16世界物語1 趣味人な魔王、世界を変える

海蛇

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2章 賢者と魔王

#10-3.聖竜達の朝-家族会議-

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『――こんな忌み子、殺してしまえ!!』

 夢とはとりとめのない記憶の日記帳のようなもので、それがどうだったのかなど曖昧にしか思い出せないはずなのに。
彼女には、その光景はよほど忘れがたいものだったらしく、目が覚める度に何度もその夢を見ているような感覚に襲われる。
「……朝、だったのね」
だが、どんな夢かは思い出せない。
目が覚める度に忘れてしまうのだが、恐らくものすごく嫌な夢だったに違いないと、彼女は感じる。
何せひどく気分が悪いのだ。
姿見などで確認するが、寝汗をかく事はないものの、やはり顔色はあまりよくなかった。
「昔から時々あるのよねぇ、なんなんだか」
子供の頃から定期的に見るような気もする。
大体そんな日は一日機嫌が悪くて、小さな子に意地悪をしたり年下の生意気な子に喧嘩を吹っかけたりしていた。
毎度のように双子の姉に窘められて、余計不機嫌になって泣いたりふてくされたり。
我ながら面倒くさい子供だったなあなんて思いながら、彼女は支度を整えるのだ。

 着替えが終わると、彼女はまだ眠っているらしい養父の元へ向かう。左手にはミトラ。
険しい山の山頂。
祭壇となっているその広間で、彼女の養父――聖竜エレイソンは、身体を丸めて眠っていた。
「養父さん、もう朝ですよ」
最初、彼女は養父の顔の前に立ち、声をかける。
静かな寝息ながら、その巨体から噴き出る量やすさまじく、寝息を立てる度に吹き飛ばされそうになる。
いつもの事に苦笑しながら、彼女は養父の耳元に登るのだ。
ご丁寧に手足が登る為のはしごのような状態になっていて、木登りが得意だった彼女には容易くよじ登れた。
「養父さん、もう朝だわ。起きましょ」
耳元で、できるだけ大きな声で、それでいて叫び声にならないように気をつけつつ起床を促す。
『――むぅ――』
ほどなくして、養父は唸るような喉笛からの声をあげ、身体をゆすり動かす。
今度は振り落とされないように気をつけながら養父の身体から降り、再び養父の正面、顔の前に立った。
できるだけニコニコと笑いながら。機嫌よさげに振舞って。
『――カルバーンか。すまぬ、夢を見ていたらしい』
「あまり目覚めがよくなさそうですね、養父さん」
『うむ――昔の――まだ私が若かった頃の夢を見ていた』
エレイソンは想い馳せるように空を見やる。巨大な眼はどこか虚ろで、どうにも腑に落ちないらしかった。
「善い夢ではないのですね」
『どうだろうな。何分大昔の事で、私自身あまり思い出せない……それが現実にあった事なのかすら曖昧なのだ』
実に不可解そうな、困ったような表情を見せる。
「養父さんがトカゲ形態になる前の話なら、興味あるんですけど」
彼女の養父は、不思議な事に彼女と出会う遥か昔から――彼女が知る限り今までたったの一度も変身を解く事無く暮らしている。
竜族がこの養父のように変身できるらしい事は子供の頃から知っていた彼女だったが、変身の為の方法も教わらなかったし、養父もいつの間にかトカゲ形態になっていたらしいので、どうやればその変身を解けるものなのかは未だによく解らないままだった。
『よく思い出せないな。ああ、もう忘れてしまった。夢なんて、儚いものだな……』
聞いていて同感できるのか、カルバーンも大きく頷く。
全く同感だった。夢は儚い。儚く済んでいてくれるから、こうして現実では幸せでいられるのだ。
「養父さん。私、今日からしばらく、西部のラムクーヘンに向かうわ」
『ああ、解っている。いつぞや話していた、技術供与と布教の許可を得るための会談だな』
「同時に、これは運がよければですが、大帝国の要人とエンカウント的な会談もできればと」

 ラムクーヘンは西部としては教会よりも大帝国よりの国で、一時は大帝国皇女タルト・サイリウム・アルムの嫁ぎ先となっていたほどの友好国なので、外交関係も良好で要人も頻繁に出入りしている。
ラムクーヘンの協力を取り付けるのも勿論大切なのだが、彼女としてはこの時期に大帝国と少しでも関わりを持てるようになれれば、あるいは教団に対して少しでも姿勢を和らげてくれれば、という期待もしていた。

『護衛の者は……そういえば、バルバロッサは居ないのか?』
「彼なら、南部を探る為に今はこちらに居ませんね」

 ある時は教会を代表するテンプルナイツのナイトリーダー。
またある時は教団の誇る鋼鉄騎士団のナイトリーダー。
果たしてその正体は……というと大げさだが、バルバロッサは彼女たちに実に良く尽くしてくれていた。
彼自身が何を望んでダブルスパイなんてやっているのかは彼女には解らなかったが、互いに利益がある限りは互いを利用しあえばいいか、くらいに考えていたのだ。
彼女視点では、時々色目を使ってくる事もあって油断もならないけれど、命じた事はきちんとこなすし、剣の腕もかなりの物。
教会側へもある程度情報が筒抜けになるリスクはあっても、それが解ってても傍においておきたい位には有能な部下だった。

 そんなバルバロッサだが、今は南部への諜報(向こうの主への報告)の為に不在で、護衛はとても寂しい事になっていた。
勿論彼女の護衛につくような兵はとても優秀な者ばかりで、ともすればバルバロッサより忠義に厚い真面目なのだが、残念ながら一緒に居て楽しくないのだ。
そもそも力でも魔法でも向かうところ敵なしな強さを持っているカルバーンにとって、護衛なんてものはほとんど見栄えの為に連れているに過ぎない。
そう考えると、真面目ではあっても言った事に対して色々返してくれる柔軟なバルバロッサは、一緒に居て良い暇つぶしの相手になる。
護衛の兵士にはこういう娯楽的な面も優れてた方が良いのでは、とカルバーンは時折思うのだ。
でもあんまりお気楽な人を護衛に入れると勤務態度で苛立ちそうな気もするので難しかった。

『気をつけるのだぞカルバーン。叶うなら私が送ってやりたいが』
「養父さんはここでどっしり構えててくれないと。普通に外交をするのに養父さんに乗っていったら、威圧してると思われそうですしね」
金色の鱗を持つ巨大な竜なんて見せられたら、どこの国だって警戒する。怖がる。
最後の手段として恫喝するのには使えるが、そんな事をしたらどこぞの宗教組織ばりにイメージダウンしそうで怖い。まずできない、というのがカルバーンの本音であった。
『まあ、そうだろうな。ああ、心配だ。本当に気をつけてくれ』
どこまでも心配そうに気を揉む養父に、カルバーンは心が温まるのを感じて、自然、頬も緩んでいく。
「はい、気をつけていきますよ。養父さんも、私が不在の間、信者の人たちのお話を聞いてあげてくださいね」
『ああ、任せてくれ。教団のシンボルとして、聖竜として、恥ずかしくないようがんばろう』
お互い、微笑む。これで今朝の家族会議は終了である。
後は朝ごはんを食べて、教主としての忙しい一日が始まるのだ。
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