だから椎名に恋をした

海蛇

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14.一緒に暮らすようになった頃

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 大学生活が長くなり、椎名と一緒に暮らすのが当たり前になったある日の事。
当たり前のようにリビングでくつろいでいる俺の彼女は、ソファーに寝転がりながら、丁度いい高さに浮かぶ立体映像を眺めていた。

『ふははははっ!! この場を見られたからには生かしてはおけぬ!! 者ども出あえぇぃ!!!!』

 今流れているのは、時代劇。
時代がかった口調の、いかにもな悪役スタイルの男が叫ぶや、どこからともなく日本刀を持った何人もの部下が現れ、悪役の前に立つ黒づくめの覆面男を囲み襲い掛かっていた。

『ギギィンッ! ピゴーンピゴーンピゴーン!!』
《ギャキィッ》
『うおぉぉぉっ』
《ギシィンッ》
『ぐわぁぁぁぁっ』

 しかし、その男は強い。
手に持ったビームソードを手に、瞬く間に悪人の配下を蹴散らしていく。

『くっ、おのれ……おのれおのれぇぇぇっ!!!』

 激高した悪役は、自らもビームソードを手に、男に挑む。
一合、二合、互角に近い斬り結びと剣撃の打ち合いが続いたが、三合目、ソードが弾かれた事によって、わずかな隙が生まれてしまう。

『ピポーン! ガガガープシューッ!!』
《バシュゥッ》
『ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 そして、悪役は斬り捨てられた。
じゅわ、とソードに染みついた耐熱血のりを払って落とし、お決まりの決めポーズ。

『ピガァ……プシューガガガガーンッ!!』

「おーっ、かっこいー」
「かっこいいな」

 やんややんやと拍手して見せる彼女――椎名に、俺もソファのヘリに顎を乗っけながら同意する。

「やっぱりいいよねぇ、『わるを絶つ!』は」
「役者がいいよな。主役の11-PΔイレブン-ピーデルタは殺陣も格好いいし」

 いつも通り、悪役が倒れた後はシームレスにエンディングに入るのだが、スタッフロールと共に流れる美しい風景を二人で眺めながら、感想を語り合う。

「ピーデルさんってアレだっけ? 2DR銀河系の人だったよね。最近増えたよね―そっち系の人」
「あっちの人は実体持たないから長らく直接のコミュニケーション無理だって話だったけど、最近になって音波コミュニケーション体得したって話だったよな」
「なんか、そういう風に進化したらしいよね。実体持たない系の人は進化が早いって大学で習ったけど、ほんとに早いんだねー」

 エンディングでゆったりと歩く黒づくめの主人公『くろがね』は、演者の都合上、当然中身はがらんどうだ。
実体はないが存在はあるという、ガス体ともまた異なる生態系を持つ地域の方らしく、映像のように覆面や纏っている衣服を浮かせることで存在をアピールするくらいしかできないのだが……そんな難点を余裕で覆せるくらい、この人の演技力は突出して素晴らしい。

「音波コミュニケーションも渋いしな」
「渋いよねぇ。それくらいなら私達も小学校で習うし、古語くらいのノリで話せちゃうし」
「俺は木星辺りに住んでる人らの訛りよりストレートに変換できるからむしろこっちの方がありがたいぜ」

 なんといっても齟齬そごが無いのがいい。
必要なのは音ごとに繋がっている言葉の解釈くらいだが、そんなものはその場の雰囲気で大体なんとかなるのが地球生まれの強みだ。
他の銀河の生まれだとそうはいかないらしく、言葉周りで手間取る星の人達もいるのだから、これは大きい。
実際、宇宙の人らと関わりを持つようになってからの地球人は、そのコミュニケーション能力の高さによって広大な宇宙という第二の世界へと旅立ったのだから。

「ぴごーんぴごーん」
「おっ、俺に音波コミュニケーションを挑むつもりか? 面白い、受けて立とうじゃないか。解読してやろう」

 おどけて両手を頭に当てながら機械音を発する彼女に、俺も乗ってやることにした。

「ピコ? ががー、ぴきーんっ」
「ふむふむなるほど『今すぐイシイ君と寝室に行きたいです』? 中々に情熱的な――」
「言ってない! 言ってないよ!?」
「何だ違ったのか。なんかそういうのを期待してそうな目をしてたからつい」

 望んでいた通りのツッコミが返って来たのでとりあえず満足する。
俺は満足したが、椎名自身は納得がいかないのか「そんな事期待してないもん」と、唇を尖らせながら映像を消して起き上がる。

「大体、イシイ君が先にお風呂入っちゃったから、私がこうやって待ってたんだからね! もう、順番決めたはずなのに~」
「いつまでも起きてこないからだろ。起こすのも可哀想だったし」
「うぐっ」

 風呂上がりだったのは自分でも忘れていたが、俺が風呂に入ったのは俺の所為ではなく、順番のはずの椎名がとっとと入らなかったのが原因である。
そこをはっきりと突っ込まれると反論しづらいのか、椎名は「ぐぬぬ」と可愛らしい唸り声を上げながら俺の横を通り抜けようとする。

「さ、さーて、早くお風呂入らないとな~」
「おうおう。早く俺の為に綺麗になってくれ」
「むむっ、今の椎名さんは綺麗ではないと?」
「綺麗というよりは可愛い系だからなお前」
「はうっ」

 そして最近の椎名は、どちらかというと綺麗なお姉さん的な存在になりたがってるように思えた。
まあ、年だけ考えるなら確かに女の子、というよりは女性、と呼ばれたいのだろうが。
生憎と、俺から見ての椎名は相変わらず『可愛い女の子』だった。

「う、う~……と、とにかく、入ってくるねっ」
「転ぶなよ」
「転ばないよ~っ」

 実際問題、「可愛い」と言うと顔を真っ赤にするあたり、そう言われる事自体は嬉しいはずなのだ。
今も頬を赤く染めながら風呂へと走り出してしまう。
愛い奴め。


「……しかし、所在ないな」

 椎名がいなくなったリビングは、なんとも味気ない。
その気になれば立体映像も出せよう。
見る番組もない訳ではないし、茶でも啜っていればいいのだが。
椎名が風呂から上がるまでの約一時間、何をするか迷ってしまう。

 椎名は、風呂が長い。
入って数分で大体の片が付く男のシャワーと違い、女は色々とする事が多いのだと聞く事があるが、毎度毎度、何にそんなに気を遣ってるのか気にはなっていた。

(そういやこないだはそれで無理矢理混浴に持ち込んだな)

 あの時は楽しかった。
一応股間は隠したが、シャワーを浴びてる椎名の元へ突撃を仕掛け、見事に椎名の絶叫と恥ずかしがって嫌々するのを押し込んで混浴したのだ。
ただ身体洗ったり浴槽の中で互いを見つめ合ってるだけであんなに楽しめるとは思わなかったが、生憎とあの一回きりで椎名は涙目になって「次やったら出ていくから」とまで言い出したので、二度目はできそうにない。

(……いや、やってしまうか? 押せば椎名も案外……)

 いけない考えが頭をよぎる。
だが、心は常に鍛えられたおかげもあり「それはダメだろう」と歯止めをかけてくれた。
俺の理性という奴は時々裏切って本能とタッグを組むこともあるが、今のところはまだ信頼がおけるらしい。

(そういえば……椎名って、なんで俺の事好きになったんだろうな?)

 ふと気が付けば、こんな関係になっていた。
昔を思い出せば、日々椎名にアタックされ、次第に俺もそんな気になって……という気もしたが、じゃあなんで椎名がそんな俺を好きになったのかが、今一はっきりしていない。
付き合った時も別にどちらかが告白したとかじゃなく、なんとなくそんな関係になっていった感じだし、ナチュラル過ぎてどの段階でそういう気持ちになったのかが解らないのだ。

(別に最初の頃はからかったりとかしてないし、そもそも会話もほとんどなくて……ていうか、会話自体は、椎名の方から振ってきたのがほとんどで……)

 好かれる要因があまり思い浮かばない。
いや、もしかしたら最初から俺みたいなのが好みで、初対面でいきなりそんな気持ちになったのかもしれないが、一目惚れパターンを除いた場合、何をやった結果俺に惚れたのかが解り難過ぎる。

 そもそも、接点が同じクラス、隣の席だったくらいしか思い浮かばない。
それは、赤の他人として見れば確かに接点としては十分位あると思えるかもしれないが。
だが、所詮は隣に座るだけの人だったはずだ。
あの時、椎名が、隣にいる俺に話しかけたりしなければ、きっと付き合う事もなく、そのまま他人のまま終わっていたのだろうから。

 幼馴染だとか、隣人だとか、部活の先輩後輩だとか。
恋愛モノの物語で恋人同士に発展するのに、人間関係というのはとても重要で、そしてそれは、近しいものほど接点として強くなるはずだった。
そう考えれば、隣に座っていただけの女なんて、本当に赤の他人そのままで、繋がりなんてないに等しかったはずだ。

(……そんな、赤の他人に、話しかけたんだよな)

 コミュニケーションに優れる奴なら、それもできるだろうが。
椎名が、それをやったのだ。
話してみれば色んな事を語ってくれる。
会話はとても楽しいし、アドリブも利かせて、とても面白い展開に持っていってくれる。
けれど、椎名は別に、男が得意な訳じゃないと思う。
手をつないだだけで赤面し、抱きしめただけで動けなくなるくらい、初心な女の子だったのだ。
そんな子が、親しくもない男に話しかけるのは、どれくらいに勇気がいる事だったんだろうか。

「ああ、そう、か……」

 理由は分からないままだった。
けれど、その時の椎名の心境は、なんとなく想像がついた。

「あいつ、あの時点で、俺の事を――」



『それじゃ、最初のグループ学習は隣同士でするように。名前を覚えるいい機会だ。喧嘩せずに仲良くな』
『あ、あの……よろしく、ね、イシイ、君』
(こいつ、なんていったっけ? 確か……)
『……どうしたの?』
『いや、なんでもない。よろしく頼むぜ。椎名』
『えっ!? あ、う、うん……よろしく……』
(なんか反応が変だな……あ、そうか。こいつ美作みまさかだ。椎名って名前の方だったか) 
『あう……』
(……まあいいか、見てて面白いし。嫌がってる感じじゃないし。そんな何度も名前呼ぶ事もないだろうしな)



「――くーん、イシイくーん、おーい、お風呂上がりでそんなところで寝てたら、風邪ひいちゃうよ~?」

 とんとん、と、肩を優しくたたかれる。
なんとも耳障りのいい声が、俺の意識を明るい世界へと引っ張っていく。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めても、まぶたを開かなければ暗いまま。
けれど、暗くてもいい。もうちょっと、この優しい声を聞いていたい。

「もう……ここまで毛布持ってくるのも大変なのになぁ。おーい、イシイくーんっ、イシイくんったら~っ」

 揺さぶられる。
ほっぺたをぷにぷにと押される。
温かな指先が俺の頬っぺたに、そしてやがて鼻先へと向けられているのを感じた。

「いつまでも起きないなら、お鼻をつーんって――」

 流石にいつまでも突かれ続けるのも嫌なので、目を見開くと同時に目の前の指にぱくつく。

「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 案の定、椎名は絶叫した。



「う、うぅ……もうっ、もーもーもーっ!! なんで指を噛んだのっ! 意味解んないよぉっ!!」
「そこにお前の指があったから」
「登山家みたいな事言わないでよっ」
「美味そうに見えたから?」
「食べ物じゃないしっ」

 食べないでよー、と、抗議めいた視線を送ってくる俺の彼女。大変可愛い。

「それは知ってるけど」
「知ってるけど、何?」
「唐突にそういうフェティズムが俺の中に萌芽したのかもしれない」
「変なのに目覚めないでっ!? ノーマルなイシイ君で居て!?」

 もちろん冗談だが、からかっただけだが、椎名本人には割と切実な問題だったのかもしれない。
全力で引いたように距離を置かれてしまう。やり過ぎたか。

「すまんな。椎名が出てくるの遅かったから、ついつい居眠りこいちまった」
「んもー、仕方ないなあ……寝るなら寝室に行けばいいのに」
「風呂上がりの椎名を見たかったんだ」
「……それも冗談?」
「いやいやいや」

 ジト目で見られたのでそこは否定しておく。
実際、湯上りの椎名を抱きしめるのはすごく癒やされるので、それ待ちだったはずなのだ。
じゃなきゃ、一時間もこんな場所で座ってようとは思わない。

「……むう。それはそれで変な趣味に目覚めてる気がしないでもないけど」
「まあそう言うな。湯上りの椎名さんを楽しめるのは彼氏の特権だぜ!」
「確かに特権だけどー。なんか、言い方が変と言うか……」
「まあまあ」
「むう、なんか納得いかないけど……まあ、いいや」

 椎名は拗ねてもすぐに機嫌を戻してくれる。
次の瞬間にはぱーっと愛らしい笑顔になって、俺の胸の中に飛び込んでくるのだ。

「えへへ~。湯上り椎名さんですぞ~? ほらほら~、堪能したまえ~♪」
「おおう、めっちゃあったかいな」
「あったかいでしょ~? これが一時間近く湯船であったまった乙女の体温ですぞ~、彼氏さんにしか味わえない特権ですぞ~♪」
「その口調好きだよな」
「ちょっと気に入ってます」

 ほかほかふかふかの椎名ボディを抱きしめながら、ちょっと照れた顔になってる彼女に愛らしさを感じながら。
先程まで、何を考えて思い出そうとしていたのかすらどうでもよくなって、しばらくの間、椎名といちゃいちゃしていた。

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