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1章 彼女たちとの出会い

#6-2.消えない戦火

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「ところで、ずっと気になってたんだけど、前の時もそうだけど、どうやって私の居場所探し当てたのよ」
話にひと段落がついたからか、エリーシャは二杯目のお茶を淹れながら疑問を投げかける。
「ぱそこん経由の魔力探知でね。アリスちゃんがそういうの得意なんだよ」
「なんて迷惑な……何よ、あれってそんな使い方ができるの?」
理由を聞いたエリーシャは複雑そうだった。というより聞いた瞬間顔が曇った。
「というか、そもそもあれはそういう使い方をする為のマジックアイテムだと思うぞ?」
「えっ――」
魔王が訳知り顔で説明を始めると、エリーシャは驚いたように目を見開く。
アリスはすまし顔でお茶を飲み、エルゼはそのまま不思議そうにきょろきょろと魔王とエリーシャを見ていた。
「なんだ気づいてなかったのかね。あれはぱそこんを経由して世界と繋がる使用者の、その魔力の性質を他者に覗かれてしまうという側面もあるのだ」
ぱそこんは、極めて正確に、その魔力の量や性質、魂経由の体内の魔力か、空気中に含まれる外気的な魔力か等を測る事ができる。
その為、ログインした相手が魔族であるか人間であるかも違いが解る者なら一目で解り、一度それが知れれば目標の人物を探し当てる事は容易い。
「ていう事は、私がどこに行っても貴方達には筒抜けっていう訳?」
「まあ、色々と前準備が必要だし、あくまでぱそこんを介しての情報だから、エリーシャさんがぱそこんに触れなければ察知できんがね」
しかしそれはぱそこん使用者にとっては相当な苦痛であろう話であり、恐らく無理な理屈である。
実際エリーシャは苦しげな面持ちでうんうん唸っている。
「ぱそこんに触らなければバレない……でも、触らないと友達と話す事すら……うーん……」
実に悩ましげに、その美しい顔は残念な理由によって色々と表情を変えていった。
「あっ、でも、つまり使い方次第ではおじさんの居場所も察知できるって事よね?」
何か思いついたのか、エリーシャは目を吊り上げて魔王の顔を見る。顔が少し怖い。
「まあ、標的の探知が目的なら人間でも可能だろうね、知ったところで何の意味も無いと思うが」
「意味ならあるわよ。魔王を倒せるじゃない」
事もあろうに魔王の前でそんな事をのたまう。
「私を殺すだけなら多分、今この瞬間でもできると思うが」
魔王は笑った。あまりいやらしさの無い、だが少しいじわるめいた大人の顔で。
「私は無理だわ。多分、どうやっても貴方は殺せない」
お手上げとでも言わんばかりに、両手を広げ首を振る。
いやいや無理よ、と。
「そうかね? 私から見た限り、君はかなり腕が良い。不意を撃てば私の首くらい容易くはねられると思うが」
「一人でいるならね。アリスがいるから多分無理」
と、言いながら、複雑そうにアリスを見た。
当のアリスはというと、先ほどからずっと何を言うでもなくすまし顔である。
しかし、その右手にそっと短剣が握られていたのをエリーシャは見逃していない。
「まあ、アリスちゃんは私の手持ちでも特別優秀な子だからね。遠出であるならアリスちゃんは必ず連れてくる」
「私がいればいつでもコールの魔法で他の子達を召喚できますし、旦那様の不測の事態に対応できますわ」
短剣はどこにしまったのか、小さな右手にはティーカップ。そっと口をつける様は愛らしかった。
「それに、吸血族の姫君だっけ? ヴァンパイアのエルゼがいる時点で人間には無理でしょ。勝てる訳がない」
「ははは、それは間違いないな」
突然名前が出てきて目を白黒させているエルゼだが、人間視点で見て今このテーブルについている中で一番厄介なのは他でもないこの少女だった。
「あの、でも私、戦うよりもこうしてお茶会してる方が幸せですわ」
などと平和な事をニコニコと笑いながら言う。良い意味で空気を読まずに。
「魔族が皆あんたみたいな子ばかりだったら戦争なんて起こらないのにね」
「それはないなあ、魔族の性質的にも、人間の性質的にも」
そんな平和な吸血姫を見て和むエリーシャに、魔王はさもつまらなさそうに呟いた。
「エリーシャさんも解ると思うがね、我々は魔族でも相当に変わってる方だと思う」
「それはまあ、見てれば解るけど」
「どいつもこいつも戦いたい奴ばかりなんだ。鬱陶しくて仕方ない」
魔族とて皆が皆戦闘狂な訳ではないが、そういった連中の大きな声に流されやすいのもまた、メンタルの弱い魔族なのである。
「人間だって同じだわ。戦いたくない人はいても、こんな雰囲気じゃそんな事、言えないでしょ」
「まあ、空気っていうのはあるからね」
魔王もその辺りの事情はある程度把握していた。

 人間も魔族も戦争はやめたがらない。
多分、どちらか片方が劣勢になり降伏しても、相手を皆殺しにするための狩りに変貌するだけなのである。
和平を結ぶには血が流れすぎており、もはやこの憎しみの連鎖は互いの種族の身体の底、血の一滴にまで刻まれているのだろうと魔王は思っていた。
何故そこまで憎しみあっているのかは魔王はおろかラミアにすら解らない。
解らないが、少なくともラミアの生まれる以前、数億年単位の昔から繰り返し続けられた戦争は、やはり今代の魔王の時代にあっても終わりが見えそうにない。
人間も魔族も、昔と変わりなく互いの種族を憎しみ、敵対し、滅ぼさんとし、滅びて欲しいと願う。
人間から見た魔族は侵略者であり天敵。魔族から見た人間は領地を荒らす害虫であり生きている災害。
ここにいる魔王達のように害なく話し合えるという事が、どれだけ貴重な事なのかも窺える程には、互いの種族の敵対は根深かった。

「まあ、憎しみだけで戦争が続いてる訳じゃないんだろうけど」
「形式化されてるんだろうね。伝統というか、当たり前の事と言うか」
魔王もエリーシャも思い当たる事があるのか、大きく溜息を吐く。
世界の情勢は当面のところ変わりなく、こんな長い戦争が続き平和が維持されるのだ。
「こんな事言うのもあれだけど、おじさんって戦争嫌いな訳?」
「大嫌いだね。そんなものに時間を費やすならアリスちゃん達と遊んだり君やエルゼとお喋りしたいよ」
何が面白いんだあんなもの、と、魔王の癖にとんでもない事を言い出す。
「なら戦争なんてやめちゃえばいいのに」
「まあ、やめようとしたら私は殺されるだろうね」
黒竜姫の皮膚を握りつぶせるほどの力を持つ魔王でも、流石に圧倒的多数の魔族を敵に回して生き残れる自信などあろうはずもなく、人間の絶滅を望む多くの魔族を敵に回す事は魔王にとって死に直結する選択である。
「魔王の癖に」
エリーシャは、そんなチキンで威厳の欠片も無い魔王をじと目で見る。唇をカップにつけながら。
「絶対的な君主じゃないからね。先代は間違いなく全ての魔族を力と恐怖だけで従えていたが」
先代魔王マジック・マスターは人間だけでなく魔族にとっても恐怖の存在であった。
その支配の下、全ての種族はまとまらざるを得ず、その恐怖は強固な団結を作り、魔王軍を強力なものとした。
「何せ機嫌を損ねると気まぐれで処刑されたりしたからねぇ」
すごく些細な事で、と、過去を思い出したのか魔王は機嫌よく先代の事を語った。
「そんな奴なのに先代の事嫌ってないの?」
「嫌うなんてとんでもない。先代は先代で中々イカした方だったよ。まあ、今はもう、昔の事は余り覚えていないがね」
どこか懐かしげに、虚空を見る魔王は、かつての自分の主君に思いを馳せていた。


「馳走になったね。なんかこう、毎度突然訪ねてしまって申し訳ない」
ある程度時間が流れ、外が赤さを帯び始めた頃、魔王は「ここらで」と、席を立ちそう別れを告げた。
「そう思うならもうこないで欲しいんだけど」
見送るエリーシャは相変わらずじと目である。素ではいつもこんな感じなのかもしれない。
魔王は折角の美しい顔がもったいないなと思うが、これはこれで魅力的にも感じられた。美人とはお得である。
「まあ、エリーシャさんが忙しくなったらこなくなると思うよ」
つまりまた来るつもりなのだが、エリーシャは特にそれには突っ込まずスルーする。
「エリーシャさん、この本も大切にしますから」
「ええ、覚えてたらまた新刊買っておくから、また来た時にでも」
魔王に対してはじと目なのにエルゼに対してはとても親しげな笑顔で送る辺り、魔王は何かこう、扱いの違いを感じ始めた。
「君達、仲良いね」
「同い年みたいだしね。まあ、外見が釣り合うのはきっと今だけでしょうけど」
「人間の方とこんなに話が合うなんて思ってもみなくて。でも、エリーシャさんはいい方だと思いますわ」
二人とも機嫌よく笑っている。美少女が二人笑顔で。とてもいい絵柄だった。
「もうすぐ暗くなるが、私達は軽く観光などして帰るつもりだ」
「どこに行くの?」
「まあ、色々だよ。何せアプリコットは中々大きな街らしいじゃないか」
にやりと笑う魔王は、子供のような悪意の無い悪戯じみた顔つきだった。
新しい街の探検が楽しみで仕方ないと言った感じの、まるで魔王とは思えない、大人らしくもない顔である。
「……貴方って時々、すごく子供っぽく見えることがあるわよね」
顎に手を当て、不思議そうに呟くエリーシャ。
似合ってないなあ、なんて言いながら。
「そうかね? まあ、男というのはいつだって子供心を持ちあわせているものだ」
「師匠もそうなる瞬間があるのですか?」
エルゼも意外そうに眺める。
この娘、よく魔王の傍にいるがその辺りの事はまだ把握していなかったらしい。
「あるさ。見た事の無い造形の人形を発見したり、新しいマジックアイテムを見つけ出したり、訪れた事の無い街にくるとワクワクする」
魔王の好奇心は、主に新しいモノ、自分の知らない未知の知識に向けられている。
この道の先に何があるのか。ただそれだけで心くすぐられ、先に先にと進みたくなってしまう。
そんな冒険じみた期待に心躍らせ、少年の様に好きに動いてしまうのが魔王である。
外見はいい歳した渋い中年だというのに。
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