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2章 賢者と魔王

#6-2.人間軍の変革

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 一方、人間世界でも同時期に軍事変革が起こりつつあった。
発端は言うまでもなく新興宗教組織『聖竜の揺り籠』である。
教主を中心に積極的に軍事訓練と魔法研究を続ける彼らであるが、その軍事教習は従来の人間世界で常識として知られていたソレとは明らかに違っていた。

 教団が推進するのは主には強襲戦を想定した少人数精鋭主義の特化である。
人数の利のみによって長らく魔族を押さえ込んでいた人類であるが、近年の武器・兵器類や魔法技術の進歩により、戦術次第では同数かそれ以上の数の魔族とある程度戦えるようになっていた。

 また、数に利があると言っても、北部のように地形によってその繁栄が制限されている国家にとってはやはり人材難が厳しい現実として重くのしかかっている為、やはり人数重視の戦術には無理がかかっていたのだ。
その為、教団は数を活かす従来の戦法より、少人数で最大限の成果を引き出せる少数精鋭主義の戦法を前面に押し出した。
その最たる特徴は、歩兵の軽装化である。

 兵士一人一人に短弓矢と短剣、最低限の物資を持たせ、森林地形や山岳地帯等の局地化された状況での行動力向上を重視して訓練を積ませた。
食料などは自前で現地調達させ、必要とあらば樹上や土の上で休息ができるように鍛えた。

 この、悪辣な環境でも耐えられる強い精神力と状況に対する適応能力を持つ兵種を『レンジャー』と呼び、更にその中で樹上からの狙撃能力に特化した上級兵士を『スナイパー』と呼んだ。
育成までのコストは掛かるし攻撃力そのものはあまり高くないのだが、機動性は抜群に高く、また、隠密性に優れている為に敵地に単身ないし小数で侵入し、指揮官のみを狙撃で暗殺するという運用が可能となったのはかなり大きかった。

 つまり、エルフを自前で作ってしまったのだ。
ドラゴンやヴァンパイアは無理としても、ウィッチなどを代表する魔法が得意な魔族は、この狙撃によって一撃で殺すことも可能な為、場合によっては軍団単位で大混乱に陥らせる事も可能という、魔族にとっての脅威の誕生である。
指揮官の狙撃という戦術は勇者エリーシャが好んで敵指揮官を狙った戦術が元であり、運用思想はそこから持ってきている。
平野部でも森林地形が無い戦場は少ない為、レンジャーの活躍域は案外広く、その訓練の厳しさの為に数は用意できないものの、各種コストに見合った、それ以上の戦果が期待できた。
損耗率もその運用の危険さと比べそこそこに低めで抑えられている為、近年の教団が貧乏国家に推す兵種の一つであった。

 また、それらとは別に、最前線で直接魔族と戦う軽装魔法歩兵『グラナディーア』の育成にも力を注いでいる。
これは、簡易的な破壊魔法を兵士個々に習得させ、それによって歩兵レベルで攻撃手段の増強を図る目的で作られた兵種である。
兵士一人一人によって魔法の得手不得手がある為に育成コストは割高となるが、その分数を揃えた時の火力は相当なものであり、また、攻撃能力の向上により、やりようによっては兵士一人で魔物兵一人と対等に戦う事すら可能となっている為、敵数に対する兵の頭数も少なく抑えられる。
何よりとても魔法向きなのに教育を受けられなかったがために埋もれた、といった人材を発掘するのにも最適な為、協力各国においてはその重要性を教主自らが説き、グラナディーアの普及が広まっていった。
これにより、北部及び教団が広まった国家における軍隊は急速に運用思想が教団色に染まっていき、部隊の指揮も教団から派遣された、その部隊専用に訓練を受けた指揮官が配置される事も少なくなかった。

 教団の魔法技術は中々に先進的で、従来ならば魔法を使えない・覚えられないとされた貧困層出身の兵士でも初歩の魔法程度なら習得できるほか、それほど長い訓練期間を設けずとも多くの兵士がそれなりの質の魔法を習得する事が可能となっていた。
勿論得意とする者にはより高度な技術を与え、長所を伸ばす事にも余念が無い。

 一方で、破壊魔法・防御魔法とは違う系統の魔法の戦場での有効な運用も模索している。
例えば魔法陣の運用。これは簡易的な魔法陣を地面に設置し、それに掛かった対象を無差別、あるいは術者の意図したタイミングで魔法陣の効果を発動させるという物なのだが、これに敵であるヴァンパイアの得意とする血液の魔法を参考に、独自の改良を加えた結果、触媒として何らかの血液が必要なものの、魔法の遣い手であれば誰でも使用可能という、極めて汎用性の高い罠が作り出された。
今の所魔法陣が爆発する以外の罠は作れていないが、これも研究が進めば状況に対応できる様々なトラップに派生させる事が可能と考えられ、敵の進軍を足止めする有意な魔法と言える。
魔法陣とは転移・召喚する為の物、という価値観を一変させる技術である。

 これら革新的な技術や運用方法のほとんどは、教主のその幅広い知識と見聞による所が大きく、協力国家に対してその必要性を説く際も、軍師も舌を巻くほどの知性の高さを見せ付けていた。
だが、その教主が実は魔族であることや、魔界で得た知識を元に考えられたものであるという事は、当然ながら教団においてもほとんどの者は知らず、信者からは優れた指導者として、協力各国の王からは『油断ならぬ知恵者』として受け入れられていた。

 教団の思想としてはあくまで竜信仰が重視されるものの、人々を救い、知恵を授け、職を斡旋する等、前時代の英雄・エルフィリースに影響を受けた部分も見受けられ、教会組織によってゆがめられた、神々の為に人々を救うエルフィリース像とは違う、正しくエルフィリース的な思想を持った組織となっていた。
その為、近年においては宗教アレルギーが顕著な中央諸国に対しても、やはり受け入れられはしないものの、神信仰と比べて門前払いにされたりしない分、態度は軟化されていると思われた。

 大帝国のシブースト皇帝が善しとしない、という理由で受け入れてくれない国家が多いという事実は教団にとっても憂いではあるが、彼らのパイは何も中央に限らず、教団の飛躍の為には西部や南部にも手を伸ばす必要はあるので、今は無理に中央に関わらないように、というのが当面の教団の中央に対する態度である。
時間による解決を期待し、いざという時に相手が判断を鈍らせない為に、予め他の地域を掌握してしまおうという魂胆である。
魔王を討つ為には、ひいては人間が魔族に対し勝利を収めるには、中央最強であり最大の国家であるアップルランドの参戦は決して避けられない道なのだが、やはり近道は出来ないという事らしかった。

 こうして人間も魔族も似たような時期に似たような変革を遂げたのだが、それによって起きたのは戦争そのものの変貌でもあった。
時に数十万人規模の軍団同士が正面からぶつかり合った大規模な決戦はなりを潜め、最前線では数百から数千人の精鋭がぶつかり合うものの、同時進行で様々な小規模作戦が展開され、人員の多くはそちらに回されるようになったのだ。

 両軍共に多くの特殊部隊が生まれ、戦列から離れて敵の指揮官を狙い撃ちにする猟兵部隊や、補給線分断を専門に動く遊撃部隊、罠の設置や橋等の簡易設置等で活躍する工兵隊などが活躍するようになった。
戦争そのものの複雑化である。
数の差は縮まらないのに兵士一人一人の力の差が縮まるという、魔族側から見て最悪に近い事態になりはしたものの、結果的に情報系が重視される事となった為、魔族側が長きに渡り続け、そして近年より増強された諜報部門が猛威を振るい始めていた。
『諜報に強い魔族』『戦闘に強い人間』という新しい構図が生まれ、結局は互角の戦いを演出してしまうという、なんとも皮肉な結末となったのだ。
終わらない戦争は、まだまだ終わりそうになかった。
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