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1章 彼女たちとの出会い
#1-3.魔王様と人形達
しおりを挟むそうしてまた、部屋には魔王だけが残った。
「全く…けしからん娘どもだ」
とりあえず暴力的な激しい怒りは収まり、独り愚痴るモードになっていた。
「ああ、すまなかったなあエリーナちゃん。私が不注意だったばかりに……」
『いいのです、私がすぐに逃げなかった所為ですわ』
黒竜姫が一歩踏み込んだ、丁度その場所に、小さな人形が一体、横たわっていた。
怒れる黒竜姫に踏み潰された、哀れなコレクションの人形のうちの一体。
しかし魔王にとって、とても貴重な、かけがえのない一体だった。
「かわいそうに。足が折れてしまった……それに、べべも汚れてしまっている」
『旦那様、お気になさらないでください。私、痛くありません』
人形をそっと両手で包み持ち上げ、いつになく悲しげに呟く魔王に、その人形は確かに応えていた。とても健気に。
見ると、先ほど黒竜姫に武器を向けていた人形達も、次々と魔王の周りに集まっていた。
『エリーナは確かに災難でしたが、旦那様も右腕を……』
人形達の中でも、一際高価な装飾のついた可愛らしい金髪の人形が、魔王の前に進み出て進言した。
「ん……ああ、これか」
エリーナをそっと床に降ろし、左手で黒竜姫に掴まれたところを軽くさする。
魔界でも最上の部類に入る握力で必死の抵抗を受けた魔王の右腕は、骨と肉が繋がっているのが不思議なほどの激痛に見舞われていた。
ぱっと見ただけでも上着ごと肉がごっそりと削ぎ執られ、流れ出た血が魔王のズボンまで汚している。
「これは多分、折れるまでは行かずとも色んな筋肉が断絶してるだろうなあ」
魔王は苦笑いしながら、左手を負傷部位にかざし、何節か言霊を呟く。
紡がれた言霊はやがて光となり、魔法として形成される。温かな光は魔王の右腕を瞬時に癒していった。
「ふぅ、とりあえずこれで痛みは薄れた」
『申し訳ございません旦那様。もう少し早く私達が動けていたら――』
誰であれ悶絶するほどの激痛を苦笑で済ませる魔王に、しかし人形達は悲しげに自身らの責を悔いていた。
「いやいや、君達のおかげで命拾いしたよ。あのまま抵抗されてたら、私もどうなってたか解らないからねぇ」
笑い事で済まされるような状況ではなく、事実魔王は、あのまま黒竜姫が逆上して全力で暴れてきたらそれで殺されていたかもしれないと思っていた。
黒竜族を滅ぼすなどとんでもない話で、魔王にとっても、黒竜姫が素直に立ち去ったのは救いだったのだ。
それに比べれば、腕一本、肉が削がれ骨にヒビが入った程度で済んだのは僥倖とも言える状況で、その痛みも今しがた治癒魔法で大半が薄れているのだから、気にするほどではない。
『私達の主様ですもの。危機に瀕していたなら、駆けつけなければ、私達が嘘になってしまいますわ』
皆のリーダー・アリスはにこりと微笑む。他の人形も続いて微笑む。微笑み軍団。
魔王も、治癒の魔法以上に心が癒されていた。
不死の兵団なんて恐れられている彼女達だが、単に自分の主人に対しての忠誠心によって動いているに過ぎないのだ。
彼女達はいずれも魂を与えられた人形であり、心望むままに生きることも出来るのだが、みんながみんな、自分達をとても大切に扱ってくれる主人の事を好いていた。
人形といえば粗末に扱われがちな昨今である。
彼女たちにとっても、魔王はかけがえのないただ一人の主なのだった。
「……はぁ」
溜息は、ラミアの隣から洩れていた。
中庭でうずくまり、子供のようにスンスンと鼻を鳴らしている黒髪の後姿を見つけ出してから、いかほどか。
侍女たちがおろおろとしているからとてもわかりやすかった。
今は、そんな涙する乙女の隣に並んで落ち着くのを待っていた。
「大丈夫?」
普段なら気にもかけない面倒の元だが、流石にあの恐怖を味わった仲間として、ラミアは今の彼女を無視することが出来なかった。
「……ねぇ、ラミア」
眼にためた涙を丁寧にハンカチで拭き取り、黒竜姫はやや控えめに、呟くように声を出す。
「何かしら?」
あんな事があった後で落ち込んだのかもしれないと思い、ラミアもそれなりに優しげに応える。
「あの……陛下って、何者?」
「さあ、一人一種族な事以外私には……謎の多い人なのよ」
隠し立てする気も何もなく。あの魔王は、本当にラミアから見ても理解できない事が多く、謎ばかりなのだ。
何をするかも解らないのでラミアとしてはとても苦手な部類の上司だった。
「そう、他にああいうのは居ないのね……」
「まあ、居られても困るけどね」
しみじみとした呟きに、ラミアもつい溜息が出てしまった。
なんで自分は、あんな主に仕えているのだろう、と。
いや、確かに先ほどの魔王は、歴戦の名補佐官が恐怖に汗するほどの覇気を湛えていたのだが。
だとしても、普段の行動や言動から見るに、不満はやはり不満として残ったままなのだ。
「ねえラミア」
「何よ」
少しだけ元気を取り戻したのか、また同じように問答がラミアの隣から聞こえる。
ラミアもいつもの調子に戻りそうになっているこの娘に、あまり調子付かせたくないなあと思いながらも応える。
「その……あの方は、后は……居ないのかしら?」
「……は?」
「だから、妻となっている女性は居ないのか、と聞いてるのよ」
いつも所ではないぶっ飛びように、思わずラミアも聞き返してしまった。
聞き返して尚、何を言ってるのか訳が解らなかったが。
「貴方、何言ってるの?」
「だ、だから、そういう相手は居るのかと聞いてるのよ。何度言わせるの? 馬鹿なの?」
ああ、もう語尾に暴言が付いてきたわ、と、ラミアは気づいてしまう。
実際には頬を赤らめて、黒竜姫なりに照れながらの発言なのだが。美しい釣り目が余計に勝気さを押し出していて、そうは見えないのだ。
「后じゃなくてもいいわ。誰かに子を産ませたとか、孕ませたとか、そういう相手は居ないのよね?」
「……私が知る限りはね」
ラミアは、段々と自分の表情が暗くなっていくように感じた。
暗くというか、虚しくというか。曇っていっているはずだ。
そしてそんな自分の事などお構い無しに、この黒髪の娘はいつものように好き放題言うのだろう、と。
自分とは対照に笑顔を見せ始める黒竜姫を見て、彼女は思ったのだ。
「そう、ならちょうど良いわ、誰も殺す必要がないものね」
その眩くも無邪気で邪悪な笑顔に、「誰を殺すつもりだったの?」とは怖くて聞けない。
それがラミアの心の声だった。
「ラミア、私が陛下の后になってあげるわ」
「ねえ貴方、もしかして、怖い目にあって頭でもおかしくなった?」
理解できないのはいつもの事だけれど、ここまでおかしな事を言うようになったのは、本当に頭がおかしくなったのかもしれないと、少しだけ同情する気も湧いてきた。
というか正直、ラミア的には「この子頭おかしくなってるわ、仕方ないわねおほほほ」と放り投げてしまいたくなってきた。面倒なのだ。
「おかしくはなってないけど……でも、ほら、私、あんなに怖い目に……」
「怖い目にあったなら怖がりなさいよ」
「怖がったわ。でも同時に、思ったのよ。『私を恐れさせられる男なんて、初めてだわ』って」
誰が見ても解る。頬を赤らめ、自分で胸を抱くその様は、まさに恋する乙女だった。
こうしていると元々の美貌も相俟って、とても純真なお姫様に見えなくもない。
中身は凶悪そのものだと解ってるから誰も騙されないが。
「とにかく、そんな訳だからラミア。陛下に話を通して、私を貰ってもらえるように手筈を整えなさい」
「まずあんたはその上から目線を直さないと、陛下には相手にしてもらえないと思うけど」
そんな黒竜姫に、ラミアは貰ってもらう側の立場の娘が、なんでこうも偉そうなのかと呆れてしまっていた。
つまりだ、魔王に惚れて妻に貰って欲しいから手伝ってくれと言うのだ。
なんたる我侭。なんたる自分愛。
「勿論、私も態度は改めるわ。でも、あんたも私に協力してくれてもいいでしょう? 一応友達な訳だし」
この娘の口から、友達なんて言葉が出るとはラミアも思わなかったので、つい噴き出しそうになった。
「と、友達って……」
「何よ今更。そんな事より、陛下はどういう女性が好みなのかくらい知ってるでしょう? 教えなさい、変わるから」
魔界という、割と自分のことしか考えない連中ばかりの社会で、人間じみた友達という言葉を使う者はそう多くはない。
勿論、長きに渡り親交を持つ間柄というのもあるにはあるから、そういった間柄の相手は友と呼べなくもないのだが、ラミアはそんな関係の相手は自分には居ないと思っていたのだ。
思いのほか黒竜姫は、ラミアに対して好感を持っていたという事だろうか。
しかしながら、そんな黒竜姫の期待に応えられるほど、ラミアは今の魔王に詳しくなかった。
「悪いけど、私は陛下とそんなに長く付き合いがある訳じゃないから、女性の好みとかはあまり解らないわ」
「何よ役立たずね」
自分を友と言ってくれた相手に、少しは報いてあげたいなと芽生えかけていた友情は、友であるはずの彼女の暴言によって脆くも崩れ去っていった。
「まあいいわ。それなら、いくらか時間をあげるから、陛下についての情報を私に逐一報告しなさい」
「貴方、なんでそんな偉そうなの?」
「私のほうが偉いからに決まってるじゃない。当然のことでしょ?」
もう、いつもどおりだった。
涙を湛えて肩を震わせていたくらいの方がしおらしくて可愛げがあったなあ、とラミアはわずか昔に思いを馳せ、現実逃避を試みた。
しかし現実に目の前に居るリアルなそれからは逃げられそうにない。がっちりとキャッチされた形だった。
「とにかく、任せたわよ。それじゃ、私は帰るから」
「あ……ええ、また」
「うん、またね。さようなら」
軽く手を挙げ、朗らかな笑顔で返して転送陣まで歩いていく。侍女たちもおろおろしながらついていった。
その様に、確かに変わろうとしている部分はあるのかなあ、などと少しだけ黒竜姫に肩入れしはじめている自分が居ることに、ラミアはまだ気づいていない。
翌日から、また人類と魔族は激しい戦争を開始した。
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