上 下
136 / 218
第十三章 三年になって

第136話 チュートリアル:兆し

しおりを挟む
「ふぅ……」

 三年Aクラスを担当する教師――阿久津 健。

 湯気が昇る熱めのコーヒーを一口飲み、テーブルにあるソーサーへ置いた。

 時間は夜の八時ごろ。

 仕事は家に持ち込んでゆっくりするタイプな彼だが、今、仕事を家に持ち込んだことを後悔し、息抜きにコーヒーを啜った後だった。

「こりゃまた随分と多いなぁ」

 タブレットを操作する阿久津。

 授業の一環でダンジョンの攻略に勤しんだ生徒たちの評価、報告書。

 それは引率の現役攻略者が書いたもので、形式に乗っ取った報告書もあれば、熱く語る者、冷ややかな評価をするものある。
 その中で一際目を引くのは花房と戸島が潜ったダンジョンの報告書。他の報告書と比べ、実にページ数が数倍だった。

 手で顎を支えながらも気だるくタブレットを操作しページを捲る阿久津。

(この報告書って国連うえでも騒いでだ奴だろ。めんどくせー)

 現実逃避気味に読む素振りをした指のスワイプ。

「ッま! ぼちぼち読みますかぁ」

 最初のページに戻り、読む。

 内容はこうだった。

『――オアシスに着いたらよ、いかにも数日は滞在してますって小汚い装備した攻略者のサークルが居てよ、どうしたのかなーって思って近づいたらよ、俺の目に飛び込んできたのはよ、閉店ガラガラって感じで枯れそうになった泉だったんだよ。

 そしてらよ、そいつらがヤクキメたみたいに発狂してよ、どこもかしこも泉が枯れてるってんでしこたま怒鳴り散らしてよ、もう宥めるので精一杯でよ、話し合った結果よ、調査する事になったんだわ。

 流石に実力不足な生徒二人を小汚い攻略者たちの一部と帰らせてよ、花房くんと戸島くん二人がよ、攻略者の端くれだからって調査に志願してきてよ、実力あるから許可したんだよ。あ、帰った二人はもちろん合格な。

 でよ、水源に到着するとよ、滝がアイスクリーム頭痛みたいに凍っててよ、こりゃE・HE○Oアブソ○ートZeroの仕業に違いないって思ってよ、洞窟の中に入って――』

 プツリとタブレットをスリープモードにした阿久津。

「はぁ……熱い系かぁ」

 思わず頭を抱える阿久津。

 "熱い系"。これは阿久津が付けた報告書の類別だ。

 正しく簡潔に書かれている物もあれば、一言だけやこうして一般的な報告書から逸脱した熱い系や擬音塗れの物までを阿久津は呼んでいた。

 今回報告書を書いたのはサークルファイブドラゴンの烏丸 黒鵜。文の雰囲気通り、彼の笑顔が眩しい元気ある文章。

 見慣れたと思っていた阿久津だが、やはり頭が痛いとコーヒーを啜る。

「……ふぅ」

 ざっと読み終えた彼は部屋の天井を仰ぎ、無駄な報告を頭の中で削ぎ、整理する。

(調査によると泉の枯渇は凍った滝によるもの。そして滝を凍らせたモンスターが居た。『氷結の怪鳥 ブリズド』。霜の積った洞窟に居たモンスターだ)

 コーヒーを飲みほし、ポットを傾けカップに注ぐ。

(烏丸、後須、青野の三人が挑むもあまりの猛攻に苦戦。堪らず花房くんと戸島くんも加勢し、なんとかブリズドを撃破……か)

 ファイブドラゴンは今が熱いサークル。リーダーの不動を始めとするメンバーは性格に一癖二癖あるものの、実力は他のサークルとは一線を画す。そのメンバー三人が苦戦する程のモンスターだった。

 初心者ダンジョンに在ってはならない事態。国連の整備でダンジョンは封鎖されている状態になっている。

(加勢した花房くんと戸島くんは最早学生としての実力は頭二つほど飛びぬけている……。四世の俺もうかうかしてられんなぁ)

 一度負けてるし……。とコーヒーを飲みながらそう思った阿久津。

(氷結の怪鳥 ブリズドを撃破した事で水源の凍結は溶けたが、何故突如としてブリズドが現れたのかは定かではない。……ほんと何でだろうなぁ)

 椅子の背もたれに体重を乗せる。少し反った背中で伸びをし、さらに欠伸してからタブレットを操作した。

 開いたのは報告書を作るフォーム。

 そのままキーボードをカタカタとタッピングする音が部屋に響くが、エンターを押す直前で指が止まった。

(うわぁめんどくせー……)

 タッピングをする事が面倒くさいわけではない。

 報告書を作成する事が面倒くさいわけではない。

 が現れた事を報告するのが面倒くさいのだ。

「ああーマジでメンドい。なんで俺にこんな事降りかかるんだよぉ。絶対国連に呼びだされんじゃん。同じ報告書見てんだからそれしか答えよう無いってマジで……」

 目を><にする阿久津。

 動画サイトで上がっている無能な政治家の切り抜き動画を彷彿とさせる想像。

 それが容易に想像できるからこそ、タッピングの指が止まる。

 しかし、そうも言ってられない状況。

(なんかの悪い兆候じゃなければいいんだけどなぁ)

 切にそう願い、重い指を動かしながら報告書を作成するのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~

そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。 王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。 中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。 俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。 そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」 「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。 普通の高校生だ。 ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。 そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。 それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。 クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。 しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

処理中です...