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3章 約束

#2-1.長兄ガラード出没

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 テイティ湖での戦いの翌朝の事であった。
魔王ドール・マスターの襲撃を受けたというここクノーヘン要塞は、頑強な要塞そのものはほとんど壊れていないものの、血に塗れ、肉塊となった元人間達が転がる大層スプラッタな世界へと変貌していた。
増援として駆けつけたエリーシャではあったが、しかし、時既に遅く、助けるべき友軍は最早そこには存在していなかった。

 死体の片付けや要塞の洗浄作業に入り始めた要塞内の一室。
兵達が並ぶ指揮所では、エリーシャが損害確認の為詰めていた。
「……ここには何人の兵士が詰めてたんだっけ?」
一通りまとまった書類を読みながら、ふと、報告に訪れた部下に問う。
「はっ、中央諸国より募りし傭兵団や冒険者、見習い勇者等を中心に五千五百程が――」
「五千五百人……少ない、とは言えない被害ねぇ」
要塞の守りを固めていたそれら軍人ですらない勇士達は、数名が魔王襲撃の報を伝える為に要塞を出た以外はその全てが魔王率いる人形兵団によって殲滅されたのだという。
「傭兵にしたって冒険者にしたって、ギルドからお墨付き貰うほどの一流になれるのなんて極わずか、一握りなのにね」
「確かに貴重なベテランを戦争で失うのは厳しいですね。それでも敵に被害を与えられるならまだ救いはありますが、ドール・マスター相手では……」
殺しても死なない不死の人形兵団を持つ魔王は、人間側においては従来の『異常に強い一人の魔王による脅威』とは別の、際立った不気味さを感じさせていた。
「作戦は成功して敵に大打撃は与えられた……だけど、だからこそここの人達が完全なる無駄死にをしたっていうのがやるせないわね」
勇敢なる彼らは戦ったのだ。
だが、平時の魔王の人となりをある程度知っている女勇者は、彼らは別に戦わずに逃げてもよかったのではないかと思ってしまっていた。
それこそ、そんな事をその時の彼らが気づけるはずも無いのだが、こんな時は少し位臆病な方が長生きできるのだと感じていた。

「後の確認だけど、ここの守りはヘレナの部隊に任せておけば良いのよね?」
「はい。エリーシャ殿には、被害関係の確認だけしていただいたら、本国にお帰りいただいても結構であると、リットル殿が」
「……本当、都合のいい人たちねぇ。私、ショコラの人って苦手になりそう」

 憂鬱そうに溜息を吐く。ついでに毒も吐く。エリーシャは自分に正直だった。
本来ならば今頃は本国に着いている頃だろうに、こんな所で足止めを受けた所為で彼女の帰りを待つ皇女タルトは酷く不機嫌になっている可能性があった。
それでも人類の明日を決める大義ある戦いであるのだからとエリーシャは渋々協力したが、実際に来てみれば戦いの趨勢すうせいはショコラの魔法兵団がそのほとんどを決め、彼女の出る幕等どこにもなかったというのだから堪らない。
こんなのは巻き込まれ損である。元総司令官とは言え少しばかり扱いが悪く無いだろうかと本気で不愉快になっていた。

「全く、何が『戦争は大嫌い』よ。聞いて呆れるわ」
ぼそり、と小さく呟くが、それは聞こえなかったらしく、誰も反応しなかった。
「ま、そういうことなら報告書類はすぐにまとめないとね。今回の事は陛下にも報告しなければいけないでしょうし」
気持ちを切り替え、エリーシャは目の前に立つ連合軍の兵士に向き直る。
「はっ、では、引き続き、近辺の砦の損害報告からご報告させていただきます。まず、テリーヌ砦では――」
兵もエリーシャの視線にビシリと姿勢を正し、報告を再開した。



 所変わって、魔界は黒竜領・グランドティーチ。
真白の大理石が季節の暑さを涼しく緩和し、荘厳な名城は茶の葉香るのどかな風景に相俟って、実に落ち着いていた。
この日、白のブラウスに浅葱色のロングスカートといった出で立ちの黒竜姫は、侍女のレスターリームを連れて気まぐれに領内の散策等をしていたのだが、城に戻り自室へと向かう最中、変わったものを見かけてその足を止めていた。
「ふんっ!! せぁっ!!」
筋骨隆々な上半身を露にし、曲刀を片手に奇声をあげる黒髪長髪長身の変態が一人。
城内中庭で、従者の一人も伴わず、狭い範囲を行ったり来たりしている。
「ガラード兄上、こんな所で何やってるの?」
黒竜姫視点では変態的な何かにしか映らないそれは、まぎれもなく長兄であった。
そんな兄を、黒竜姫は胸の下で腕を組み、不機嫌そうに見上げた。
女性としてはかなり身長の高い黒竜姫であるが、その彼女をもってしてもガラードは大きかった。
はしたなくも上身を晒している為か、傍に控えるレスターリームなどは頬を赤らめ目を背けている。
「おお、姫か。こうして話すのは久しぶりだな。いや何、少し鍛錬をな」
妹の言葉に反応してか、傍らに置いたタオルで汗を拭き取りながら近づいてくる。
「兄上。レスターリームが恥らっていますわ。年頃の娘の前で肌を晒すのはハラスメントではなくて?」
「何を言う。その娘はお前の従者だろうが。長族に仕える女が主筋の肌を見た程度で動じてどうする」
黒竜姫が発したのは一応従者を慮っての発言であったが、ガラードはそんな事を気にもせず、豪快に笑っていた。
「大体、黒竜族の男が鍛錬なんてする必要があるの? 9割がた血筋と生まれ持っての力で決まるのに」
今一デリカシーに欠ける兄である。黒竜姫は呆れていた。
長兄に限らず彼女の兄達はそんな男ばかりで、黒竜姫としては、正直あまり話したりしたくない相手であった。
その上で、必要の無い努力をする兄に対してはみっともないとすら感じていたのだ。
「俺も以前はそう思っていた。だが、今はそうは思っておらん。俺はいつか父上を、そしてお前を超えてみせる。こいつでな」
言いながら、手にした曲刀をギチリ、と構えて見せる。
それそのものは確かに様にはなっているが、先ほどの奇声や何をしているのか良く解らない動作は、やはり見ていて気分の良いものではない、というのが黒竜姫の心情で、兄に対しても複雑そうな表情を見せていた。
彼女の父である黒竜翁が彼を隠したがるのも解ってしまう実態の一面である。
「そんな事してる暇があったら、少しでも多くの知識を詰め込めば良いのに」
この兄は努力家ではあるが、その方向性が致命的に間違っているのではないかと黒竜姫は思う。
そんな性質の者自体黒竜族には稀有ではあるが、生まれ持って強く賢い黒竜族において、更なる力を追求する事は余り意味の無い事であるというのが常識的なものの見方であった。
自分達はとても強い、最強の生物であるという自負があるからこそ、それ以上に強くなる必要などないし、強くなる事はできないのだというある種の諦観も伴って。
恐らくはこれ以上は突然変異でもしなければ生物的な意味での強さを超える存在は生まれず、それが故に生物的な限界も理解していたのだった。

 だからこそ、長兄の、努力してまで強さを求める姿勢が黒竜姫には理解できない。
努力するならばもっと別の方向にそれを向けるべきであり、彼が父に認められたいのならば尚更伸び代の少ない力ではなく、努力と工夫次第でいくらでも伸びうる知識に傾倒すべきなのだ。
長兄のしている努力はとても効率が悪く、その上実入りが少ない。
「無論、城の蔵書は読み漁った。最早領内に俺の読むべき書物は無い」
自慢げに笑う兄ではあるが、黒竜姫はまた溜息をつく。
「私より三千年以上長く生きててそれだけなの? 私は魔王城の蔵書もここ数年でかなり読み進んでいるのだけれど」
この城の蔵書なんてとっくに読み尽くしたわ、と黒竜姫は苦笑する。
伊達に魔王城に行き来している訳ではなく、ただお茶会するに飽き足らず、魔王城の自動図書館も利用していた。
それは、運悪くお茶会の相手が捕まらなかった時や、かまってくれる相手が居なくて退屈していた時の時間つぶしに使っていただけであるが、それでも毎日のように繰り返せば数は溜まっていくのだ。
「姫は勉強家だな。父上が認めるのも解る」
しかし、皮肉でしかない妹の言葉も、長兄には微塵も痛手となっていないらしかった。
笑いながら黒竜姫の肩をばんばん叩く。実に鬱陶しかった。
「まあそう怒るな姫よ。そうだ、一つ手合わせしてみないか? 自分の腕がどこまで上がったか見てみたいんだ」
黒竜姫としてはつまらない反応であったが、手合わせという言葉にぴくりと耳が動いた。
「……いいけれど。兄上じゃ手加減しても死ぬかもしれないわよ?」
「その時は弟達が後を継ぐから問題ない」
問題しか残らないのは言うまでも無いが、黒竜姫はさほど気にしなかった。
「まあ、正直次の長なんて誰がなっても同じだものね」
性格に違いこそあれ、彼女の兄達はいずれも父にすら届かぬ軟弱者ばかり。
血筋が貴いというだけで長になれる程度のものでしかないのなら、そんなのは誰がなっても違わないと黒竜姫は考えていた。
ただ、面倒くさいから自分がそうなるのは嫌なので、自分が継承者候補から外れているのは実は喜んでいたのだが。
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