12 / 474
1章 彼女たちとの出会い
#4-3.エリザベーチェ・リスカレス
しおりを挟むコツリ、コツリ、と歩く。
ステンドグラスの入った豪奢な窓。
まるで教会のような、静かで美しい広間に迷い込んだ。
「……参ったな」
魔王は、道に迷っていた。
楽園の塔は全階十二階建て。
更にフロアごとに様々な種族にあった女性用の私室や遊技場、お茶の為の空中庭園等が併設され、それ単体でも巨大な要塞と化していた。
人間なら建造に数十年を要するこの塔であるが、ラミアの指導の下、大量の予算を良いことに半年という超短期間で一切の手抜きナシで完成させた。
これには鍛冶や力仕事に強いドワーフや頭数ばかりは多いゴブリンなどの亜人種族のおかげもあり、ラミアもその仕事の速さに感嘆したほどである。
――しかし。
少しばかり力を入れすぎて作られたこの塔は、本来の主人である魔王ですら把握できない謎の仕掛けや隠し部屋等があり、頑張りすぎがあだになっている感がひしひしと伝わっていた。
主な被害者はここに通う前提になっている魔王である。正直、たまらない。
「……いっそ窓から飛び降りるか」
面倒くさくなって開く窓は無いかと広場から出ようとすると、突然目の前に黒い影が迫っているのに気づいた。
「おおっ!?」
「きゃっ」
避けるのも間に合わず、軽くぶつかってしまい、その影は可愛らしい悲鳴をあげた。
正面下。足元を見ると、長く美しい銀髪碧眼の、小柄な少女が尻餅をついていた。
髪には可愛らしい小さなサイドリボンが二つ。
黒いヘッドドレスが左右のリボンから伸びる。
身に纏うは上質なシルクの、黒と白のロングドレス。
薄いベージュの肩掛けは普段ならあらわになるであろう肩口を品よく包み隠している。
尖った耳はエルフのようにキャピキャピと揺れ、華奢な指先は肘まで届く長めの白いグローブで守られていた。
見た目だけでどこぞの姫君を思わせるその美しい娘は、倒れたまま唖然とした様子で自分とぶつかった相手を見ていた。
そこで、魔王は彼女の意図に感づき、観察を中断する。
「ああ、すまなかった。大丈夫かね?」
勤めて紳士的に、少女に手を差し伸べる。
「ええ、お気になさらず」
静かに微笑み、魔王の手を素直に受け、そっと立ち上がる。
定型とも言うべき上級魔族の姫君、あるいは長族の令嬢の、殿方と衝突し倒れた際の流れである。
自分から立ち上がる事等しない。あえて倒れたままでいてか弱い自分を示すのだ。
男とはそういうか弱い相手には優しくしようと、あるいは奪ってでも自分の物にしてしまおうと考えるものである。
彼女にそこまでの意図があってかは別として、魔王もこの相手がそれを望むならばと素直に相手の流れに乗ったのだ。
しかし、起こしながら、少女とはこんなにも軽いものなのかと、不覚にも驚いてしまった。
「あの、もしや、魔王陛下でいらっしゃいますか?」
驚いている魔王はよそに、目の前の少女は魔王の前でたたずまいを直し、そっと上目遣いで尋ねてくる。
「うん? ああ、いかにもそうだが」
「そうでしたか、ご無礼を」
ぴょこりと、静かに品よく頭を下げ、高く、それでいて不快ではない可愛らしい声で続ける。
スカートの端をつまみ、ちょこんと持ち上げながら。
「そして、お初にお目にかかります。私は吸血族の王女、リスカレス一族の末娘・エリザベーチェと申します。吸血姫なり、エルゼなり」
「ほう、君が吸血王の……」
吸血族とは、悪魔族、竜族に並ぶ三大上級魔族の一つである。
他者から血液を奪い、その血液を触媒に強大な魔法を行使したり、血液を奪った相手をグールやゾンビにして使役したりする。
また、人間に自身の血肉を与えて無理矢理同族に引き込む事も出来る為、人間との相性がとても良く、誕生して以来今日に至るまで竜と同レベルの恐怖として君臨している。
その姿は人やエルフとそう大差なく、血筋が上等であればあるほど、純血であればあるほど力と美貌が比例して上がっていく。
頂点に君臨するは名門リスカレス家の当主・吸血王。
黒竜族の黒竜翁、悪魔族の悪魔王、そしてラミアと並ぶ魔王軍四天王の一柱である。
そんな吸血王の娘が、今こうして、魔王の前に立っていた。
四天王とは一応全員顔見知りで、かつては自身も先代魔王の側近というふれこみだったため、話す機会も幾度かあった。
だが、やはりというか、魔王は思う。
「あの娘もそうだが、君もやはり父親にはあまり似てないな」
「そうでしょうか? 私は自分では父親似だと思うのですが」
外見年齢16、7歳の、人間と大差ないこの娘は、くりくりと可愛らしく瞳を動かし、魔王を一度、二度、と何度も見たり見なかったりを続ける。
落ち着きが無いというより、好奇心が抑えきれずにちらちらと見ているらしく、外見相応の少女らしさが窺えた。
「まあ、外見はね。父親に似られても困るが」
「そうですね。女性として生まれた以上、外見が父に似られるのは困ります」
気障ったらしい銀髪はともかく、顔の作りは尖った部分の余り無い丸顔で、父親とはまるで似ていなかった。
まだ成長の余地もあるのだろうがやはり幼さが残っているのも、違いが大きく出ているように感じる要因か。
「私としましては、陛下が父から聞いた通り、渋い上品なおじ様で安心しました」
「お、おじ様……そ、そうかね?」
人間世界に遊びに行った時も、度々若い娘さんにそう呼ばれ呼び止められていたのだが、やはり若い娘から見ると、自分は良い歳をした壮年に見えるのだろう。
……などと考えると、魔王は喜んで良いやら悲しんで良いやら複雑な気持ちになった。
こればかりは魔族も人間もそう大差ない感性である。
老いとは嬉しくとも悲しいものなのだ。
「陛下……その、『あの娘』というのは、もしや黒竜族の姫の事では?」
「ん、ああ、その通りだが」
黒竜姫も、魔王的には間違いなく魔界屈指の美姫であると見ているのだが、やはり父親である黒竜翁とは似ても似つかない。
そもそも黒竜翁自身が相当に老齢だからなのもあるが。
やはり父と娘は外見面では似ないものなのかと魔王は思ってしまう。
「そうですか」
黒竜姫の存在を肯定されてか、少しだけ暗くなる。
表情がコロコロと変わる面白い娘だと魔王は思った。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
11 Girl's Trials~幼馴染の美少女と共に目指すハーレム!~
武無由乃
ファンタジー
スケベで馬鹿な高校生の少年―――人呼んで”土下座司郎”が、神社で出会った女神様。
その女神様に”11人の美少女たちの絶望”に関わることのできる能力を与えられ、幼馴染の美少女と共にそれを救うべく奔走する。
美少女を救えばその娘はハーレム入り! ―――しかし、失敗すれば―――問答無用で”死亡”?!
命がけの”11の試練”が襲い来る! 果たして少年は生き延びられるのか?!
土下座してる場合じゃないぞ司郎!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる