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2章 賢者と魔王

#2-4.戦利品の罠-勇者サイド-

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――同時刻。
「ちょっと、どういう事なのよこれは!?」
同じ表紙の本が、戦利品の確認をしていたエリーシャの手元にもあったのだった。
開かれていたのは、やはり唐突に入ってきた例のあのシーンである。
「まあ、これが姉様ですの? 可愛らしいですわ。それに……綺麗だわ」
それを横から見たトルテは頬を赤らめ、手で押さえていた。
「その代わりトルテはすごく大人びてるけどね……」
何故こんな事に、と後悔せざるを得ない。
なんとなしに自分とトルテの本が出ていたので買ってしまったエリーシャは、最初こそ笑いあり涙ありの捏造冒険記を楽しんでいたのだ。
漫画を良く知らないトルテと一緒に読んでいたのだが、ここでまさかのこのシーンである。
私達がこんな変な事してるー、と笑うつもりだったエリーシャだが、これには流石に面食らっていた。
「姉様、やっぱり……」
「何がやっぱりなのよ!? 何なの? 私をなんだと思ってるの!?」
妹分の「そうじゃないかと思ってたんです」というありありな視線は、エリーシャにとって酷く居心地が悪いものであった。
「ああ、では二人きりになった私は大変ですわ。姉様に押し倒されてしまいます!!」
そして暴走しはじめていた。
「叩くわよ」
「ごめんなさい」
エリーシャもそれを止める為に怒りを前面に出す。
流石に仕える主の娘とそういった関係になるのは勇者としても女としても大問題だった。
「でも、私、もう男性はこりごりですわ。姉様だったらもらわれてもいいかもー」
こちらは暴走というより、病んでいる部分が言わせている言葉なのだろうが、その発言は危険極まりない。
「まるで百戦錬磨の女狐みたいな事言うわね……ていうか、私が嫌よ」
何が悲しくて女と愛し合わないといけないの? と本気で思っていた。
割と同性愛に関してはエリーシャは強い嫌悪感を持っている。
凛々しく美しいエリーシャは、街を歩くだけで若い娘から肌や髪の手入れの方法を聞かれたりするのだが、時にはファンだという女性からプレゼントをもらってしまう事もある。
そんな時の相手の焦がれるような視線が、エリーシャには酷く気持ち悪かった。
別に相手を馬鹿にする気は更々無いし、それは一つの愛の形なのだとも理解するけれど、自分は巻き込まないで欲しいと切に願っている。
その報われない感情を私に向ける位なら、他の男に向けてやれば皆が幸せになれるのに、と。溜息をつくのだ。
「振られてしまいました……とほほ」
「はぁ……もういいわ。この本は後で廃棄しよう。流石に自分の本を手元に置いておくのはナルシストだと思われそうだし」
冗談なのか本気なのか今一解らない様子のトルテをこれ以上構おうとせず、エリーシャは目の前の本を眺める。
ネタのつもりで買っただけなので、本自体に愛着は無い。
むしろ自分の胸が現実と比べてやたら小さく描かれているのに悪意を感じていた。
作者は知らないからそうなっているのだろうが、対照的にトルテが豊満に描かれているのが余計に腹立たしい。
「捨てる位なら私に下さいまし。家宝にしますわ」
「そんなの後世に残さないで頂戴」
後の歴史が狂ってしまう。皇女が勇者と禁断の関係に踏み込んでいたとか学者達に想像されてしまう。
ただでさえ訳の解らない捏造話が増えていて頭を抱えているのに、余計にややこしくするのは勘弁して欲しかった。

「でも姉様。びっくりしたのですが、私の名前が載った本がとても多いのですね」
「ああ、まあね。貴方って結構人気だからね、男にも女にも」
トルテは、生まれてから今に至るまで、国民から根強い人気がある。
穏やかでお淑やかな皇女様というのは国民の評価が高いらしく、誰が美しいかという話では必ずと言って良いほど名前が挙げられる。
当然、現実の人物をモチーフにした作品で描かれる事も多く、時にはファンタジー系の完全オリジナル作品にすら彼女の影響を受けたと思しき登場人物が出る事もある。
その場合、何故か彼女は不思議な魔法を使う高貴な出の魔法使いであったり、勇者を導く女神の遣いだったりするのだが、往々にして彼女の『お淑やかなイメージ』が前面に押し出され、顔立ちから何から現実と比べて大人びた容姿で描かれる。
世の男性にとってはその清楚な印象が理想的な女性として映るらしく、実際の彼女がどうであるかなど関係なしにそういった捏造されたタルト皇女を愛していた。
「姉様の名前はあんまり見ませんのに……」
「私は軍事に偏ってるからね。ああいった層の人は漫画とか読まないし描かないだろうから」
対してエリーシャは、若い娘にこそ声をかけられる事が多いものの、どちらかといえば軍人や他の勇者に人気があり、街往く人々にはあまり関心を持たれていない。
話題に出る時というのは戦地で勝利を収めた時や、何がしか大きな功績を立てた時位であり、他の勇者とそう変わりない扱いである。
なので、先ほどの本のように自分の名前が出ているというのはエリーシャ的に珍しいと感じたのだが、やはりというか、ろくでもない代物であった。

「軍記モノなんかだと皇帝陛下の名前が挙がることも多いみたいね」
「近年の英傑百選にも載ったらしいですわね。我が父ながら誇らしい限りですわ」
大帝国の皇帝としてだけでなく、戦争の最前線たる中央諸国をまとめあげ、今日に至るまでほとんど退く事無く魔王軍を防ぎきっているその功績は、世界中の人が知る所にある。
多くの国がインフレーション後に国民からの突き上げを食らって右往左往していた中、大帝国は唯一と言って良いほど穏やかで、国民も皇族や国を構成する貴族達に反抗心をほとんど抱いていなかった。
代々実直で民を大切にする傾向の強い政治だった為、民の不満も少なく、また、戦争に関しては自分達が直接関わっているという自負の強い帝国の国民は、他国の民衆のように無責任な怒りを国に当たり散らす事はしなかったのだ。
そうした軍事や外交の調整能力の高さ、内政の上手さが評価され、現代における賢皇として世界に名を馳せていた。

 一方、軍記モノの作品におけるシブースト皇帝は、現実よりやや厳つい、美形の壮年として描かれる事が多く、剣を片手に戦地を縦横無尽に駆け巡っている。
多くの魔族や裏切り者の亜人らを蹴散らしていくその様は爽快そのもので、読む者を引き込ませるヒーローであった。
もっとも、現実の皇帝はトルテが生まれてからというものほとんど戦地に出る事は無く、剣の鍛錬こそ欠かさないものの、運動不足からがどんどん太っていくばかりなのだが。
「渋いおじ様として描かれるのはいいのですが、現実を知っている身としては複雑ですわね……」
「まあ、私みたいに現実より幼く描かれるよりはいいんじゃないの?」
「……根に持ってらっしゃいますの?」
「かなり」
胸の事なんて気にしてないはずなのに、それでも自分がトルテより小さいのは納得行かなかったエリーシャが居た。
「私も姉様より控えめだと思うのですが、そんなに気になりますか?」
と、トルテは自分の胸を右手でもみながら不思議そうに顔をかしげる。
「別に気にしてないわよ。この歳になってこれならもう育たないだろうしね。でも、それを人にどうこう言われたり特徴として描かれると腹が立つ」
自分で認める分にはいい、だが人に言われるのは嫌なのだ。
我侭であろうと自分愛であろうと、嫌なものは嫌なのだった。
「もまれると大きくなると聞いた事がありますが」
「迷信よ。因みにミルクを飲んだり活発に運動したりしても大きくならないわ」
「試したのですか?」
「……」
涙ぐましい努力の末の諦めであった。
「睡眠不足がいけないのよ……本が好きだからって、毎日遅くまで読み漁ってたから……」
幼き日のエリーシャは、父の遺した書物を読み漁るのが楽しくて、つい夜更かしを続けてしまったのだ。
成長期の彼女にはそれは致命的だったらしく、テキメンに影響が出た。
これにはエリーシャも深く後悔しており、今はなるべく夜更かしなどしないように気遣っている。
「私も、何故か夜は怖くて、ずっと遅くまで寝付けませんでしたわ」
「まあ、貴方の場合はそれ以外にも色々あるんだろうけどね……」
皇族の女性は代々胸が控えめな事が多いだとか、そんな嫌な伝統が続いているらしいとヘーゼルから聞いていた。
それが元でトルテ様から嫌われているのかしら、などと豊満な彼女は悩みをエリーシャに相談していたのだ。
嫌味で言っているのかと心底腹立たしかったが、真面目なヘーゼルがそんな事をするはずもなく、本当に悩んでいたらしいのでその場の怒りは納めたのだが。
やはり皇族は代々そういった女性ばかりなのだろうかとも思ってしまうのだ。
「というより、代々の皇帝となる方が、女性に華奢さと言いますか、スリムさを求める傾向が強いのが原因では……」
「そうなの?」
「えぇ、父上も兄様も、女性の好みは体型的に控えめな方らしいですから」
だからシフォン兄様はヘーゼル様より姉様がお好みなのです、と無い胸を張っていた。
「聞きたくなかった……」
頭を抱えてしまう。知らなければ良かった事実である。
素直に喜べないというか、できれば忘れてしまいたいというか。
子供の頃からあまり相手にしていなかった皇子はともかくとして、尊敬する皇帝までそんな趣味の持ち主だとは思いもしなかったのだ。
別に知ったからと皇帝に向ける敬意が薄れる訳ではないが、複雑な気持ちである。
「はぁ……なんか疲れたわ。寝て忘れましょう」
なので、エリーシャは現実逃避する事にした。夢の世界は平和であれと願いながら。
「はい、お休みしましょう。夜更かしは私達にとって天敵ですわ」
最近は色々気になる所が増えたのか、トルテも素直に賛同した。
ベッドに横になるエリーシャ。その隣のベッドに横たわるトルテ。
「昨日も思ったけど、ベッドは堅くない? お城のと比べて小さいし、寝にくくないかしら」
「いいえ、大丈夫ですわ。私、案外冷たい床の上でも眠れるようですから」
その言葉の節には病んだものが感じられたが、エリーシャはそういったものに触れる事無く「そう」とだけ言って、目を瞑る事にした。

 そうして、勇者と皇女の休日は終わる。
朝には迎えの馬車が来て、お忍びの皇女は再び国民のアイドルへと戻る。
長らく続く馬車の旅に備え、二人はまるで姉妹のように並び、静かに眠りに落ちていったのだった。
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