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第十八章 VS傀儡君主

第201話 チュートリアル:黒い眼差し

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「ッ!!」

「ぐにょ」

 魔力を纏った拳で『傀儡の使徒 ハンプティダンプティ』を殴打。モンスターは床に跳ねそのまま消滅した。

「ほら行くぞ!!」

「はひぃ~!!」

 女性の手を乱暴に握って走る男――阿久津健。

 彼女を連れ向かうは避難所。しかし町中にモンスターが溢れ現役攻略者たちの奮闘も数には負ける。

「うわあああ!?」

「きゃあああ!!」

 ――ボフ!!

 男女の一組がグリーンエッグの爆発に巻き込まれ木製のマリオネットに変えられた。それを皮切りに二本の糸がどこからともなく出現。二体のマリオネットに繋がり、空中に引っ張られた。

「ひぃぃい!?」

「見るな!!」

 連れの女性――佐藤は現実味を帯びない非現実的な現実を目にし、怯える一方。

(一般人には刺激が強すぎるな……!! とにかく安全な場所へ向かわないと!!)

 眼で、鼻で、耳で、触覚で。すべてを使ってモンスターの動向を探知する阿久津。この手を振りほどけば佐藤は動けなくなり餌食になる。
 ゆえに大腕を振ってモンスターに向かえず、人一人を守るんに徹していた。

「来るなあ!? ――」

 ――ボフ!

 必死に走りながらも救いを求める悲鳴を聞く事しかできない歯がゆさに、阿久津は下唇を噛んだ。

「み、右から!!」

 左を向く阿久津に佐藤は警告。

「ッツ!!」

 襲いくるは腕と脚があべこべになった使徒レッグハンドール。脚ではなく手の指を器用に動かして進み人間を襲う。

「ナウシカのオームかよ!!」

 ――シュン!

「――」

 魔力で生成したナイフを投擲。上部の太もも部分に突き刺さり、そこから魔力が流れ、膨張し爆散。

 レッグハンドールは消滅した。

「っぐ!?」

 不意の痛みに歩みを止め局部を手で覆う。

「あ、阿久津さん!!」

 佐藤も立ち止まり、痛む局部を触ろうとするも強張る。

 ――なんとかしたい。

 それは純粋な思い。

 阿久津が受けた腹部に傷。それは自分のせいなんだと思い込む。

 阿久津の提案を受け、繫華街のカフェで相談と言う名の愚痴を聞いて貰ったばかり。そこに運悪くモンスターの襲撃を受け、ガラス張りを粉砕したモンスターから彼女を庇った阿久津は負傷。自分の責だと思っても不思議ではない。

「――大丈夫です。こんな傷屁でもねぇ……」

「で、でもぉぉ……」

 服に血が滲み呼吸が荒く、流れる汗も尋常ではない。明らかに無理をしている阿久津に対し、鬱である佐藤の感情はぐしゃぐしゃになる。

「現役時代はもっとひどい怪我をしたんです……。それに比べればなんのその!」

「ま、まだ休んだ方が!!」

 大量の汗を流しながら立ち上がる阿久津。明らかに無理をしている様子に、佐藤はしどろもどろ。

 ――ザシュ!!

 逃げる一般人。必死な攻略者。悲鳴をあげる人。

 ビルの窓ガラスが割れ、コンクリートも破壊。景観樹も倒れ向こうの方には煙が上がっている。

 ――ザシュ!! ザシュ!!

「はあ、はあ、はあ」

 呼吸が安定しない。腹部からの血も止まらない。しかしモンスターの大群は待ったをかけず依然として人々を襲う。

(指定の避難所はここから遠い! ならばサークル事務所に頼るほか無いが……)

 阿久津は覚えている避難所の距離を測るも遠く、サークル事務所に頼るほかないと考える。
 しかし、サークル事務所に辿り着いた所ですし詰め状態の可能性も考えられ、最悪門前払いされることも脳裏に過る。

 ――ザシュ!!

(さっきから何の音だ……)

 耳障りな音が依然と聞こえ、阿久津は負傷しているのもありイラつきを顔に出す。

「ぐにょ」

「モンスターがッ!?」

 二人に狙いを定めたハンプティダンプティ。攻略者の奮闘から漏れ出した一体が迫る。

「クソ!! ――っぐ!?」

 迎撃する姿勢を取るも腹部の痛みで跪く阿久津。

(マズイ!!)

 とっさに動けない。

「ッッ!!」

 佐藤は目を瞑る。

「ぐにょ――」

 睨む阿久津。迫ってきたハンプティダンプティの細い腕が今、振り下ろされ――

 ――タタタタタ! ザシュ!!

 ハンプティダンプティに縦一閃の斬撃。

「ぐにょ――」

 露と消えたハンプティダンプティの後ろから男が姿を見せた。

「五十二体目♪」

 余裕のある声。黒い瞳。

 阿久津は彼のことを知っていた。否、知っていて当然といった方がいいだろう。

「――佃……くん……?」

「アレ? 阿久津先生じゃん! 奇遇ー!」

 萌たちと同じ三年の彼――佃 満。攻略者トーナメント予選で萌たちを苦しめ、本戦で進太郎と激闘を繰り広げた彼が二人の窮地に駆け付けた。

 まさかの増援に、負傷した教師はニヤリと笑う。

「あれ、先生怪我してんじゃん。大丈夫?」

「大丈夫、ってのは本音じゃない。正直マジでしんどい」

 滝のように流れる額の汗。今もジワリと血が滲み出て痛々しい。

 隣の佐藤は阿久津に肩を貸す。

「グロ注意だね!」

「ああそうだ。だから佃くん、俺と佐藤さんの護衛、サークル事務所まで頼めるかい」

 今すぐにでも病院に駆け込む必要のある負傷。しかし元国連員・現教師の阿久津は一般人の保護を優先。彼は自分のことなど二の次なのだ。

「えー今ぁ?」

「ああ頼むぞ。……なんで嫌そうな顔なんだ」

 教師のお願いを生徒の佃は快く受けてくれると条件反射で返事したが、返事も含め明らかに嫌そうな顔をする佃。

「百体倒すまで待ってもらっていいですか? これ僕ぼポリシーなんで!」

 持っているナイフを巧みに回転させ調子を確認する佃。悪びれもせず黒い目を細めて笑顔。阿久津は思わず自分の頭を押さえる。

(正確に難ありだったの忘れてた!!)

「ふ~ん♪」

(よりによってこのサイコパスと遭遇するとは……)

 あまりにも自己中心的な性格。一度決めたらなかなか折れない事で厄介者扱いな佃。しかし実力はあるので一定数の信頼を得ていた。

「……せ、先生のお願い聞いてくれるかな」

「えーーどうしよっかなぁーっほい!」

 ナイフを投擲してグリーンエッグを倒す。

「五十三体目!」

(一撃とは……)

 会話混じりでモンスターを倒した佃。突き刺さっただけでモンスターが倒れる程のスキルレベルの高さに阿久津は内心驚愕した。

「佃くん! 先生の頼み聞いてよ!!」

「いや☆」

 ハッキリすぎる否定に心の中で青筋を立てる阿久津。

「護衛!」

「いや☆」

「頼む!!」

「いや☆」

 笑顔の否定にブチ切れ寸前。

「このサイコ野――」

 ――バチン!!

「――」

 暴言を吐いてしまった阿久津。それを遮ったのは佐藤の強烈なビンタだった。

「さっきからクドクドうるせぇよクソガキィ!! こっちは手負いで今にも倒れそうでお願いしてんだよ!! 生徒なら二つ返事で聞くのが当然だろうがあ゛あ゛あ!?」

 ブチキレたのは佐藤。

 気弱な性格だった佐藤に二重人格を疑うほどのあまりの変貌。阿久津呆然。

 ビンタされた佃、同じく呆然。

 ――ガシィ!!

「!?」

 佐藤は佃の頬をガッシリ掴んで離さない。

「おいガキィ、わかったら瞬きしろ」

 高速で瞬きする。

「――ッ」

 解放された佃は阿久津を見て軽く会釈

「……」

 阿久津も会釈。

「よし、しっかり護衛しろよ」

 三人は足並みを揃えて歩いていく。

 変貌した佐藤の横顔を見て、阿久津。

(あれ……鬱ってこんな感じなのか……?)

 喫茶店で愚痴を聞いた意味を再度自問するのだった。
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