慮に感謝する」
隣まで歩いてきて、「話は聞いてないから」と小さく耳打ちしてくれるエリーシャの配慮に感謝する。
「じゃあ、私達も帰ろうか」
「はい。あの、トルテさん、また――」
「はいっ、またお会いしましょう。今度は静かにお茶が飲みたいです。アリスさんも」
「ありがとうございますトルテさん。はい。また」
心なし、三人は再会した時よりも仲がよくなっているように感じていた。
特にエルゼとトルテは別れ難いのか、指先まで絡めてお互いの顔を切なそうに見つめる始末である。
危ないなあ、と思いながら、魔王は先ほどのアリスとの会話を思い出し、トルテをじーっと見ていた。
「あ、あの……?」
視線に気づいたのか、トルテは怯えるようにエリーシャの後ろに隠れる。
魔王は少し傷ついた。
「いや、別にいやらしい気持ちは微塵もないんだがね」
「おじさんが何を思ってこの娘のこと見てたのかは知らないけど、男嫌いだから勘弁してあげて頂戴」
エリーシャからじと目で牽制される。
どうやらそこも前と変わりがないらしい。困ったものである。
「ああ、気をつけるよ」
「うん。じゃ、そう言うわけだから」
右手をシュタッと挙げ、エリーシャはトルテを連れて去っていった。
途中、名残惜しげにトルテが何度も振り向いていたが、その都度エルゼは手を振って見送っていた。
結局、エルゼが傍に居た為にそれ以上先ほどの話をすることもできず、魔王らも程なくして魔王城に戻る事となった。
夏の昼つ方の話であった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる