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第十四章 氷結界

第147話 チュートリアル:蠢き

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「っく!」

「優星!」

 立ち上がろうとした優星。しかし胸に鋭い痛みを感じ、思わず膝を着いた。支えるアキラも同じく寄り添うように膝を着く。

 雷人と化した西田が、攻撃を加えたグングニルと共に空に消えたから二十分強。

 明確に意識を取り戻した優星は状況をアキラに伺い、このまま寝てられないと思い立ち上がったが膝を着いたのだ。

「っく……」

 下唇を噛む優星。

 胸の痛み。骨に異常があるのかと心配したアキラだったが、痛がる事に音を上げないタフネスな優星の性格を思い出し、アキラは思った事を口にする。

「……痛がってもいいじゃない! 辛いなら言ってよぉ!」

「アキラ――」

 アキラの怒声が辺りに響く。

「何でそんな顔するのよ!! 少しは私の身にもなってよぉお!!」

「アキラ……」

 感情が高ぶるアキラの目じりには大粒の涙が浮かぶ。その様子を見て優星は堪らず抱き寄せた。

「――悔しい顔しないでよぉぉ……」

「……」

 抱き寄せ互いの肩に顔を寄せる二人。泣きじゃくるアキラに対し優星は困りながらも、敵わないなと思った。

 下唇を噛んだのは痛みではない。ファイブドラゴンの面々と西田の協力もあり、あまつさえすべてを出し切ったにも関わらず、轟龍グングニルを討つ事ができなかったからだ。

「――私、優星が死んじゃうって思った……」

 それを分ったアキラは激怒した。自分の心配をよそに痛みではなく悔しさを出した優星。この調子ではいつか死んでしまう。しかし攻略者は常に死と隣り合わせの者。それを分っていながらも、心配でもあり攻略者としての優星の姿勢が正しいと、混乱したのだ。

「俺は死なない。アキラを残して死ねないさ……」

「優星……」

 優しい目。潤んだ瞳。互いは見つめ合い、想いを交換するように口付けをした。

 唇を離すと額を押しつけ合い、再び口付けをした。

 そのまま舌を――

「――盛り上がるのは勝手だが場所を弁えろよなー」

「!? く、黒鵜ッ!!」

「ハハ、すまない」

 烏丸 黒鵜。流石に見てられないと空気をぶち壊し腕を組んでの登場。

「貴様らの間柄は周知だが、所かまわず求めあうのは関心せんな」

「でも惹句ってば日本菓子のお店でお茶出されてキレてたよね? コーヒーしか飲まん! とか言ってさ」

「俺はコーヒーしか飲まん」

「所かまわずコーヒー求めてるお前に説得力ねぇよ」

 チームファイブドラゴン、集結。

 感情的になっていたアキラ。サークルメンバーといえど恋人とのキスを見られ流石に赤面。顔を上げられない。

 優星は黒鵜の肩を借りながらも立ち上がり、サークルメンバーの無事を確め思わず笑顔になる。

「正直、今回ばかりはダメかと思った。驕ったつもりは無いが、努力不足だと感じずにはいられない」

 少し震えている自分の手を見てそう言った優星。言葉にすることで、自分に戒めた。

「それは俺たちにも言える事だな。グングニルのインチキ回復のおかげで今後の課題が見えた」

「地力の底上げが必要だ」

「ダンジョンに潜って経験値を詰むのもいいけど、先ずは筋トレかなぁ」

 黒鵜、惹句、流美はそれぞれの課題を見つけた。

 中堅サークルとしての格を上げ、難易度の高い国連からの依頼もこなすファイブドラゴン。彼彼女らは決して弱くはない。弱り切ったとわいえ氷結界の轟龍 グングニルが強すぎたのだ。

 これを機にサークルファイブドラゴンは快進撃を上げ続ける事となるが、それはまた別のお話。

「――ッ」

 十六夜 アキラは直感に似たモノを感じとる。

 それは確かな感覚だと優星も顔を合わせ同意見。

「いやあのさ、急にシリアスな顔されてもさ、俺らさっきまでアレ見てたし」

「「……」」

 黒鵜の真顔に二人は困惑した。

 高所である山の峰。来た道を辿るように峰の端に辿り着いた優星。

「……何なんだアレは」

 優星とアキラが見たものは人。

 しかしただの人ではない。人の形をしたモンスターの集団だった。

 遠く離れたこの山の峰でも確認できる程の大きさを持つ人型モンスター。それが群れを成し、翼を持つ者、巨漢な者、筋骨隆々な者等々とバリエーションが豊。

 既視感があると脳裏に過ったのはジブリの風の谷。火の七日間で登場した棒状の武器を持った巨人兵。

 そのモンスターの足元には何やら蠢めいている。目が慣れ視認できると、それは蜘蛛にも似た水晶体のモンスターの蠢きだった。

「なんて数だ……!!」

 優星が驚くのも無理はない。もはや集団という言葉すら当てはまらない密度。統率された軍隊の様に一直線に氷結界の里に向かっているのは明白だった。

 優星。戦慄。

 汗が止まらない。負傷している今、間違いなく乗り越えれない。例え万全な状態であっても、あの密度を乗り越える事が想像できない。

 少なくともヤマトサークルを加えたこの面子であっても、絶望的なのは変わりないと思考する優星。

 ――優星たちは知らない。当然知らない。遠すぎてメッセージ画面すら出てこないのだからモンスターの名称すら知らない。

 密度の中に一際巨体なモンスターが三体。

 鳥の仮面を付け不敵に笑う魔神――『魔神 アンドレス』

 腕を組み蝙蝠の様な翼を持ち不敵に笑う魔神――『魔神 レイオン』

 赤をベースとし金の装飾を散りばめた鎧。紅い二翼の翼を畳み不敵に笑う魔神――『魔神 レヴィアタン』

 それは遥か太古に存在した最高の地位を持つ魔神たち。

 絶対的な自信があるのか、頬に氷結の系譜を持ち不敵に笑う表情は、これから起こる残虐かつ一歩的な蹂躙に心躍っているとも受け取れる。

 氷の系譜を持つ魔神は三神だけではない。三神以外の魔神にもその系譜が見られ、同じく不敵な笑みを浮かべながら侵攻。

「――ッ」

 この状況に混乱する優星。

 このまま放置すればダンジョンブレイクを起こし、世界の危機が待ったナシだと分る状況。まさに絶望だが、優星は気づいた。

「あれは――」

 瞬きした一瞬に、巨人の数が減っていると。

「ダメージを負った俺たちは見守る事しかできねぇよ」

 一部始終を見ていた黒鵜。

 呆れめではない。

 生きて帰れると確信した面持ち。

 それは当然だろう。

 今、あの場で奮闘しているのは――

「――不流亜々々々々々々々々々ぶるああああああああああ!!」

「――ッ!?!?」

 魔神 アンドレスの顔面に拳を叩きこみ倒れさせた黄龍仙。

「ッッッッ!!」

 極太の落雷が地に落ち、そこから結晶体のモンスターを屠る無尽に広がる雷を生み出した雷人――紫髪の西田。

「散れ」

 一歩進む度に蟲が結晶に還る攻撃。

 瞬き一つすれば、進軍する魔神の四肢を切り落として掃討する撫子。

 ――絶対戦線。

 里を囲む様に黒い線が書かれている。それは蠢いていて、近づくモンスターを人の手の形をした影が丁寧に丁寧に影の中に引きずり込む。

 瞬間。優星の視界に黒い閃光が走る。

 その後に大多数の虫を軽く巻き込みながら、魔神 レイオンの首がズルリと落ち、氷が砕ける様に消滅。この攻撃をしたのは他でもない。気品ある黒のコートを身に纏う幻霊君主ファントムルーラー ティアーウロングだった。

 魔神を山に叩きつける鬼神。

 怒りの稲妻を轟かせる雷人。

 屠畜場で事を成す様に淡々と斬る月下美刃。

 そして、最高位の魔神であるレヴィアタンを脳天から両断した幻霊の主。

 絶望的な状況をものともしない四つの存在。

「――」

 呆然とする優星。

 自分の強さなどたかが知れていると実感。

 しかし憂いている暇はない。

 息を飲む。

 優星の瞳に映ったのは、山の後ろからゆっくりと姿を現わせた龍。

 全員がその龍を認識したとたん――

「▽▲▽!!!!!」

 三つ首の咆哮と共に、世界は時の歩みを止めた。
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