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最終話.平和の時
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「へいお待ち! ブリティッシュブリテンラーメン一丁!」
「ほう、これがかの有名な……早速いただくぞ」
私の名は田中=M=源三郎。
かつては平和な世界を夢見て様々な世界を行き来した時空の旅人だったが、今は訳あってこの世界でラーメン屋の親父などをやっていた。
元居た世界は質の悪い神の遊び心で滅亡してしまったが、この世界は平和で何よりである。
今、客としてラーメンスープを啜っているのは、旅の学者なのだという年老いた男である。
杖をつき、よたよた歩きでここまできたのだが、なかなかどうして、ラーメン丼を手に持ったその姿は様になっている。
いっぱしの『ラーメン通』のように見えたのだ。
「中々いい風味だ」
麺には手を付けず、スープの香りを嗅ぎ、そして啜って味わう。
一口、二口小さく啜り……ずず、と三度目に大きく啜って一旦丼を置いた。
「オヤジ、いい仕事をしているな」
「どうも」
スープだけで褒められるのは珍しい。
大半の客はまず真っ先に麺を啜り、そこからスープである。
訳知り顔の『ラーメン通』を自称する者でも、彼のように三口も啜る者はいない。
だが、味わいと言うのは不思議なもので、一口啜っただけではその味は完全には記憶できない物である。
人の舌のいい加減さ。熱に慣れる事による感覚の正常化……様々な科学的見地から、スープを味わうのならば三口は必要、と私は考える。
もちろん、そんな事全く気にしなくてもラーメンは楽しめるだろうし、誰であっても等しく同じ味である。
あくまで自己満足にすぎないが、それでもその自己満足を通したいなら、と私は考えたのだ。
その点、この男はその辺りがよく解っているようだった。
いや、「よく解っている」などというのは店主の驕りだろうか。
私自身、まだラーメンを作るようになって20年もたっていないひよっこである。
元居た世界ならまだしも、この世界ではエルフのように長命なものもラーメン屋を営んでいるので、この道数千年という仙人すらいるのだ。
その域に達するには……流石に人の身では短すぎるが。
「麺もいい感じの湯通しだ。カンスイは使ってないのか……む、この具材は……っ」
一口一口自分で納得しながら口に入れていく。
それがこの男の流儀らしい。
正面からラーメンと向き合い、歯ごたえや味を覚え、全てを理解しながら飲み込んでいく。
まこと、学者らしいスタイルである。
「懐かしいなあ……この具材は、スライムを使ってるね?」
「よくご存じで」
「ははは、私も昔、そういうラーメンを食べた事があるんだ……あれは何と言う世界だったか」
昔を思い出すように視線を上に向けながら、学者殿は箸を止める。
コップを手に取り、中の水を一口。
ふぅ、と小さく息を付き、またラーメンと向き合った。
「君は、『源三郎』だね?」
「……ええ。貴方は?」
「私はしがない学者さ。色んな世界の歴史を記憶し、後の世に伝える、ね」
自分の素性を知られた事も驚きだが、このご年配、今更ながらただものではないように感じられた。
そういう雰囲気を纏っていたのだ。
ラーメンを食べていただけなら気づけなかったかもしれない。
こうして正面切って話して、初めてそれが解った。
そんなご老輩が、また箸と丼を手に、ラーメンを食する。
「ずずっ……昔、ある世界の『組織』が暴走し、他世界の侵略に乗り出してしまった事がある」
啜りながら、独り言のように語り始めた。
ぼそぼそと語られ、啜る音の所為でやや聞き取りにくかったが、それでも時折私の顔を見ている辺り、私に聞かせているつもりなのだろうか。
「『組織』は自らが手がけた改造人間を他世界に送り出し、その絶大な能力によって『神』を名乗るようになった……」
「神、ですかい」
「ずちゅっ……うむ。ずずっ――神を名乗り、その世界を支配しようとしたのだ」
なんとも恐ろしげな話である。
だが、改造人間という話を聞けば、私が元居た世界に近い何かを感じずにはいられない。
少なくとも私のいた世界には、そんな物騒な組織はなかったはずだが。
ただ、技術体系的にそういったものが存在していたこともあるのだと聞いた事があった。
「またそれとは別に――ずずっ、数多の世界を統べる、『本物の神』が居た。この神は、他世界侵略をもくろむ『組織』を牽制する為、ある男に目を付けた」
「……」
「……ふぅ。それが、お主ら、『源三郎』の名を持つ者じゃ」
とん、と丼を置き、静かに箸で私を指してくる。
源三郎の名を持つ者。
それは、私の事を指しているようで、それでいて別の人を指しているようにも感じられた。
『お主ら』などと言われたからだろうか。
なんとも不思議な感覚であった。
「歴史では、様々な『源三郎』があらゆる時代のその世界に訪れ、その活動が世界を動かし続けていた」
「はあ……つまり、私以外にもそういった名前の人が?」
「名前、というより……実際には同一人物らしかったがのう。同じ人物の、様々な可能性の姿、とでもいうべきか」
「今一解り難い話ですなあ」
自分のifの姿だなんて言われても、今一想像ができない。
そんなに難しい話をしている訳ではないのだろうが、自分と同一の人物が過去の世界に幾度も現れた、なんて言われても、すぐには飲み込めないのだ。
「ま、遠い昔の話じゃよ。それでも尚、時折こうして『源三郎』を名乗るラーメン屋が現れる」
「あっしらが居ると、世界に問題が起きたりするので?」
「そんな事はないさ。問題の組織も消え去って久しい。本来の目的を考えるなら、『源三郎』はこの世界に来なくても問題なくなったはずなんだが」
必要もないのに呼ばれている、という事だろうか?
私自身は呼ばれたというより放浪の末たどり着いたという方が正しいはずだが、それすらも『神』の思し召しというなら、それは数奇という他ない。
何せ私の世界は、性質の悪い神の所為で滅びたのだから。
あるいは、その悪質な神こそが『神を騙る組織』と関係があったのかもしれないが。
スライム麺を箸先でなぞるようにしながら、やがてスープに浸し、再び啜り始める。
ちゅるちゅると麺を啜る時特有の音が響き、無言のままに見つめていると、やがて一心地付く為か脇のコップを手に取り、水を一口。
また、視線をラーメンから私へと向けた。
「――神は、ラーメンが気に入ってしまったんじゃないかな」
「はい? 神様が、ラーメンを?」
「ふふ……こうやってラーメン屋を開いていると、色んな客が来るだろう? 街人や村娘、商人や兵隊……時には王様やお姫様や魔王まで来たりする」
「流石に魔王はまだ来てませんね。王様はこの間いらしたが」
「ふふふ、そのうち来るさ。つまりなんというか……この世界の住民は、皆ラーメンが好きなのだ」
確かに、文化として既に根付いているのだからそれはあるのだろう。
何せどの町に行ってもその町独自のラーメンがあったりする。
国によって麺の種類まで異なり、人間と魔族とでスープの作り方まで違うというのだから、ラーメンは奥深い。
私がどれだけ工夫を凝らそうと、既にそれは過去か、あるいは現時点でどこかのラーメン屋がやってる可能性があるのだから、慢心できない。
そんな|深さ(・・)のある食べ物なのだから、それはもう、みんな大好きなのだろう。
「それだけ皆が好きな食べ物なんだ。神様だって、好きかもしれんよ?」
「はあ……神様が」
「そう。そして神様がピンポイントで美味しいと感じられるラーメンを作れるのが、『源三郎』だけだとしたら?」
「それはまた……光栄な話ですね」
神様に好かれるラーメンというのもとんでもない話だが、もしそうならラーメン屋冥利に尽きるというものである。
あくまでこの自称学者殿の発言なのでなんとも言えないが。
食べてみて、そのように称えられるなら嬉しくないはずがない。
「ふふ……世界の救済のために呼び出した英雄が、実は自分にとって最高に美味しいものを作ってくれるとなったら、神様だっていつまでも近くに置いておきたくなるというものだろう?」
「平和な世界では、神様もラーメンを啜る訳ですか」
「私はそういう説を考えてみたよ。どうかね?」
どうもこうもないが、楽しそうに箸を上下させながら麺をスープに浸すこの学者殿は、なるほどこのラーメンを楽しんでおいでだとよく解る。
例えそれまでの話がただの一時の小話だったとしても。
それでも、そんな話をわざわざ作ってまで私を悦ばせようとしてくれているのだろうと考えれば、粋な計らいと思えよう。
私自身、口元をにやりと歪め、笑顔を作った。
「面白い説だと思いますよ」
「そうだろうそうだろう。ははは、平和な世界と美味いスープ、そして食べやすくよくスープに馴染むこの麺に、幸あれ!」
まるで酔っ払いの様なテンションだったが、そのままズルズルと麺を啜りきり、スープを飲み干し。
最後に「ぷはー」と満足げに息をついたその顔は、なんとも満足そうで。
そう、こういう顔を見たくて、私はラーメン屋を続けているのだ。
ただなんとなく始めた店ではあるが、今では立派な生き甲斐である。
「また来る。どうか、次もまた美味いラーメンを頼むよ」
「毎度あり」
小銭をちゃらりと置き、学者殿は席を立つ。
嬉しい一言を置き土産に去っていくその背中は、何故か透けて見えていたが。
見えなくなる寸前、わずかに足を止め「今代はスライム麺に気付きよった」と、嬉しそうにぽつりと語っていたのが印象的だった。
(仙人か幽霊の類だったのだろうか)
人としては奇妙過ぎるその現象も、この世界ならば有り得なくもない。
仮に幽霊だったとしても問題なく客になるのがこの世界の寛容さである。
墓場に行けば幽霊が客としてわいわいがやがやラーメンを啜る。
真の意味でのソウルフードというものはこういうのを指すのではないかと、私は考える。
「……今日はもう閉めるか」
そろそろいい時間である。
店を締めようとして、灯りを落とすが。
「――あの、もうお店、締めちゃうんですか?」
とても可愛らしいお客さんが訪れ、不安げにそんな事を聞いて来たので、思わず灯りを点けてしまった。
「あーいや、まだ大丈夫ですよ」
「そう……よかった! あの、ラーメン一杯くださいなっ」
「あいよ」
客が続く限りは店は続ける。
それが私の、ラーメン屋としてのポリシーだった。
ラーメン屋『ブリティッシュ・ブリテン』は今日も続く。
歴史に名を残しながら。歴史の中に消えながら。歴史に何度も浮かび上がりながら。
世界の平和を象徴するように、その屋号はいつもどこかに在り続けた。
本日の営業地点:魔王城前
本日の主な客:本物の神様と今代の魔王(魔王と勇者の子孫)
本日の稼ぎ:200ゴールドとちょっとしたやり甲斐
「ほう、これがかの有名な……早速いただくぞ」
私の名は田中=M=源三郎。
かつては平和な世界を夢見て様々な世界を行き来した時空の旅人だったが、今は訳あってこの世界でラーメン屋の親父などをやっていた。
元居た世界は質の悪い神の遊び心で滅亡してしまったが、この世界は平和で何よりである。
今、客としてラーメンスープを啜っているのは、旅の学者なのだという年老いた男である。
杖をつき、よたよた歩きでここまできたのだが、なかなかどうして、ラーメン丼を手に持ったその姿は様になっている。
いっぱしの『ラーメン通』のように見えたのだ。
「中々いい風味だ」
麺には手を付けず、スープの香りを嗅ぎ、そして啜って味わう。
一口、二口小さく啜り……ずず、と三度目に大きく啜って一旦丼を置いた。
「オヤジ、いい仕事をしているな」
「どうも」
スープだけで褒められるのは珍しい。
大半の客はまず真っ先に麺を啜り、そこからスープである。
訳知り顔の『ラーメン通』を自称する者でも、彼のように三口も啜る者はいない。
だが、味わいと言うのは不思議なもので、一口啜っただけではその味は完全には記憶できない物である。
人の舌のいい加減さ。熱に慣れる事による感覚の正常化……様々な科学的見地から、スープを味わうのならば三口は必要、と私は考える。
もちろん、そんな事全く気にしなくてもラーメンは楽しめるだろうし、誰であっても等しく同じ味である。
あくまで自己満足にすぎないが、それでもその自己満足を通したいなら、と私は考えたのだ。
その点、この男はその辺りがよく解っているようだった。
いや、「よく解っている」などというのは店主の驕りだろうか。
私自身、まだラーメンを作るようになって20年もたっていないひよっこである。
元居た世界ならまだしも、この世界ではエルフのように長命なものもラーメン屋を営んでいるので、この道数千年という仙人すらいるのだ。
その域に達するには……流石に人の身では短すぎるが。
「麺もいい感じの湯通しだ。カンスイは使ってないのか……む、この具材は……っ」
一口一口自分で納得しながら口に入れていく。
それがこの男の流儀らしい。
正面からラーメンと向き合い、歯ごたえや味を覚え、全てを理解しながら飲み込んでいく。
まこと、学者らしいスタイルである。
「懐かしいなあ……この具材は、スライムを使ってるね?」
「よくご存じで」
「ははは、私も昔、そういうラーメンを食べた事があるんだ……あれは何と言う世界だったか」
昔を思い出すように視線を上に向けながら、学者殿は箸を止める。
コップを手に取り、中の水を一口。
ふぅ、と小さく息を付き、またラーメンと向き合った。
「君は、『源三郎』だね?」
「……ええ。貴方は?」
「私はしがない学者さ。色んな世界の歴史を記憶し、後の世に伝える、ね」
自分の素性を知られた事も驚きだが、このご年配、今更ながらただものではないように感じられた。
そういう雰囲気を纏っていたのだ。
ラーメンを食べていただけなら気づけなかったかもしれない。
こうして正面切って話して、初めてそれが解った。
そんなご老輩が、また箸と丼を手に、ラーメンを食する。
「ずずっ……昔、ある世界の『組織』が暴走し、他世界の侵略に乗り出してしまった事がある」
啜りながら、独り言のように語り始めた。
ぼそぼそと語られ、啜る音の所為でやや聞き取りにくかったが、それでも時折私の顔を見ている辺り、私に聞かせているつもりなのだろうか。
「『組織』は自らが手がけた改造人間を他世界に送り出し、その絶大な能力によって『神』を名乗るようになった……」
「神、ですかい」
「ずちゅっ……うむ。ずずっ――神を名乗り、その世界を支配しようとしたのだ」
なんとも恐ろしげな話である。
だが、改造人間という話を聞けば、私が元居た世界に近い何かを感じずにはいられない。
少なくとも私のいた世界には、そんな物騒な組織はなかったはずだが。
ただ、技術体系的にそういったものが存在していたこともあるのだと聞いた事があった。
「またそれとは別に――ずずっ、数多の世界を統べる、『本物の神』が居た。この神は、他世界侵略をもくろむ『組織』を牽制する為、ある男に目を付けた」
「……」
「……ふぅ。それが、お主ら、『源三郎』の名を持つ者じゃ」
とん、と丼を置き、静かに箸で私を指してくる。
源三郎の名を持つ者。
それは、私の事を指しているようで、それでいて別の人を指しているようにも感じられた。
『お主ら』などと言われたからだろうか。
なんとも不思議な感覚であった。
「歴史では、様々な『源三郎』があらゆる時代のその世界に訪れ、その活動が世界を動かし続けていた」
「はあ……つまり、私以外にもそういった名前の人が?」
「名前、というより……実際には同一人物らしかったがのう。同じ人物の、様々な可能性の姿、とでもいうべきか」
「今一解り難い話ですなあ」
自分のifの姿だなんて言われても、今一想像ができない。
そんなに難しい話をしている訳ではないのだろうが、自分と同一の人物が過去の世界に幾度も現れた、なんて言われても、すぐには飲み込めないのだ。
「ま、遠い昔の話じゃよ。それでも尚、時折こうして『源三郎』を名乗るラーメン屋が現れる」
「あっしらが居ると、世界に問題が起きたりするので?」
「そんな事はないさ。問題の組織も消え去って久しい。本来の目的を考えるなら、『源三郎』はこの世界に来なくても問題なくなったはずなんだが」
必要もないのに呼ばれている、という事だろうか?
私自身は呼ばれたというより放浪の末たどり着いたという方が正しいはずだが、それすらも『神』の思し召しというなら、それは数奇という他ない。
何せ私の世界は、性質の悪い神の所為で滅びたのだから。
あるいは、その悪質な神こそが『神を騙る組織』と関係があったのかもしれないが。
スライム麺を箸先でなぞるようにしながら、やがてスープに浸し、再び啜り始める。
ちゅるちゅると麺を啜る時特有の音が響き、無言のままに見つめていると、やがて一心地付く為か脇のコップを手に取り、水を一口。
また、視線をラーメンから私へと向けた。
「――神は、ラーメンが気に入ってしまったんじゃないかな」
「はい? 神様が、ラーメンを?」
「ふふ……こうやってラーメン屋を開いていると、色んな客が来るだろう? 街人や村娘、商人や兵隊……時には王様やお姫様や魔王まで来たりする」
「流石に魔王はまだ来てませんね。王様はこの間いらしたが」
「ふふふ、そのうち来るさ。つまりなんというか……この世界の住民は、皆ラーメンが好きなのだ」
確かに、文化として既に根付いているのだからそれはあるのだろう。
何せどの町に行ってもその町独自のラーメンがあったりする。
国によって麺の種類まで異なり、人間と魔族とでスープの作り方まで違うというのだから、ラーメンは奥深い。
私がどれだけ工夫を凝らそうと、既にそれは過去か、あるいは現時点でどこかのラーメン屋がやってる可能性があるのだから、慢心できない。
そんな|深さ(・・)のある食べ物なのだから、それはもう、みんな大好きなのだろう。
「それだけ皆が好きな食べ物なんだ。神様だって、好きかもしれんよ?」
「はあ……神様が」
「そう。そして神様がピンポイントで美味しいと感じられるラーメンを作れるのが、『源三郎』だけだとしたら?」
「それはまた……光栄な話ですね」
神様に好かれるラーメンというのもとんでもない話だが、もしそうならラーメン屋冥利に尽きるというものである。
あくまでこの自称学者殿の発言なのでなんとも言えないが。
食べてみて、そのように称えられるなら嬉しくないはずがない。
「ふふ……世界の救済のために呼び出した英雄が、実は自分にとって最高に美味しいものを作ってくれるとなったら、神様だっていつまでも近くに置いておきたくなるというものだろう?」
「平和な世界では、神様もラーメンを啜る訳ですか」
「私はそういう説を考えてみたよ。どうかね?」
どうもこうもないが、楽しそうに箸を上下させながら麺をスープに浸すこの学者殿は、なるほどこのラーメンを楽しんでおいでだとよく解る。
例えそれまでの話がただの一時の小話だったとしても。
それでも、そんな話をわざわざ作ってまで私を悦ばせようとしてくれているのだろうと考えれば、粋な計らいと思えよう。
私自身、口元をにやりと歪め、笑顔を作った。
「面白い説だと思いますよ」
「そうだろうそうだろう。ははは、平和な世界と美味いスープ、そして食べやすくよくスープに馴染むこの麺に、幸あれ!」
まるで酔っ払いの様なテンションだったが、そのままズルズルと麺を啜りきり、スープを飲み干し。
最後に「ぷはー」と満足げに息をついたその顔は、なんとも満足そうで。
そう、こういう顔を見たくて、私はラーメン屋を続けているのだ。
ただなんとなく始めた店ではあるが、今では立派な生き甲斐である。
「また来る。どうか、次もまた美味いラーメンを頼むよ」
「毎度あり」
小銭をちゃらりと置き、学者殿は席を立つ。
嬉しい一言を置き土産に去っていくその背中は、何故か透けて見えていたが。
見えなくなる寸前、わずかに足を止め「今代はスライム麺に気付きよった」と、嬉しそうにぽつりと語っていたのが印象的だった。
(仙人か幽霊の類だったのだろうか)
人としては奇妙過ぎるその現象も、この世界ならば有り得なくもない。
仮に幽霊だったとしても問題なく客になるのがこの世界の寛容さである。
墓場に行けば幽霊が客としてわいわいがやがやラーメンを啜る。
真の意味でのソウルフードというものはこういうのを指すのではないかと、私は考える。
「……今日はもう閉めるか」
そろそろいい時間である。
店を締めようとして、灯りを落とすが。
「――あの、もうお店、締めちゃうんですか?」
とても可愛らしいお客さんが訪れ、不安げにそんな事を聞いて来たので、思わず灯りを点けてしまった。
「あーいや、まだ大丈夫ですよ」
「そう……よかった! あの、ラーメン一杯くださいなっ」
「あいよ」
客が続く限りは店は続ける。
それが私の、ラーメン屋としてのポリシーだった。
ラーメン屋『ブリティッシュ・ブリテン』は今日も続く。
歴史に名を残しながら。歴史の中に消えながら。歴史に何度も浮かび上がりながら。
世界の平和を象徴するように、その屋号はいつもどこかに在り続けた。
本日の営業地点:魔王城前
本日の主な客:本物の神様と今代の魔王(魔王と勇者の子孫)
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最後まで一気に読みました。
マルチバースの同一人物と思われる店主さん。やって来るのは皆とんでもない過去を持っているのは笑えます。
神さえ魅了するラーメン、流石は「人類の口の永遠の友」。(銀河鉄道999より)
読んでいただきありがとうございした。
ラーメンで何か書きたいと思い書いたものですが、楽しんでいただけたようで何よりです。
ラーメンいいですよね……
本日、最終話まで拝読しました。
序盤の勢いは最後まで衰えることなく、読み終わった後また一から読みたくなる作品でした(実際、これから読ませていただきます)。
こちらこそ、面白いお話を投稿してくださりありがとうございました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それと同時に、こちらのコメントを何年間も気づかずにいて申し訳ありません。
当時なぜ気づかなかったのか自分でも解りませんが、今更ではありますが、返答させていただきます。
ご感想ありがとうございます。
ふとした思い付きから始めた作品でしたが、楽しんでいただけたようで何よりです。
読んでいただきありがとうございました。