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2.休みの日にたまに遭遇するようになった頃
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「500年くらい昔には、男と女で全然扱いが違う時代があったんだってー」
博物館という場所は、静かでとても平和な場所のはずだった。
一人で行くと、ちょっとノスタルジックな気分に浸れる、そんな平穏の象徴。
昔は廃れていたらしいが、この街の博物館もまた、そういう隠れ家的な楽しみ方をしたいお一人様がよく訪れる癒しのスポットだった。
……つまり、お一人様とお一人様が出会ってしまったのだ。
「そうらしいな」
「うん♪」
今日も今日とて美作 椎名。
最近俺の行く先によく現れる彼女は、今日もまた、ニコニコ笑顔で俺の前に立っていた。
ちょっと流行最先端より後ろ側の、あんまりお金掛けないスタイルのファッション。
見ようによってはお嬢様っぽいのだが、椎名自身がどう見ても普通の子なのでさほど違和感はない。
「でも不思議だよねー、男と女って違って当たり前なのに、なんで『違うから偉い』とか『違うから偉くない』とか言われてたんだろう?」
「さあなあ。昔の人の考える事は解んないな」
今俺達が見ているのは、男尊女卑とかいう謎の風習が残っていた時代のブース。
驚くべきことに数万年も続いていたとかいう話で、壁画に描かれているようなめっちゃ古い資料から、割合見れる感じのフォトになっているものまで多種多様な歴史が刻まれていた。
「『じんけんもんだい』とか、『こようもんだい』とかもあったんだって? イシイ君知ってた?」
「いや、知らねぇ。試験で出てたっけ?」
「ううん。出てなかったと思う」
俺の記憶が確かなら、歴史の授業ではまだその辺りをやった覚えはない。
どちらかというと近代史に関係する話なのかもしれないが、この手の話は知れば知るほど意味不明に感じる。
「価値観が違いすぎるね」
「価値観が違いすぎるな」
俺も椎名も性別は男と女で違うが、別にそんなに価値観に違いなんてないはずだった。
だというのに、同じ男のはずの昔の奴らがなんで女を下に見ていたのかは俺には解らなかったし、多分椎名も同じ感じで、昔の女がなんで下に思われてたのか解らないのだろう。
二人して首を傾げていたが、やがて「でも」と、はにかみながら椎名が語る。
「私、そういう時代の方が好きかも」
「マジか」
「うん、マジマジ」
「椎名さん勇気ありますなあ」
「勇者様だもん」
「勇者様だったか」
勇者なら仕方ないな、と流して次のブースに行こうと思ったが、がしっと袖を掴まれ動けなくなる。
いや、動きたいんだが、動いてしまうと掴んだ椎名がバランスを崩すというか。
……卑怯な奴だった。
「だってイシイ君。悪い事ばかりでもないみたいだよ? 昔の人達って、ほとんど男の人が女の人に告白したり、プロポーズしたりしてたんだって」
「女はしないのか」
「女はあんまりしなかったみたいだよぉ?」
不思議だよねえ、と唇に指を当てながら、それでも「だから」と続ける。
「やっぱり、悪い事ばかりじゃなかったんじゃないかなあ? その時代なりに、アプローチしてた人が居て、アプローチされてた人が居たんだよ」
「今日の椎名さんは詩人ですなあ」
「えへへ、新人賞狙ってます」
「狙っちゃったかー」
「うんうん」
軽妙なノリと誰も突っ込まない謎空間。
それでいてブースの中の人形なんかは楽しそうに踊ったりしていた。
差別なんて負の遺産みたいな事ばかり書いてる癖に、そこにある人形はお気楽で幸せそうだった。
だから、椎名の言いたい事も解る気がする。
「案外、幸せだったのかもな」
「そうだよね? 昔の人だって、幸せになれた人はいっぱいいたはずだよね」
歴史なんてのは、実際にはその時代全部を残すんじゃなく、本当に目立ったいい事悪い事だけを抽出した結果しか残らないらしい。
酷い時代なんかは時の権力者や一部の強権を持った民族にとって望ましい記録だけが歴史として残った事もあるくらいで、歪曲されていたり、捏造されている事なんて日常茶飯事なんだとか。
つまり、ほんとの所その当時どうだったかなんて、今の時代の誰にだって解りっこないのだ。
「『――なお、ここに書かれた記述のほとんどは、当時の差別反対派の人間によって恣意的に集められた文献に過ぎず、現代においては当時の情勢を明確に示す根拠足りえないという研究結果が有力とされています』だって」
「やっぱそんなもんか」
小難しく書かれてはいるけど、歴史なんてこんなもの。
その時の人達は必死に差別という概念をなくそうとしてその時代を悪と断定したのかもしれないけど、それじゃあ、差別を消した事によってなかった事にされた幸せはどこに行ったんだろう、なんて考えてしまう。
本当にそこに幸せはなかったんだろうか、とか。
そもそも差別っていう言葉自体が教科書とかこういう資料館的な場所でしか出てこない俺達の時代には、それそのものが実感の湧かない、ぼんやりとした言葉なのだが。
「私は、アリだと思うけどなあ」
「そこにはこだわるのな」
「うん。だってほら……好きな人とお付き合いしたい時に、自分から告白とか恥ずかしいし。相手からしてくれるなら、その方が受け易いと思わない?」
「それ、男側にはプレッシャー掛かりそうだよな。っていうか、告白する時点で相思相愛じゃないと難しくないか?」
「告白されたらドキっとするかも? 試しにしてみてよイシイ君。そしたら私がおーけーしてあげるから」
「ねーよ」
「ねーかあ」
「ああ」
さほど残念そうでもなくため息。
椎名のペースに惑わされるとまた首が熱くなってしまうので、適度に放り投げるのが正しい対応というものだった。
これでもうちょっとでも悲しそうな顔でもしてれば、「もしかしてこいつ俺に?」とか思わないでもないのだが。
生憎と、椎名はそんな謙虚な表情ができるような人ではなかった。
その証拠に、さっさとブースを離れ、歩き出してしまう。
「ん、お腹空いた。クレープ食べたい」
「俺はカツ丼が食いたい」
「重すぎる……重すぎるよイシイ君」
「食欲には素直でありたいんだ」
思えば今日も朝飯を食ってなかった。
いつも食い忘れるのだ。食い忘れてるうちに気が付いたらなくなっているのだ。
カーチャン型メイドロボにも困ったものである。
「じゃあじゃんけん。イシイ君が勝ったら私にクレープ奢ってね」
「椎名が勝ったら?」
「私にクレープを奢る」
「何一つ俺に得がないな」
「なんと私にクレープを奢ってくれると、私のクレープを一口食べられます」
「勝っても負けてもお得だな」
「えへへー、お得でしょう? どうです旦那? 勝っても負けても勝った気分になれませんか!?」
「ならねぇ」
怪しげな商人風の口調になるが、俺は騙されない。
女子の食いかけのクレープを食える権利なんかに流されるほど俺はやわじゃない。
……二度も三度も引っかかるものか。
「ならねぇかー、それじゃしょうがないね。クレープ食べよう」
「どんだけクレープ食べたいんだよ」
「私がクレープ食べたいって言ったらアレだよ? 男子は買ってあげなきゃいけない法律があるのです」
「めっちゃ女尊男卑な」
「女が優位だった時代もあったんだよ? でもそれって大変だよね。女子が男子に告白しなきゃいけないんでしょ? 男子は受け身で」
「男子めっちゃ楽だよな」
「その代わりカッコいい人以外は顔を見せただけで痴漢と言われる」
「マジ生き地獄な」
何が楽しいのか解らない過ぎる世界観だった。
これが物語の中の異世界だとかゲームの話だとかなら笑えるが、残念ながら現実の過去の話だという。
イケメン以外全員被り物をしていたとかギャグ過ぎる。
そんな時代に生まれてこなくてよかったと割と本気で思う。
その概念を消滅させた先人達には感謝の気持ちが尽きない。
「普通に好きになった方が告白でいいのにね。惚れさせた方の勝ち、みたいな」
「それいいな。それで行こう」
「でもそれだと勇気が要るから困るのです」
「勇気がない奴には困るな」
「そうなんだよー、だからやっぱり男尊女卑がいいなあ……男尊女卑だと差別っぽい言葉らしいし、もっと印象良くなる言い方すればいいのにね」
「例えば?」
「例えばー……うーん、『告白して欲しい時代』とか」
「女尊男卑は?」
「『告白したい時代』とか?」
「告白にこだわるなあ椎名さん」
「えへへー、ちょっと凝ってまして」
普通の女子らしい感性といえば恋愛なのか。
やたらそのあたり推しながら、照れくさそうにほっぺたに手を当てる。
――まあ、大人しくしてる分には普通と感じられなくもない。普通だな。
「クレープは何味が良いんだ?」
「私はカスタードアップル味」
「んじゃ俺はアケビ柿味でいいや」
「んん? カツ丼は?」
「クレープに化けた」
「化けちゃったかー」
えへへ、と照れながらも嬉しそうに笑う椎名に、俺も溜息ながらついていくのだ。
別れればその場で別れられただろうに、わざわざカフェまで足を延ばしてしまう。
休日の癒しは消え去ったが、まあ、こんなのも悪くないかもしれないなんて、そんな感化されたことを想うのだ。
もしかしたら、こんな風に異性と一緒に居るのが「無かったことにされた幸せ」だったんじゃないかと、今更頭に浮かびそうになり。
「ねえイシイ君?」
「あん?」
「カスタードアップル味もアケビ柿味も、同じフルーツの別名って知ってた?」
「へー」
「知ってたでしょ?」
「さあな」
その追及に果たして意味があるのか。
いや、あるには違いないが、残念ながらもうカフェは目の前だ。
椎名の追求はちょっと遅かった。
「……言ってくれたら、普通に分けてあげるのになぁ」
「何か言ったか?」
「カツ丼食べようかなって」
「マジかよ重すぎるぞ椎名」
「お、重くないもん!」
ぼそぼそ何か言ってたのが聞こえた気がしたが、聞こえてない振りをするのもちょっと疲れるのだ。
わざと聞かせたのかつい聞こえる声になってしまったのかは解らないが、照れ隠しに「もー、もー!」と頬を膨らませる椎名は、まあ……その、普通だった。普通。
博物館という場所は、静かでとても平和な場所のはずだった。
一人で行くと、ちょっとノスタルジックな気分に浸れる、そんな平穏の象徴。
昔は廃れていたらしいが、この街の博物館もまた、そういう隠れ家的な楽しみ方をしたいお一人様がよく訪れる癒しのスポットだった。
……つまり、お一人様とお一人様が出会ってしまったのだ。
「そうらしいな」
「うん♪」
今日も今日とて美作 椎名。
最近俺の行く先によく現れる彼女は、今日もまた、ニコニコ笑顔で俺の前に立っていた。
ちょっと流行最先端より後ろ側の、あんまりお金掛けないスタイルのファッション。
見ようによってはお嬢様っぽいのだが、椎名自身がどう見ても普通の子なのでさほど違和感はない。
「でも不思議だよねー、男と女って違って当たり前なのに、なんで『違うから偉い』とか『違うから偉くない』とか言われてたんだろう?」
「さあなあ。昔の人の考える事は解んないな」
今俺達が見ているのは、男尊女卑とかいう謎の風習が残っていた時代のブース。
驚くべきことに数万年も続いていたとかいう話で、壁画に描かれているようなめっちゃ古い資料から、割合見れる感じのフォトになっているものまで多種多様な歴史が刻まれていた。
「『じんけんもんだい』とか、『こようもんだい』とかもあったんだって? イシイ君知ってた?」
「いや、知らねぇ。試験で出てたっけ?」
「ううん。出てなかったと思う」
俺の記憶が確かなら、歴史の授業ではまだその辺りをやった覚えはない。
どちらかというと近代史に関係する話なのかもしれないが、この手の話は知れば知るほど意味不明に感じる。
「価値観が違いすぎるね」
「価値観が違いすぎるな」
俺も椎名も性別は男と女で違うが、別にそんなに価値観に違いなんてないはずだった。
だというのに、同じ男のはずの昔の奴らがなんで女を下に見ていたのかは俺には解らなかったし、多分椎名も同じ感じで、昔の女がなんで下に思われてたのか解らないのだろう。
二人して首を傾げていたが、やがて「でも」と、はにかみながら椎名が語る。
「私、そういう時代の方が好きかも」
「マジか」
「うん、マジマジ」
「椎名さん勇気ありますなあ」
「勇者様だもん」
「勇者様だったか」
勇者なら仕方ないな、と流して次のブースに行こうと思ったが、がしっと袖を掴まれ動けなくなる。
いや、動きたいんだが、動いてしまうと掴んだ椎名がバランスを崩すというか。
……卑怯な奴だった。
「だってイシイ君。悪い事ばかりでもないみたいだよ? 昔の人達って、ほとんど男の人が女の人に告白したり、プロポーズしたりしてたんだって」
「女はしないのか」
「女はあんまりしなかったみたいだよぉ?」
不思議だよねえ、と唇に指を当てながら、それでも「だから」と続ける。
「やっぱり、悪い事ばかりじゃなかったんじゃないかなあ? その時代なりに、アプローチしてた人が居て、アプローチされてた人が居たんだよ」
「今日の椎名さんは詩人ですなあ」
「えへへ、新人賞狙ってます」
「狙っちゃったかー」
「うんうん」
軽妙なノリと誰も突っ込まない謎空間。
それでいてブースの中の人形なんかは楽しそうに踊ったりしていた。
差別なんて負の遺産みたいな事ばかり書いてる癖に、そこにある人形はお気楽で幸せそうだった。
だから、椎名の言いたい事も解る気がする。
「案外、幸せだったのかもな」
「そうだよね? 昔の人だって、幸せになれた人はいっぱいいたはずだよね」
歴史なんてのは、実際にはその時代全部を残すんじゃなく、本当に目立ったいい事悪い事だけを抽出した結果しか残らないらしい。
酷い時代なんかは時の権力者や一部の強権を持った民族にとって望ましい記録だけが歴史として残った事もあるくらいで、歪曲されていたり、捏造されている事なんて日常茶飯事なんだとか。
つまり、ほんとの所その当時どうだったかなんて、今の時代の誰にだって解りっこないのだ。
「『――なお、ここに書かれた記述のほとんどは、当時の差別反対派の人間によって恣意的に集められた文献に過ぎず、現代においては当時の情勢を明確に示す根拠足りえないという研究結果が有力とされています』だって」
「やっぱそんなもんか」
小難しく書かれてはいるけど、歴史なんてこんなもの。
その時の人達は必死に差別という概念をなくそうとしてその時代を悪と断定したのかもしれないけど、それじゃあ、差別を消した事によってなかった事にされた幸せはどこに行ったんだろう、なんて考えてしまう。
本当にそこに幸せはなかったんだろうか、とか。
そもそも差別っていう言葉自体が教科書とかこういう資料館的な場所でしか出てこない俺達の時代には、それそのものが実感の湧かない、ぼんやりとした言葉なのだが。
「私は、アリだと思うけどなあ」
「そこにはこだわるのな」
「うん。だってほら……好きな人とお付き合いしたい時に、自分から告白とか恥ずかしいし。相手からしてくれるなら、その方が受け易いと思わない?」
「それ、男側にはプレッシャー掛かりそうだよな。っていうか、告白する時点で相思相愛じゃないと難しくないか?」
「告白されたらドキっとするかも? 試しにしてみてよイシイ君。そしたら私がおーけーしてあげるから」
「ねーよ」
「ねーかあ」
「ああ」
さほど残念そうでもなくため息。
椎名のペースに惑わされるとまた首が熱くなってしまうので、適度に放り投げるのが正しい対応というものだった。
これでもうちょっとでも悲しそうな顔でもしてれば、「もしかしてこいつ俺に?」とか思わないでもないのだが。
生憎と、椎名はそんな謙虚な表情ができるような人ではなかった。
その証拠に、さっさとブースを離れ、歩き出してしまう。
「ん、お腹空いた。クレープ食べたい」
「俺はカツ丼が食いたい」
「重すぎる……重すぎるよイシイ君」
「食欲には素直でありたいんだ」
思えば今日も朝飯を食ってなかった。
いつも食い忘れるのだ。食い忘れてるうちに気が付いたらなくなっているのだ。
カーチャン型メイドロボにも困ったものである。
「じゃあじゃんけん。イシイ君が勝ったら私にクレープ奢ってね」
「椎名が勝ったら?」
「私にクレープを奢る」
「何一つ俺に得がないな」
「なんと私にクレープを奢ってくれると、私のクレープを一口食べられます」
「勝っても負けてもお得だな」
「えへへー、お得でしょう? どうです旦那? 勝っても負けても勝った気分になれませんか!?」
「ならねぇ」
怪しげな商人風の口調になるが、俺は騙されない。
女子の食いかけのクレープを食える権利なんかに流されるほど俺はやわじゃない。
……二度も三度も引っかかるものか。
「ならねぇかー、それじゃしょうがないね。クレープ食べよう」
「どんだけクレープ食べたいんだよ」
「私がクレープ食べたいって言ったらアレだよ? 男子は買ってあげなきゃいけない法律があるのです」
「めっちゃ女尊男卑な」
「女が優位だった時代もあったんだよ? でもそれって大変だよね。女子が男子に告白しなきゃいけないんでしょ? 男子は受け身で」
「男子めっちゃ楽だよな」
「その代わりカッコいい人以外は顔を見せただけで痴漢と言われる」
「マジ生き地獄な」
何が楽しいのか解らない過ぎる世界観だった。
これが物語の中の異世界だとかゲームの話だとかなら笑えるが、残念ながら現実の過去の話だという。
イケメン以外全員被り物をしていたとかギャグ過ぎる。
そんな時代に生まれてこなくてよかったと割と本気で思う。
その概念を消滅させた先人達には感謝の気持ちが尽きない。
「普通に好きになった方が告白でいいのにね。惚れさせた方の勝ち、みたいな」
「それいいな。それで行こう」
「でもそれだと勇気が要るから困るのです」
「勇気がない奴には困るな」
「そうなんだよー、だからやっぱり男尊女卑がいいなあ……男尊女卑だと差別っぽい言葉らしいし、もっと印象良くなる言い方すればいいのにね」
「例えば?」
「例えばー……うーん、『告白して欲しい時代』とか」
「女尊男卑は?」
「『告白したい時代』とか?」
「告白にこだわるなあ椎名さん」
「えへへー、ちょっと凝ってまして」
普通の女子らしい感性といえば恋愛なのか。
やたらそのあたり推しながら、照れくさそうにほっぺたに手を当てる。
――まあ、大人しくしてる分には普通と感じられなくもない。普通だな。
「クレープは何味が良いんだ?」
「私はカスタードアップル味」
「んじゃ俺はアケビ柿味でいいや」
「んん? カツ丼は?」
「クレープに化けた」
「化けちゃったかー」
えへへ、と照れながらも嬉しそうに笑う椎名に、俺も溜息ながらついていくのだ。
別れればその場で別れられただろうに、わざわざカフェまで足を延ばしてしまう。
休日の癒しは消え去ったが、まあ、こんなのも悪くないかもしれないなんて、そんな感化されたことを想うのだ。
もしかしたら、こんな風に異性と一緒に居るのが「無かったことにされた幸せ」だったんじゃないかと、今更頭に浮かびそうになり。
「ねえイシイ君?」
「あん?」
「カスタードアップル味もアケビ柿味も、同じフルーツの別名って知ってた?」
「へー」
「知ってたでしょ?」
「さあな」
その追及に果たして意味があるのか。
いや、あるには違いないが、残念ながらもうカフェは目の前だ。
椎名の追求はちょっと遅かった。
「……言ってくれたら、普通に分けてあげるのになぁ」
「何か言ったか?」
「カツ丼食べようかなって」
「マジかよ重すぎるぞ椎名」
「お、重くないもん!」
ぼそぼそ何か言ってたのが聞こえた気がしたが、聞こえてない振りをするのもちょっと疲れるのだ。
わざと聞かせたのかつい聞こえる声になってしまったのかは解らないが、照れ隠しに「もー、もー!」と頬を膨らませる椎名は、まあ……その、普通だった。普通。
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