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1章 彼女たちとの出会い

#8-1.シルベスタ開催

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 とある春の始まりの頃。魔王城はいつもとは異なり、多くの魔族で溢れていた。

 二十年毎に行われる魔王軍四天王の定例会議『シルベスタ』の開催である。
この期間中は、四天王直属の配下の魔族や魔物達が数多く魔王城に登城し、その警護を任されると同時に、各種族の知恵と力、技を競い合うイベントや、互いの種族の立ち位置を再確認する為の会合、若者がパートナーを探す為の祭などが行われる。
普段は人口密度に見合わぬ広大さもあって静かな印象の強い魔王城だが、この時ばかりはどこの街にも劣らぬ活気と賑わいを見せる。

 魔王はそんな賑わいの中、のんびりと城内を見て回りながら中庭を歩く。右腕にアリスを抱きながら。
季節の黄色い魔花が姿勢良く直立で並ぶ庭園は、ドワーフの職人の作った昼間でも明るい色つきのランタンによって照らされ、参加者達を非日常の別世界へと誘う。
魔王城に仕える女官達はこれらには参加できないが、それ以外の四天王配下の若い娘達はこぞって華やかな衣装に身を包み、また若い男も、普段は着ないような気障なタキシード姿であったり、逆に勇ましい部族の衣装を身に纏ったりしている。
この時期に限っては魔族は戦争を完全に中断し、最高幹部である四天王の会議の進行を最優先に考える。
人間側も過去にこの時期を狙って攻めて得をした事は一度も無いため、今回のシルベスタもまた、両軍暗黙の了解の下休戦状態となる。
わずか一月ばかりの完全な平和が、今だけ存在していた。

「参加するのは久しぶりだが、中々どうして、たまにはこういうのも悪くないな」
たまに魔王と気づき挨拶する者もいるが、大体は素通りされる。
集団の心理というのは中々不思議なもので、一人大物が混じっていても大抵の者はそれに気づきもせず、大衆の中の一つにしか感じないのだ。
だがそれが魔王には新鮮に感じる。
人間の街に観光に行くのと同じようなもので、魔王はどちらかというと放っておいて欲しいのだ。
他人の意図で構われるのは好きではない。
自分が誰かと居たい時には、自分から行きたいのだ。
そうは思っても立場上そうも言ってられないのが魔王なので、普段玉座に座ると大体の場合不機嫌で退屈なのだが、たまにこんな事があると機嫌も少しばかりよくなる。
「あら、陛下では」
ふと見ると、赤いとんがり帽子をかぶったウィッチがぺこりと頭を下げていた。
「おお、君か。その後はどうかね。後遺症などなければ良いが」
ラミアの副官を務めるウィッチである。こんな時でも同じ帽子をかぶっているのは愛着からか。
装いも多少アクセサリーなどに気を遣ってはいるものの、普段とそう違いは無い。
「おかげ様で、四肢損壊なく、こうしてまたお目見えする事ができるようになりました」
短めの袖からすらりとした綺麗な左腕を見せ、お淑やかに笑う。
数年前に魔王に救い出された時には生死の境すらさまよっていた彼女だが、リハビリ期間も終え、無事にラミアの側近として復活したらしい。
「それは何よりだ。君はラミアにとって大切な部下だろうからな」
「もったいないお言葉です」
やや童顔な娘だが、妾候補の女官達と遜色の無い美しく健康的な笑顔は、魔王をわずかばかり癒した。
「しかし、君もやはり、他の娘達同様に相手を探してここにいるのかね?」
魔王はちら、と庭に集まる者達を見る。
男も女も若い者が多く、たまにいる年配も恐らくはパートナーの居ない者だろうと思われた。
しかし、ウィッチはというと首を軽く横に振り、「いいえ」と返す。
「私は、同じ種族の娘達の仲立ちをしているだけですね」
「ほう、仲介人をやっていたのか」
「はい。こういう時でも無いと、私達はパートナーを見つけられませんから」

 ウィッチ族は女性しか居ない種族の為、子をなす為には異種族の男を見つけなければいけない。
だが、魔法の研究や魔法攻撃担当として軍務に就く者がほとんどの為、異性と接する機会も少なく、また、本人達も魔法以外に興味が薄い者が多い為に、魔族としては強力ながらも全体的な数は他の種族と比べて非常に少ない。

 ウィッチという名は種族名であると同時に彼女ら一人一人を指す固有名でもあり、彼女達一人一人は独立した意思を持つ別個体でありながら、それぞれが知識を共有し、経験を引き継ぐ特殊な種族でもある。
非常にややこしい事だが種族に定められた掟らしく、今魔王の目の前にいるウィッチも複数いるウィッチという名のウィッチ族の娘の一人に過ぎない。

 立ち位置が似ていてやはり女性しかいない魔女族と比べるとそれらの点が異なり、魔女族は補助魔法や薬の調合が得意で、それぞれ個人毎に違う名を名乗っている。
元々人間だった女が魔道の禁忌に触れて魔族となり初代が成立した魔女族は、ウィッチ族と比べその歴史は浅く、その代わりに人間世界に対しての知識は他の種族より抜きん出て深い。
ただしどちらの種族も魔道の追求という、日常からややかけ離れた世界を求め続けている為に、若干常識知らずな所があり、年頃になっても何ら危機感を抱かずに行き遅れてしまう娘もいるらしい。

 このウィッチも、やはりそうした種族の憂いを理解しているのか、同族のパートナー探しに力を入れているらしかった。
「私なら色んな種族とも顔が利きますし、ウィッチ族は血筋だけはそこそこなので、貰い手もつくかなと」
「まあ、魔力に関して言うならこれ程優れた種族もなかなかないからな」
数多の種族がまとめられた魔王軍の中にあっても、ウィッチ族以上の魔力を持つ魔族は四天王直轄の黒竜族や吸血族くらいなもので、魔法を得意とする悪魔族の中でも突出している。
性格的にも多少小心者な事が多く神経質だが、存在そのものが恐怖でしかない黒竜族や、同族以下の存在はゴミ同然のように見下す吸血族と比べれば遥かにマシなパートナー候補と言える。
ラミアの腹心で各所に顔の利くこの娘がきちんと面倒を見てやれば、相手にはそこまで困らないかもしれない。
「色々と忙しそうだ、邪魔をするのも悪い。ここらで……」
「あ、はい。陛下も、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
話の切り上げに礼儀正しくペコリと頭を下げるのを見てから、魔王は片手を挙げ、静かに立ち去った。


――四天王の間。
ここは魔王城の一室。
古くから代々の四天王がシルベスタの為に使う議場で、巨大な円卓に豪奢な椅子が四つ揃えられている。
普段は使われていないその椅子に腰掛けるは今代の四天王。
魔王の側近であり、全軍を統括する赤髪銀眼の蛇女・ラミア。
黒竜族をまとめ、全ての竜族を統括する長老、白髪水色眼の『黒竜翁』ベイリーズ。
吸血族の王であり、全てのアンデッドをまとめる銀髪碧眼の『吸血王』バルザック。
そして最後に、数多くの悪魔族を統括し、人間世界の諜報や工作、魔界全域の公安を司るヤギ頭の『悪魔王』ガードナー。
ラミアが四天王筆頭の為、北の一番大きな椅子に腰掛け、正面に悪魔王、そして右に吸血王、左に黒竜翁が座る形になっている。
この議論の間は四天王のみ入る事が許されている。
堅く閉じられており、会議が終わるまでの間、誰一人立ち入る事が出来ない。
魔王ですら例外ではなく、シルベスタの期間中どのような議論が行われているかは四天王以外誰の耳にも入らない。
食事や休息の為のスペースは用意されており、議論に疲れた際にはそちらに移る事にしているが、今代の四天王は四人共が期間中飲まず喰わずでも何一つ差し障りの無い種族出身の為、順調に議題は消化されていった。

「今回の魔王は中々よくやってるようじゃないか。一時は戦争もやめ何事かと思ったが」
議題の合間、雑談などにふける時間では、黒竜翁がラミアに話題を振ったりもしていた。
「陛下はやればできる方なのよ。やる気がない時は多分何もしないけど」
「ならそのやる気を出させるのが貴様の役目だろうが」
あくまでも尊大に言い放つその様は、娘とよく似て実に不愉快であるとラミアは感じた。
「ふん、坊やよりはよほど扱いやすくて頼りになるわよ」
「何だと貴様!? もう一度言ってみろ!!」
ラミアが苛立ちのままに煽ると、黒竜翁はあっさりと釣られて怒鳴り散らす。
場の空気は最悪の状態となっていたが、他の四天王は慣れたものである。
「まあまあ、黒竜翁殿も、陛下に対しては今のところ高く評価されてるようですし」
見かねて合間にはいるヤギ頭。
もとい悪魔王は、いかつい見た目とは裏腹な丁寧な口調で、黒竜翁がそれ以上暴言を吐かないように制する。
「聞けば、貴方の娘さんも陛下にご執心だとか」
娘の話題が出れば、黙っていられないのが親馬鹿である。
「ふむ、そうなのだ。姫め、ワシの知らぬ間にいよいよ男に興味を向けおったわ」
愛娘の話題に機嫌を良くしてか、ラミアに向けていたような高圧的な態度は崩し、顎ひげを手で弄りながら笑う。
外見的には黒竜姫を孫娘と言っても違和感がないほどの老人なのだが、この男、これでいて中々若かった。
「黒竜姫のお噂はよく耳にしていますよ。最近では陛下の下へ足しげく通っているだとか。中々可愛げがありますなあ」
悪魔王も同じようにヤギ顎を指でなぞる。微妙にずれていて首筋になっているのは誰も突っ込まない。
「うむ。アレもようやく年頃になってきたという事だ。貰い手がつかなんだらワシが貰ってやるつもりだったが、その心配はなさそうだな」
からからと笑いながらろくでもないことを言い出す親馬鹿もとい馬鹿親な黒竜翁は、悪魔王のおべっかに上機嫌になっていた。

「ふん、陛下の元には既に私の娘を差し向けてある。黒竜族の姫など相手にもならぬよ」
その話を不機嫌そうに黙って聞いていた吸血王は、やかましく笑うライバルに我慢ならなくなったのか余計な一言を呟く。
「なんだと吸血王。貴様の娘だとぉ?」
聞こえるように呟かれたそれに、黒竜翁は当たり前のように反応し、皮肉げに見咎める。
そしてまた笑う。今度は相手を馬鹿にした、尊大な笑いである。
「笑わせるな。貴様の娘など、生まれて五十年にもならぬ赤子ではないかぁ」
「だが貴公の娘よりは落ち着いている。歳だけ喰って落ち着きもない子供より、よほど大人である」
吸血王も負けていない。
気障ったらしく嘲笑し、黒竜翁ではなくその娘の方を馬鹿にする。
双方、合わせたようにがたり、と席を立つ。
「貴様、言うに事欠いて我が姫を子供だとぉ? あれほど美しい姫など二人とこの世には居らぬぞ!!」
「これだから山に巣食う田舎者は……貴公ら竜族はもう少し都会の空気に触れた方が良い。美的感覚も今よりはマシになるはずだ」
互いに引かない。殺気すら帯びているその眼光は、激しくぶつかりあい今やいつ殺し合いが始まってもおかしくない。

「まあまあお二人とも、いいではないですか。どちらの姫君も、私の娘と比べればまっすぐに育っているのですから」
どちらが先に掴みかかるか、そんな状況下にあってもラミアは止める気配すらなく、仕方なしに間に立つのは悪魔王である。
「む……まあ、貴様の娘は、なあ……」
「ふん、貴公ほど娘に苦労している男が言うなら、仕方あるまい」
悪魔王の自虐してでも場を収めようとする心意気に、哀れに思ったのか黒竜翁も吸血王も大人しく席につく。

「話は終わったかしら。次の議題に入るわよ」
話の切れ目を見て、要領よくラミアが滑り込ませ、再び四天王の議論が再開された。
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