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第十二章 有りし世界

第117話 チュートリアル:そこは異世界

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「な、な、何で……。どうして――」

 揺れる白い瞳。

 開かれる瞼。

 震える声。

 半歩下がった脚。

 フードを捲ってしまう驚き。

 呪いの様に、何かにとりつかれた様に、彼女の顔から眼を離せない。

 朝日を反射する流れるような金髪ブロンド。

 大きな目に長いまつ毛。

 細い輪郭にシュッとした鼻。

 ぷっくりと膨れた色素の薄い唇。

 色白の肌と大人びた印象が違うが、間違いなく俺の愛する瀬那の顔。まるで鏡合わせの様に同じ顔がそこにはあった。

「――――っ」

 心臓の鼓動が痛い。彼女の顔を見ていると混乱で頭がおかしくなりそうだ。

「――大哥」

「ッ!?」

 肩にポンと置かれた手。ハッとした俺は、後ろのリャンリャンが細目を開いているのが見えた。

「白鎧は……、ベアトリーチェは瀬那ちゃんじゃないヨ」

 リャンリャンの言葉ですぐに彼女の顔を見てしまう俺。

 俺を安心させるためか知らないが、彼女の顔は微笑んでいた。

「せ、瀬那じゃないって――」

「顔は似てるけど、彼女には気が、仙気が無イ。……大哥。彼女はベアトリーチェだヨ。瀬那ちゃんじゃなイ」

「ッッ」

 普段とは違う低いマジトーンのリャンリャン。冷静を欠けまともな考えが不可能な俺は、家臣のリャンリャンの言葉を信じるしかなかった。

「ふふ。すまないな、ティアーウロング。少し悪戯いたずら心を出してしまった」

「……いたずらだって? ……こっちは生きた心地しない」

 クスリと笑う彼女――ベアトリーチェ。顔の殆どが同じだけど、色白な肌の色はもちろん笑った顔は、瀬那と違いどこか上品さがある。……瀬那に上品さが無いとは言ってない。

「エルドラドの報告で認識済みだが、ティアーウロングのつがいと私は同じ顔。何故かわかるか」

「つがいって……」

 明るい声をしている瀬那と違い、ベアトリーチェの声は思った通りの中性的で少し低い。こうして違いが分かってくると、段々と俺も冷静になってきた。

「……あれだろ。室町時代にいたってされる果心居士とか? 見た人の一番怖い顔とかなんとか。その一番好きな人バージョン……とか……?」

「プ、ハハハ!」

 何故笑うし。

「ハハハ。その果心居士が何かは知らないが、大外れだな」

「アイヤ~大哥……難しく考えすギ☆」

「なんだよ、お前はわかるのかよリャンリャン」

 笑うベアトリーチェに首を振るリャンリャン。

「ヒントは私だヨ☆ わたし☆」

 そう言って親指で自分の旨を指すリャンリャン。それを見た俺は、すぐさま一つの答えを導いた。

「え!? ロボットなのか!?」

「アッハハハハハ――――」

「アイヤ~……」 

「なんだよ!? 違うのかよ!?」

 爆笑されるは呆れられるは踏んだり蹴ったりだ。ヒント出されて難しく考えなかった答えがコレなのに……。

「ハハ、ふぅ。こんなに笑ったのは久しいな。……ティアーウロングは感情が豊なのだな」

「ッ!」

 ベアトリーチェはそう言って俺に微笑みかけた。大人びているけど既視感有りまくるその顔で俺は一瞬ドキリとした。

「彼女と我は同じ存在であって全く違う者だ」

「……」

「極めて遠く、限りなく近い世界――我々は、別の魂を持つ、並行世界の同一人物だ」


「ってのがさっきのやり取りだよ」

「くっそー気を使って酒飲んでたらそっちの方が面白かったかぁー! こりゃ我がまま言って無理やり同席したかったぜー!」

「コレ凄い美味しいヨ!☆ 大姐(おねえさん)!☆ このシュウマイみたいなのもう一つ!☆」 

 場所は変わって宿屋が並列して開いている大衆酒場。声が大きい酒が入って気が強くなった客も居れば、黙々と食事する客。毛並みの良い女獣人をナンパしているエルフの男も居たりと、この城下町一広い酒場で俺たちはメシを喰っていた。

『チュートリアル:ホワイト・ディビジョンの食べ物を食べよう』

『チュートリアルクリア』

『クリア報酬:力+』

 眉をハノ字にした俺の話が面白いのか、酒を飲んでいる人間体のエルドラドは爆笑し、心底悔しそうにしている。あとメシが普通に美味いのと、我が家のシェフのテンションが高い。

「おい宰相。コソコソ隠れて見てたんだろ? 萌くんのリアクションどうだった」

「エルドラド様。あまりティアーウロング様を辱めない方が良いかと……」

「相変わらず真面目なんだよお前はぁ。もっとユーモアを引き出せよー。ップ! 萌くんみたいにさ!」

 並行世界の同一人物にして別人と説明された後、ベアトリーチェが城下町を見て回っては? とか言ったもんだからそれを好奇心に任せて二つ返事で了承。
 さすがに城主が街に下りるのはマズイと言い、エルドラドに肘で小突かれている俺の目の前に座る人――細身の白の鎧を着た宰相なる人が案内役になった。

 宰相の名前は知らない。エルドラド曰く宰相は宰相らしいし、俺もそれに乗っ取り彼の事を宰相と呼んでいる。

 ……つーかさ。

「おいコラキンピカ野郎。よくよく考えてみればベア――白鎧の素顔知っててあえて隠してたろ! マジで生きた心地しながったぞ!?」

「いやぁその反応見てると驚いた顔見れてないのが悔やまれるぜー! ブッハハハハハ!!」

「このバカチンがあ!! 俺を馬鹿にしやがって――」

 面白おかしく笑うエルドラドに対して、ブチギレずんだもんみたくキレそうになった瞬間。

「――よう兄ちゃん、新顔か?」

「うお!? なんスか!?」

 何事かと急に俺と肩を組んできた人を見ると、その人はオオカミぽい顔をした獣人だった。急な接近に陰キャの俺は思わずきょどる。毛並みはふわふわだ。

 しかも獣人どころか耳の長いエルフの女性や鳥人の人、人型のスライムまでもがぞろぞろと集まって来た。

「そうカッカするなって。エルドラド様はいつも面白がるからほっときゃいいんだよ!」

「おいおいぃ、俺だって真面目な時あるぞ? ここら辺の酒場では見せない様にしてんだよー」

「……?」プルプルプル

「あら? ベッドじゃあんなに真面目だったのに?」

「おいぃ、それは言わない約束だったろぉ」

「ナニ? デハワタシト今夜ドウダ」

「俺はどんな種族だろうと抱くが、男とは寝ない主義なんだよ」

「……」プルプル

「あー……。お前は入れる穴が無いからなぁ」

 なんかとんでもない連中が集まったと思ったら、とんでもない話をしだしたぞ。

 特にエルドラドが節操無さ過ぎてヤバイ。キレイなエルフのお姉さんと一晩過ごしたのは抜ける同人誌で正直読める。BLは読めるけどケモナーBLとかニッチすぎて範囲外。俺のセレクションならスライムだな。一番抜ける。

「エルドラド様と宰相が連れてるって事は、兄ちゃんは迎えられたってこったな! はむ!」

 オオカミ獣人が嬉しそうに笑って俺が注文したナニカの肉を頬張る。

「ソウカ。ソレハ良イ事ダ」

 鳥人が鋭い眼つきで俺を見て首を縦に振る。

「あらかわいい坊や。今夜のお相手は?」

 よろしくお願いしたいですはい。

「……」プルプル

 ごめん、わからん。

「よーーーーし野郎共!! 今日は新人の歓迎祝いだ!! 乾杯いいいいいい!!」

 ――乾杯!!!!

 埋め尽くされた席いっぱいのグラスが、歓迎の声と共と一斉に打ち付けられた。

 そこからはもう騒がしいのなんのお祭り騒ぎ。急に異世界ファンタジーの世界にぶち込まれたのにこの歓迎。悪い気はしない。

「なんか君主のエルドラドだったり宰相にも砕けた態度だような」

「我々は敗残者。今の一時を必死に生きる生命いのちなのです。故に、君主だろうと宰相だろうと、この町では小さな些事の扱い。それが我々の今なのです」

 兜の口部に染み込んでいく酒。宰相も今言った例に漏れず、今を生きている者らしい。

「……あれ? リャンリャンどこ行った……?」

 いつの間にかいなくなってる我が家の仙人。見渡しても姿が見えない。

「まぁひょっこり戻ってくるだろ」

「おまちー」

 俺はそう言って運ばれた肉をかっ食らうのだった。


「……你是谁(あなたは誰)?」

 場所は埃が積もる広い倉庫。

「……。……」

 黒のフードの奥から光る目がリャンリャンを睨んだ。
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