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1.たまに話すようになった頃
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授業とはなんとも過酷な時間だ。
教師の声はいつ聞いても疲れる。それが歴史の授業なら尚の事だ。
何せ担当がエネルギッシュなおっさん。もうこの時点でやる気が湧かない。
これが数学のように童顔の『最近まで女子大生やってました』っていう感じの教師なら皆必死に板書を写し書くところだろう。
少なくとも俺含む男子ならそうしている。
「――と、ここまでが試験の範囲な。さて、試験範囲も終わらせたところだし――恒例のアレ、はじめよっかなー!」
そしてこの教師は面倒くさいことに、試験範囲の説明は適当に済ませ、空いた時間を使ってアレを始める。
アレというのは、この教師が好きな歴史上の事件や武将、その時代の流行なんかをピックアップして説明していくコーナー。
酷いと授業時間の大半をこの無駄コーナーに費やし終わらせる事すらある。勿論試験内容には一切関係ない。
本人的には試験対策に疲れる生徒達の為を想ってやっているつもりなのかもしれないが、ぶっちゃけマイナー武将だの試験範囲外の事件なんて知っても活かす道がない。
そんな事を眼をキラキラさせながらすごく楽しげに語るのだ。
解ってると思うが、当然こんなのはクラスのほとんどの奴が望んじゃいない。
「今日は……んふっふふ、旧暦2125年に起きた『東西大政変』の話をしちゃうぞ! 言うまでもなく政治家達の大演武と言われた例の事件だ!」
「わぁ☆」
……俺の隣の女子は、そんな中の数少ない例外だった。
美作 椎名。
ちょっと小柄な普通の女子だ。
いや、ある意味普通ではないか。
何せこんな歴史の授業で、こんなおっさん教師の脇道全開コーナーに夢中になっている。
「ねえねえイシイ君、イシイ君はどの政治家が好き?」
そしてそんな普通じゃない普通の女子は、わざわざ隣の席の俺に顔を向け、小声でそんな事を聞いてくる。
できれば放っておいてほしかったが、そんな事は今回も無理なのである。
「いや、政治家って言われても……あんまり知らないしなあ」
「私は勝寺 山王とか西日 加茂子とか好きなんだけど。ほら、丁度試験にも出る人だし」
「試験に出るから覚えてるだけだよなそれ」
ちなみに彼女は別に歴史が得意な訳でもないし、歴史が好きな訳でもない。
なので多分政治家なんていっても日常的にニュースに出るような人とか、授業で出たような人しか浮かばないはずだ。
勿論歴史教師が好きな訳でもないので、なんで毎度毎度そんな事で楽しげに話しかけてくるのかは謎い。
「イシイ君は好きな人いないの?」
「いねぇなあ」
そもそも学生で好きな政治家なんて聞かれたって思い浮かぶ奴はいるんだろうか?
よほどそういうのが好きな奴以外、たとえ名前が耳に入ったって頭を通過するまでもなく引き返していくと思うのだが。
「イシイ君って、リンカーンとかヒトラーとか好きそう」
「ああ、最近になって評価が完全に変わったって聞いたな」
ニュースで聞くような名前くらいなら、確かに俺だって知ってはいるが。
でもそんな大昔の政治家なんて、試験が関係なければぶっちゃけどうでもいいという扱いでしかないのだ、学生にとっては。
「昔はすごい悪役扱いだったらしいね、ヒトラー」
「ヒトラー引っ張るのか」
なかなか話は終わってくれない。
そっけない態度を取っても、結局延々話しかけられ続けるのだ。
椎名は割と教師陣から気に入られてるのか、そのような事をしていてもおとがめは特にない。
教師にとっては特に悪いところのない子というのは好ましい存在なのだろう。
「でも別に私はヒトラー好きな訳じゃないよ?」
「いやそれは知ってるけどな」
「イシイ君は好き?」
「いや別に」
因みに完全に無視しているが、今も教壇で熱く政治家について語ってるおっさん教師のあだ名は『ヒトラー』である。
理由はちょび髭だから。
なのでヒトラーが好きとか言うともれなくこのおっさんが好きなのだと広められる罠が張り巡らされている。
俺はそう感じた。俗にいう椎名トラップという奴だ。
「そっかー、イシイ君はヒトラー好きじゃないんだー」
「納得してくれたか?」
「うん。すごく納得した」
「そりゃ何よりだ」
偏差値低そうなやりとりの中、「なんでこんな会話をしてるんだろう」と途方に暮れてはいたが。
程よく会話が途切れたところで、時計の針が良い感じの場所に止まっていた。
《きーんこーんかーんこーん》
授業の終わりを告げる鳥の音。
聞くだけでホッとできる、無機質な平穏の遣いが今日もまた、生徒達の心を柔らかく煮込む。
……腹が減った。思えば朝から何も食べてなかった。
カツ丼が食べたい。昼だ。ランチだ。昼食だ。
「ん、終わっちゃったね。ご飯は?」
「食堂だな」
「おーけー」
それで行こう、と勝手に立ち上がり、弁当箱の包みを持って教室を出ていく。
別に、こいつと一緒に食うつもりなんてないのだが、どうやら何かがおーけーだったらしい。
全く以て謎のロジックが、椎名には存在している。
普通の女子にしか見えないが、やはり変な奴だった。
「仕方ねぇなあ」
後を追う訳でもないが、そのままでは腹が減ったままなので、空腹に耐えかねて、という体で食堂に向かう。
(……そういや、ヒトラーが何話してたのか聞いてなかったな)
がやがやと騒がしい緑色の廊下を歩きながら、ふと授業後半の事を思い出していた。
いや、正確には思い出せていなかった。
歴史教師が自分の語りたい事を語り始めた丁度その時、俺の意識の大半は椎名に向いていたのだ。
同じ興味ない話題でも、おっさんと普通の女子とでは受け方が大分変わる気がする。
何せ、面倒くさいとは思っても嫌な気分にはならなかったのだ。
居眠りでも始めようかと思っていたのに、話しかけられてからは寝る気にすらならず、ただただ椎名に聞かれるまま返答していた。
(……わざわざ話しかけてくれたのか?)
前々からそうだったが、椎名がわざわざ俺に話しかけてくる理由が今一解らない。
解らないが、今回もまた、それによって救われたという事だろうか。
見れば、クラスの男子なんかが酷くグダついた顔でダラダラと歩いていた。
よほど堪え兼ねたらしい。まあ、好きな政治家語りなんて興味ない奴にとっては拷問でしかないよな。
それがおっさんなら尚の事だ。つまり、俺はどちらかというとマシな時間を過ごせたことになる。
(カツ丼、残ってると良いんだが)
考えるのをやめた。
無意味だ。あいつの事を考えると妙に首筋が熱くなるからいけない。
今の俺は空腹の戦士。食堂という名の激戦区に向かい、命がけで欲するモノを奪う蛮族にならなくてはならないのだ。
女子供に関わっている暇などない。今日はそういう設定で行くことにした。
教師の声はいつ聞いても疲れる。それが歴史の授業なら尚の事だ。
何せ担当がエネルギッシュなおっさん。もうこの時点でやる気が湧かない。
これが数学のように童顔の『最近まで女子大生やってました』っていう感じの教師なら皆必死に板書を写し書くところだろう。
少なくとも俺含む男子ならそうしている。
「――と、ここまでが試験の範囲な。さて、試験範囲も終わらせたところだし――恒例のアレ、はじめよっかなー!」
そしてこの教師は面倒くさいことに、試験範囲の説明は適当に済ませ、空いた時間を使ってアレを始める。
アレというのは、この教師が好きな歴史上の事件や武将、その時代の流行なんかをピックアップして説明していくコーナー。
酷いと授業時間の大半をこの無駄コーナーに費やし終わらせる事すらある。勿論試験内容には一切関係ない。
本人的には試験対策に疲れる生徒達の為を想ってやっているつもりなのかもしれないが、ぶっちゃけマイナー武将だの試験範囲外の事件なんて知っても活かす道がない。
そんな事を眼をキラキラさせながらすごく楽しげに語るのだ。
解ってると思うが、当然こんなのはクラスのほとんどの奴が望んじゃいない。
「今日は……んふっふふ、旧暦2125年に起きた『東西大政変』の話をしちゃうぞ! 言うまでもなく政治家達の大演武と言われた例の事件だ!」
「わぁ☆」
……俺の隣の女子は、そんな中の数少ない例外だった。
美作 椎名。
ちょっと小柄な普通の女子だ。
いや、ある意味普通ではないか。
何せこんな歴史の授業で、こんなおっさん教師の脇道全開コーナーに夢中になっている。
「ねえねえイシイ君、イシイ君はどの政治家が好き?」
そしてそんな普通じゃない普通の女子は、わざわざ隣の席の俺に顔を向け、小声でそんな事を聞いてくる。
できれば放っておいてほしかったが、そんな事は今回も無理なのである。
「いや、政治家って言われても……あんまり知らないしなあ」
「私は勝寺 山王とか西日 加茂子とか好きなんだけど。ほら、丁度試験にも出る人だし」
「試験に出るから覚えてるだけだよなそれ」
ちなみに彼女は別に歴史が得意な訳でもないし、歴史が好きな訳でもない。
なので多分政治家なんていっても日常的にニュースに出るような人とか、授業で出たような人しか浮かばないはずだ。
勿論歴史教師が好きな訳でもないので、なんで毎度毎度そんな事で楽しげに話しかけてくるのかは謎い。
「イシイ君は好きな人いないの?」
「いねぇなあ」
そもそも学生で好きな政治家なんて聞かれたって思い浮かぶ奴はいるんだろうか?
よほどそういうのが好きな奴以外、たとえ名前が耳に入ったって頭を通過するまでもなく引き返していくと思うのだが。
「イシイ君って、リンカーンとかヒトラーとか好きそう」
「ああ、最近になって評価が完全に変わったって聞いたな」
ニュースで聞くような名前くらいなら、確かに俺だって知ってはいるが。
でもそんな大昔の政治家なんて、試験が関係なければぶっちゃけどうでもいいという扱いでしかないのだ、学生にとっては。
「昔はすごい悪役扱いだったらしいね、ヒトラー」
「ヒトラー引っ張るのか」
なかなか話は終わってくれない。
そっけない態度を取っても、結局延々話しかけられ続けるのだ。
椎名は割と教師陣から気に入られてるのか、そのような事をしていてもおとがめは特にない。
教師にとっては特に悪いところのない子というのは好ましい存在なのだろう。
「でも別に私はヒトラー好きな訳じゃないよ?」
「いやそれは知ってるけどな」
「イシイ君は好き?」
「いや別に」
因みに完全に無視しているが、今も教壇で熱く政治家について語ってるおっさん教師のあだ名は『ヒトラー』である。
理由はちょび髭だから。
なのでヒトラーが好きとか言うともれなくこのおっさんが好きなのだと広められる罠が張り巡らされている。
俺はそう感じた。俗にいう椎名トラップという奴だ。
「そっかー、イシイ君はヒトラー好きじゃないんだー」
「納得してくれたか?」
「うん。すごく納得した」
「そりゃ何よりだ」
偏差値低そうなやりとりの中、「なんでこんな会話をしてるんだろう」と途方に暮れてはいたが。
程よく会話が途切れたところで、時計の針が良い感じの場所に止まっていた。
《きーんこーんかーんこーん》
授業の終わりを告げる鳥の音。
聞くだけでホッとできる、無機質な平穏の遣いが今日もまた、生徒達の心を柔らかく煮込む。
……腹が減った。思えば朝から何も食べてなかった。
カツ丼が食べたい。昼だ。ランチだ。昼食だ。
「ん、終わっちゃったね。ご飯は?」
「食堂だな」
「おーけー」
それで行こう、と勝手に立ち上がり、弁当箱の包みを持って教室を出ていく。
別に、こいつと一緒に食うつもりなんてないのだが、どうやら何かがおーけーだったらしい。
全く以て謎のロジックが、椎名には存在している。
普通の女子にしか見えないが、やはり変な奴だった。
「仕方ねぇなあ」
後を追う訳でもないが、そのままでは腹が減ったままなので、空腹に耐えかねて、という体で食堂に向かう。
(……そういや、ヒトラーが何話してたのか聞いてなかったな)
がやがやと騒がしい緑色の廊下を歩きながら、ふと授業後半の事を思い出していた。
いや、正確には思い出せていなかった。
歴史教師が自分の語りたい事を語り始めた丁度その時、俺の意識の大半は椎名に向いていたのだ。
同じ興味ない話題でも、おっさんと普通の女子とでは受け方が大分変わる気がする。
何せ、面倒くさいとは思っても嫌な気分にはならなかったのだ。
居眠りでも始めようかと思っていたのに、話しかけられてからは寝る気にすらならず、ただただ椎名に聞かれるまま返答していた。
(……わざわざ話しかけてくれたのか?)
前々からそうだったが、椎名がわざわざ俺に話しかけてくる理由が今一解らない。
解らないが、今回もまた、それによって救われたという事だろうか。
見れば、クラスの男子なんかが酷くグダついた顔でダラダラと歩いていた。
よほど堪え兼ねたらしい。まあ、好きな政治家語りなんて興味ない奴にとっては拷問でしかないよな。
それがおっさんなら尚の事だ。つまり、俺はどちらかというとマシな時間を過ごせたことになる。
(カツ丼、残ってると良いんだが)
考えるのをやめた。
無意味だ。あいつの事を考えると妙に首筋が熱くなるからいけない。
今の俺は空腹の戦士。食堂という名の激戦区に向かい、命がけで欲するモノを奪う蛮族にならなくてはならないのだ。
女子供に関わっている暇などない。今日はそういう設定で行くことにした。
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